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トコヨのクニ  作者: 立花 葵
3 睦美
12/50

3-4

 ……。


 ちゅ……。


「……注文いいッスか?」

 

「ハハハハハ!!」

 一瞬の間を空け、睦美(むつみ)の高笑いが響いた。

 スッと幸島から視線を外し、ムサシに顔を寄せた。

「ステキなシェパードさん。ご注文はお決まりですか?」

 ムサシの耳から首へかけて、睦美の手がわさわさと動いた。


「ランチの和食」

 澄まして答えたムサシだが……尻尾は回転しそうなほどにブンブンと暴れている。

「お、俺も――」

 しかし、それは睦美の声にかき消された。

「かしこまりました」

 睦美はクルリと店主へ向き直った。

「マスター。こちらのステキなシェパードさんにランチの和食を――」

 微かに絞った睦美の瞳が、ジッと幸島を捉えた。


「お隣の『Cherry Boy』には洋食を」

 そう言うと、睦美は額に手を当てて大袈裟な身振りで付け加えた。

「――おっと、私としたことが忘れるところでした。

 『Cherry』君のハンバーグに旗を立てるのを忘れないようにお願いします」

 睦美はバレエでも踊るようにクルクルとカウンターを出て幸島元へ向かった。

 視線を逸らす彼の肩に手を回し、耳元で囁いた。


「君は……水に飢えた遭難者のように、グイグイと来るガッついた娘にでも出会わない限り童貞のままだろうとは思っていたいたが……やはりそんな女子には出会えなかったか」

 一息にそう言うと、巻き付けた手を動かしてサワサワと頬を撫でた。 

「しかも、何だいさっきのは? それがどうしたと開き直る方が百倍マシだぞ。もしくは憤慨して私を押し倒すぐらい出来ないのか?

 ま、だからこそキミは『Cherry Boy』なのだろう」

 俯き、紅潮した幸島の頬をペチペチと叩いた。


「誘い受けばかりでは何時まで経ってもキミは『Cherry Boy』のままだぜ?

 しかしまぁ、それに関しては私も少々責任を感じている。高校時代、キミのイヤらしい視線を感じる度にキミを挑発したからな」

 睦美は幸島の胸に指を立て、クリクリほじりながら続けた。

「女は皆、積極的にグイグイと求めてくるものだと、間違った意識をキミに植え付けてしまったのかもしれない。

 そう思うと、明け透けにキミのへたれ具合をなじるのは(はばか)られるな」


 睦美はランチセットが乗った盆を受け取り、そっと幸島前へ置いた。

 取り出したハンカチをパッと広げ、背から抱きつくように(えり)に押し込んだ。

「さぁ、坊や。召し上がれ」

 耳元でそっと囁き――スプーンとフォークを握らせ、なにやら取り出してぷらぷらと揺らして見せた。

「これは私からのサービスだ」

 一体いつ間に手に入れたのか……真っ赤なサクランボが幸島の鼻先で揺れていた。

「ほんのお詫びの印だ」

 チュッ――と口付けをして、旗の隣に添えた。

 

 ◆


 ――カランと鳴った鈴の音と共に、店内に睦美の声が響いた。

「またのお越しをお待ちしております」

 幸島とムサシの背を見送り、踵を返した。

「お? 食ってったみたいだぜ」

 皿を片付けていたマスターがサクランボのヘタを摘まみ上げた。

「種は――」

「ここだ」

 ニッと開いた唇の隙間から、前歯に挟んだ種が見えた。


「次にアイツ(幸島)が来たら、これを吐き出してみようかと思ってね」

「おお? それじゃあ……」

「ええ。暫くお世話になります。しかし、こういった仕事は初めてで……」

「接客はさっき調子でいい。ムサシ――あのホワイトシェパードな。あれでいい。完璧だ」

「あれはちょっと失礼じゃないか……? さっきは勢いでやってしまったが……」

「問題ない。あとな、基本的に女の接客をやってくれ。野郎はこっちで適当にやるから無視していい」


「なるほど……執事やメイドとか、そういうのをやりたいのか……」

「そういう事だ。お前、女にモテるだろ?」

「ちょっとトラウマをくすぐられるが……やってみよう」

「よろしく頼むぜ」

 マスターはほっとしたように微笑み、カウンターを拭きながら続けた。

「しっかし珍しい事もあるもんだな。ここで生前の知り合いに会えるなんてそうそうある事じゃねぇんだぜ」


「そうなのか?」

「ああ。ここにきてずいぶん経つが、生前の知り合いに会えたって奴は片手で数えられるぐらいしかいないぜ」

「ひょっとしたら親友に会えないかと思っていたんだが……。期待はしない方がよさそうだな」

「輪廻の数は皆バラバラ、死後の世界に求めるものもそれぞれだからな。

 でも、幸島みたいな事もあるし、全くないってわけじゃない」

「幸島みたいな事?」


「半年ぶりに新しい住人が来たと思ったらアイツの知り合いで、その二日後に来た新住人――つまりお前もそうだってんだからな。さっきは驚いたぜ」

「なるほど……」

 マスターはカウンターを拭き終え、皿を洗いながら話を続けた。

「ムサシに聞いたんだが、幸島のやつその娘の引っ越し手伝ったりして、ちょっといい感みたいだぜ。遠からず、汚名を返上してくるかもな」


「それは困る」

「ああ――んぁ? なんでだよ?」

「私はコレ(・・)が好きなんだ」

 そう言って、睦美は口の中でコリコリと種を転がした。

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