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星の海の竜と鯨  作者: 葛原
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海賊生活、終了


「よう」


連れていかれ、押し込められた部屋に着くなりそんな声が俺に投げかけられる。

その声はつい先ほどまでよく聞いていた声であり、俺が乗っていた船の艦長のものだ。


「艦長…。なんですか、その恰好は…」


そして、俺は船を降りてから再び出会った艦長の、その変わり果てた姿にそんな声しか出すことができなかった。


「ああ、まあ。そうだな。まあ、驚くだろうな」

「何ですか、そんな。そんな―――――」


俺は立っていることができず、その場に膝を落としてしまった。

今まで艦橋で指揮を執っていた姿は見る影もなく、肌着と見紛うような白くくすんだシャツに股引を履き、腹にはこれまたイメージ通りの黄色い腹巻が巻かれている。

ついでとばかりに艦長の座る机の上にはビンとおそらく酒だろう内容物に、今時珍しい陶器製のカップが置かれていた。

そう、その姿はまさに―――


「定年後の家で寛ぐ親父みたいな格好して!」

「私も最初そう思ったがな、着てみるとこれがなかなか快適でさらに驚いた」

「ダサいです、ものすごくダサいです!海賊は格好(ハッタリ)も大事だって言ったの艦長じゃないですか!」

「まあそういうな、これも罰だ」

「どういうことですか!」

「お前さっき言っただろう。海賊は見栄えが大事だ。だからこうして尊厳を貶めて海賊としてのプライドを壊すのが目的なんだそうだ。この国の伝統的な罰則らしい」

「どこですかそんなことする国は!」


そこでまで叫び、はたと気づく。


「どこの国ですかそんなことする国って。俺たちオセアンの領土で海賊してましたよね。あそこそんなヌルい刑罰でしたっけ?」

「まあそのあたりも含めて今後の話をする。とりあえず座れ」

「はあ」


艦長に促されて、俺は素直に艦長と対面の席に座った。


「さて、何から話したらいいか…。お前、最近話題になっている移民船団のことは知っているか?」


いきなり振られた話に戸惑うが、しかしそのニュースは把握していた。


「ええ、銀河外縁部からやって来た新たな隣人ってすごく騒ぎになってますよね」


俺達のご先祖様がその版図を宇宙に広げ、他所の星系からも広がったそれらが繋がり、銀河連邦と呼ばれる巨大な組織を作り上げたのが今から約500年前。

銀河の中心部にて多少のいざこざがありながらもその手を取り合うことに成功した人類は、しかしその当時に出会った隣人以外の遭遇を果たすことはできなかった。

詳しいところは今でもわかっていないらしい。メディアが作った特番では、同時多発的に同程度の規模の文明を持つ存在が宇宙進出を果たす確率は低いらしく、何らかの必然性があるとかないとか。

まあ早い話、今の時代に新たな異文明と接触する可能性はその経験則から誰も考えてはいなかった。

そしてそんな今になって、新たな隣人が俺たちのもとへとやってきたわけだ。

俺たちはその登場に多少の警戒こそしたものの、しかし多大な驚きと歓喜でもって彼らを受け入れた。


「この間正式に連邦に加入したんでしたっけ。確か名前は移民船の名前からとって“アテナ”でしたっけ」

「ああ、そうだ。もっとも、彼らの母星系ははるか銀河の外縁部。“ワープブリッジ”もないそこへは、まずここへ来た彼らが連邦と接触したことすら情報が届いていない。要はまともな国交ができない状態であり、つまり連邦に加入したのは実質的にその移民船団のことになる。ここまではいいか?」

「はい」

「よろしい。そして彼らはその本質が移民船団であり、つまり彼らはその主権を認められつつも、その彼らが存在するべき“居場所”がない状態にある」

「つまり。国民も、主権もあるけど領土がないから国家として認められない状態にあるわけですね」

「その通り。そのため連邦は特例措置として、一時的に加盟国の領土の一部を割譲。連邦の一員としてのノウハウその他を支援することにした。そして、割譲された土地は最初にコンタクトをとった国であるオセアンの一部であり、-----」

