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星の海の竜と鯨  作者: 葛原
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ブリッジクルー



目の前中央には漆黒の闇。

その眼下には、白鯨の制御に努めるブリッジクルーの姿。

俺は白鯨の艦橋、その艦長席の上で、その様を眺めていた。


船の点検を終え、弾薬食料、そして人員の搭載も終え、ようやく俺達の仕事であるパトロール…というよりは完熟訓練を行うために現宙域を航行中だ。

「百考は一行に如かず。とりあえず行ってこい」

セリーヌ少佐のそんな言葉と共に、俺達はあのまま宇宙空間に放り出されてしまった。


一人前になって初めての仕事、初めての船、初めての航海。


問題がおこらないはずもなく、悠然と航行する鯨の体内では船員たちが頻発する問題の対処に向けてせせこましく動いている。

だが、まあ、全員が乗船未経験の船に乗せられ、問答無用で宇宙に放り出されたにしては上出来な方だろう。


俺は現状にそう判断を下した。そして、俺は俺で自分の仕事をしないといけない。

この船を動かすには少なくない人間が必要だ。その人間が好き勝手に動いても船は満足に動かない。

船を動かすには統率が必要で、その為には命令と、それを伝える指揮系統が必要になる。

艦橋はこの船の各部に命令を出す中枢であり、いわばこの鯨の脳である。

そして艦橋の船員に命令を出し、何故その命令を出さなければならないのか、その判断を下すのが船の長。艦長の仕事だった。


つまり俺は命令を出さなきゃならない。そして、どんな命令を出すのかの判断もしないといけない。

失敗すれば俺も含めて全員お陀仏。責任重大だ。

まあ、やることが分かっていれば判断もそう難しくはないのだが。


「各班、状況報告」


そう、今大事なのは状況の確認。特に艦内の把握だ。どこにどういった問題があるのかを理解できなければ意味がないからな。


「和水戦術長」


最初に呼んだのは戦術科だ。

戦術科はこの船の武装全般を総括する部署だ。艦砲、ミサイル、魚雷、対空兵器、後はあるなら航空兵器。

この船の武装を管理する。この船の兵器としての扱いを司る部署だ。


「はい、艦長。現在は武装の点検を行うと同時に、各課にて訓練のスケジュールを調整中であります」


その長を務めるのは和水 武少尉だ。戦術眼が鋭く、作戦目標を伝えれば自分で戦術を立てて行動する判断力も高い。いざ戦闘になったらコイツに丸投げして船の統括に専念することもできる。


