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トコヨのクニ  作者: 立花 葵
7 コージマヒロシver1.2
26/50

7-2

 睦美は、相変わらず支給品の質素なワンピースを着ている。しかし……チラチラと覗く首筋から漂う濃密な色香が、幸島の視線を惑わした。

(あんな事があったせいだ……。あれさえなければ……)

 不可抗力だ。剥がしても剥がしても、ついつい吸い付いてしまう視線に言い訳をしながら、一歩、また一歩とベンチへ近づいた――


 近づくにつれ……幸島は違和感を覚えた。

 静馴は黒髪のストレート。なのだが――

(ちょっとウェーブかかってるし……ボリュームも多いような?)

 前へ回り込む――その時、髪の様子に気を取られた僅かの間に、振り返った睦美が幸島を捉えた。

「やぁ、幸島じゃないか」

「……」

 そこに、静馴の姿はなかった。


「どうした? 私の唇が忘れられず、お代わりしに来たのか?」

 一人ベンチに座る睦美は、(かつら)を被せた手をパペット人形のように動かした。

 無言で立ち去ろうとした幸島だったが……睦美は素早くサンダルを脱ぎ捨て、足先で胸ぐらを掴んで引き寄せた。

「……」

「どうした? ちゃんと言葉にしないとわからないぞ?」

「……マスターはグルか?」


 その問いには答えず、睦美は鬘を被った。

「どうだ? なかなか良いだろ?」

 正直、アリだ。

 とは思ったが、当然口にも顔にも出さない。

「お前は髪が長い方が好きなんだろ? お前が望むなら、髪が伸びるまでこれを被ろうかと思っているんだが……」


 おっしゃる通り。ポニーテールだと尚イイ。

 だがそんなことはどうでも良い。先の問いには答えなかったということは、マスターはグルだと思って良いだろう。

 ならば一刻も早くこの場を離れねば――

 しかし、それは睦美も重々承知している……。素早い動きで足を絡め、ベンチもろとも幸島を引き倒した。

「相変わらず激しいな」

 惚けた調子で呟き、耳元で囁いた。


「お前がしたいのなら、その先までやっても構わないぞ?」

 そう言うと、無視して体を起こそうとする幸島に腕を絡めて引き戻した。

 さすがの幸島も、この後の展開は読めている。睦美の誘惑を受け、たじろいだところに静馴が現れる。これしかない。

「フフフ、よく分かってるじゃないか」

 絡めた腕と足をギリギリと締め上げ、抵抗する幸島の動きを封じた。

「ムダですよ。のりません。残念でした。無理です。諦めて下さい」


 一切の感情を排除した幸島の言葉を鼻で笑い、睦美は何かを探るようにもぞもぞと下半身を動かした。

「息子の方はヤル気満々のようだが……?」 

「……」

「無理は体にも心にも良くないぞ?」 

 (にわか)に紅潮する幸島へ、睦美が畳み掛ける。

 チュッと鼻先に吸い付いた唇が離れ――その途端、意識の外にあった女の香りがどっと押し寄せた。

「今一度、息子と話し合う必要があるんじゃないか?」


 瑞々(みずみず)しい唇を割り、艶かしく横切った舌先が――先日の記憶を、感触を、鮮やかに呼び起こした。

 ぬるりと滑り――それでいてキュッと絡み付いた舌の感触。甘噛みでもするように吸い付いた柔らかな唇――

 目の前のそれに吸い付く――その直前、ハッと我に返り、無意識に寄せていた顔を慌てて離し――気が付いた。

 静馴が登場するのならば今をおいて他にない。


 持ち上げる視界に、上からゆっくりと足が割り込んだ。

 見覚えのある可愛らしい鼻緒のサンダル……。静馴と買い物に行った際、彼女が同じ物を買っていた。


 一瞬動きを止めた幸島だったが、意を決して勢いよく身を起こした。

 振り落とした睦美から溢れたわざとらしい悲鳴は無視した。

「レンゲちゃん!」

 顔を上げると同時に、腹の底から声を絞り出した。

 声に驚いたのか、八の字を描いていた静馴の眉が弧を描いた。

「俺とデートして下さい!」

 気まずい空気は勢いで押しきる。幸島が会得した数少ないコミュニケーションスキルの一つだ。


「え、あっ……はぃ……」

 と、静馴は赤い顔で俯き、目を泳がせて幸島を視界の外に押し出した。

「……チッ」

 逆さま視界で見届け、身を起こした睦美は、真っ赤な顔で仁王立ちする幸島を見上げ――突き出た不自然な膨らみに視線を下ろした。

「……」


 嘲笑うようなため息を洩らし、目の前に突き出たそれをまじまじと眺めた。

「体の方も、たいして成長はしていないようだな……。帽子ぐらいは脱いでいるんだろうな?」

 幸島の顔は更に赤みを増し、額から汗が滴った。

「それにしても……正に下心剥き出しの最低な誘いだな」

「……」

「おい、聞いているのか?」

「……」



 ◆



「――(しばら)くは痛むと思うけど、大丈夫。機能にも問題はないよ」

 医者はそう言うと、込み上げる笑いを噛み殺して付け加えた。

「小便以外に使う当てがあるのかは知らないけど」

 腹いせに振り抜かれた睦美の拳が、何処を貫いたかは言うまでもないだろう……。


 ややガニ股でバスに乗り込んだ幸島は、股を開いてゆっくりと腰を下ろした。

(ケッ、使う使わないじゃなくて、使える状態を保つ事が大事なんだよ)

 使わない物は腐る。幸島の持論だ。例外はない。物も体も同じだ。

 だから自家発電は欠かさない。毎晩の空撃ちには、ちゃんとした、真面目な、真剣な、真っ当な、深い、深い意味があるんだ。


 睦美の一撃を食らった後、真っ先に浮かんだのが今夜の空撃ちが可能かという心配だった。その事実を誤魔化すように言い訳を並べ、自分に言い聞かせた。ついでに脳内にいる第三者にも言い訳を並べ、対外的な許し得た気分に浸りようやく落ち着いた。

(今夜は諦めるしかないな……)

 そしてこの結論に辿り着いた。

2019/8/28:誤字脱字等修正

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