「私たちが君たちを捕まえた宙域というわけだ」


艦長の言葉を遮る形で飛び込んできたその声は、つい先ほどどこかで聞いたことのある声だった。

その声の主は、僕の入ってきた入り口の方。

振り返ると、若い女性がそこに立っており、そして声の主の存在に気づく。

その声の主とは、艦橋に真っ先に飛び込み、俺たちを制圧したまさにその人だった。


「艦長さん。この子があなたの言う“適切な人材”ということかしら?」

「ああ。まあ、今回の件については適当だろう。“テスト”の結果も悪くないだろう?」

「まあ、確かに」


俺の存在を飛び越えて、二人は何やら意味深な言葉を放つ。


「あの、どういうことか説明を求めてもいいでしょうか」


何やら俺に関係のある話らしく、さすがに聞かないという選択肢は取れなかった。

その言葉に、艦長と女性は俺の方を向く。


「ああ、そうだな。まずは自己紹介から。私はセリーヌ。宙域の警備を担当するアテナ国の護衛隊員だ。まあ、軍人と思ってくれてかまわない。」

「はい。えっと、よろしくお願いします」


差し出された手を取り、握手する。俺はその行動に疑問を感じていた。

その疑問が顔に現れていたのだろう、セリーヌは俺に聞いてきた。


「何か?」

「海賊相手にする対応じゃないですよね」


そうだ。俺たちは海賊で、セリーヌと名乗った女性は俺たちを捕まえたのだ。その割には妙にフレンドリーじゃないだろうか。


「君たちとはともに仕事をするつもりだからな」


その疑問に帰ってきた言葉は簡潔で、しかし簡潔すぎて少々意味が解らない。

俺は艦長のほうを向いた。その意を汲んで、艦長は口を開く。


「彼女たちに提供されたのは恒星系が一つ。国家としてみるならいささか小規模だが、他所からやってきたばかりの移民船、その10億にも満たない人口でそのすべてを管理するには広すぎる。だが自国領であるオルサンの軍が警備しているとはいえ、本来はアテナ国がその領内の治安維持を行えるようにならないといけない。今後のことも考え、早急に自分たちの軍備を整える必要が出てきたアテナ国は一つの決断をしたわけだ」

「それが俺たちを同僚という理由…。つまり、そこらのチンピラを捕まえて舎弟にするみたいに、海賊を捕まえて自分の手駒にするつもりってことですか?」

「その通り」


艦長は俺の予測に太鼓判を押した。

まあ、理屈は理解できる。が、


「それ、うまくいくんですか?海賊たちが言うことを聞くとか思えないんですけど」

「まあ、そこは交渉次第だろう。お前だって、別に軍の犬になること自体は不満じゃないだろう?」

「まあ、そうですけど」


艦長の言葉に俺は歯切れ悪くそう答える。

実際として、このまま拒否して海賊として処罰されるよりはマシだし、俺たち下っ端にとっては海賊のボスから国家の軍にトップが変わるだけでそうたいした話じゃない。

ただし、別な部分で問題がある。


「今回の試験って失格ですよね。俺が海賊を名乗っても大丈夫なんですか?」


そう。俺、というか、牢屋にぶち込まれている同い年の俺たちは、まだ正式には海賊じゃない。

正確に言うと、俺たちはまだ海賊見習いだ。船の扱い、航海の仕方。あと海賊としてのノウハウを学び、試練を超えてようやく海賊の一員になる。

その試練というのは早い話が海賊行為を成功させることであり、今回の海賊行為は俺たちの卒業試験だった。

それが失敗に終わった以上、試験も失格だろう。つまり、俺たちはまだ一人前とは言えない。

つまり俺たちは練兵も済んでいない半人前だ。そんな状態で、末端とはいえ俺たちが参加してもいいのだろうか。


「その点は大丈夫だ。上の連中も了承している」


艦長の言葉に、俺は眉をひそめた。


「それって、つまり…」


俺たち星竜海賊団はそれなりに大きな規模の海賊団だ。艦艇を複数持ち、艦隊だって組める規模の代物だ。

それくらいの規模になると、たいていは本拠地になるモノが用意されるし、組織の運営層。つまりは“上”の連中というのはそこにいて、そうホイホイ捕まえられるような状況にはならない。彼らが襲われるときに何の騒ぎにもならないなんてありえない。俺たちにも情報が回ってくるはずだ。

