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トコヨのクニ  作者: 立花 葵
3 睦美
10/50

3-2

「それじゃ、またね!」

 インフォメーションセンターへ着くと、リリィは二人にホクホクの笑顔を向け、動物課へと去って行った。

 何やら……毛の一本一本までが生気に満ち、ツヤツヤと輝いているように見えた。

 絶え間なく続いたスリスリナデナデに、さすがに疲れたのか……静馴はホッと息をついた。

「えっと……あそこで仕事を探してるって言えば、案内してくれるよ」

 そう言って、幸島は奥に見える受付を指した。


「うん。ありがとう」

「それじゃ、また」

 静馴と別れ、ロッカーへ向かいながら……幸島はいやらしく頬を(たる)ませた。

 無遠慮に押し当てられた豊満なリリィの胸。その柔らかい感触と温もりが、まだ顔中に残っていた。

(これは別に俺だからとかではない。本能なのだ。仕方がない。男が生まれながらに持つ本能を誰が責められようか)

 などと言い訳をしつつ、引き締めようとしてもズルリと弛む頬を両手で挟んだ。


 一方、受付へ向かった静馴は――

 受付に立ち、静馴は首を傾げた。ネクタイを締めた一羽のタイハクオウムが、止まり木にぶら下がっていた。

 コウモリのように逆さまにぶら下がり、ブラブラと体を揺らしている。

(このオウムさんで良いのかな……?)

「あの……」

「ん? おっと失礼」

 オウムは止まり木によじ登り、スッと背筋を伸ばした。

「ゆらゆら揺れていますと、つい我を忘れて……。失礼を致しました」


 チョビヒゲでも生やしてカクテルを振っていそうな渋い声だ。

「あの、お仕事を探したいんですけど……」

「仕事をお探しなのですね。それでは――」

 言いかけて、ふとオウムは尋ねた。

「このまま私がご案内差し上げてよろしいのでしょうか?」

「……?」

「人間さん同士の方がやり易い。といったご要望がございましたら、遠慮なく仰って下さい」


「大丈夫ですよ」

 静馴の返事を受け、オウムは改めて背筋を伸ばした。

「それでは、わたくし紋次郎(もんじろう)がご案内させていただきます」

「はい。よろしくお願いします」

「あの……肩に乗っても?」

「はい。どうぞ」

 紋次郎はひょいと静馴の肩に飛び乗り、咳払いを一つ。

「では、こちらを真っ直ぐお進みいただきまして――」



 ――同じ頃、トコヨの門。

「70番のカードをお持ちの方ー、2番へどうぞ」

 その声に反応し、一人の女性が顔を上げた。

 中性的な顔立ちは、短く刈り込んだ髪と相まって男性かと思わせる。

 しかし――胸の膨らみと、締まっているが角のない体は、紛うことなく女性のものだ。

 首から下げたカードを手に取り、書かれた数字を呟いた。

「70……」

 

 ――嶺洲(みねしま)睦美(むつみ)。サラサラとサインを書き終え、彼女はペンを置いた。

「後はどうなさいますか?」

 向かいに座る、真っ白な髭を蓄えた老人が尋ねた。

「あの……もう一度見せてもらえますか?」

 クルリと振り向いた画面を、彼女はじっと見つめた。

 玄関に倒れた自分。腹部を中心に広がる血溜まり……。光を失った瞳の先に、一足の靴が落ちていた。

 子供サイズの小さな靴だ。そこに置いてあったのではなく、何処かから落下した物のようだ。


 小さな靴に指を伸ばし、彼女は尋ねた。

「この後、私の体は……」

「犯人は、直後に取り押さえられましたので、それ以上あなたには触れていません」

「そうですか……」

 ホッとしたように呟いた彼女へ、老人が尋ねた。

「その靴は……?」

「親友にプレゼントしようと思って。でも渡しそびれて……ずっと下駄箱の上に。昔の話ですけど……」

「そちらの品は、ご親族があなたと共に送って下さっています。受け取られますか?」


 彼女は少し驚いたように顔を上げ、初めて笑みを見せた。

「はい」

「ただし、その場合は――」

 っと言いにくそうに切り出した彼を遮り、睦美は答えた。

「私はトコヨへ向かいます」

「……そうですか。分かりました。では奥の扉へどうぞ。係の者が案内致します」

「はい――」



 ◆



 ガランとした部屋に机と端末が三つ。奥の受付で居眠りをしている爺さんが一人。静馴と紋次郎の他には誰も居ない。

「ここが職業案内所です」

 そう言うと、紋次郎は近くの端末へ飛び移った。ブラウン管のモニターを備えた古い端末だ。少し黄ばんだ筐体が、何とも言えぬ哀愁を漂わせている。

「田舎ですからねぇ、何時もこんな感じです」

 そう言うと、紋次郎はコツコツと(クチバシ)で画面をつついた。


「これでお仕事を検索出来ます。田川さん――奥のご老人はオブジェか何かとお考え下さい」

「はい……」

「ささ、お好きな座へ」

 右端の席に座り、静馴は物珍しそうにキーボードとマウスをカチャカチャと動かした。

「おや? 馴染みの薄い物でしたかな?」

「知識としては知ってましたけど……触ったのは初めてです」


「なるほどなるほど……。では心行くまでどうぞ。隣の二つも使って構いませんよ。どうせ誰も来ませんから。ハッハッハ」

「お仕事をされる方は少ないんですか?」

「いえ、このど田舎を選ばれる方が少ないのです。あなたは、半年ぶりの新住人なのですよ。ハッハッハ」

「なるほど……」

「どうですか? ここの暮らしは――っとまだ3日も経っていないのでしたな」


「気に入ってますよ。この先がと~っても楽しみです」

「そう言っていただけると、なんだか我が事のように嬉しくなってしまいますな」

 っと、満面の笑みを浮かべた静馴を見ていると、何やら紋次郎のヤル気がみなぎってきた。

蓮花(はちすか)さん。実際に見に行きませんか? 実際に見て、やってみて決めては如何(いかが)でしょう?」

「良いんですか?」

「わたくしにお任せあれ」

 っと、紋次郎は再び静馴の肩へ飛び移った。

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