7-1
喫茶TOKOYO。
開業以来、物好きな客が数名来る程度で、繁盛という言葉からはずいぶんと遠い所にいた。だがそれを不満に思った事などない。むしろ満足していた。
売り上げの心配などしなくて良い趣味の店で退屈に過ごす。
生前に思い描いていた夢だ。だから現状にはとても満足していた。
客を迎える準備をしつつ、閑古鳥の鳴く店内を見渡してため息をつく。
大満足だった。
だから、睦美と出会ったあの日、どうしてウチで働かないか? などと持ちかけたのか……自分でもよく分からない。彼女を見た瞬間、「女にモテそうな女だな」そう思うと同時に声をかけていた。本当にただの思い付きで、出来心のようなものだった。
そして面白い事に、彼女を雇ったその日に自ら雇ってくれという可愛らしい女の子が現れた。しかも二人は生前の知り合いだというではないか。
これは何らかの意志が働いているではないか? そう思えてならなかった。魂が引き合って――
「へー、へー」
幸島はストローでお冷やを吸い上げ、ジトっとマスターを見つめた。
「帰っていいか?」
「そう言うなって、奢ってやったんだからもうちっと付き合えよ」
「じゃあ水以外の物を出せよ」
「ったく……童貞ってのは何かと面倒臭いんだな」
「帰る」
「まぁまぁまぁまぁ、座れって。どうせ暇なんだろ? 仕事なんてねぇだろ? 元々ムサシ一人でも余ってたんだ、忙しいなんて事があるわけがない」
「……」
幸島が渋々と腰を下ろすと、マスターは改めて店内を見渡してため息をついた。
「にしてもよ、一旦店に入っておいて、あの二人が休みだって分かった途端に回れ右だ。やだねぇ」
「これが良いんだ、満足だって話は何処いった……」
っと、幸島は無人の店内を振り返りため息交じりにこぼした。
「まぁ、人間どこまで行っても欲深いってことだな。うん、欲は無限だ」
「……」
「人間を目当てに動物達が集まり、動物達を目当てに人間が集まる。……動物も何匹か雇うか」
「……」
ふと、マスターは幸島に視線を移した。
「ところで幸島」
「ん?」
「何で二人そろって休みだと思う?」
「……さあ?」
マスターは不意に顔を寄せ、ニヤリと笑みを浮かべた。
「デートなんだとよ」
「……」
「睦美のやつ両刀なんだってな。もたもたしてると持っていかれるぞ?」
「レンゲちゃんは違うだろ」
「何で言い切れるんだ? 学生時代に数回話しただけなんだろ? 実は女の方が好きかもしれんぞ?」
「……」
「それにな……睦美はそれはもう熱烈に、聞いてるこっちが恥ずかしくなるぐらい情熱的に口説いてたぜ。静馴ちゃんもまんざらでも無さそうに見えたしな……」
ふと、蔑むような瞳がチラリと幸島を見下ろした。
「な、なんだよ……?」
「いや……別に。居ないと聞いたらホッとしたように帰ろうとしたり、正面切って宣戦布告されたのに能天気な事を言ってたり」
「……」
「後悔はするけど反省はしていない……。そんな奴を思い出してな」
「……」
「なんだよ? そんな睨むなよ……別にお前だなんて言ってないだろ? ああ、もしかしてアレか、心当たりがあるってやつか?」
◆
とある公園。海を見下ろす小高い岡に、ベンチに座る睦美と静馴と思しき姿が見える。
そしてその後方に茂みに潜む二つの影……幸島と喫茶TOKOYOのマスターだ。
(左が先輩……)
ベンチの向こうに二人の背が見える。
静馴は持たれかかるように頭を預け、睦美は手を回して静馴の肩を抱いているようだ。
見えている部分だけで言えば、ベンチでイチャつくカップルにしか見えない。
時折、睦美が顔を寄せて何かを囁き、その度に、静馴は預けた頭を擦り付けるように動かした。
「……」
「アレを見てもまだ『レンゲちゃんはちがうだろぉ』なんて言えるか?」
両手に持った葉付きの枝をを掲げ、マスターが囁いた。
「リアルにそのカモフラージュをする奴を初めて見た」
目だけをチラリと動かして素っ気なく返した。
「で、どうするんだ?」
「どうって……」
「あ? オメェが童貞な事ぐらい知ってるよ」
「……」
(コイツ……玄関と同じニオイがする)
「童貞を言い訳にこのまま帰ろうってか?
何をするにもな、初めてってのは上手くいかないし緊張するもんだ。だからって逃げてたらいつまで経っても変わらない。その結果がお前だ」
と、予想と違うまともな一撃に、幸島は言葉に詰まった。
「それにな、明確な宣戦布告を受けたんだ。堂々と迎え撃てってんだ。この間の雪辱を晴らしてこい」
「……」
立ち上がった幸島の背を押すように、更に言葉を続けた。
「偶然を装ってフラッと割り込んでこい。道端のエロ本を拾うより簡単だろ」
決意に満ちた瞳をカッと開き、幸島は足を踏み出した。
――その背を見送りながら、マスターはポツリと呟いた。
「……悪いな幸島。つい面白そうな方に乗っちまうんだよ」
2019/8/27:誤字等修正




