百里の道は九十九里をもって半ばとす
「救難信号を受信しました。前方、10光秒先で客船が襲われている模様です」
そしてその時はやってきた。
「第二種戦闘態勢、警報鳴らせ。三葉船務長、客船から敵のデータを受け取れ」
「すでに受け取りました。スクリーンに出します」
「レーダーを指向性に切り替え。こちらでも確認しろ」
俺は三葉にそう指示を飛ばす。提供されたデータを信じていないわけではないが、自分の目で見ていないものを容易に信じることはあまりにも危険すぎる。
裏取りは絶対だ。
「了解、レーダーを指向性に切り替えます」
三葉の言葉を聞きながら、俺はスクリーンに表示された敵の配置を確認する。
敵はいつもの民間武装船。数は三。そこまではいつも通りだが、
「ふうん?和泉戦術長、これ、どう見る?」
「きれいな包囲を敷いていますね。これじゃ逃げられません」
敵は3方向からの襲撃で、客船を包囲網の網の中に入れたままだった。
「つまり練度もそこそこってことだ。今までとは勝手が違うぞ」
「そうですね。ですが元々それを前提にマニュアルは作成しています」
「そうだったな。戦闘指揮はお前に任せる」
「了解です。ミサイルと魚雷の使用はどうしましょうか」
俺は一瞬考える。今までミサイルを使わなかったのはその必要が無かったからだ。だが、今回の敵の練度はなめてかかってはいけない相手。
しかし、今までの戦闘経験からミサイルを使わなくても無力化は可能だろうという予測はできる。
敵のスペック的にもそれは実現可能だ。
「ミサイルはそちらの判断に任せる。但し、極力使うな。」
「了解です。緊急用に備えます。魚雷はどうしましょう」
「そちらは使用禁止」
俺はそう答えた。魚雷とミサイルの違いを聞かれても返答には困るが、魚雷の方は一撃必殺の威力を求めている傾向にある。撃沈は俺達の仕事には合致していなかった。
「了解です」
「補足しました。提供されたデータと合致します」
三葉船務長の言葉で情報の裏が取れたことを確認する。それと同時に、各部署から戦闘準備完了の報告も上がってきた。
「よろしい、第一種戦闘配置。本艦はこれより海賊退治を行う」
俺はそう号令をかけた。
――――――――
「目標、作戦圏内まであと30秒」
「了解、交戦速度まで落とせ」
「了解、相対速度合わせます」
林航海長の言葉と同時に、船体が減速する。この船は亜光速まで加速できる。しかしそのままの速度で戦闘に突入すると、兵器の有効射程距離に突入した直後には追い抜いてしまう。
マトモに戦うには、相手の相対速度に合わせる必要があった。
「レーダー補足圏内に入りました。レーダー機能を全周警戒に戻します」
「三葉船務長、襲っている海賊たちに通信。降伏勧告と停船命令を出せ」
「了解、出します。………返信、来ました」
通信士が送った通信に、敵は即座に返事を送ってきた。
「早いな、内容は?」
「はい。馬鹿め」
「………は?」
俺は通信手の言葉に耳を疑った。なんで俺、今この子に罵倒されなきゃいけないの?
「馬鹿め、です。繰り返します。返信内容は『馬鹿め』です」
「ああ、成程」
一瞬高鳴った心臓が落ち着きを取り戻す。よかった、いきなり罵倒されたわけじゃなかった。
そして、その言葉に俺は疑問をもつ。
「前にも聞いたな、その言葉」
アルがそう言う。俺達が捕まった時のことだ。まだまだ記憶に新しい。
「流行ってんのかね」
「知らん」
アルの言葉に俺はそう返す。今はそんなことを考える場合じゃない。
相沢中尉はその言葉に何か考えるそぶりを見せたが、しかしそのことに俺は気づかなかった。
「敵はやる気みたいだな。和泉戦術長、準備は?」
「いつでもいけます」
「挨拶代わりだ。主砲、一斉射」
挑発には乗ってやる。この距離じゃまだ威力はないが、威嚇にはなる。
6門の主砲にエネルギーがブチ込まれ、その狙いは3隻のうちの一隻。客船の進路を妨害する一隻に集中させる。この距離だと当たるかも怪しいが、動揺して進路を変えれば客船が包囲から逃げ出せる。
主砲にエネルギーが充填された。射撃諸元も入力完了。あとは号令を発するだけ。
和泉戦術長が号令を挙げようとする。
その時だった。
「レーダーに新たな反応、こちらに向かってきます!」
