リベンジ
ビーハイヴ海賊団、旗艦<パラスアテネ>にて。
「彼らの様子は?」
その海賊たちの頭領、ロザリアはそう声を出した。
近づかず離れもせず、こちらの様子をずっと眺め続ける白鯨についてだ。
「未だ動きはありません。各種通信波も検知できず。白鯨は沈黙を保っています」
「そう」
ロザリアはその報告に短くそう言うと、肘あてに腕を乗せて頬杖を突いた。
船の出せる速度。これはこの宙域にいる中では白鯨が一番だ。つまり、私たちはあの船から逃げ切ることができない。これでは海賊行為を行ってもすぐに妨害されるだろう。
商売あがったりだ。
「アイギスで揺さぶりをかけますか?」
アイギスの指揮を任せている副官がそう言う。だが却下だ。
「止めておきなさい。追いつけっこありませんわ」
アイギスも人が作った被造物だ。消耗もすれば壊れもする。メンテナンスと補給は絶対だ。
つまりは物資を消費する。今は白鯨に目を付けられており、補給という名の襲撃は出来そうにない。
無駄な行為はできなかった。
「しかし、こうしている間にも生活物資は消費しています」
「そうなのよねぇ」
ため息をつく。食料をはじめとする、人の生活必需品は現在進行形で消費し続けている。
だがそれは白鯨も同じ。彼らの物資も目減りしているはずだ。
「我慢比べでもするつもりかしら」
余裕の表情でロザリアはそう呟く。こちらは備蓄に余裕はあるし、対して白鯨はいつ補給に戻ったのかを私たちは把握している。
元々ロザリアたちアテナ国の使用している軍用船だ。航続期間が如何ほどかは経験済み。
それらを踏まえても、先に音を上げるのは白鯨の方だった。
「だけど、それをするとこちらもカツカツになりますのよね」
我慢比べには勝つが、しかし備蓄に余裕がなくなるのは否定できなかった。
ロザリアたちは海賊だ。奪ってなんぼの存在だが、それ故に望んだ獲物をしとめられるという保証はどこにもない。
そう言う意味で言えば、我慢比べはこちらも望んではいなかった。
故に、ロザリアは一つの決定を下す。
「……部隊を分けましょう。この船は現状維持。他は全て離脱、海賊行為に励みなさい」
「よろしいのですか?戦力が分断されますが」
副官の言葉に、しかしロザリアは動じない。
「白鯨は一隻だけよ。二兎を追えば一兎も手に入らない。でしょう?」
どちらにせよ、白鯨にとっての脅威はアイギスだけなのだ。ここにいる船はどれだけいようとも白鯨障害にはならない。
ならば、敵に選択を迫った方がいい。
白鯨が<パラスアテネ>を追跡するなら、離脱させた海賊たちを使って補給を行うことができる。
逆に<パラスアテネ>を見逃すというのなら、私たちは他の巡洋艦を襲って戦力の拡充を図るだけ。
どちらに転んでも、私たちの優位は揺るがない。仮に状況を打開するために打って出るなら、それはそれで構わない。
故にその命令は実行された。海賊たちは離脱し、残るのは<パラスアテネ>のみ。
白鯨は離脱しなかった。狙いは<パラスアテネ>という訳だ。
そして、ビーハイヴ海賊団が戦力を分けてから丸一日が経ったとき、白鯨は動き出す。
「白鯨が増速。こちらに向かってきます!」
船員が声を上げた。それと同時に、<パラスアテネ>の目の前を光の奔流が通り過ぎていく。
白鯨の砲撃だ。
「戦闘開始。というわけですわね」
その意味を受け取ったロザリアは素早く指示を出す。
「艦内に警報!アイギスたちは全機出撃!今度こそ白鯨を手に入れますわよ!」
命令は速やかに実行された。
アイギスたちは<パラスアテネ>から飛び立つと、一目散に白鯨めがけて突き進む。
「白鯨からミサイルの斉射。数28」
白鯨からのミサイル攻撃。ついでに魚雷も放たれる。しかし、それが効かないことは白鯨側も把握済み。故に狙いは、その爆風によるアイギスの行動制限だ。それはアイギスたちも把握している。
しかし、今回は様子が違った。そのミサイルの壁に、大きな穴があったのだ。
それは白鯨の正面。そこ通れと言わんばかりに堂々と穴が開いている。
当然それは誘いだ。目に見えている罠。
しかし、アイギスたちはその誘いに乗る。ちょっとやそっとの攻撃ではアイギスを止めることはできない。
