不機嫌なお姫様
見たことのある構造、見たことのある機材。
ただし船員は異文明の彼ら達。
私、有沢ユイはそんな環境でただ一人。副長として彼らとのコミュニケーションに努めなければならなかった。
幸いにして、彼らは元海賊であるという肩書であるにもかかわらずその行動は軍人としてのそれであり。多少の齟齬はあるものの概ね円滑なやり取りを行うことができた。
睦原艦長が与えた責務は今まで順調に遂行することができていた。
そう、今までは。
「ふしゅるるるるるるるる………」
食堂で不機嫌さを隠そうともせずに、目の前にいる小さな猛獣は目の前のトレーにある軍用糧食を片付けていた。彼女は三葉 和美。この船のレーダー観測官であり、それらを扱う船務科の長。
背は小さく幼さの残る彼女は、手元のプロフィールでも確かに私だけでなく艦内の中でも幼い部類にあった。
私は今からそんな彼女とコミュニケーションをとらないといけない。何故ならそれが仕事だから。彼女たち船務科のスケジュールを確認しないことには、艦内全てのスケジューリングは不可能だった。
その愛くるしい背中を怒らせているその姿は愛嬌があるが、しかし手を付けることには覚悟が要ることを伝えていた。
睦原艦長もアルフォンス中尉も、君ならいきなり襲われることは無いと言われていても、それが安全を証明するものではなかった。
ただし、だからと言って自分の職務を放棄することは認められない。
声をかけるしかなかった。
「あ、あのっ。三葉少尉」
少々の抵抗を感じながらも、しかし義務感に押されて声をかける。
「あ?」
帰ってきたのは、愛くるしい容姿からは想像もできないドスの利いた声と、ものすごい形相だった。
もっとも、その態度はすぐに改められたのだが。
「あ、申し訳ありません。ええと……」
「相沢です。相沢ユイ」
「申し訳ありません。相沢中尉…。」
三葉少尉は申し訳なさそうに頭を下げた。
「大丈夫です。まだ合って一日も経ってないですから」
「すみません……」
「それよりも…ご一緒してもいいですか?」
「ああっ。はい。どうぞどうぞ」
手に持っていたトレーを掲げ、共に食事をする許可を問うと、三葉はすぐに答えた。
彼女の対面に座る。
「それで、相沢中尉。何故、私の所に?」
私が席に座ったのを見計らって、三葉少尉は私にそう聞いてきた。
私はここに来た本来の目的を果たす。
「船務科のスケジュールを確認したかったので。」
「ああ、そうでした!」
私の言葉に三葉少尉は慌てて姿勢を正す。
「船務科は現在、使用機材の点検と把握を行っています。現在通常航行には問題ありませんが、戦闘用のセットアップは未だ完了していません。ただ、慣例的に戦術科の準備が完了する前には終わるかと思います」
三葉少尉はそう纏めた。
「了解です。後ほど、全体スケジュールを送りますので、確認をお願いします」
「はい」
「じゃあ、食べましょうか」
「そうですね」
そう言って、戦闘糧食に口を付ける。
それは私達アテナ国の物であり、私にとっては食べなれたもの。
しかし、彼女にとっては初めて食べるもの。
会話の話題には最適なものだった。
「このレーション、おいしいですね」
「そうですか?」
「そうですよ。私達のは栄養価しか考えられていない、ブロックを焼き固めたような代物なんですから。ちゃんとご飯とおかずが分けられてるし、普通においしいし」
「ああ、ブロックの物もありますよ。食事を摂る時間もない場合用ですね」
「へえ。じゃあ、これは?」
「作る時間が無かったり、作る施設が壊れた場合ですね。私たちは移民船団でしたから」
「ああ、そうか。生産施設が壊れたら補給のめどが立たなくなっちゃうのね」
「はい。壊れた場合は修復に時間がかかりますし、その間は補給が効きません。常用の食料から消費するにしても、長期保存が効く保存食の備蓄は必須ですし、その影響は民間人も及びますから……」
「彼らが耐えられるようにもそこそこおいしくていつもの食事に近づけられるようにって訳ね。成程ねぇ」
「そしてそんなものがあるなら私たちが目を付けないわけないですから」
「仮に軍用に作るとしてもコストしかかからないものね。決めた時の騒動が目に浮かぶわ。『何で高い金を払ってまずい飯を造らにゃならんのだ!』って」
「ええ」
二人してくすくすと笑う。一度話し始めれば、話題に事欠くことは無かった。
