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トコヨのクニ  作者: 立花 葵
5 睦美と幸島
18/50

5-2

 カランと鳴った鈴の音と共に、幸島の叫びが響いた。

「は、離せ! 下ろせぇ! 下ろせぇぇムサシィィ!!」

「ったくうるせぇな……」

 ムスッと溢し、行く手を塞ぐように立った店主の向こうに、ムサシは楽園を見た。


「お、おお……。人間がいっぱいだ」

 離陸してしまいそうなほどに尻尾を振り回し、鼻息を荒げた。

「椅子が二つで事足りていた店とは思えませんな」

 と、随分と盛況な店内を見回し、紋次郎も飾り羽根を一杯に広げてひょこひょこと体を揺らした。

「ほっとけ。で、見ての通りでな。相席になるけど良いか?」

「むしろ相席で頼む」

 鼻息荒く、ムサシは店主後に続いた。


 席についたムサシに、相席の二人が抱きついた。

「ムサシくん相変わらず良い毛並み」

「もぉ~、ふわっふわ~」

 ムサシに抱きつく女装のオッサン――もとい、オネエ様方はインフォメーションセンターの職員である金枝(かなえ)矢枝(やえ)だ。

 ホクホク顔のムサシの向かいで、幸島は二つの意味で気配を殺して縮こまっていた。

「なんでコイツ(幸島)を担いでたの?」

 っと、幸島の隣でパフェをつつくのはこの席で唯一の女性――鈴端(すずはし)糸葉(いとは)だ。

 今朝の一件のせいか……幸島くんからコイツに降格されていた。


「最近抱っこしてなかったからな、そういう気分だったんだ」

「ふ~ん。後で私にもやって。抱っこの方よ」

「良いのか?」

「ええ。代わりにブラッシングさせて」

「いいぞ。むしろ頼む」

 人間相手にはツンとしている糸葉だが、動物が相手だと際限なく目尻が下がって行く。

 鞄には彼ら用のマイブラシが常備されている。

「紋次郎。イチゴ食べる?」

「ありがとうございます。ああ――いや、そんなには……一欠け削って頂ければ十分ございます」


「ウフフ、紋ちゃんは紳士ですねぇ」

 っと糸葉に(くちばし)を擦られ、紋次郎は心地よさそうに目を細めた。

「ほら、コウちゃん。こっちにいらっしゃい」

 気配は殺していたが、当然の事ながらオッサン……オネエ様方には見つかっていた。

「え、遠慮しときます……」

 が、無駄に逞しい二人にひょいと持ち上げられ、ムサシの膝に下ろされた。

「あ~ん、カワイイものは幾つあってもカワイイわぁ」

 伸び始めた髭が、ジョリジョリと幸島の頬を撫でた。

(……ナナさんの舌が恋しい……)

 幸島の目に涙が浮かんだ頃――


「お待たせしました。ご注文はお決まりでしょうか?」

 聞こえた睦美の声に、幸島はビクッと身を震わせた。

「ランチの和」

「私はヒマワリを」

「……」

 気配を殺す幸島を、金枝と矢枝が促した。

「コウちゃん?」

「注文は?」

「……アイス……コーヒー……」

「……畏まりました」

(……?)


 ――んん?


 顔を上げると、伏せ目がちの睦美がほんのりと頬を染めて注文を復唱していた。

「本当に来たんだな……幸島」

(なんでモジモジしてるんだ……?)

「後で……二階席にきてくれ」

(まさか……)

「約束は……ちゃんと守る……から」


 ◆


 一人、二階席に通された幸島はぐるりと周囲を見回した。

 普通に客席が並び、窓側は座敷になっていた。

 記憶が正しければ、ここは店主の自宅だったはずなのだが……。

「前からこうする予定だったそうだ」

 そう言うと、睦美は座敷席へ幸島を通し、周囲を衝立で囲った。


 向かいに腰を下ろし、上着を脱いだ睦美は頬を染めてシャツのボタンに手をかけた。

「すまない……向こうを向いててもらえないか……?」

「いや、ちょっとそんな事が目当てで来たんじゃないですよ。つーか、何のつもりですか?」

「そう言う君は、どういうつもりで来たんだ……?」

「いや、あの……ちょっと……レンゲちゃんに……」


「そっか……私のは小さいからな……。形と先っぽの色には自信があるんだけどな……やっぱりレンゲぐらいの大きさがないとダメなのか……」

「いやいやいや、そういう話ではなくて……」

 最初は睦美に勝ったと思い、ニタニタとしていた幸島だったが……彼女の言動に甚だしく狼狽していた。

(な、なんなんだよ……どうなってんだ……?)



「じゃあ、興味はあるんだな? 見れるなら見たいんだな?」

 少し潤んだ瞳をもたげ、早口に尋ねる睦美の様子に、幸島は更にたじろいだ。

 睦美は更に頬を染め、俯いて言葉を詰まらせた。

「……どうなんだ? 見れるなら……見たいのか? それとも……」

「そっ、そっ、そりゃ……見れるなら……見たい、ですよ……」

「ほ、本当か?」


(な……なんてこった……)

 パッと振り向いた睦美から、幸島は思わず目を逸らした。

(先輩が……先輩が……)

「こんな事なら、一番カワイイ下着を着けてくるんだったな……」

 モジモジとしながら、上目遣いに微笑む睦美をチラリ伺った。

(先輩が……カ、カワイイだと……)

「じゃあ、ちょっと後ろを向いててくれないか? こんな下着を、お前には見られたくないんだ……」


 シャツのボタンを外し始めた睦美から視線を外し、幸島は慌てて背を向けた。

「いや、ちょっと――止めて下さい! 本当にそんな目的で来たんじゃないんですよ!」

「ホントに、お前は変わらないな……」

 パサッと、服が落ちる音が聞こえる。

「まるで女心がわかってない」

 心臓が鼓膜を揺さぶり、口内の水分が急速に失われて行くのが分かった。

「私は、お前に見て欲しいんだ――」

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