海賊生活黄金期
さて、何で俺がそんな犯罪行為に身を染めているかという疑問は銀河の彼方へすっとばすとして。まずは目の前の獲物を捕まえないといけない。
「目標、進路を12:00に変更」
レーダー観測官からの報告。目標の客船はこっちに尻を向けて逃げる姿勢だ。
まあ、普通ならそうする。こっちは純軍用の巡洋艦だ。立ち向かったところでひとたまりもない。
「目標、全域に向けて星海標準規格による救難信号を発信中。それと―――――こちらへ返信しています」
もっとも、今回の獲物は普通とはちょっと違ったみたいだ。
「返信…、内容は?」
「読み上げます……ええ!?」
その返信の中身を確認し、通信士が驚きの声を上げる。
「どうした、何か問題か」
「い、いえ。読み上げます。『馬鹿め』。繰り返します、『馬鹿め』。以上が全文になります。」
「……わお」
思わずそう声を上げる。
完全武装の俺達に対して、非武装、非力の客船がそんなアホな返答をするとは夢にも思わなかった。ドラマでもやってないぞ。
そんな返信をするとは、よほど逃げ切る自信があるか、もしくはどうにもならないから自棄っぱちになっているからか…。
どちらにせよ、俺が出す指示は簡潔なものだった。
「主砲、発射用意」
この手の業界は舐められたら終わりだ。である以上、こんな返答を頂いたからにはちゃんとお返しをしなければならない。
艦体正面にある二基のタレット。そこにある火器に電力がブチ込まれ、その暴力を開放せんとうなりを上げる。
「撃て」
簡潔な言葉と共に、その暴力は解放された。
その狙いは正確だった。威嚇ですらない、必中の一撃が客船に命中する。
「命中、しかし効果を認められず」
簡潔な報告。目標の客船は一切の損害が無いらしい。
まあ、想定内だ。実体を持つ投射体ならいざ知らず、搭載されている主砲はビームを飛ばすエネルギー兵器。空間を突き進むたびにそのエネルギーを拡散させていくため、この距離だと本来の1割も火力を出せない。
おまけにたとえ客船だとしても、恒星からの恒星風やスペースデブリなどから船体を保護するためのシールド装置は例外なく搭載されている。搭載されている動力炉から供給されるエネルギーを消費するエンジンも武装もない客船は、いざ非常時となると普段使っているエネルギーを全て防御に回してしまうため、シールド容量に関しては下手な軍艦よりも多い。
だからまあ、損害が出るとは思っていなかった。むしろ、出たら困る。
俺達の目的が物資の強奪だからだ。撃沈なんてしたら最悪だ。残骸から漁らないといけなくなる。いつ警備隊が来るかもわからない中でそんなことをする余裕はないし、そうなると完全に赤字だ。何のために襲撃したかわからなくなる。
だからこそ、獲物たちにはおとなしく積み荷をコンテナごと投棄してほしいのだ。
その為にも主砲の火力は抑え気味だしな。
「進路そのまま。砲撃そのまま。撃ち続けてシールドを飽和させろ」
なので、海賊のセオリーとして近づきながら継続して主砲を撃ち込んでいく。
ダメージは蓄積するし、シールドも無限に持つわけじゃない。飽和させてシールド機能を無効化してしまえばいい。
後はこちらのフィーバータイム。エンジン撃ち抜いて逃げられないようにしてから白兵戦して制圧するもよし。カーゴハッチを破壊して中からこぼれるコンテナを頂戴するもよし。何でもござれ。
非武装の客船が武装戦に対抗することなど、出来はしない。
「うん?」
そう
「レーダーに感あり。目標より小型の物質が複数飛散しています」
「コンテナを落としたか?」
「いえ、それにしては体積が小さすぎます。これは―――っ!」
対抗できないはずだったのだ。
「分離体、高速でこちらに移動を開始!接触まであと60秒!」
「警報!迎撃戦闘用意!」
艦内に警報が鳴り響く。この艦が戦闘状態に移行したことを知らせ、乗組員たちに対してどんな行動をすればいいのかを音で知らせる。
十中八九、敵の攻撃だ。それがどんなものであれ、やることは撃ち落とす以外にない。
だからこれでいいはずだ。
だが、現状の情報ではできることはここまでだ。ここから先は新たな判断材料がいる。
「飛翔体の正体は」
俺はレーダー観測官に尋ねた。
「わかりません」
帰ってきたのは簡素な答えだ。
「わからない?ミサイルじゃないのか?」
「データベースに該当するものがありません。また重力推進と思われる重力振を感知しています」
