クジラの体内
「おお、無事だったか!」
そんな言葉と共に、こちらへと駆けてきたのは技術屋のアルフォンスだった。
俺の仲間達は留置場から解放され、今はこのナガス級巡洋艦の内部に押し込められている。
艦内の把握を行うためだ。それは俺も必要なことではあったので、その最中にばったりと出くわして今に至る。
俺は笑って答えた。
「いろいろあったがな。かくかくしかじか…」
「はははっ。そりゃよかった」
俺達がアテナ国に組み込まれたこと、試験には合格したこと。俺は手早く現状を伝える。
それを聞いてアルフォンスも笑った。そして、それの後ろに視線を向ける。
「そちらの女性は?」
まあ、予測していた疑問が投げ込まれた。
その視線の先にいるのは、セリーヌ少佐に紹介された有沢中尉だった。
「ああ、この人は有沢 ユイ。階級は中尉。アテナ国から提供された協力者だ」
「有沢 ユイです。よろしくお願いします」
有沢中尉は俺の言葉に続き、アテナ国式の綺麗な敬礼をした。
アルフォンスはそれに答え、右手を喉元まで持ってきて、拳を作る動作をした。
青龍海賊団式の敬礼だ。
「ご丁寧にありがとうございます。私はアルフォンス・D・青龍。これからよろしくお願いします」
「はっ!」
「有沢中尉は副長として働いてもらう。だが俺達のやり方と齟齬があるだろうし、アルにも補佐してもらう形になるが、大丈夫か?」
「了解です、龍也艦長」
「頼んだ。有沢中尉、何かしら俺達の行動でわからないことがあったらアルに聞いてください。コイツなら大抵のことには答えられますので」
「了解です」
有沢中尉は敬礼を返した。今の俺達は階級が割り振られてないため有沢中尉には敬語だ。
アルの紹介はとりあえずこれでいいか。ああ、アルがここに居るならちょうどいい。
「アル、移動しながらでいいから教えてくれ。技術課長として、この船はどうだった?」
「なかなか面白いな。設計思想からして独特だ」
帰ってきたのはそんな言葉だった。
「独特か。具体的にはどんな感じなんだ?」
「外観を見てわかると思うが、こいつの主砲は艦体の上部前面に二基しか配置されてないんだ。しかも、タレットの規格はⅬ型だ。この意味は解るだろ?」
アルの言葉を聞き、俺は確かにその発言を変だと感じた。俺達の常識では、それは独特だと言わざるを得ない。
「L型?Mじゃなくてか?格納砲塔の類も無いのか」
「ああ、まったく。勿論、魚雷発射管やミサイルセル。対空兵器の類はあるんだが、艦砲の類はそれだけだ」
俺達の常識ではありえない配置の仕方だった。
俺達青龍海賊団。というか、銀河連邦の艦艇の砲配置は“全身にまんべんなく”というのが常識だ。
船体は三角柱型、タレットはその三角形の頂点部分に配置するのが常識を突き詰めた形になる。
まあ実際は。四角柱型で各辺に、とか。船体の上下面に、とか。アレンジはある。だが、基本的にはその常識に則って砲が配置されている。
何故そんな配置形状になるのかといえば理由は簡単で、その理由とは“船の死角を無くす”ため以外にない。
宇宙空間には上下左右という概念は無い。一応、恒星系の赤道面を基準面とした上下左右の規則はあるが、宙を航行する宇宙船はその赤道面でしか航行できないなんて規則も理屈も存在しない。
前後左右に加え、その上下。宇宙なら、そのどこからでも攻撃はやってくる。その脅威に対処するには、その全面に武装を施すしかない。
仮に死角があるとすれば、敵は当然そこを狙ってくるからだ。
だから銀河連邦の武装艦は、全周に攻撃が可能な砲配置を採用している。
それを踏まえたうえで考えると、白鯨の砲配置は異常と言えた。
砲配置は艦体上部の前部のみ。横方向には左右150°程度しか旋回できず、真後ろには攻撃不可。仰角は90度まで可能だそうだが、俯角は一切取れない。
つまり、艦体の上面しか砲の指向ができないうえ、その背後には一切の砲撃が行えないことを意味している。実に船の周囲60%以上の範囲が死角になるということだった。
おまけに、タレットのサイズはⅬ型。巡洋艦の常識的なサイズであるM型のワンランク上のタレット規格の代物だ。
確かに全周にM型を配置しないのなら可能な選択ではあるが、その代わりに射角はご覧の有様。
目の前の敵しか攻撃しないという、いっそ清々しいまでの配置である。
「大分尖った設計思想だな。そんなのが汎用だったのか?」
「耳を疑ったけどな。けど、よくよく考えたらまあ納得納得」
「なんでさ」