そうして殺到したアイギスたちを歓迎したのは、白鯨が持つ主砲の斉射であった。
砲身のエネルギーを落とし、散弾と化したエネルギーが穴に殺到したアイギスたちに襲い掛かる。
しかし、アイギスたちは気にしない。反動で弾かれこそするものの、しかしシールドには影響がない。
中にはエネルギーの隙間に飛び込み、無理やりにでも前に出ようとする者もいる。
おまけに主砲は一斉射。すべての砲を同時に撃つそれは、その直後に隙を作る。
そこが白鯨の限界だ。アイギスたちはすべての脅威をしのぎ切り、白鯨へと殺到する。
白鯨にこれを逃れる術はない。ここにいた誰もが、白鯨の拿捕を確信した。
ところが、その核心は覆される。
「よし、鳴け」
白鯨の艦内で短く発令されたその命令。それが全てを覆す。
外見的な変化は一切なかった。白鯨がしたことはただ一つ。その司令のままに、鳴いただけだ。
音の出ない鳴き声を、宙に向かって解き放つ。
行ったことはそれだけであり、そして結果は明確だった。
「きゃああああああっ!」
今まで元気に宙を泳ぎまくっていたアイギスたちが、皆すべからくその制御が不可能になったからだ。
宙を舞う戦乙女たちは、しかし今は宇宙空間に放り出されたゴキブリのごとき無様なさまを見せつけている。
白鯨の中で、龍也とアルフォンスが目の前の惨状に言葉を漏らす。
「うまく行ったな。作戦通りだ」
「本当にうまくいくとはなー」
「おい、発案者」
「冗談だよ」
「しかし、亜空間ソナーでこんなことになるとはな」
それが白鯨の行ったことだった。
アイギスたちの演算装置。重力演算素子は既存のそれとはまったく違った特性を持っていた。
そもそもの話、コンピューターとは力の流れを使って計算を行っている。
解りやすく言えば、水の流れの切替だけでもコンピューターと言い張ることができるのだ。
それを効率化、高性能化していったのが今に見る電子計算機、そして量子コンピューターである。
では、重力演算素子とは一体何か?
一言で言えば、重力場を利用したコンピューターだ
空間に演算装置を仮想成形し、その内部に重力場を流して演算を行う。
これらは専用の演算装置を持たず、ただ空間そのものをコンピューターにしてしまうのだ。
それが、アイギスのサイズで高度な演算能力を持っていたからくりだ。
そして、故に亜空間ソナーでご覧の有様になる。
亜空間ソナーはソナーの名の通り、強力な重力場発振装置だ。
空間そのものを波を伝える媒体にし、パルス波を起こすことで遠くの状況や目に見えないところの状況を知ることができる。
もちろんこれは索敵用、攻撃力は無いに等しい。が、それは同格の艦船に対してという意味だ。
星系の果てまで重力波を届かせるソナーの発信源のエネルギーはどれほどかは言うまでもないだろう。
それを直近で浴びたアイギスたちがどうなるのか。それが目の前の惨状だった。
重力演算素子は空間をコンピューターにする。それを強力な重力波が襲い掛かったのだ。
おこる結果は仮想造形された演算領域の急激な撹拌。重力演算素子にとっての強力なEMP攻撃だ。
予想通り演算機能の停止とまではいかなかったようだが、しかし機能不全に陥らせることはできた。
そして、この機を逃すつもりは、白鯨には毛頭なかった。
「よし、カタパルトを開け」
龍也の言葉に船が応える。
ブリッジよりもさらに上。鯨を模した船の背骨に沿って、カタパルトが展開された。
その道に沿って重力場が形成され、前へ進むにしたがってその密度は下がっていく。
カタパルトの構造は白鯨の推進器である反重力ジェットエンジンと同じだ。空間を圧縮し、それを一方向へと開放することで推進力を得る。それは今物体を打ち出すための巨大な砲身として形成された。
鯨の背中に展開された、見えない筒の背後に、巨大な影が持ち上がる。
それは竜、機械の竜。相沢の乗る機竜<ペンドラゴン>が後部甲板から飛び上がり、カタパルトへと侵入する。
カタパルトの構造は白鯨の推進器である反重力ジェットエンジンと同じだ。空間を圧縮し、それを一方向へと開放することで推進力を得る。
「相沢中尉、頼んだ」
「はいっ!」
<ペンドラゴン>は高密度の空間の流れに従って、<パラスアテネ>目指して飛び立った。