6-1
「せ、先輩こそ何も変わっていないんじゃないですか? 何時までもこんな事ばかり……もっと大人になったらどうです?」
「ハッハ、確かに。頭でっかちらしく口先だけは成長したようだな」
スッ――っと幸島の脇を抜け、付き出された手が白い病衣を放った。
「今度こそ、本当に全裸だぞ?」
「ハン、騙されるとでも?」
その時、ジトッと静観していた糸葉が口を挟んだ。
「あなた達……そういう事は自分達の家でやってちょうだい」
鼻で笑っていた幸島だったが、糸葉の言葉が、表情が、先の睦美の発言を肯定していた。
「達って……俺は、い、一緒にしないで―― 」
っと、狼狽えた幸島を遮り、糸葉は厳しい口調で付け加えた。
「同じよ。嫌ならさっさと振りほどけば良いじゃない。何時までも良いようにされて……。私には、まんざらでも無さそうに見えるわよ」
「違っ――」
「むしろ、本当は喜んでるんじゃないの?」
声を詰まらせた幸島の耳元で、睦美が畳み掛ける。
「聞いたか? 第三者からもそう見えるそうだが?」
「ッ……」
歯噛みする幸島に、睦美はねっとりと続けた。
「どうした? 嫌なら私を振りほどいてここを去ればいい。私を振りほどくぐらいわけないだろ?」
「……」
「ハハッ、意地の悪い言い方だったな。解っているさ、お前の事はよーく知っている。お前は女に優しいからな……」
「……」
「振りほどいたり押し退けたりして、イケナイ所を触ってしまったらどうしよう……。とか、見てはイケナイ所を見てしまったらどうしようとか、女にそんな力任せな事をして大丈夫だろうか? 弾みで怪我でもさせてしまったらどうしよう……。おおかたそんな事を考えているんだろ?」
睦美はフッと笑みを消し、鋭く言い放った。
「本当に、ヘドが出る」
「……」
「優しいを履き違えた、常識人を――いや、紳士を気取るエセフェミニストの『Cherry Boy』が考えそうな事だ……」
「……」
「お前は女を何だと思っているんだ? 静電気お断りの精密機器か? はたまたガラス細工のお人形? 触れれば溶けてしまう雪花のような存在とでも思っているのか?」
幸島の頬を掴み、再び顔を覗き込んだ。
「知らないのなら教えてやる。女とは人間だ。お前と同じ人間だ。
そして、烏滸がましくもお前が上から目線で女と認めた人間だ」
頬を掴む睦美の手が、何か言おうとする口を押し潰した。
「女に嫌われるのがそんなに怖いか? いや、お前が女と認めた者に嫌われるのが怖い、だな。だからこそお前は未だに『Cherry Boy』なのだろう」
払いのけるように、頬を掴む手を離して睦美は続けた。
「だがまぁ、その気持ちは分かるぞ。そりゃ私だって嫌われるより好かれる方がいい。好かれずとも、できれば嫌われたくはない」
「……」
「だが残念ながら……万人に好かれる、嫌われない、それは不可能だ」
「そ、そんな事ぐらい……」
「分かっているのなら、なぜ恐れる? 何をそんなに恐れている?」
「……」
「お前は、傷つくのが怖いんだ。女に嫌われるよりも何よりも、自分が傷つく事が怖くて怖くて堪らないんだ。自分が女と認めた者に拒絶されるのが、自分が女と認めた者に男と認めてもらえない事が、その可能性が、怖くて怖くて堪らないんだ」
睦美の声に、鋭さが戻った――
「成長しただと? 笑わせるな。お前が収集し、経験したつもりの知識は、傷つく事を恐れず、いや……傷ついても、逃げずに立ち向かった――その先の事だ」
「……」
「まさかとは思うが……童貞どもの妄想話を収集したのではあるまいな? 今度じっくり聞かせてくれないか?『俺が考える最強セ◯クス』なんてものを収集したりしていてないだろうな?」
暫くの間、込み上げる笑いを喉の奥で転がし……睦美は耳元で囁いた。
「惚れた女が奪われて行くのをボケッと眺めていたクセに、一丁前に愚痴や負け惜しみを垂れ流すお前は実に滑稽だったぞ。
なぜあいつが? なぜあんな奴を? あいつより自分の方がマシなはずだ……。本当に、度し難い阿呆だな。お前は張り合ったつもりなのかもしれんが、そもそも張り合う土俵にすら上がっていなかったんだよ。ビビって上がらなかったんだよ」
生温い空気と共に、鋭い声が耳の奥へと流し込まれた。
「もう一度言う。お前は何も変わっていない。何も成長していない」
「……」
「フフフ……体がとても素直なところも変わってないなようだな」
睦美の手が、するりと下腹部へ滑った――その瞬間、幸島は素早く身を翻し、睦美の両肩を掴んで押し倒した――
「いい加減にしろ!! 何時までも好き勝手――」
睦美との決別……そんな決意を、吊り上げた瞳と荒々しい声に込めた幸島だったのだが……。
「あっ――」
っと溢れた悩ましい悲鳴を聞いた瞬間、怯むと同時に悟った。
(これは――)
――罠だ!
「いい加減になさい!!」
声を荒げた糸葉が立ち上がるのと、病室の扉が開いたのは同時だった。
振り返った幸島の視界の隅で、睦美の唇がニヤリと微笑んでいた。