「どっちにしろ火力は集中されるから」
アルフォンスの解説は以下の通りだった。
仮に自艦が包囲される状況にあった場合。その砲はどこを指向するかといえば、それは包囲される敵の内の一つに集中して指向される。
それは銀河連邦制の、全周に満遍なくタレットが配置された代物でも例外ではなかった。
それぞれの砲がそれぞれの敵を指向するなんてことにはなり得ない。
何故なら、そんな状況の中で最も重要なことが敵の攻撃能力を奪うことだからだ。
単艦で包囲される状況というのは、つまり一対多の状況であるということだ。そんな状況になってる時点で既に負けていると言っても過言ではないのだが、そんな状況で生き残りたいのなら敵を一隻でも多く一秒でも早く潰すしかなかった。
一隻落とせば、その船から攻撃されることは無くなる。10隻中の1隻なら10%の攻撃力ダウンだ。3隻中の1隻なら30%の攻撃力ダウンだ。一隻ずつ落とせば、確実にダメージを抑えられる。
仮に敵の全滅に同じだけの時間がかかったとしても。1隻に攻撃を集中させるか、全部にまとめて攻撃を行うか。その行動による、自機が受けるダメージ量の差は明確だった。
そして、アテナ国の艦艇はその点を重視して船の設計を行ったのだ。
「武装は艦の一面に集中して、他の面はシールドで耐えるようにできてるんだ。タレットを配置しないからシールドも強力かつ効率的にできる。どうせ一隻ずつしか攻撃しないなら火砲は一面に集中すればいいし、死角は耐えるかミサイルで対処可能と。うーん。よくできてる」
アルフォンスはこの艦の設計をそう締めくくった。
ただし、アルフォンスの解説を聞いて俺は一つ疑問を抱く。
「それ、エネルギーは大丈夫なのか?」
強力な砲、強力なシールド。それらはそれ相応のエネルギーを消費する。
攻撃に防御に機動にと、派手に使えば派手に消費するのだ。船の主機から供給されるエネルギーで賄えなければ、行き着く先はエネルギー切れ。
戦闘の最中にエネルギー切れで沈没とか笑えない。
だが、アルフォンスは感心したままだった。
「そこもよく考えられてるんだ」
何故かといえば、そのからくりは主砲にあった。
主砲のエネルギーをカートリッジ式にしてあるからだ。
主砲のエネルギーをカートリッジに封入し、消費したら新たなカートリッジを接続する。
言ってしまえばエネルギー兵器のエネルギーを、実弾砲の砲弾のようにしたのだ。
つまり、武装のエネルギーが主機から切り離される。
そうすることで、防御と機動のエネルギーを確保することに成功していた。
「エネルギーを砲弾化したところで100発分もあれば十分だし、エネルギーの補充は非戦闘時に行えばいい。包囲される状況でも無ければ主機から供給できるだけのリソースも確保できると。うーん、本当によくできてる」
アルフォンスはしきりにそう感嘆の声を上げた。
「そんなにか?」
「そんなにだ。こいつは俺達の戦艦の概念を変える。今までの船が完全に旧式化するぞ」
アルフォンスはそう断言した。
そして、アルフォンスはこちらに視線を向ける。
「つまり、今までの訓練通りにはいかないってことだ。どうだ、扱えそうか」
アルフォンスはそう聞いてきた。俺達には俺達の船の扱い方があり、その為の訓練を俺達は今まで続けてきた。
この船は、その訓練の外にある代物。運用もその外側だ。
いきなり渡されて、はい分かりましたとは言えない代物だった。
「やってやるさ」
だが、俺はそう答えた。
確かに俺はこの船の全力を出せないだろう。けど、
「習った船の扱いしかできませんじゃ船乗りをやっていけないだろうが。コイツだって乗りこなして見せるさ」
俺はそう啖呵を切った。
大体、アルフォンスが今までの船が旧式化すると断言している以上、今後の俺達の艦艇は白鯨式になっていくのは明確だ。
で、あるならば。俺は否応なくこの船の扱いに慣れていかなければならないのだ。
嫌だなんて言ってられなかった。
「ははっ、そうかい」
アルフォンスはその言葉を聞き、そう笑った。
「じゃ、頑張って艦長をしてくれ。龍也艦長」
そう言ってアルフォンスがある扉の前で立ち止まる。
それはこの船の中枢。艦橋に続く扉だった。
つまり星海のドレットノート級ですな。
一応言い訳させてもらいますが、作中の描写は大体日本語訳されていると思ってください。
サイズの呼称をS、M、Lとか、長さの尺度をメートルで表したりとかですね
ある程度頑張ってますが、全部独自規格とか無理っす。