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トコヨのクニ  作者: 立花 葵
1 幸島大
2/50

1-2

 職場へ向かうバスの中、ふと隣に誰かが座った。

「幸島くん。おはようございます」

 同僚のリリィさんだ。

「リリィさん、おはようございます」

 豊満なボディと、艶々のシルバービターのロングヘアが目を惹く美ネコさんだ。しかし、ナナさんとは根本的なところが違う。それは――


「リリィさん。ちょっと聞いても良いですか?」

「なんでしょう?」

「差し支え無ければで良いんですけど、リリィさんが人型を選んだのはどうしてなんです?」

 リリィさんは人型。背丈も人と変わらず、その造形はかなり人間に近い。耳と尻尾をとれば人間と言って差し支えない。


「それは――」

 リリィの手が絡みつき、肩に柔らかい物が押し付けられた。

「貴方を誘惑する為……」

 耳元に熱い息づかいを感じた。

「リ、リリィさん!! ――って、旦那に言いつけますよ?」

 一応ノってみたが……いろいろとまずいのですぐに止めた。

「冗談よ、冗談」

 っとリリィは体を離し、気恥ずかしそうに答えた。


「私がこっち(人型)を選んだのは、ダーリンのお嫁さんになるためよ」

「生前の飼い主さんでしたっけ?」

「ええ。お前が人間だったらよかったのに……って口癖のように言ってましたから。こうしてダーリンが来るのを待ってたんです」

「なるほど」

 なぜそんな事を尋ねてきたのか、察しが付いているリリィは幸島に尋ねた。


「ナナさんが気になりますか?」

「昨日、ウチの子になりませんか? って聞いたんですけど……」

「断られたんですか?」

「ええ。野良で生きて行くんだーって言ってました。何かこだわりがありそうだったんで」

「野良ねぇ……。でも、ナナさん幸島くんの家以外には行ってないわよ」


「え? 別宅が沢山あるような事言ってましたけど……」

「ねぇ、幸島くん。やっぱり幸島くんとナナさんは生前に会ってるはずだよ。

 たぶんだけど、生前もナナさんは野良だったんだよ。幸島くんに思い出して欲しいんじゃないのかな……」

「そう言われましても……全く覚えてないんですよ。頭ぶつけて死んだって説明はうけましたけど、全然思い出せなくて……。日付から計算すると、一年ぐらいの記憶が飛んでるんですよ」


「そっかー……」

 天井を見上げたリリィはふと尋ねた。

「あれ……見た?」

「自分の死骸の……?」

 コクコクと頷くリリィの瞳は、好奇心と恐怖が立ち替わり顔を覗かせていた。

「頭がパカッっと割れて、赤黒いソースのかかったプリンのような、あん肝のような物体が飛び散ってました」


「うぇ……幸島くんなかなかスプラッターな死に方したんだね」

「リリィさんは?」

「私は車に轢かれたから……お尻の穴からゴニョゴニョ、中身がゴニョゴニョ――」

「うぇ……俺よりグロいっスよ……」

「でもね、本能なのかな? 自分の中身を見た瞬間、美味しそうって思っちゃった」

「俺は一生プリン食えないなーって思いましたね。そんで、一生ってもう終えてんじゃねぇか。って心の中で冷静な突っ込みを入れてたのが自分でも意外でした」



 ◆



 幸島とリリィの職場。トコヨインフォメーションセンター。

「それじゃ」

 っと、動物課へ向かうリリィの背を見送り、幸島は人間課へ向かった。


 トコヨインフォメーションセンター。トコヨの総合案内所だ。

 皆ここを通り、トコヨのクニへ足を踏み入れる。約二年前、幸島もここを通りトコヨの住人となった。

 幸島の仕事は、主に何かしらの設備の修理だ。トコヨの住人達から寄せられる様々な修繕依頼をこなすが彼の仕事だ。毎朝ここへ出勤し、寄せられた修繕依頼に目を通す。

 っと言っても人工に比例して仕事は少く、基本的にヒマだ。


 幸島が仕事着に着替え終わった頃……一人の女性がトコヨの門を潜った。

「52番の方、3番へどうぞ」

 恐る恐る、彼女は3と書かれた扉に手をかけた。

 診察室のような部屋。しかし、それにしては殺風景だ。扉の前に置かれた目隠しの衝立……後はデスクと白衣のオッサン。それ以外は何もない。デスクの上もパソコンらしき物が一つあるだけだ。


「えーと……。蓮花(はちすか)静馴(しずな)さん。変わった字を当てるんですね」

「よく言われます……。いえ、ました(・・・)……かな……」

「どうぞ、お座り下さい」

 事務的に話すオッサンはカタカタとキーボードを叩き、くるりとモニターを向けた――

 ベッドに横たわる自分。げっそりと痩せ、鼻と口から伸びたチューブで辛うじて生かされていた自分……モニターを見つめる彼女とはまるで別人だ。


「長いこと入院されていたんですね」

 オッサンは手元のカルテのような物をペラペラと捲った。

「じゃあ、これにサインを頂けますか?」

 そう言って、何かの用紙を差し出した。

「死亡現任書……?」

「死にました。と認めるサインです。御遺体はそちらに」

 そう言ってモニターを指した。

「間違いありませんね」


「はい……」

「では、そちらにサインをお願いします」

「……」

(死んでも変わらないんだ……)

 決まった時間にナースが訪れ、私に刺さった管の様子を見て、体を拭いて、ベッドを整え、次に取りかかる。

 流れ作業のように、てきぱきと……。

 コンベアに乗って流れる自分の姿を思い描き、静馴は顔を俯けた。

2022/07/28微修正

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