7-3
ふと、隣に誰かが座った。
「リリィさん……」
言い訳に夢中で、彼女が乗って来たことに全く気が付かなかった。
リリィはズイと顔を寄せ、スンスンと鼻を動かした。
「幸島くん怪我をしてるんですか?」
「え、ええ……まぁ」
幸島が答えると同時に、スルリと頭に手を回して抱き寄せた。
「どうですか? 元気になりましたか? なれそうですか?」
いつぞやと同じく、柔らかい物がムニムニと顔を包み込んだ。
「ちょ――大丈夫です、元気出ました――いや出ます!」
もちろん何処がとは言わない。
「何処を怪我したんですか? 直接挟んで元気にします」
その申し出に身を任せてしまいたくなる衝動を抑え、今度ばかりは力ずくでリリィの拘束から抜け出した。倫理的にまずいというのも理由だが、今は痛覚的にも非常にまずい……。元気になられては、ようやく落ち着いた痛みがぶり返してくるかもしれない……。
「大丈夫です……! 大丈夫です!」
リリィは残念そうに首を傾げたが、直ぐに気を取り直してヒタリと腕に抱きついた。
「幸島くん。うちの子になりませんか?」
「だ、旦那に言いつけますよ……」
「ウフフ、本当の事を言うとね、ダーリンはむしろ喜ぶから大丈夫ですよ」
「へ……?」
「ウフフフ」
リリィはいつものごとく、心ゆくまでスリスリと頭をこすり付けた――
◆
ややガニ股で帰宅した幸島を、ナナさんが出迎えた。
「ナナさんただい――」
幸島の挨拶を遮り、「お帰り」の代わりに早口に問いかけた。
「コージマ、コージマ。コージマはハチスカさんと結ばれたいのよねー?」
「……うん。まぁ」
「ハチスカさんはきっと良い人だよー。匂いで分かるのー」
「うん」
「どんなブサイクでも、むっつりスケベでも、気持ち悪くても、ドーテーでも」
「……」
「気持ち悪くても、気持ち悪くても、ドーテーでもドーテーでも」
「……」
「誠意を持って接すれば受け入れてくれる。きっとそういう人だよー」
「……ソウデスネ」
ナナさんはジトっと幸島を見つめた。
「なのにどうしてコージマからはミネシマのニオイがするのー?」
悲しげな視線に晒され、幸島はバツ悪そうに項垂れた。
「その……いろいろありまして……」
再び使う時が……。
気まずい空気は勢いで――
「ナナさぁ~ん!」
素早くナナさんを引き寄せて顔を埋め――
「シャーー!!」
っと一閃、幸島の鼻先から鮮血が舞った。
トントンと傷口を拭かれ、幸島は顔を歪ませた。
「痛っ……」
「我慢しなはれ」
クイと幸島の頬を掴み、アレクサンダー・ザンダー三世は傷の手当てを続けた。
「幸島はん……あれはあきまへんわ」
「……はい」
「まだリキャストも終わってまへんし、使いどころも間違うてますわ」
「……はい」
「だいたい、幸島はんのスキルは、同じぐらい経験値の少ない相手にしか通用しまへんで」
「……」
「ちと大袈裟ですけど、一応貼っときますか」
そう言うと鼻の頭に四角い絆創膏をペタリと貼り、救急箱を閉じた。
「デートの件は後で詳しゅう教えてもらえますか? 太陽はんに報告せんとあきまへんのや」
「……はい」
「ほな、わては夕飯の用意が残ってますきに、気晴らしに散歩にでも行ってきなはれ」
「……はい」
――言われるがままに裏口から出た幸島は、とぼとぼと果樹園へ向かった。
「遠藤さん。こんにちは」
「やぁ、幸島くん。ナナさんがとっても怒ってたけど、どうしたんだい?」
「まあ、ちょっと……」
「ふ~ん。ところで幸島くん、種を持っているね」
「え?」
「右の~ポケット」
言われるままにまさぐってみると……本当に種が出てきた。
(これって……)
仕舞った覚えはないのだが……間違いなく、睦美が口に押し込んできた種だろう。
「……」
これが押し込まれた時の感触を思い出――慌てて首を振り、それを散らした。
こんなものは捨てしまうべきなのだが……。
手に乗せた種と、口を開けて投げ込まれるのを待つ遠藤さんを交互に見つめた。
(……まぁ、いっか)
投げ込まれた種を受け止め、遠藤さんはモグモグと口を動かしておもむろに呟いた。
「ん~、蓮花さんに嶺洲さんかぁ~」
「え――は? ちょ……遠藤さん?」
「うん、うん、なるほど~。ナナさんが怒るのも無理ないよ~」
「種食ったら分かるんです……?」
エントにそんな能力があったのかと首を傾げた。
「うん。種だからねぇ~」
(いや……意味分からんって)
「ナナさんは怖いよ~。幸島くんが知っているナナさんはほんの一部。あまり怒らせちゃだめだよ~」
「……」
「たくさん話したからくたびれちゃったよ。実は好きなだけもいでって良いからねぇ~。お休み~」
むにゃむにゃと……遠藤さんは眠りに落ちた。
『ナナに気を付けろ』
ふと、玄関の言葉が甦った。
振り返ると、遠くからナナさんがじっとこちらを見つめていた。
果樹園と庭を隔てる垣根の扉から、半分だけ体を覗かせてじっと幸島を見つめていた。
「……」
その時、裏口から洗面器を手にしたアレクサンダー・ザンダー三世が顔を覗かせた。
「ご飯でっせー」
プイと踵を返したナナさんは、見せつけるように大人しく足を洗われていた。
「はい、次後ろです」
「……」
(あてつけか……?)
「ほら、幸島はんも手洗ってきなはれ」
そう言うと、ナナさんに続きアレクサンダー・ザンダー三世も中へ引っ込んだ。
「……」
暫くの間、じっと裏口の扉を見つめていた幸島だったが……首を振って遠藤さんを振り返った。
(あ……また葡萄が生ってる)
一房手に取り、家に戻った。
2019/8/29:誤字脱字等修正