「貴方たちって移民船っていうか、播種船?そんな感じよね」
「ええ、厳密に言えばそうなります」
「何でここまでやってきたの?最初の恒星系で目的は達成したと思ったんだけど」
「ステーションの運営能力がないからです。正確に言うと移民船の管理能力はあるのでできなくはないのですが、一度修復不可能な事態になった場合に逃げ場もなく全滅する可能性がありましたから」
「ああ、さっきと同じで補給が効かないのね」
「はい。その為、いざとなれば逃げ込める居住可能惑星を持つ星系を探して宇宙を放浪していたんです」
「そして私たちのいる場所までたどり着いたっと」
「そうですね。実は、アテナ国への支援はステーション関連技術の物も含まれてます」
「自分たちの住処は自分たちで何とかしろって訳ね」
会話は続くその間にも、二人の関係は大分打ち解けた気がした。
「ねえ、ゆいさん。今度ステーションに戻ったら一緒においしいもの食べに行かない?」
「いいんですか?」
「いいわよ。他の女たちも引き連れて、貴方の歓迎会としゃれ込みましょ」
「ありがとうございます」
私は素直に喜んだ。
私はアテナ国からの監視役。彼女たちがアテナ国の意向を無視した行動をとらないようにするために居る。
言ってしまえば目の上のたんこぶだ。
その自覚のある私に対して、三葉少尉……いやカズミの言葉はとてもうれしいものだった。
それを感じつつ、笑いあう二人。
「ああ、ここに居たのか」
そして、その声を聴いたカズミは一気に不機嫌な顔を取り戻した。
「何か御用でしょうか。睦原艦長」
見れば、睦原艦長とアルフォンス中尉が手に軍用糧食を手にそばまで来ていた。
「何って、飯だよ。今から」
「そうですか。私たちはもう終わりましたので。どうぞごゆっくり」
「待て待て。お前に用があるんだからちょっと待て」
再び不機嫌になり敵意を隠さないカズミを睦原艦長は引き留める。
「そうですか。それで、ご用件とは?」
「悪かったよ。悪ふざけが過ぎた」
睦原艦長は頭を下げる。艦橋での一件、彼女へのいたずらに対して頭を下げたのだ。
「…………」
カズミはその下げられた後頭部を見つめながら、何も言わずに睨み付ける。空気が張り詰める。
しかし、それも長くは続かなかった。
「はぁ…。龍也、あんた艦長になったんだから。冗談も考えなさいよ。本気で信じたじゃないの」
「面目ない」
「まったく…」
カズミのため息とともに、張り詰めた空気が霧散した。
「悪かった。これ、お詫びの品」
そんなカズミに再度謝罪をしつつ、睦原艦長はトレーの上に載っていたものを差し出した。
それは艦内の売店に売ってある、アイスクリームの容器だった。
「ふんっ。しょうがないからもらっておいてあげるわ」
「おう、喰え喰え」
「これ、アイスじゃないの船室に保管庫ないのにどうするのよ」
「今喰うしかないだろうな」
「しょうがないわね」
カズミはぶつくさ言いながらも受け取り、包装を剥がし、使い捨てのスプーンで中身を取り出すと口へと運んだ。
「まあ、寝る前の甘味は太る元だけどな」
そして、口に含む直前の睦原艦長の言葉に、カズミはスプーンをピタリと停めた。
なおも睦原艦長の言葉は続く。
「管理されたレーションから、更に過剰なカロリーを摂取するわけだ」
「…………」
「そのカロリーは体内で脂肪に変わるな」
「………」
「その脂肪はどこにつくだろうな。腕かな、脚かな、胸に行くと言いな」
「……ム」
「さあ、三葉。せっかく買ったんだ。食べるといい、一思いに!」
「ムキイイイイイイ!」
カズミがキレた。睦原艦長を殴り倒し、倒れた艦長に馬乗りになると、その後頭部めがけて執拗に殴打を重ねた。
「か、カズミさん、睦原艦長。や、やめてください!」
「ほっときなよ」
止めようとする私を止めたのは、睦原艦長と共に来たアルフォンス中尉だった。
「いつものことだから。死にはしないし大丈夫だよ」
「あの、でも」
「大丈夫だって。それより、アテナ国の技術について話せる範囲で教えてほしいんだけど、大丈夫?」
「それは構いませんが、しかし」
「あいつらが落ち着くまでちょっと教えてほしいんだ。あいつらのことはここで見てれば大丈夫だから」
「はぁ……」
アルフォンス中尉の言葉に逆らうことはできず、私はアルフォンス中尉と話し始める。
「死ねこの馬鹿龍也ぁ!」
艦長職に殴打を重ねる、三葉少尉の言葉をBGMにしながら。