3-2
「それじゃ、またね!」
インフォメーションセンターへ着くと、リリィは二人にホクホクの笑顔を向け、動物課へと去って行った。
何やら……毛の一本一本までが生気に満ち、ツヤツヤと輝いているように見えた。
絶え間なく続いたスリスリナデナデに、さすがに疲れたのか……静馴はホッと息をついた。
「えっと……あそこで仕事を探してるって言えば、案内してくれるよ」
そう言って、幸島は奥に見える受付を指した。
「うん。ありがとう」
「それじゃ、また」
静馴と別れ、ロッカーへ向かいながら……幸島はいやらしく頬を弛ませた。
無遠慮に押し当てられた豊満なリリィの胸。その柔らかい感触と温もりが、まだ顔中に残っていた。
(これは別に俺だからとかではない。本能なのだ。仕方がない。男が生まれながらに持つ本能を誰が責められようか)
などと言い訳をしつつ、引き締めようとしてもズルリと弛む頬を両手で挟んだ。
一方、受付へ向かった静馴は――
受付に立ち、静馴は首を傾げた。ネクタイを締めた一羽のタイハクオウムが、止まり木にぶら下がっていた。
コウモリのように逆さまにぶら下がり、ブラブラと体を揺らしている。
(このオウムさんで良いのかな……?)
「あの……」
「ん? おっと失礼」
オウムは止まり木によじ登り、スッと背筋を伸ばした。
「ゆらゆら揺れていますと、つい我を忘れて……。失礼を致しました」
チョビヒゲでも生やしてカクテルを振っていそうな渋い声だ。
「あの、お仕事を探したいんですけど……」
「仕事をお探しなのですね。それでは――」
言いかけて、ふとオウムは尋ねた。
「このまま私がご案内差し上げてよろしいのでしょうか?」
「……?」
「人間さん同士の方がやり易い。といったご要望がございましたら、遠慮なく仰って下さい」
「大丈夫ですよ」
静馴の返事を受け、オウムは改めて背筋を伸ばした。
「それでは、わたくし紋次郎がご案内させていただきます」
「はい。よろしくお願いします」
「あの……肩に乗っても?」
「はい。どうぞ」
紋次郎はひょいと静馴の肩に飛び乗り、咳払いを一つ。
「では、こちらを真っ直ぐお進みいただきまして――」
――同じ頃、トコヨの門。
「70番のカードをお持ちの方ー、2番へどうぞ」
その声に反応し、一人の女性が顔を上げた。
中性的な顔立ちは、短く刈り込んだ髪と相まって男性かと思わせる。
しかし――胸の膨らみと、締まっているが角のない体は、紛うことなく女性のものだ。
首から下げたカードを手に取り、書かれた数字を呟いた。
「70……」
――嶺洲睦美。サラサラとサインを書き終え、彼女はペンを置いた。
「後はどうなさいますか?」
向かいに座る、真っ白な髭を蓄えた老人が尋ねた。
「あの……もう一度見せてもらえますか?」
クルリと振り向いた画面を、彼女はじっと見つめた。
玄関に倒れた自分。腹部を中心に広がる血溜まり……。光を失った瞳の先に、一足の靴が落ちていた。
子供サイズの小さな靴だ。そこに置いてあったのではなく、何処かから落下した物のようだ。
小さな靴に指を伸ばし、彼女は尋ねた。
「この後、私の体は……」
「犯人は、直後に取り押さえられましたので、それ以上あなたには触れていません」
「そうですか……」
ホッとしたように呟いた彼女へ、老人が尋ねた。
「その靴は……?」
「親友にプレゼントしようと思って。でも渡しそびれて……ずっと下駄箱の上に。昔の話ですけど……」
「そちらの品は、ご親族があなたと共に送って下さっています。受け取られますか?」
彼女は少し驚いたように顔を上げ、初めて笑みを見せた。
「はい」
「ただし、その場合は――」
っと言いにくそうに切り出した彼を遮り、睦美は答えた。
「私はトコヨへ向かいます」
「……そうですか。分かりました。では奥の扉へどうぞ。係の者が案内致します」
「はい――」
◆
ガランとした部屋に机と端末が三つ。奥の受付で居眠りをしている爺さんが一人。静馴と紋次郎の他には誰も居ない。
「ここが職業案内所です」
そう言うと、紋次郎は近くの端末へ飛び移った。ブラウン管のモニターを備えた古い端末だ。少し黄ばんだ筐体が、何とも言えぬ哀愁を漂わせている。
「田舎ですからねぇ、何時もこんな感じです」
そう言うと、紋次郎はコツコツと嘴で画面をつついた。
「これでお仕事を検索出来ます。田川さん――奥のご老人はオブジェか何かとお考え下さい」
「はい……」
「ささ、お好きな座へ」
右端の席に座り、静馴は物珍しそうにキーボードとマウスをカチャカチャと動かした。
「おや? 馴染みの薄い物でしたかな?」
「知識としては知ってましたけど……触ったのは初めてです」
「なるほどなるほど……。では心行くまでどうぞ。隣の二つも使って構いませんよ。どうせ誰も来ませんから。ハッハッハ」
「お仕事をされる方は少ないんですか?」
「いえ、このど田舎を選ばれる方が少ないのです。あなたは、半年ぶりの新住人なのですよ。ハッハッハ」
「なるほど……」
「どうですか? ここの暮らしは――っとまだ3日も経っていないのでしたな」
「気に入ってますよ。この先がと~っても楽しみです」
「そう言っていただけると、なんだか我が事のように嬉しくなってしまいますな」
っと、満面の笑みを浮かべた静馴を見ていると、何やら紋次郎のヤル気がみなぎってきた。
「蓮花さん。実際に見に行きませんか? 実際に見て、やってみて決めては如何でしょう?」
「良いんですか?」
「わたくしにお任せあれ」
っと、紋次郎は再び静馴の肩へ飛び移った。




