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「……使命?」
「輪廻の螺旋を廻り、精練を終えた魂達の楽園……。そして、輪廻の螺旋へ無垢なる魂を産み落とす場であるぞ」
「は、初めて聞く話なんだけど……」
「新たな魂を産み落とせぬ者に用はない。今一度螺旋へ戻り、その無能な魂と不要な器官を精練し直して来るがよい」
そう言うと太陽は踵を返し、ゴロゴロと去って行った。
「そんな……そんな事誰も……」
幸島はペタンと尻をつき、焼けた玄関を呆然と見つめた。
(つまり……Cherryは……。童貞は……生きる価値無しだと……? ここではそれが罪だと……)
「おいバンビ――じゃなかった幸島」
呆然としていた幸島だったが……ドアノブの声で我に返った。
と同時に、猛烈な怒りが込み上げてきた……。
「お前よくも……」
「そんな怒るなよ……悪かったって。ついつい面白そうな方に乗っちまうんだよ」
何も言わず、すくりと立ち上がった幸島はドアノブを大きく振りかぶった。
「待て、待って! 落ち着け――」
ヒュ――ッと風を切り、喚くドアノブの声は瞬く間に彼方へと吸い込まれた。
「なんて日だよ……チクショウ……」
再びペタンと座り込んだ幸島の元へ、そっとナナさんが歩み寄った。
「コージマ泣いてるの?」
「……ウッ、ウッ……ナナさん……」
ふと、ナナさんはゴロリと横になった。
「いいよ。ちょっとだけ」
「ナ、ナナざ~ん!!」
顔をクチャクチャに崩し、ナナさんを抱き寄せて腹に顔を埋め――る直前、ナナさんは足を突っ張っり、幸島の顔に黒い肉球ハンコがペタペタと押された。
「……ゴメン。やっぱりムリ」
「……」
「足洗わせてあげるから許して」
「……」
「お湯使ってねー」
(チクショウ……)
チクショウゥゥゥゥーー!!
◆
翌朝……バスに揺られる、げっそりと干からびた幸島の姿があった。
頬は痩け……精気の無い瞳は、ここではない何処か遠くを見つめていた。
隣に腰を下ろしたリリィは、心配そうに幸島の顔を覗き込んだ。
「幸島くんどうしたの? すごく……窶れてるみたいだけど……」
「リリィさん……」
「目、真っ赤ですよ? 大丈夫……?」
「散々な目に合いまして……」
「そう……」
――っと、リリィは幸島の頭を抱き寄せ、胸に挟み込んだ。
「ほらほら、オッパイですよー。元気出して」
「ちょっ――リ、リリィさん!?」
慌てる幸島を他所に、むにむにと胸を押し付けて幸島を撫でた。
「よしよし。元気になぁ~れ」
(そんな――ち、違うところが元気に――)
「ぷはッ!」
っと、幸島はリリィの腕を逃れ、上気した顔を背けてお約束を口にした。
「だ、だ、旦那に言いつけますよ!」
しかし、リリィは特に表情を変える事なく、手を伸ばし再び幸島の頭を抱き寄せた。
胸の下でモゴモゴと喚く幸島を撫で、顔を寄せてスンスンと鼻を動かした。
「うん。何時もの匂い」
腕の力が抜け、「ぷはッ!」と幸島が顔を上げた。
「ちょ、リリィさん! や、やり過ぎ――」
リリィはズイと顔を寄せ、またスンスンと鼻を動かした。
「うん、何時もの幸島くん。元気出ましたか?」
「……はい」
「良かった良かった。じゃ、私の番」
スルリと腕を絡め、体を寄せて囁いた。
「幸島くん。うちの子にならない?」
「……だ、旦那に……言いつけ、ます……よ」
ウフフっと笑みを浮かべ、リリィはスリスリ撫で撫でと至福の一時を過ごした。
◆
「それじゃ、またね!」
っと、ツヤツヤになったリリィは動物課へと向かった。
普通を装いつつその背を見送り……振り返ると同時にずり落ちる頬を押さえた。
(柔らかくて……良い匂いだった……)
締めても締めても頬は弛み、口許はニヤケが止まらない……。
(我ながら、キモいと思う。……これも経験がないが故なのだろうか……)
その時、ふと足を止めて振り返った。
「……」
何やら視線を感じたのだが……これといって自分を注視している者はいない。
強いて言えば、窓の向こうで太陽が視線を逸らしたような気がした……。
「……」
まさかバスの中までは見えてはいまい……。
そう思い顔を戻し――ドンッと誰かにぶつかり縺れるように倒れ込んだ――
「キャッ――」っと聞こえた艶のある悲鳴、顔面で受け止めた慎ましい感触と良い香り……。
一瞬、その心地のよい感触に身を委ねた幸島だったが――押し倒した女性の胸に顔を埋めている事に気が付いた。
「す、すみません! ごめんなさい!」
謝罪を口にしつつ慌て跳ね起きようとすも――首に手を回され、グイと体が引き戻された。
「今になって私を押し倒しに来たのかい? 『Cherry』幸島」
反射的に閉じていた瞼をゆっくりと開いた。
「……嶺洲先輩」
「どうした? これで終いか?」
「もしかして……つけてました?」
「ゾンビのような君を、あの爆乳猫娘がプルンプルンに戻す様をとくと拝見させてもらったよ。私にもしてほしいのか?」
「……」
「ところで……君はいつまでそうしているつもりだ? 男になるつもりなら、さっさと私を剥いて君も脱ぎたまえ」
「フン、その手にはのりませんよ」
と、ほんのりと頬を染めつつも余裕を見せる幸島の瞳に、睦美の胸元に転がる小さな粒が留まった。
彼女は見せつけるようにそれを拾い、幸島の眼前へ突き出した。
「……種?」
「そうさ、君の食べ残しさ。まだ君の味がするんだ」
睦美は舌で絡めとるように種を口の中へと仕舞い、耳元で囁いた。
「君にその気があるのなら、何時でもきたまえ。何処であろうとお相手するよ」
湿り気を帯びた熱い呼気が、ネットリと耳に絡み付いた――




