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支給品の質素なワンピースに身を包み、睦美は浜辺の道を歩いた。指先に掛けた小さな靴が、腰の少し下をトン――トンと一定のリズムで打っている。
「やっぱり、スカートって面倒だな……」
時折風に煽られ、めくり上がるスカートを押さえて呟いた。
ふと、睦美は柵を越え、岩場に腰を下ろた。キラキラと光を弾く海を、ぼんやりと見つめた。
(そう言えば、海に行くって約束もしてたな……)
遊園地、夏祭り、プール、花火大会、クリスマス、初詣……沢山の約束をした。
(叶ったかな……)
膝を抱え、指に掛けた小さな靴をトントンと歩かせた。
「――来たばかりかい?」
ふと、背で声が聞こえた。
振り返ると、柵の向こうに作務衣を着た初老の男が立っていた。
顎先に蓄えた短めの髭がよく似合っている。
「それ、センターの支給品だろ?」
腕組みをするように、袖の中に仕舞っていた手を出して睦美を指した。
「死にたてホヤホヤ。さっき着いたばかり」
「んん~、声も良いな」
「……?」
「着いたばかりのところにあれなんだが……ウチの店で働かないか?」
ジッと見返す睦美へ、男は慌てた様子で続けた。
「もちろん、変な店じゃねぇ。ただの喫茶店だ」
「ウェイトレスでもやるのか?」
「いや、ああ……まあ、同じことなんだが――」
◆
引き開けられた扉の上で、カランとベルが鳴った。
客どころか店主まで居ない店内を見回し、ムサシはカウンター席へ腰を下ろした。
続いて店内へ入った幸島も、ぐるりと店内を見回してムサシの隣に座った。
「珍しく時間通りに営業してると思ったら……」
ムサシに続き、幸島が呟いた。
「開けたんじゃなくて閉め忘れなんじゃねぇの」
「かもな」
そう言って、ムサシはおもむろに幸島の頭を撫でた。
「……何してんだ?」
怪訝な顔をする幸島を他所に、ムフっと笑みを浮かべたムサシの尻尾が箒のようにパタパタと揺れていた。
その時――カウンター奥の扉が開き、作務衣を着た初老の男が現れた。
一瞬、二人に驚いた顔を向けたが――すぐに戻してふてぶてしい笑みを浮かべた。
「なんだ……客かと思ったらお前らか」
「いや客だよ」
「オメェは見てくれはカワイイのに性格がなぁ……」
一体何処をどう見たらこのジジイを見てカワイイなどという言葉が出てくるのか……?
ムサシへ向けられた幸島の視線が、そう問いかけていた。
(……サッパリ分からん)
顎先の髭を弄ぶジジイを眺めてると、後ろからもう一人現れた。
その人物を見た瞬間、ムサシは声を弾ませた。
「おっ……。幸島、これは分かるぞ」
っと、幸島を振り返った。
「これはカッコイイだ。そしてカワイイ。カッコカワイイだな」
タキシードのイケメン……いや、女だ。男装がとてもよく似合っている。
「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりでしょうか?」
瞳に浮かぶ笑みは柔く、それでいて何処かツンと澄ましている。
想像通りのハスキーな声が、耳の奥で心地良くこだましていた。
っと、いうのは幸島以外の感想である。
幸島は、何か酸っぱい物でも食べたかのように……顔がシワシワと真ん中に集まっていた。
「み、嶺洲……先輩?」
「ん……?」
じっと幸島を見つめた睦美は、あっと声を上げた。
「幸島、幸島じゃないか! こんな所で何をしているんだ? 今頃どうしてるかなと、時々思い出してはいたが……まさか死んでいたとはな、ハハハハハ!」
「先輩こそ、なんだってこんな所に……」
「後輩の女の子の想いを断ったらストーカー化してね。不覚にも滅多刺しさ」
そう言うと、睦美は身を乗り出し――クイッと幸島の顎をつまんだ。
「そういう君はどうしたんだい? 女に刺される程の甲斐性があったとも思えないけど……」
(この人、高校時代と全然変わってねぇな……)
「事故死ですぅ、頭カチ割ってくたばったそうですぅ」
言いながら、息がかかる程に寄せられた睦美の顔を押し退けた。
「こんな事してるから、あらぬ勘違いをさせて刺されるんですよ」
「ん? 君は私の事をそんなふうに見ていたのか?」
「……?」
「それはいくら私でも傷つくな……。当時の私は、本気で君の事が好きだったんだぞ。君の視線や手つきから迸る欲望を受け止めようと、恥ずかしいのを我慢して懸命に誘っていたのに……」
睦美は両手で顔を覆い、しゃくり上げるように背を震わせた。
「え――ちょっ、ちょと先輩……?」
「幸島……てめぇ最低だな」
「ほら、幸島。ごめんなさいだ」
店主に続き、ムサシも幸島へ厳しい視線を浴びせた。
「ちょっ――だ、騙されてる! 騙されてる! こういう人なんだよ!」
慌てて睦美の手を掴み、こじ開けた隙間からニヤけた口元を晒した。
「ほら、ほら!」
ハッハハハハハ――っと、睦美は手を振り払った。
「君をからかうのは相変わらず楽しいな! 邪険にしながらも、もっと寄ってくれ触れてくれという心の声がまる聞こえだぞ! 女と触れ合う事を渇望しているくせにイザとなればビビり、踏み込めば縮こまる、そんなウブな――」
突然――睦美は言葉を止め、真顔で幸島と向き合った。
「幸島大」
「……なんスか?」
シンと静まった室内に、睦美の問いが響いた。
「まさかお前、童貞のまま死んだのか?」