三葉が叫んだ。
「識別はどうなっている!」
「識別信号は出ていません!」
「アル!」
「照会を開始。これは……」
アルの言葉と共に、艦長席のサブモニターにアルの照会データが表示された。
「海賊の増援と思われます」
「そうだろうな。三葉船務長、数と方位はどうなっている」
「スクリーンに出します。3、6。全方位から増加中です」
三葉の言葉の通りだった。レーダーの範囲内に続々と追加されていく敵表示の3角形。それらは白鯨をグルリと囲むように展開し、その舳先をこちらへと向けていた。
「客船を襲っていた2隻が転進。こちらへと進路を向けました」
三葉の言葉と同時に、通信手からも声が挙がる。
「包囲中の不明船から通信。降伏勧告をしています」
その言葉に、俺はようやく現状を理解することができた。
「嵌められたか」
「だな、狙いは俺達か」
俺の言葉にアルが頷いた。
今回の襲撃、その標的は俺達だったわけだ。客船は俺達をおびき出すための囮、兼、逃げ出さないようにするための人質か。一隻追撃を継続しているのがその証拠か。あいつをどうにかしないと逃げ出すこともできない。職務放棄はできないからな。
「周辺の敵艦が近いな。レーダーの捕捉はどうしたんだ?」
「指向性にしていたからな。切り替えてすぐの索敵範囲は狭い」
「そうだったな」
レーダーを指向させる。それはこの船のレーダー装置を展開し、受信面積を増やすことで行う。
全周を監視するレーダーパネルを、一つの巨大なパラボラアンテナのようにするわけだ。
そうすることで、より遠い距離の状況を正確に知ることができる。
その代わり、全周のレーダー性能が失われる。
おまけにレーダーは常に周囲の状況を観測し、その差異を検知して早期発見に役立てている。
指向性から切り替えたばかりではそれができない。レーダーの監視範囲は狭いのだ。
敵はそこを突いてきた。
「どうしますか、艦長」
和泉戦術長が聞いてきた。この状況はマニュアルにはない。
「増速しろ。敵との接触点をずらす。わざわざ敵を全部一度に相手にする必要はない」
「了解です」
「攻撃は客船を追撃している1隻に集中しろ」
「前方の包囲艦に攻撃を受けますが?」
「アル」
「出力的には、シールドの飽和まで行くほどの攻撃はないだろうな」
「だそうだ。どっちにしろ、客船を離脱させないと俺達も逃げられない。幸い、敵は戦力の分散をしてくれた。正面から敵の包囲を突破して各個撃破するぞ」
「了解です」
即席で場当たり的な作戦だが、今はこれしか思いつかない。
和泉戦術長は俺の指示に従い、戦闘態勢を整えていった。
「艦長!」
そして、再び通信手から声が挙がる。
「どうした」
「降伏勧告には、どう返信しましょう」
そうだった、敵は俺達に降伏勧告をしてきたんだ。ほったらかしにしていた。だが、どう返す?
一瞬だけ考えて、俺は一つの結論に達した。
「馬鹿めと返信してやれ」
そして戦闘が始まった。
――――――――――――――――――
最初に攻撃を開始したのは、前方の海賊たちだった。
いくつもの光条。その数は白鯨が放てるそれよりも圧倒的に多い。
しかし、それは小口径のエネルギー砲から放たれるもの。白鯨の強固なシールドに吸収され、その身を貫くにはいささか以上に足りないものだった。
白鯨は前進する。その歩みを止めることは無く、目標へと向けて前進する。
狙いは客船を狙う海賊ただ一隻。自身に向かう攻撃を全て無視し、そいつへの効力射が得られる有効射程まで突き進む。
海賊たちは迎撃するが、しかし白鯨は止まらない。
そして、その有効射程にたどり着いた。
そして白鯨は攻撃を開始する。
三連装の砲塔2基6門のエネルギー砲がその暴力を開放した。
それはまっすぐに空間を突き進み、狙った獲物へと突き刺さる。
それは有効射程ギリギリ、威力の減衰もあり目標のシールドを飽和するには足りなかった一撃。
しかし、攻撃は止まない。6門のエネルギー砲から放たれる攻撃は絶え間なく降り注ぎ、目標の武装船に襲い掛かる。
そして、とうとう武装船のシールドが飽和した。たまらず進路を変える武装船。
客船を襲っていた唯一の武装船だ。そいつが進路を変えた以上、客船に追いつくのはもう不可能だ。
