説教
辛くも離脱に成功した俺達は、しかしそのまま逃げかえることはしなかった。
ビーハイヴ海賊団。アイギスを擁したそれを放置することには不安が残ったからだ。
そいつらは偽装する。偽装ができる。傍目には客船にしか見えない外見のそれからアイギスが白兵戦を仕掛けてくる可能性は否定できず、仮に一隻でも軍用の船を手に入れられたら脅威度が跳ね上がることは容易に想像できた。
幸いにして伝令用の魚雷は装備していたため、ステーションへの連絡はこれで行うことができる。ステーション経由でセリーヌ少佐まで話は伝わるだろう。
尤も、とある理由でそれは出来そうにないが。
今の俺達に出来るのはビーハイヴ海賊団の補足を続けることだけだった。
ひとまずの膠着状態。俺にはもうひと仕事ある。
「さて、と」
俺は今格納庫にいた。
目の前には巨大な竜。
そいつは格納庫の中で身を伏せていたが、こちらの侵入に気付いてその首を持ち上げた。
「ひょう、竜だ。機械仕掛けの竜だ!中身どんなんなってんだろうな?」
隣にいたアルがそう呟いて、竜の方に近づいていく。
俺は慌ててその首根っこを引っ掴んだ。
「ぐえっ。何をする龍也」
「何じゃねえよ。よく見ず知らずの竜にそんな簡単に近づけるな」
「大丈夫、敵対してねえよ。見りゃわかんだろ」
「わかんねえよ」
それがわかるのは、ここでは多分お前だけだ。
「アル」
俺は名前を呼んだ。それだけだったがアルはこちらの意図を察した。
無言で両手を上げ、降参のポーズをとる。
「了解です。龍也艦長。準備を進めておきます」
「頼んだ」
言葉と共にアルは出ていき、そして格納庫の扉が閉まる。
残されたのは、機械仕掛けの竜と俺だけ。
いや、もう一人。
俺は竜に近づいた。竜を警戒させないように、ゆっくりと。
目的のモノはすぐに見つかった。
竜の首元の下。前肢の付け根に、竜に背を預けて座る人物が一人。
相沢中尉だった。
「睦原艦長……」
彼女も俺を認識して、名前を呼ぶ。
その声に反応してか、竜が動いた。
頭をこちらに近づけてきたのだ。
主人に近づいてきた俺を警戒しているのだろうか。においを検知する機関があるのかわからないが、匂いを嗅ぐかのようにその鼻先をこちらに向けてくる。
…というよりは、見知らぬ何かに興味津々といった感じか?
「アーサー。やめなさい」
しかし、それも相沢中尉の声が上がるまでだ。竜はその言葉に従い離し、前足を枕にしてそこに首を預けた。まあ、目はこちらを見つめ続けているが。
「申し訳ありません。龍也艦長」
相沢中尉が立ち上がり、こちらへと近づいてきた。
「それと、救援有難うございました」
そして、気まずそうにそう言う。まあ、無断で行動した挙句に助けられてたらそうもなるだろう。
「そうだな、お前の勝手のおかげでこっちは要らん手を煩わせた」
「………」
「あのままでも逃げられた可能性はあったのにな。お前のおかげでまたアイギスに制圧される羽目になりかけた」
「……申し訳ありません」
「うん。次から気を付けるように」
俺は頭を下げた彼女にそう言った。
「……え?」
「という訳でこんなところにいないで早く来い。やることがある」
相沢中尉は俺の言葉に呆けた顔をしたが、しかし次の瞬間に声を荒げた。
「いや、あの。ちょっと待って下さい!」
「何か?」
「何かじゃないですよ。そんな一言で済ませられる問題ですか!? 私は皆さんを危険に晒したんですよ!?」
俺は彼女の言葉を理解する。確かに相沢中尉は命令無視の挙句に俺達危険に晒したわけだ。
それは軍人としては絶対にやってはいけないこと。
だがしかし、今の俺はそれを重要視していなかった。
「まあ、結果オーライだし?」
「なっ!?そういう問題ですか!?」
「というか、相沢中尉の行動も理解できるからな。自分の知り合いが下らん理由で海賊になった挙句に他所に迷惑かけたら、そらなんとかしたいと思うよな」