つまり本拠地が危機的状況に陥っておらず、しかしセリーヌ達アテナ国と話がついている状態。


「まあ、自分たちより弱い奴らに従うことはできないだろう?」


つまり俺たちは“上”の連中に売られ、それを知らされないまま罠へと向かって飛び込まされていたというわけだった。

俺たちが勝ったら引き続き海賊行為。負けたら国の首輪付き。

理屈では理解できるが、しかし納得は絶対できない。

そしてすべて知ったうえで俺たちをそんな状況に叩き込んだのは、ほかならぬ艦長だ。


「艦長―?」

「そう睨むな。よかったじゃないか、これで国家公務員の仲間入りだ。収入は安定するぞ」

「そーですかそーですか。じゃ、俺たち帰っていいですか?後のことは正規の人たちにお任せしますんで」

「わかった、わかったから。悪かったからそう不貞腐れるな。お前たちも使わないと手が足りんのだ」

「そんなわけないでしょう。この辺、俺たちの縄張りじゃないですか」

「それも理由があるんだ。あんまりふざけてくれるな」


ちょっとだけ不満をぶつけて、ちょっとだけ気分がすっきりしたので。とりあえずは話を聞くことにする。


「わかりました。それで、正規の人たちで足りないってどういうことなんですか?」

「アテナ国がオルサンの領土を割譲してもらって国家としての支援を受けていることは話したな?ただし、それは一時的なものであり、いずれは返還しないといけない」

「しかし、そうなると国土が無くなる訳ですから、今までの支援をする意味がないんじゃないですか?」

「アテナ国が元々移民船団だったことがその行動の意味だな。彼らは銀河の淵からここまでの長い旅をしてきた。その航路は記録として残っていて、その中には当然、その航路の途中にあった恒星系のデータもそこまでの航路もある。アテナ国はそれら恒星系の発見者として領有権を主張。連邦はそれを承認した。オルサンが領土の一部をアテナ国に割譲したのは連邦としての国際常識やノウハウを学ぶための環境を提供しているわけだ。つまり、今急ピッチで彼らの領土の整備を行っている。私たちはその星系の治安維持も要求され、そちらに私たちの主力を割り当てることに決めたらしい。ここはオルサンのパトロール艦隊も駐留しているしな」

「つまり、親が家の掃除に出ているから、その間比較的安全な土地で軍人としての訓練と教育を受けていろってことなんですね」

「まあ、そういうことだ」


艦長の言葉を、頭の中で反芻する。

言いたいことは理解した。俺に不満はないし、牢屋にいる仲間たちも同様だろう。

ただし、どうしても聞いておきたい疑問が一つ。


「話は理解しましたが、俺たちを売って“上”はどんな利益を手に入れようとしてるんですか?」


海賊団の上層部は何らかのメリットを見出してアテナ国の下に付いたはずだ。そのメリットとはいったい何だったんだろうか。

俺の問いに、艦長は当然の疑問とばかりに口を開く。


「アテナ国は俺たちに取引を持ち掛けた。アテナ国は領土の開発に協力することを条件に、保有する領土の一部を割譲すると言ってきた。アテナ国にとっては大量にあっても使えない土地なうえ、俺たちにとっては星龍皇国を興すのに必要な土地が手に入る。お互いにとって利益になる話だ」


艦長の言葉に、俺は納得した。自分の国土が手に入る。それなら、“上”が俺たちを売った理由としては十分に過ぎる。


「…なるほど。よくわかりました」

「それで、どうだ。やってくれるか」

「私に嫌はありませんし、他の奴らも同じでしょう。それそのものは問題ないかと。―――ただし、一つだけ条件があります」


俺は軍の犬になることに嫌はない。

ただし、一つだけ譲れない条件があった。


「なんだ。いうだけ言ってみろ」


艦長はそういったので、俺は心置きなくその条件を突きつける。


「三葉の説得はお願いしますよ。アイツ、自分の人生積んだって喚いてたんですから。全部ヤラセだったってわかったらどんな八つ当たりされるかわかりませんもん」

「船員のケアは艦長の仕事だぞ。龍也艦長!」


この野郎、逃げやがった。


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