4-1
――淡々と語る睦美の声が、店内に響いた。
「頭の中は脱『Cherry』で一杯なくせに、無興味を装いことごとくチャンスを逃し、そのくせこだわりだけは人一倍強く、選り好みした挙げ句に拐われた油揚を横目で未練がましく追い続ける。
脳内では幾人もの女を抱きながら、いざその時を迎えればビビり、己が欲望をどこまでぶつけて良いのか、どこまで要求して良いのかわからずモジモジと反応を探るいじらしさ……。
これは今しか味わえない。『Cherry』にしかない味だ」
一息に語り終え、睦美はフッとため息を漏らした。
「一度経験してしまえば……後は貪欲に快楽を貪り、やれアレを試したいコレを試したい別の穴を試したいオモチャを使いたいと節操を無くし、如何にして新しい女を抱くかと頭を悩ませるケダモノへと堕ちてしまう……」
スッと視線をもたげ、睦美は続けた。
「マスター。私はアイツをそんなケダモノにはさせない。アレを誘惑している『B◯tch』について詳しく教えてもらいたい」
「聞いて……どうするつもりなんだ?」
「無論、アイツの純潔を守るのさ」
「そうか……」
と、マスターはおもむろに入り口を指した。
「まぁ、そいつだ」
いつから居たのか……入り口に一人の女性が立っていた。
肩にオウムを乗せ、キョトンと首をかしげるようにこちらを見ている。
「……」
睦美はツカツカと彼女へ歩み寄り、顔を寄せて舐め回すように見つめた。
「なるほど……カワイイじゃないか!」
そう言うと、顎に指を当てて何度も頷いた。
「なるほど、なるほど、アイツが惑わされるのもムリはない。見目麗しく、そこはかとなく漂う天然の香り……『Cherry』達の大好物ではないか!
さしずめキミは『Killer』といったところか」
「その前に客だ。早く席へ案内しろ」
「おっと、思わず我を忘れて……失礼を致しました」
睦美はキリッと顔を引き締めて恭しく頭を垂れた。
「いらっしゃいませ、美しいお嬢さん。ご希望の席へご案内致します」
「う、海が、よく見える……席が」
同性である事は分かった。しかし――彼女の中性的で、非常に整った顔を間近に寄せられると……ついドギマギとしてしまう。
「紋次郎はヒマワリか?」
ふと、マスターの声が割り込んだ。
「はい。それと、コーンをいただけますか?」
紋次郎は静馴の肩を離れ、パタパタとカウンターへ着地した。
「はいよ。で、静馴ちゃんはパフェか?」
「はい!」
「じゃあ席で待っててくれ。メニューを持って行くよ」
(昨日はストロベリー。今日はチョコにしようかな)
などと考えつつ顔を戻すと、ウェイターが更に顔を寄せてジッと静馴を見つめていた。
「あ、あの……何か付いて……ますか?」
「れん……げ?」
「え?」
「レンゲ……蓮花静馴か?」
「はい……」
「わ、私だ! 睦美だ! 忘れてしまったのか!? 私だ!! 嶺洲睦美だ――」
一方、幸島は……。
「そんないじける事か? 密着されてる時は喜んでる匂いがしてたぞ」
「う、うるせ。だれが喜んでなど……。ほ、本能的なものだ。不可抗力だ」
などと言いつつも、ついつい睦美の感触と匂いを思い出してしまう……。
(クソッ……これが男の悲しき性――いや、悲しき童貞の性だな……チクショウ……)
『Cherry Boy』
やたらアクセントを強調した睦美の声が、耳の奥でこだましていた。
今から引き返して押し倒してやろうか……。
っと、考えてみた。考えただけである。そうしたらどうなるだろうと、妄想を繰り広げて終いだ。ついつい都合の良い展開を描いて終いだ。
妄想の中で睦美をこてんぱんに負かし、溜飲を下げる……。しかし、そこまでも見通しているのであろう睦美の薄ら笑いが目の奥でチラつく。
(ぐぬぬぬぬ……)
チクショウ……。
◆
その夜、幸島宅。
「ナナさ~ん、ナ~ナさ~ん」
幸島は昼間の屈辱を癒すべく、丸まったナナさんを引き寄せて腹に顔を埋め――る直前、ナナさんは大きな欠伸をしながら足を突っ張った。
押し付けられる幸島の顔を押し退け、つっかえ棒のように突っ張った。
「コージマおかえりー」
これはこれで押し付けられる肉球の感触が味わえて良いのだが……ちょっと悲しい。
「コージマごはんー。ごはんー」
「ナナさん……ちょっとだけ、ちょっとだけお願いします」
「やー。キモーい。コージマキモーい。玄関ーコージマがキモーい」
「幸島だからな、仕方がない。気持ち悪いのは元々だ」
「なんだよチクショウ! 二人してさー! ちょっとぐらい良いじゃんかよ! チクショウ……」
ふと、額をザラザラとした物が撫でた。
「はいはい、嫌な事あったのねー」
っと、額をペロペロと舐めるナナさんへ、幸島は目を潤ませて顔を押し付けた。
「ウッ……ウェ、ナナさーん!」
その顔に、ナナさんは前足をありったけ伸ばして突っ張った。
「……」
「ごはん」
「――どうぞ」
猫缶に食らい付くナナさんの背を撫でながら、幸島はため息を漏らした。
「惨めな一日だったな……」
Cherryで何が悪い……。
(……それがキモいのか? いやいやいやいや、それは自虐が過る……)
「……」
自虐……だよな……?
幸島の目が潤んだ、その時――
(……誰か来た)
玄関の向こうに、確かな気配を感じた。
2019/8/9誤字修正




