5-4
「だそうよ――」
言うと同時にカーテンを一気に引き開けた。
「聞いてたみたいね」
向かいのベッドの上で、カーテン越しに聞き耳を立てていた睦美が慌てて姿勢を改めた。
「……先輩」
ポカンと呟いた幸島は、糸葉へ視線を滑らせた。
「嶺洲さんたっての希望で相部屋にしたのよ。一体何を企んでいたのかしらね?」
「無礼な女だな……。無論、幸島の身を案じてに決まっているだろ」
などと言いつつも、チラリと幸島を窺い、バツが悪そうに視線を逸らした。
「わ、私も、やり過ぎたと思っている」
「……」
「レンゲを巻き込むべきではなかった……。は……反省している」
モゴモゴとそう言う睦美を、幸島はジトッと見つめた。
「へー」
「な、何だその目は!?」
「先輩……。もし、俺が病室を訪ねて行って、今の言葉が聞けたのであれば信じます」
そう言って、幸島は改めて病室を見渡した。
「この期に及んで……まだ何か仕掛けようとしていた人間の言葉を信じるとでも?
それとも、この僅かな時間で悔い改めたとでも言いますか? 流石の俺もそこまでおバカじゃないですよ」
「そんな……起きないお前が心配で……心配で……」
「フン、今更そんなものが通用するとでも?」
顔を伏せ、肩を震わせる睦美に……いつになく強気な幸島は、ここぞとばかりに畳み掛けた。
「いや~、思い出補正で色々と忘れてましたよ。でも、思い出しました。先輩の事はよーく知っています。あなたを、嶺洲睦美という人をハッキリと思い出しました」
「……」
「もう俺で遊べるなどと思わないで下さい」
幸島が勝ち誇った笑みを浮かべた、その時――ゆっくりともたげた睦美の瞳がチラリと光った……。
次の瞬間、獲物に飛びかかる獣の様に――糸葉の頭上を飛び越え、幸島に襲いかかった。
「ッウヒ――!」
幸島は情けない悲鳴を漏らし、顔を守るように両手を掲げた――
「――ッ!」
……
「…………?」
ゆっくりと、瞼の隙間から外を窺った。
(……?)
生暖かい湿った空気が、耳に纏わり付いた。
「!?」
同時に、背に押し付けられる――ささやかながらも柔らかい、確かなものを感じた。
「幸島……」
吐息混じりの声が、耳をくすぐる。
「い、色仕掛けっスか? い、い、言ったでしょ、もう通用しません!」
(クソッ! これが男の性……いや、童貞の……? クソッ! クソッ!)
甚だしく動揺しながらも、ついつい背と耳の感覚を研ぎ澄ます自分に心底腹が立った。
(静まれ……静まれ俺!! 落ち着け! 冷静に、冷静――)
「私も思い出したよ……」
「な、何言ってんス……か? ま、負け惜しみは、良くないっスよ?」
睦美は押し付けたそれでゆっくりと背を擦りながら、絡み付ける様に幸島の胸に手を回した。
「お前のヘタレっぷりを」
「そ、それがどうしたってんですか? そ~んな事は俺が一番よく分かってますー、残念でしたー」
「何といったかな……お前が想いを寄せていた女」
「そ、それが、どうかしましたか? ええ、俺はあろう事かあなたに相談しましたよ。今、当時の自分に会えるんなら首をへし折ってやりますよ」
「フフッ……覚えてるじゃないか。そういえば、何処と無くレンゲに似た女だったな」
「それがなにか? そんな事で俺を――」
「当然、私のアドバイスとお前が招いた結果も覚えてるな?」
「……」
「あの時、私は真剣に話を聞き、アドバイスした。あの時はまだ、私にとってお前はカワイイ、カワイイ、部活の後輩だったからな」
「……」
「なんとかお前の恋を成就させようと、私は真剣に話を聞いた。そして真剣に答えた。だが貴様は……」
爪を立てるように、睦美の手に力が篭った。
「――床に映る私のパンツを見ていたな」
「み、見てたんじゃなくて見えてしまったんです!」
「そうか……。チラチラ、チラチラ、チラチラ、チラチラ、チラチラチラチラ!! 見えてしまったのか……」
しかし、口調とは裏腹に、睦美は楽しげに微笑んでいた。
「フフフ……。ようやく、お前の口から『見た』という言葉が聞けたな。
床が新しいからどうだの、ワックスがどうだの……結局、お前の口から『見た』という言葉は聞けなかったからな」
「いや、そ、そんなつもりじゃ……当時は――」
「何を言うつもりか知らんが、お前は当時から何も変わっていないじゃないか。当時も今も、『Cherry Boy』じゃないか。暇さえあれば、女を見れば、ふしだらな妄想に浸る拗らせた『Cherry Boy』」
「……そうですよ。未だに童貞ですよ! 童貞のまま生涯を終えましたよ!
でも、経験はないなりに成長はしてるんですよ。いつまでも昔の――」
「勘違いするな」
鋭く遮り、睦美は幸島の頬を掴んで強引に顔を除き込んだ。
「成長した? 笑わせるな。見聞きした体験談に自身を書き加え、さも自分が体験したかのように覚えただけだ。
今の自分をよく見てみろ。私に密着されるだけでビビっている自分を。あの頃と同じじゃないか」
「……」
「お前は何も変わっていない。強いて言えば、床に映るパンツを盗み見たあの日から、お前は私のオモチャになった。変化があったとすればそれぐらいだ」