「そうですけど……それではけじめがつきません」
彼女の言い分も尤もだ。
しかし、今のおれは相沢中尉の言葉を聞いていなかった。
「ホント、下らん理由でどいつもこいつも海賊になりおってからに……」
「あの、艦長?」
「人が生きていくために必死こいて生きている横で自分の欲望のために散々迷惑かけまくった挙句に恋がしたいから海賊やりますぅ?海賊を何だと思ってんだこいつらは!」
「か、艦長!?」
「ふっざけんなそんな下らん理由でそこらの治安メタクソに脅かしまくりやがって!馬鹿なことやってる自覚があんのか?無いんだろうなこの馬鹿どもは!」
「艦長!! 落ち着いてください!」
「これが落ち着いてられるか!」
まさしく落ち着いてなどいられなかった。こっちが真面目に治安維持に精を出しているというのに海賊たちはそんなもん知ったこっちゃねえと乱痴気三昧。おまけに理由はくだらない。
正直、ビーハイヴの頭領やってるあのメイド女の言い分も理解できなくもない。
「だからって海賊になってんじゃねえよ!その尻拭い俺がしないといけないんじゃないか!ふざけんな!」
「そうですけど……!」
「相沢中尉!」
「は、はいっ!」
「正直アンタにも言いたいことはあるが、今はそんなことどうでもいい。アンタの説教はやることやってからだ。良いな!」
「はい!」
相沢中尉の同意も得た。じゃあ話もひとまず終わりだ。
「じゃあ行くぞ!ついて来い!」
「はい!……あの?何をするつもりですか?」
相沢中尉の言葉に、俺は簡潔に答えた。
「作戦会議。あいつらは俺達で捕まえるぞ」
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「よし、揃っているな」
相沢中尉を連れてブリッジに戻ってきた俺は、そこに必要な人員がそろっていることを確認した。
「艦長、本当にやるんですか?」
そして、いざ会議を始める直前になって声を挙げる人物が一人。
和泉戦術長だ。
「不服か?」
「必要性を感じません。増援を待ってもよろしいのでは?」
「まあな」
和泉の言うことは尤もだ。ビーハイヴ海賊団は貧弱だが多数の武装船を運用している。その上で、アイギスという存在がある。特にアイギスが厄介だ。あいつに対抗する手段を俺達は持っていない。
セリーヌ少佐に話を通し、同規模のアイギスなりを投入してもらう方が確実だ。
「だが決行する。変更はない」
「何故です?」
勿論理由はある。
「アテナ国のイメージダウンを防ぐためだ」
今のところ、俺達は未だ現状に対する報告を行っていない。
だが、もしこれを報告すれば瞬く間に情報は拡散するだろう。人の口に戸は立てられないからな。
アイギスを使っているのはアテナ国のみ。そのアイギスが海賊行為を働いている。
それを知ったステーションの住民や商船のオーナーたちはアテナ国をどう見るのか。
まあ、今後良い目で見られることは無いだろう。
だが、今俺達が彼女たちを止めればすべてをもみ消すことができる。関わっているのが俺たちだけだからだ。舎弟にされた海賊たちの口にも戸は立てらないが、しかし海賊の言い分何ぞ誰も聞きはしないだろう。
全てをもみ消し、その功績は俺達の手柄。
「今後のためにアテナ国に恩を売っておくチャンスだからな」
「………」
和泉は沈黙。頭の中でその行動の危険性を考えているのだろう。
だが、そう深く考える必要はない。
何せ、逃げ足はこちらの方が上だからな。いざとなったら逃げればいい。
何より今は未だ作戦を練るところからだ。検討するだけならどんな結果もおこらない。
それでだめなら、おとなしくセリーヌ少佐に救援を求めればいいだけだ。
和泉の頭の中でも同じ結論に達したのだろう。「了解です」と短く答えた。
一同を見渡したが、反対の声は始まらない。
作戦会議が始まった。