「了解。戦闘訓練が可能になる時期を確認したいから工程表を作って提出してくれ」

「了解」

「林航海長」


戦闘班の確認を行ったら、次は航海科だ。

航海科はこの船の航海を総括する。船の舵取りはもちろん、航路の確認やその設定。この船の船としての扱いを司る。


「はい。こちらも各装備を点検中です。またデータベースに航路図を再入力中。操艦訓練はスケジュールを調整中ですが、各部署の準備が終わらない限りは決定できません」


そう応えたのは航海長の林 耕作少尉。操舵手も兼任しているこいつは、いわゆるコンピューター人間だ。

指示待ち人間と言い換えた方がわかりやすいか。入力された命令は実行するが、入力されなければ一切の出力を返さない。

その代わり、入力されればどんな命令でも実行する。一見悪手に見える命令だろうと、自機を危険に晒す命令だろうと一切の躊躇を見せずに即応して実行する。

言ってしまえば、こちらの望んだとおりに動いてくれるわけだ。

その上で入力された命令の最適解は自分で考えて行動する。

舵取りという、この船のハンドル役には最適だろう。


「了解。西部機関長」


俺は機関科に声をかけた。

機関科はこの船のエネルギーを管理する。動力炉やエナジーセルの管理をし、推進器やシールド発生装置といった各モジュールへのエネルギー管理が彼らの仕事だ。

またダメージコントロールも行い、船のダメージが拡大しないように制御するのもこの科の仕事になる。


「機関科はエネルギー回路を点検中です。航行に関しては問題ありませんが、現在主機出力が安定していません」


機関長は西部 巧巳少尉。マイペースなコイツはどんな状況でも焦らない。

エネルギーの安定供給が至上命題であるこの部署ではコイツに任せておけばいい。

コイツでダメなら他がやっても駄目だろう。


「原因は?」

「制御が敏感で人員が安定域まで調整できていないからです。機械的な問題ではなく、運用ノウハウがない事が原因なのでこればかりはどうにも…」

「了解。急ぐ必要はないが、制御体制は万全にしておいてくれ」

「了解です」

「頼んだ。柳葉環境長」


機関科の確認を終えた次は環境科。

ここの仕事は俺達人間に関するもの。俺達の衣食住といった、艦内衛生の管理を行う。

直接戦闘には関係ないが、これが機能しないと俺達の生命維持が冗談抜きで一切できなくなるのでなくてはならない部署である。

けがの治療をする医療班、艦内治安を維持する警備班、物資の補給管理を行う主計班もここだ。


「私たちは現在、総出で搬入された物資の整理とデータベース化をやっています。同時進行で寝台の割り当てと整備を行っていますが、それ以上は……」


歯切れ悪く言うのは大森 天音少尉。主計班を兼任する彼女は艦内の備品管理を一手に請け負う。

戦闘では役に立たないが、彼女がいないと戦うことすらできない。

物資ののこりがどれだけあるかわからないからな。


「環境科は人員が少ないからな。手が空いたら戦術科に手伝ってもらおう」

「了解です」

「すみません」


和水少尉の応答に大森少尉が頭を下げた。


「有沢中尉、貴方には各部署のスケジュール調整をお願いします」


そして、俺は各部署の報告を聞いて副長の有沢中尉にそう言った。

副長の仕事はいわゆる段取り屋だ。

予定が予定通りに行っているか。行っていないならどうするかを判断する。

全体がスムーズに動けるようにするのが副長の仕事な訳だ。まあ俺の仕事でもあるのだが。

あとはまあ、俺も人間なので睡眠を必要とする。指揮をとれない状況も想定できる。である以上艦橋にいないこともあるのでその場合の指揮を行うこともある。

ありきたりだが、艦長の補佐なわけだ。

今回は、この船の中では新参者の有沢中尉がほかの船員とコミュニケーションをとれるようにとの意味合いもあったりする。


「了解です」


そのことを知ってか知らずか、有沢中尉は敬礼を返した。


「ふう。ただいま」


その時、丁度艦橋に侵入してきた人物がいた。


「技術長か。ご苦労様。どうだった?」


そいつは技術科の長、つまりはアルフォンスだった。

コイツの仕事はこの船に関わる技術的なもの全般だ。基本的には破損した装備の修理交換が基本だが、他にも敵の分析等も行ったりする。

今回はいろいろな問題が頻発したので、技術的な分野での解決をするために自らも含めてその対処に当たってもらったのだ。

ここに来たということは、ある程度目途が立ったということなのだろう。そしてその認識はそう間違ってはいなかった。


「とりあえず大きな問題は出ないようにした。あとは慣れるしかないな」

「やっぱり、訓練通りにはいかないか」

「大雑把には問題ないが、細かいところがどうにもな。完全な異文明の船だからな」

「どうにもならんか?」

「ならんな。モジュールごと俺達の文明の物に交換すれば何とかなるが」

「許可が出てないから無理だ」

「じゃあ無理だ。慣れるしかないな。まあ、理解できないモノじゃないし、逆に勉強になる部分もなるからとりあえずはこのまま行った方がいいだろう」

「了解。」


俺はアルフォンスの言葉にそう答えた。

アルフォンスは俺に敬礼を返し、そして艦橋内を見渡した。


「報告は私で最後かな?」


何気ない一言。今までこの環境に居なかったのだから当然の疑問。

ただし、その一言で艦橋内の温度が心なしか下がったような気がした。


艦橋にいた全員が、気まずそうにある一点を見る。

アルフォンスはその視線の先を確認して、「ああ…」と納得した声を出した。

そして、こちらを横目で見た。

その視線から発せられるのは、『さっさとやれ』というもの。

確かにそれは俺の仕事ではあるが、しかしそれはとてもしたくないものだった。


まあ、するしかないのだが。


「あー、三葉船務長」

「何でしょうか、睦原艦長」


俺の言葉に振り返りもせずにつっけんどんにそう答えたのは、留置場で俺の背中を蹴っていた三葉 和美少尉だった。

船務科は船の電子関係全般だ。情報通信、レーダー観測、暗号解読といった電子処理。あとは射撃諸元などの計算全般。

目や耳に当たるものでとても重要な部署である。


で、そんな船務科の長をやっている三葉だが、ご覧の通りものすごくご機嫌斜めだ。

別に責任者に押し付けられたことが不満でこうなっているわけじゃない。

艦長に騙されて罠に突っ込まされたことも、まあ、ここまで不機嫌になる理由ではない。

横から肘をつかれた。見ればアルフォンスがそこにいた。


「どうすんだよ、コレ」


そして呆れ気味にそう言ってきた。

アルフォンスだけじゃない。他の船員も軒並み同じ表情で、まだ馴染んでない有沢中尉でさえも困惑顔だ。


うん、まあ、皆が俺をそう言う目で見るのは仕方がない。

俺が原因だからな。


事の起こりは俺がこの艦橋に初めて入った時のことだ。

そこにはほかの船員もいて、その中に三葉がいた。

何も言われずいきなり戦闘艦に乗せられて、不安でいっぱいだった三葉は俺を見て縋りつくように聞いてきたのだ。

で、俺はその表情を見て……魔が差してしまった。


『ねえ龍也、一体どういうことなの?いきなり船に乗せられて、私たちはどうなるの?』

『……俺達はこの船を動かすために乗せられたのさ』

『そうだとは思うけど。でも、何で海賊を?』

『標的艦だとさ』

『標的……まさかっ!』

『そのまさかだよ。新造艦ができたらしくてな、その相手がこの船だ。俺達はこの船を動かして、必死こいて逃げ回れだと。コンピューターじゃ満足できんらしい』

『そんな……嘘でしょ!?』

『…………』

『確かに私たちは海賊だけど、だからってそれはおかしいでしょう!?何で、何でそんなひどいことが平気で出来るの!?』

『…………』

『黙ってないで答えてよ。嘘だって言ってよ!』

『…三葉』

『龍也ぁ…』

『本当はな、俺達この船で海賊退治を任されたんだ』

『……え?』

『俺達、この国の犬になって宙域のパトロールを任された』

『………つまり、さっきの話は…?』

『うん。………嘘☆』


で、ご覧の有様である。

泣きじゃくっていた顔が見る間に般若になる様は多分俺しか見た人間はいないだろうな。

その後は俺の嘘が嘘だったと理解した安心感と悪戯された怒りと相まって俺のことをボッコボコだ。頭のたんこぶは未だに三段ほど重なったまま収まる気配がない。


まあ、自業自得なのでそこに不満は無いが、言い訳を聞いてくれるなら聞いて欲しい。

可愛い女の子が、俺に縋ってきたんだぜ?

不安でいっぱいの表情が、俺を見て少しだけ安堵に変わった表情をして、それでも不安がぬぐいきれない顔でこっちを頼ってきたんだぜ?

いじめたくならない?俺はいじめたい!

だからやっちゃった。てへっ


「いやどうすんだよ。龍也」


ホントどうしようね。





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