だが、火砲の射程にはまだ入ったままだ。白鯨は攻撃を続行する。しかし、狙いは外す。
客船を襲っていた武装船はシールドが飽和して機能していないのだ。拿捕が目的である以上、これ以上の攻撃は加えられない。
白鯨の攻撃は続いていた。
――――――――――――――
「客船、武装船の射程外に離脱しました」
三葉のその言葉に、俺達はひそかに胸をなでおろした。
「第一難関突破か」
アルの言葉に頷く。
「まだ安心はできないけどな。砲撃は継続。完全に離脱するまで客船に敵を近づけるな」
「了解」
砲撃は続く。レーダーではもうすぐ包囲網の一端に接触しようとしていた。
「まだ包囲内か。事前予測ではもう包囲を突破しているはずじゃなかったか?」
「敵がこっちに向かってこなかったんだ。攻撃よりも包囲網の維持を優先したんだな」
「なんでそんなことを?」
「見てみ、正面」
アルに従い、敵の配置を表示したスクリーンから確認する。そして、アルの言いたいことを理解した。
「集結する時間を稼いだのか」
俺たちを包囲するために広く散開していた敵艦が、今は前方に集中している。
つまり、奴らは俺達との接触時間を遅らせ。その間に広がっていた戦力を集結させたわけだ。
それは前方に展開していた戦力の一部分だが、しかし目の前にある敵の壁は強く、厚くなっていた。
「まあ、それでも突破できるけどな」
しかし、その層は白鯨を捉えるには薄すぎた。
「一番砲塔、目標を変更。正面の敵集団に指向、壁に穴をあけろ」
先頭の砲塔が光を吐いた。それは敵の武装船に突き刺さり、シールドを一瞬で飽和させた。
包囲の外にある武装船のシールドを飽和に追い込んだ一撃なのだ。この距離なら一撃で飽和できる。
シールドを飽和された武装船が進路を外した。次に攻撃を受けたら撃沈の危険があるのだ。彼らには逃げる以外の選択肢はなかった。
同じことを何度も繰り返す。攻撃のたびに前方の艦隊の隊列は乱れ、崩れていく。
そして、とうとうその包囲に穴が開いた。
「突撃、突破しろ!」
俺の号令と共に、白鯨はその穴を突き進んだ。俺達は包囲網を突破したのだ。
艦内で軽く歓声が挙がる。
「第二関門突破だな」
「ああ、後は簡単だ。一隻ずつシールドを飽和して、エンジンを壊せばいい。いつもと同じだ。数は多いがな」
「逃げる奴はどうする?」
「こっちの勝利条件は達成したんだ。このまま逃がせばいい」
客船は守り切り、俺達も生き残った。あとは何隻か拿捕すれば、そこから芋づる式にこいつらの組織も割り出せるだろう。
完勝ではないが、しかし大勝とはいえる結果だった。
後はそうたいした仕事じゃない。ブリッジ内でも緊張していた空気が緩んだ。
「艦長、客船が進路を変えました」
そんな中、三葉が一つの異常を俺に伝えた。
「変針した?どこに向かった」
「こちらにです。進路をこちらに向けました」
その報告に俺達は困惑した。ブリッジ内が騒然となる。
こちらに向かうということは、その背後にいる海賊船団に向かうということだ。
状況としてはもう終わったようなものだが、しかし未だここは危険な交戦領域。
非常時の国際基準でも、この場合は速やかに危険宙域から離脱するように指示されているはずだ。
いや、それ以前の問題だ。客船と白鯨の間には、客船を襲っていた海賊船もいる。客船はそこへと突撃しているんだぞ。
そのことに気付いた時、俺は背中からの毛が一気に逆立つのを感じた。
嫌な予感がする。いや、これは確信だ!
「和泉、客船を警戒しろ!林、変針2時方向!柳葉、警備班に臨戦態勢!」
その感覚に従って、俺は彼らに指示を出す。一抹の疑問に気づいた彼らは、速やかにその命令を実行した。
そして、その感覚が正しかったのかが目の前で証明された。
三葉が声を上げる。
「前方の客船から小型の物質が空間中に放出されています……これは!?」
それは以前見た光景。忘れるには衝撃的で、記憶に新しい。
相沢中尉が息をのんだのが聞こえた。彼女ならそうだろう、驚くだろう。
客船から放出された物質、それがスクリーンに投影される。
そこにいたのはパワードスーツ。宙を駆けるように調整を受けた、異色を放つ四肢を持った戦闘機。
「アイギス…」
俺達の親玉、アテナ国しか持たないそれが、客船からこちらへと飛んできていた。