対艦戦
障害であるアイギスは白鯨の奇襲により対処は出来ず、そして竜の推進力はアイギスのそれよりも大きい。カタパルトの補助も受けたそれに追随することは不可能だった。
竜は飛ぶ。己の作られたその理由を証明するために、<パラスアテネ>を撃沈せしめんと深淵の空間を突き進んだ。
アイギスたちはその事実を認識して、そしてすぐにその視線を目の前へと向けた。
そこにいるのは巨鯨。彼女たちが捕まえんとした巡洋艦、白鯨だ。
白鯨が彼女たちの母船を潰せば勝てるように、彼女たちも白鯨を拿捕してしまえばそれが勝利条件なのだ。
そして未だ目標へと飛翔している機竜とは違い、彼女たちの獲物は目の前にいる。
状況は彼女たちに優位があった。
故に、彼女たちは白鯨へと殺到する。
白鯨は今一度亜空間ソナーを放つが、しかしそれは効果を見せない。
奇襲ができるのは一度だけ、その一度を先ほど消費した以上、アイギスたちは当然警戒する。
亜空間ソナーでの強力なジャミングはまさしくその発振器の直近である必要があった。アイギスたちはすみやかにその効果範囲から離脱し、白鯨を拿捕せんと搭乗口や格納庫へと殺到する。
そこには堅牢な扉が塞いでいたが、しかし船の外殻では最も脆弱な部位であり、そしてアイギスにとっては破壊可能な部位でもあった。
故に破壊し、内部へと侵入しようと扉の向こうを確認して―――
「何だこれは!」
そして驚愕の声を上げた。
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「おーおー、驚いとる驚いとる」
俺はその様子を艦内の監視カメラで確認しながら、そう言った。
俺の見る視線の先には、この船の内部へと侵入しようと四苦八苦するアイギスたちの姿。
そう、彼女たちは扉を破壊することには成功したが、しかしその先へと進めなかった。
何故かといえば、それは監視カメラが映している。
「ふはははははは。その中をどうやって進むつもりかね。はっはっはっはっはっは!」
そこに映っていたのは、通路をみっちりと満たした“ガラクタ”達だった。
食料品を詰め込んでいたコンテナや武器のコンテナ。または補修用の鉄骨材。果ては船員の私物やごみに至るまで。
ありとあらゆる、体積を持つ“何か”が、アイギスの侵入すると予測された場所に詰め込まれていた。
進む道が使えなければ、当然その先には進めない。
「アイギス。障害を破壊しながら侵入を始めました」
が、それもしょせんは時間稼ぎにしかならない。三葉の報告通り、流石に船の装甲ほどの強度を持たないガラクタはアイギスの武装で確実に破壊されていく。
「まあ、それしかないもんな」
しかし俺は慌てない。そんなことは想定済みだからな。
アイギスたちは順調に障害物を排除し、その中へと確実に侵入していた。
そしてそのすべてが白鯨に飲み込まれたときに、状況が動いた。
最初は小さな爆発だった。侵入したアイギスたちの後方、彼女たちの侵入鋼の近くにあるガラクタの中に紛れ込ませた爆薬が炸裂。中にある圧力を全周へ向けて放出した。
しかし、それはごくごく小規模なものであり、アイギスたちには致命傷にもならない。
しかし、不安定に詰まれたがらくたにとっては致命的であり、それらは音を立てて崩れ落ちる。
そしてそれが爆発の目的だった。アイギスたちは自分たちが通る分の広さしか確保していない。その後方で崩落があれば、彼女たちはガラクタの中で孤立することになる。
勿論、彼女たちにとってそんなことが障害にならないことは把握済みだ。
だからこそ、本命は別にある。
「よし、注入を開始」
「了解です」
俺の号令は速やかに実行され、画面の向こうでアイギスたちが慌てだしたのが見えた。
状況を理解したのだろう。だが、もう遅い。
ガラクタの隙間から、注入された何かがアイギスたちに迫ってくる。
その色は黄色く、スライムのような粘性を持つものが染み出し、通路全体をそれで埋め尽くさんとアイギスへと殺到するかのように膨張していく。
「おーおー、慌てとる慌てとる」
画面の向こうでは、アイギスたちがそれへと向けて手に持っていた近接武器をふるっているのが見えた。だが、粘性のあるそれに物理攻撃など効くはずもない。
彼女たちの奮闘もむなしく黄色いそれはすべてを飲み込み、そしてそれを映すカメラをも巻き込んでその空間をすべて埋め尽くしてしまった。
「充填を完了しました。完全硬化はいましばらくかかります」
西部機関長の報告に俺は頷く。
一応、こちらの作戦は完全に決まったと言っていい。
「ここまでうまくいくとはな」
隣でアルが呆れていた。まあ、目の前の惨状を見れば、な。
まあ、彼女たちアイギスに対して有効な防衛手段を、俺たち、いや銀河連邦の大国でも持ってはいなかった。彼女たちは、今この場においては無敵といってもよかった。
だからだろう、こんな結果になったのは。
「あいつらもこっちを舐めていたんだろうな。自分たちの船の装備も忘れて」
おれはアルの言葉にそう答えた。
発泡消火剤、それがアイギスを襲った、黄色いスライムの正体だった。
それは消火剤の名の通り、艦内で火災が発生した際に散布される特殊樹脂だ。
散布されたそれは発砲して瞬時に膨張し、消化範囲を覆い尽くし、硬化する。
発生した泡は有毒ガスを閉じ込め、硬化したそれは火災の発生源や、それに伴う破孔を塞ぎ、艦内に発生したダメージを最小限に抑えるための装備。
結果はご覧の有様である。彼女たちの攻撃はスライムには通じず、その身を丸ごと固められて身動きが取れずにいる。
「アイギスたちに動きは?」
「ありません。消火剤に固められて動けないようです」
「データの通りだったな。アイギスもしょせんはパワードスーツ。パワーそのものはそこまでじゃなかったのか」
「驚異的なのは反射速度だけか。それだけでよくもまあここまで手間取らせてくれたもんだよホント。周辺に逃げたアイギスは?」
「いません。全て消火剤につかまったようです」
「完全に舐めてやがったなコイツら」
俺達はモニターの向こうの惨状にそう評価を下し、視線をモニターから外した。
アイギスたちは全身を固められてはいるが、しかし仮にも宇宙空間を突き進む。この程度では死にはしない。
しかし、だからと言ってこのまま引き返してセリーヌ少佐に引き渡しはできない。流石にここから合流までは2,3日ではかかるし、その間に彼女たちが餓死してしまう。
何より全身を拘束される苦痛は生半可なものじゃないだろう。彼女たちの殲滅が目的ではない以上、長時間の拘束は不可能だった。
俺達はここですべてを決めないといけない。
視線の先には敵の旗艦<パラスアテネ>と、そこへと向かう機竜の姿があった。