1-1
今日もまた、夜が明ける。
太陽は山を駆け登り、雄叫びを上げる。
「おはよー――」
そして、頂上から空へと飛び出す。
「ございますッ!!」
ぼわんと膨らみ、今日も元気よく日が昇る。
「毎日、毎日……朝っぱらからうるせぇ野郎だ……」
目を覚ました幸島は、大事を成し遂げたような……清々しく、眩い笑顔を湛えた太陽を忌々しげに見つめた。
「あのいツラが余計に腹立たしい……」
などと溢しつつ、顔を洗い庭へ出た。
「コージマおはようー」
裏口に置かれていた段ボールから、むくりと黒猫が立ち上がった。
小柄ですらりとした美猫さんだ。ぷりぷりと動くボンボンのような丸く短い尻尾がかわいらしい
「ナナさんまたそこで寝てたんですか……?」
ため息を漏らしつつも、先程までの不機嫌も何処へやら……だらしなく目尻を下げた。
「ごはんちょーだい」
幸島は身を屈め、足に体を擦り付けるナナさんの頭を掻いた。
「じゃあ、中に行きましょう」
っと、ナナさんは抱えようとする幸島の手をひょいとかわした。
「やー。コージマ、足洗うつもりでしょー」
「だってナナさんの足泥々なんだもん……」
「やー、お水きらーい。お湯もダメー。やー」
手を引っ込めると、再び体を擦り付けるナナさんを見つめて小さくため息を漏らした。
「コージマ、早くごはん、ごはんー」
◆
「――どうぞ」
ムシャムシャと猫缶に食らいつくナナさんを見つめ、幸島は切り出した。
「ナナさん、そろそろうちの子になりませんか?」
「やー」
っと返したナナさんの目が、早く背を撫でろと要求している。
「いいじゃないですか……。何が不満なんですか?」
「あたしはねー、野良で生きて行くって決めたの」
「野良ですか……」
「強かに世間を渡って行くのー」
そんな言葉を交わしつつ、ナナさんは皿に盛られた猫缶をぺろりと平らげた。
「三食うちで食べてるひとが何を……」
「別にコージマに頼まなくてもごはんをくれる人は他にも居るのよー」
ナナさんは念入りに口の回りを舐め、ちょいちょいと顔を洗って大きな伸びとあくびを一つ。
「足なんか洗わなくったってベッドに寝かせてくれる人も居るしー。じゃーねー」
ひょいと柵に跳び乗ったナナさんを、幸島は慌てて追いかけた。
「そ、そんな事言わずに、お食事は是非とも我が家で……」
幸島は無言で差し出された顎を、首筋を、ナナさんが満足するまで念入りに掻き続けた。
「もー、しょーのない子ねぇー」っとナナさんは心地良さそうに目を細めた。
やがて――プルンと首を振り、ナナさんは再び歩き出した。
「それじゃ、お昼の分は何時もの所に置いといてねー」
「はい。行ってらっしゃいませ」
っと、ナナさんを見送った幸島は、垣根の扉を開けて庭の果樹園へと入った。
果樹園と言っても、巨大な老木の遠藤さんが住んでいるだけだ。
ファンタジー色の強い顔と名前とのギャップに違和感を感じていたが、最近は慣れてきた。
「遠藤さん、お早うございます。そこのリンゴとっても良いですか?」
幸島は目の前の枝に生ったリンゴを指した。
「どうぞ」
遠藤さんは眠たそうに返し、モゴモゴと口を動かした。
「幸島くん。この間貰った肥料に混じってた」
そう言って、プッとビニールを吐き出した。
「これは失礼……」
「それと、葡萄の種が混じってたんだ。背中の辺りに生ってる気がするんだけど……どうかな?」
背に回ってみると、後ろの枝にブドウが生っていた。
「あ、生ってます!」
「じゃあ、それも持っていっていいよ」
「良いんスか?」
「うん。あ、でも種は持ってきてね」
「遠藤さんって、種さえ食えば何でも生るんですか?」
「うん」
「花とかも……?」
「うん。種が付く物ならなんでも生るよ。生ってほしい物があったら種を持ってきてね」
「へぇ~。ちょっと、種集めときますね」
「あと、肥料も忘れないでね~」
眠たげな声でそう言い、遠藤さんは大きなあくびをして目を閉じた。
「たくさん話したからくたびれちゃったよ。おやすみ~」
スヤスヤと鼻提灯をふくらます遠藤さんに背を向け、そっと果樹園を出た。
――家に戻った幸島は着替えを済ませ、遠藤さんに貰ったリンゴを鞄へ放り込んだ。これは幸島の朝食だ。
続いてナナさんの茶碗を洗い、そこへ猫缶を空ける。これはナナさんの昼食だ。
玄関脇へナナさんの茶碗を置き、箱を被せて小さな重しを置く。昼になればナナさんが箱を押し退けて中身を平らげて行く。
帰宅して視界に玄関を収めた時、押し退けられた箱が見えるとホッとする。
「これでよしっと……。じゃ、ナナさんのご飯が横取りされたりしないように見ててね」
「おう、任せろ」
そう返す玄関に会釈をし、幸島は仕事へと向かう。
「それでは、行ってきます」
「おう、気いつけてな」
2022/07/28微修正