5-2
カランと鳴った鈴の音と共に、幸島の叫びが響いた。
「は、離せ! 下ろせぇ! 下ろせぇぇムサシィィ!!」
「ったくうるせぇな……」
ムスッと溢し、行く手を塞ぐように立った店主の向こうに、ムサシは楽園を見た。
「お、おお……。人間がいっぱいだ」
離陸してしまいそうなほどに尻尾を振り回し、鼻息を荒げた。
「椅子が二つで事足りていた店とは思えませんな」
と、随分と盛況な店内を見回し、紋次郎も飾り羽根を一杯に広げてひょこひょこと体を揺らした。
「ほっとけ。で、見ての通りでな。相席になるけど良いか?」
「むしろ相席で頼む」
鼻息荒く、ムサシは店主後に続いた。
席についたムサシに、相席の二人が抱きついた。
「ムサシくん相変わらず良い毛並み」
「もぉ~、ふわっふわ~」
ムサシに抱きつく女装のオッサン――もとい、オネエ様方はインフォメーションセンターの職員である金枝と矢枝だ。
ホクホク顔のムサシの向かいで、幸島は二つの意味で気配を殺して縮こまっていた。
「なんでコイツを担いでたの?」
っと、幸島の隣でパフェをつつくのはこの席で唯一の女性――鈴端糸葉だ。
今朝の一件のせいか……幸島くんからコイツに降格されていた。
「最近抱っこしてなかったからな、そういう気分だったんだ」
「ふ~ん。後で私にもやって。抱っこの方よ」
「良いのか?」
「ええ。代わりにブラッシングさせて」
「いいぞ。むしろ頼む」
人間相手にはツンとしている糸葉だが、動物が相手だと際限なく目尻が下がって行く。
鞄には彼ら用のマイブラシが常備されている。
「紋次郎。イチゴ食べる?」
「ありがとうございます。ああ――いや、そんなには……一欠け削って頂ければ十分ございます」
「ウフフ、紋ちゃんは紳士ですねぇ」
っと糸葉に嘴を擦られ、紋次郎は心地よさそうに目を細めた。
「ほら、コウちゃん。こっちにいらっしゃい」
気配は殺していたが、当然の事ながらオッサン……オネエ様方には見つかっていた。
「え、遠慮しときます……」
が、無駄に逞しい二人にひょいと持ち上げられ、ムサシの膝に下ろされた。
「あ~ん、カワイイものは幾つあってもカワイイわぁ」
伸び始めた髭が、ジョリジョリと幸島の頬を撫でた。
(……ナナさんの舌が恋しい……)
幸島の目に涙が浮かんだ頃――
「お待たせしました。ご注文はお決まりでしょうか?」
聞こえた睦美の声に、幸島はビクッと身を震わせた。
「ランチの和」
「私はヒマワリを」
「……」
気配を殺す幸島を、金枝と矢枝が促した。
「コウちゃん?」
「注文は?」
「……アイス……コーヒー……」
「……畏まりました」
(……?)
――んん?
顔を上げると、伏せ目がちの睦美がほんのりと頬を染めて注文を復唱していた。
「本当に来たんだな……幸島」
(なんでモジモジしてるんだ……?)
「後で……二階席にきてくれ」
(まさか……)
「約束は……ちゃんと守る……から」
◆
一人、二階席に通された幸島はぐるりと周囲を見回した。
普通に客席が並び、窓側は座敷になっていた。
記憶が正しければ、ここは店主の自宅だったはずなのだが……。
「前からこうする予定だったそうだ」
そう言うと、睦美は座敷席へ幸島を通し、周囲を衝立で囲った。
向かいに腰を下ろし、上着を脱いだ睦美は頬を染めてシャツのボタンに手をかけた。
「すまない……向こうを向いててもらえないか……?」
「いや、ちょっとそんな事が目当てで来たんじゃないですよ。つーか、何のつもりですか?」
「そう言う君は、どういうつもりで来たんだ……?」
「いや、あの……ちょっと……レンゲちゃんに……」
「そっか……私のは小さいからな……。形と先っぽの色には自信があるんだけどな……やっぱりレンゲぐらいの大きさがないとダメなのか……」
「いやいやいや、そういう話ではなくて……」
最初は睦美に勝ったと思い、ニタニタとしていた幸島だったが……彼女の言動に甚だしく狼狽していた。
(な、なんなんだよ……どうなってんだ……?)
「じゃあ、興味はあるんだな? 見れるなら見たいんだな?」
少し潤んだ瞳をもたげ、早口に尋ねる睦美の様子に、幸島は更にたじろいだ。
睦美は更に頬を染め、俯いて言葉を詰まらせた。
「……どうなんだ? 見れるなら……見たいのか? それとも……」
「そっ、そっ、そりゃ……見れるなら……見たい、ですよ……」
「ほ、本当か?」
(な……なんてこった……)
パッと振り向いた睦美から、幸島は思わず目を逸らした。
(先輩が……先輩が……)
「こんな事なら、一番カワイイ下着を着けてくるんだったな……」
モジモジとしながら、上目遣いに微笑む睦美をチラリ伺った。
(先輩が……カ、カワイイだと……)
「じゃあ、ちょっと後ろを向いててくれないか? こんな下着を、お前には見られたくないんだ……」
シャツのボタンを外し始めた睦美から視線を外し、幸島は慌てて背を向けた。
「いや、ちょっと――止めて下さい! 本当にそんな目的で来たんじゃないんですよ!」
「ホントに、お前は変わらないな……」
パサッと、服が落ちる音が聞こえる。
「まるで女心がわかってない」
心臓が鼓膜を揺さぶり、口内の水分が急速に失われて行くのが分かった。
「私は、お前に見て欲しいんだ――」




