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星の海の竜と鯨  作者: 葛原
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殻は砕ける



「相沢中尉。何か知っているか!」


俺は思わず彼女にそう呼びかけた。


「わかりません!こんなことは聞いていません!」


明らかに狼狽した様子で彼女はそう答えた。

その様子に、俺は落ち着きを取り戻す。落ち着け、彼女に当たるな。


「艦長、客船から通話を呼びかけられています」

「スクリーンに出せ。和泉」

「了解、指揮を引き継ぎます」

「頼んだ。三葉、繋げ」

「了解。繋ぎます」


一瞬の遅延と共に、メインスクリーンに相手の映像が浮かび上がる。


「皆さま、ご機嫌如何でしょうか。わたくしはビーハイヴ海賊団を率いさせていただいておりますロザリア・エンフィールドと申します。以後お見知りおきを」


モニターの先で、ロザリアと名乗った少女が優雅に一礼をした。

俺たちとそう変わらない年齢層の、少女と呼んでもいい彼女が海賊になっているというのも疑問に思うし、そんな少女が海賊の頭をしているのも衝撃的だ。

しかし、それ以上に目の前の彼女にはもっと気になる点がある。

黒いシックな衣装に身を包み、カチューシャやカフス、襟といったワンポイントに加え、正面にエプロンの白が栄えた格好はまさに、


「何で給仕の恰好をしているんだ?」

「メイド服と申します」


いやしらんがな。


「ロザリア!貴方何しているの!」


俺が内心ツッコミを入れている間に、会話に割り込む人物が一名。

相沢中尉だ。


「貴方たちも治安維持に駆り出されていたはずでしょう!それがどうしてこんなことになっているの!?」

「ごきげんよう相沢中尉。勿論使命は果たしておりますわ。ご覧になりましたでしょう?しっかりと海賊たちは捕まえて、私の部下に仕立て上げているじゃないですか」

「海賊になれとは命令されていない!」


相沢中尉が叫んだ。しかし、ロザリアは堪えた様子もない。


「相沢中尉の言い分も尤もですわ。しかし、わたくしにも譲れないものがありますの。やめられるわけないですわ」


その言葉にさらに声を上げようとする相沢中尉を手で制する。今の彼女では冷静な対応などできないだろう。


「それでロザリアさん。貴方がいう、譲れないものって何なんだ?」

「そんなの、出会いに決まっていますでしょう!?」

「………うん?」


俺の頭は、彼女の言葉が理解できなかった。相沢中尉も、他の連中も同様だ。


「せっかく出会えた異文明、まだ見ぬ素敵な殿方たち。そして始まる素敵なロマンス……。そう、そこはまさに恋のフロンティア!」


そんな中で唯一、ロザリアだけが声高く演説を続ける。


「だというのに、私は日がな一日交通整理の仕事ばかり。出会う殿方は粗野で野蛮なチンピラばかり…。わたくしに遭いに来てくださる素敵な殿方は、仕えたくなるような殿方が誰一人として現れませんでしたものっ!」


