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トコヨのクニ  作者: 立花 葵
1 幸島大
1/50

1-1

 今日もまた、夜が明ける。

 太陽は山を駆け登り、雄叫びを上げる。

「おはよー――」

 そして、頂上から空へと飛び出す。

「ございますッ!!」


 ぼわんと膨らみ、今日も元気よく日が昇る。


「毎日、毎日……朝っぱらからうるせぇ野郎だ……」

 目を覚ました幸島は、大事を成し遂げたような……清々しく、眩い笑顔を湛えた太陽を忌々しげに見つめた。

「あのいツラが余計に腹立たしい……」

 などと溢しつつ、顔を洗い庭へ出た。


「コージマおはようー」

 裏口に置かれていた段ボールから、むくりと黒猫が立ち上がった。

 小柄ですらりとした美猫さんだ。ぷりぷりと動くボンボンのような丸く短い尻尾がかわいらしい


「ナナさんまたそこで寝てたんですか……?」

 ため息を漏らしつつも、先程までの不機嫌も何処へやら……だらしなく目尻を下げた。

「ごはんちょーだい」

 幸島は身を屈め、足に体を擦り付けるナナさんの頭を掻いた。


「じゃあ、中に行きましょう」

 っと、ナナさんは抱えようとする幸島の手をひょいとかわした。

「やー。コージマ、足洗うつもりでしょー」

「だってナナさんの足泥々なんだもん……」

「やー、お水きらーい。お湯もダメー。やー」

 手を引っ込めると、再び体を擦り付けるナナさんを見つめて小さくため息を漏らした。

「コージマ、早くごはん、ごはんー」



 ◆



「――どうぞ」

 ムシャムシャと猫缶に食らいつくナナさんを見つめ、幸島は切り出した。

「ナナさん、そろそろうちの子になりませんか?」

「やー」

 っと返したナナさんの目が、早く背を撫でろと要求している。


「いいじゃないですか……。何が不満なんですか?」

「あたしはねー、野良で生きて行くって決めたの」

「野良ですか……」

(したた)かに世間を渡って行くのー」

 そんな言葉を交わしつつ、ナナさんは皿に盛られた猫缶をぺろりと平らげた。


「三食うちで食べてるひとが何を……」

「別にコージマに頼まなくてもごはんをくれる人は他にも居るのよー」

 ナナさんは念入りに口の回りを舐め、ちょいちょいと顔を洗って大きな伸びとあくびを一つ。

「足なんか洗わなくったってベッドに寝かせてくれる人も居るしー。じゃーねー」

 ひょいと柵に跳び乗ったナナさんを、幸島は慌てて追いかけた。


「そ、そんな事言わずに、お食事は是非とも我が家で……」

 幸島は無言で差し出された顎を、首筋を、ナナさんが満足するまで念入りに掻き続けた。

「もー、しょーのない子ねぇー」っとナナさんは心地良さそうに目を細めた。


 やがて――プルンと首を振り、ナナさんは再び歩き出した。

「それじゃ、お昼の分は何時もの所に置いといてねー」

「はい。行ってらっしゃいませ」

 っと、ナナさんを見送った幸島は、垣根の扉を開けて庭の果樹園へと入った。

 

 果樹園と言っても、巨大な老木の遠藤さんが住んでいるだけだ。

 ファンタジー色の強い顔と名前とのギャップに違和感を感じていたが、最近は慣れてきた。

「遠藤さん、お早うございます。そこのリンゴとっても良いですか?」

 幸島は目の前の枝に生ったリンゴを指した。

「どうぞ」

 遠藤さんは眠たそうに返し、モゴモゴと口を動かした。


「幸島くん。この間貰った肥料に混じってた」

 そう言って、プッとビニールを吐き出した。

「これは失礼……」

「それと、葡萄(ぶどう)の種が混じってたんだ。背中の辺りに生ってる気がするんだけど……どうかな?」

 背に回ってみると、後ろの枝にブドウが生っていた。

「あ、生ってます!」

「じゃあ、それも持っていっていいよ」


「良いんスか?」

「うん。あ、でも種は持ってきてね」

「遠藤さんって、種さえ食えば何でも生るんですか?」

「うん」

「花とかも……?」

「うん。種が付く物ならなんでも生るよ。生ってほしい物があったら種を持ってきてね」

「へぇ~。ちょっと、種集めときますね」


「あと、肥料も忘れないでね~」

 眠たげな声でそう言い、遠藤さんは大きなあくびをして目を閉じた。

「たくさん話したからくたびれちゃったよ。おやすみ~」

 スヤスヤと鼻提灯をふくらます遠藤さんに背を向け、そっと果樹園を出た。

 

 ――家に戻った幸島は着替えを済ませ、遠藤さんに貰ったリンゴを鞄へ放り込んだ。これは幸島の朝食だ。

 続いてナナさんの茶碗を洗い、そこへ猫缶を空ける。これはナナさんの昼食だ。

 玄関脇へナナさんの茶碗を置き、箱を被せて小さな重しを置く。昼になればナナさんが箱を押し退けて中身を平らげて行く。

 帰宅して視界に玄関を収めた時、押し退けられた箱が見えるとホッとする。


「これでよしっと……。じゃ、ナナさんのご飯が横取りされたりしないように見ててね」

「おう、任せろ」

 そう返す玄関に会釈をし、幸島は仕事へと向かう。

「それでは、行ってきます」

「おう、気いつけてな」

2022/07/28微修正

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