「航空機か?」
「同じくデータベースに該当するものがありません。また航空機と判断するにはその体積があまりに小さすぎます」
報告に頭を悩ませる。
重力推進器は構造が複雑でその制御に高度な演算装置もいる。つまりミサイルとして使うには単価がべらぼうに高い。
しかし空間戦闘機と判断するにはその体積は人間サイズ程度。そんな乗り物は存在しない。
となると、ミサイルか?重力推進器は非常識だが、あり得ない話じゃない。
しかし、その判断も間違っていた。
「映像、出します」
「……なんだ、これは?」
こちらに向かう飛翔体。その全貌を見て、俺はそう言わずにはいられなかった。
それを一文字で表すのなら、それは“人”と言う他なかった。
胴体に五体を持った、まぎれもない人間型。
甲冑に身を包み、背中には翼のような何かのユニットをはやしている。
さながら宙を飛ぶパワードスーツだ。
しかも、その人型の頭部からは、人の顔がはっきりと視認できる。
表情すらも読み取れるほどの薄いヘルメットは、その中身が事実であることを教えていた。
「アレは、人が乗って、いや着ているいるのか…!?」
そこまで考えて、しかしその考えが違うことを思い出す。
いま必要なのは、襲い掛かるその敵に対し、どんな対処をするかだ。
「エンジン最大出力!全速で目標に接触しろ!」
下した決断は、本来の目標であった客船への接触だった。
「それでは現在接近中の飛翔体に対処できません」
「無視しろ。船の出力で引きはがす」
今こちらへ向かっている飛翔体は、あまりにも小さすぎた。
つまり、持っている火器もそれなり。艦砲と比較すればあまりにも軽火力。
おまけに推進器も小さい。重力推進は基本的に装置がデカければデカいだけ出力が強くなる。一度引き離されれば追いつくことは不可能だ。
さらに相対速度も乗っている。その速度は亜光速。すれ違いは一瞬だ。取りつく暇なんて与えない。
それはドラゴンに雀が挑むようなものだ。その鱗は嘴を通さず、その羽ばたきはたった一つで雀の全速を超えていく。
だからそうした。
「敵飛翔体。接触まで5、4、3、2、1、接触します」
レーダー観測官が読み上げたカウントダウンがゼロになったが、しかし艦にこれといった以上は確認できなかった。
俺はこちらの予測が当たり、未知の脅威に適切に対処できたことに安堵した。
「船体外殻に何かが接触!」
そして、その言葉に再び気を引き締める羽目になる。
「どういうことだ!」
「敵飛翔体が船体に取りつきました!」
「何だと!?」
そこで俺は悟る。敵の狙いは最初からこれだ。
「敵が隔壁を破壊、内部に侵入しました!」
つまり、取りついてからの白兵戦。俺たちがやるはずだった手口を先にやられた!
「白兵戦用意!制圧しろ!」
「駄目です、侵攻が止まりません!」
「ちぃ!」
艦内は客船の制圧用に人手を優先して歩兵しか用意しておらず、体積を取るパワードスーツの類は積んですらいない。そんな状態でパワードスーツを相手にするには少々以上に役不足だった。
見る間に艦内に侵入、制圧をしていく敵性体。
「敵はまっすぐに艦橋へと侵攻しています!」
当然、最優先の攻略目標であろうここも例外ではなかった。
「隔壁を閉鎖しろ!」
「間に合いません!」
宇宙空間を突き進むその速度は、俺の指示をことごとく突き放し、そしてそれは俺の元へと辿り着く。
艦橋に至るドアを破壊したそれは艦橋内に躍り出ると、その空中に静止した。
そして、そいつはある一転を注視する。俺の方、しかしそこより少しだけ右にずれた位置。
「チェックメイトだ、武装を解除しておとなしく投降しろ!」
声は女性のモノだった。そして、見ている先に手にもつ武器であろうそれを向ける。
俺は思わず、その矛先が向いた方へと飛び出していた。
目の前の敵は俺が射線に飛び出したことで一瞬驚いたような顔をし、そして面白そうだと言った興味の笑みをその顔に浮かべた。
「止めろ」
そして、そんな俺の行動を止める背後からの声。
「確かにチェックメイトだ。これ以上はどうにもならん」
「艦長…」
背後からの声に俺は膝から力が抜ける。
その場に頽れた俺を無視して、艦長は言葉を発した。
「投降する。艦内へ向けて回線を開け」
その言葉により、艦内での戦闘は速やかに停止。
俺の海賊生活は、そんなあっけない終わり方をしたのであった。