彼女の演説は続く。


「だから会いに行くことにしましたの。未だ見ぬ素敵な殿方を、わたくしを追いかけ、捕まえてくれる素敵な殿方を!」


彼女は壮大な計画を語る


「ですので、皆様にはその船をおとなしく明け渡していただきたいのです。その船は私たちがその声明を響かせるために必要な物ですから」


ロザリアはそう語り切った。隣で相沢中尉が踵を返し、ブリッジから出ていく。

彼女からすればここには居たくないだろう、身内の恥を大々的に宣言されているんだ。恥ずかしくてそら居られないはずだ。

おれは……うん。付き合ってらんねーわ。


「和泉、全力で離脱」

「了解」


俺は簡潔にそう指示を出す。保護対象だった客船も偽装。ここに俺達がいる理由はない。

さっさと逃げ出すに限る。


「逃げますの?」

「ああ、ここに居る理由がないからな」

「男らしくありませんわね」

「言ってろ。お前らにこの船を渡してなんぞやるもんか」

「仕方ありませんわね」


その言葉が合図だった。

展開していたアイギスたちが動き出す。狙いは俺達の乗る白鯨だ。


白鯨は逃げるために動き出す。正面はアイギス。後ろは海賊。

アイギスに接触されるわけにはいかない。

逃げるために進路をそらさないといけないが、それはつまりこの船のベクトルが変わることを表す。

つまりは速度が遅くなる。船が大型化すれば速度は上がるが、大きくなれば重くなり、機動性は下がっていく。機動性だけはぴか一だろうアイギスは常に最高速度を出せる。


「林、離脱は出来そうか」

「ギリギリです。海賊側に進路を取ってはどうでしょうか」


林の言葉に和泉が否定する。


「駄目だ。体当たりされたら逃げられない。可能性が否定できない以上、そんな賭けはできない。それなら現状航路を維持した方がマシだ」


和泉の意見も尤もだ。今なら包囲も閉じていない。

だが、それでもギリギリだ。できるならもう一手置いて、確実にしておきたい。


「……和泉、ミサイルの使用を許可する」


俺は一拍考え、そう命令した。


「ミサイルですか?迎撃されるのでは?」


和泉の意見も尤もだ。アイギスの反応速度なら、ガス墳進式のミサイルなんて止まって見えるだろう。迎撃も容易だ。

だが、それをわかったうえでそう命令する。


「敵との接触前に自爆させろ。爆風には突っ込めない」

「! なるほど!」


艦載のミサイルはアイギスにとっては超大型ミサイルだ。その爆風は広範囲。

重力推進ができるなら慣性制御装置は標準装備だろう。それを搭載しているだろうアイギスは自身の慣性を打ち消すが、代わりに外力にとても弱くなる。

重いがゆえに得られる、運動エネルギーの保持力も失うのだ。

爆発の衝撃力を前にアイギスは突破できないはず。そうなると加害範囲を迂回しなけらばならないが、それだけこちらにたどり着くための距離が延びる。

つまりは逃げる確率が上がる。


その命令は速やかに実行された。


「左舷ミサイルハッチ開放。セルハッチ1番から8番開放。水平発射ミサイル(HLS)、発射!」


左舷の装甲板が開き、内蔵されていた8発のミサイルが発射される。

狙いは正確に、接近するアイギスの群れの前方で爆発する。


しかし、


「アイギス、進行速度止まりません。足止めに失敗しました!」


三葉が叫んだ。スクリーンには、依然こちらに突き進むアイギスの表示。


「ミサイルの隙間を抜けられたものと思われます」

「ちいっ!」


思わず舌打ちする。ミサイルの間隔が広すぎたのだ。ミサイル同士の中間点はどうしても爆風が弱くなる。そこを突破したのだろう。

ミサイルの訓練はシミュレータしかしていなかったのが原因だろうが、しかしそれを今嘆いても仕方なかった。


「セルは残っています。ミサイルを再発射しますか?」

「こっちの狙いが足止めだと気づいただろう。打つだけ無駄だ」


先のミサイル攻撃のせいで、アイギスたちは広く散開していた。流石にそのすべてを塞ぐだけのミサイルは積んでいない。


「柳葉、警備班に備えるように伝えておいてくれ。それと隔壁を閉鎖しろ」


アイギスとの接触は運を天に任せるしかなくなった。その後は侵入された場合の対策になる。

前回と同じ目には合わない。あらかじめ隔壁を閉鎖して進行を遅らせ、警備班に対処してもらうしかない。


「了解、隔壁を閉鎖……え?か、艦長!」


隔壁を閉めようとした柳葉環境長が声を上げる。


「どうした」

「格納庫ハッチが開いています」

「なんでそんなところが!?」

「わかりません。監視カメラの映像を出します」


その時だった。

ブリッジの横を、光の奔流が前へと駆け抜けていく。

それは、白鯨の主砲と同じ太さの光、エネルギー砲の光であり、そんなものを扱える船は今この場には白鯨だけ。そして白鯨は前にしか主砲塔を備えていない。

背後から飛び出すことなんてありえなかった。

しかし、その原因はすぐに判明する。

モニターに、格納庫の様子が表示された。


最初に映ったのは、長大な金属柱だった。

節を持ち、その節ごとに細くなり、格納庫の奥へと伸びていく金属柱。

その逆、太くなる方の根元には巨大な金属隗が接続され、そこから一回り小さな金属隗が接続、そこからさらに太い金属柱が伸びている。


その姿を見て、俺は、この映像を見たこの船のクルーは全員がその毛を逆立たせた。


「も、モニターを切り替えます」


柳葉環境長の言葉によって、格納庫の外の様子が映し出された。

そこに映されたのは、俺達が想像したものと同じもの。

巨大な腕、そこから伸びる、一抱えほどの鋭い爪。

その前肢が支える胴体は巨大で、そこから伸びる首は長く白鯨の左舷へ伸びていく。

その先には頭があり、先ほどのエネルギーを投射下であろう口腔を開けたまま、その頭部はその存在を知らしめていた。


神話より語り継がれる、我らの象徴。



龍が、そこに存在していた。


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