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星の海の竜と鯨  作者: 葛原
14/23

濃縮

再びある日、海賊を捕まえた一幕。


「貴様らが噂のドッキリパトロール隊か」


キュポンと一年入れ墨のインクが入ったマジックのふたを取り外した俺へと向けて、元チンピラ海賊現捕虜の男はそう言った。


「ドッキリパトロールて、何じゃその言い方は。これでもアッチコッチで引っ張りだこな人気職業なんだぞこの野郎。格好良く遊撃警備艦隊と言え!遊・撃・警・備・艦・隊!ホラ繰り返せ!」

「他所の仕事の手伝いしかできない未熟者ってことだなこのボンクラニート艦隊―!」

「この野郎―!」


思わず俺は、男の額に肉と書いた。一年入れ墨の入ったマジックで。


「ぐああああああああああ!」


流石に艦長として、掴みかかるようなみっともない真似は出来ないからな。

元海賊の男が額に手を抑えて悶絶する。


「十分みっともないと思うけど」


三葉が何か言ったかもしれないけど俺には聞こえないなあ。


「ぐううううううっ。………ふ、ふふふふふふ……」


額に肉と書かれた男が、苦しみから一転、不気味な笑い声をあげる。


「何だこいつ」

「ふははははははははははは!」


そう思った矢先に、不気味な笑いは高笑いへと変貌する。

そして、男は言葉を放った。


「お前たちが幅を効かせられるのも今の内だ!せいぜい今を楽しんでおくんだな。ふははははははははははっ!」


訳の分からないことを言い放つ。

とりあえず、顔にもう少し落書きを追加することにした。


「ぐああああああああああっ!」


-------------------―


「なーるほど……」


俺は艦橋でそう呟いた。


「どうかしましたか、艦長?」


和泉戦術長がそう聞いてきた。


「……和泉戦術長。今手は空いているか?」

「ええまあ。何かありましたか?」

「今後の俺達の行動について相談がある。手が空いてる奴らも聞いておいてくれ。相沢中尉」


相沢中尉に指示し、メインスクリーンにデータを表示する。

それは、ここ最近の海賊たちの行動データだった。


「最初から話そうか。見ての通り、俺達が活動を開始してから海賊の発生件数が爆発的に増加している」

青龍海賊団(わたしたち)がいなくなったことが原因ですよね」

「そうだ。怖―いヤクザがいなくなったからな。目の上のタンコブだった俺達がいなくなったおかげで、今まで燻っていた奴らが表に出てきたわけだな」

「しかし、現時点においては減少傾向にありますよね」


和泉の指摘通り、その曲線グラフはその後急速に減少してきている。


「ああ。正規のパトロール隊の奮闘もあって、数は急速に減少傾向だ」


和泉が首を傾げた。それのどこが悪いのかと言わんばかりだ。

実際そこは問題ない。


「いい事じゃないですか。何が問題なんです?」

「彼らの運命は風前の灯火ってな。劣勢に立たされた側が何をするかなんて予想はそう難しくない。相沢中尉」


スクリーンの表示が変わった。今度は棒グラフが複数。


「こいつは期間ごとの、海賊行為にあった船舶の件数だ。見ての通り、初期から中期にかけては高付加価値品が多い傾向にある」

「まあ、海賊なんですから当然ですよね」

「そうだ。そして中期から現在にかけてはその状況が変わってきている。わかるか?」

「食料品と、エネルギー、ですか?」

「そうだ。ついでに言えば、船舶装備関係を運ぶ輸送船も被害件数は減っていない」


和泉の指摘通り。今現在の海賊被害は日用品に集中傾向にあった。

船舶装備に関しては被害件数が減っていないだけだが、海賊そのものの数が減っており全体的に減少傾向にある中でそれは異常だ。襲撃件数が減っていないということは襲撃率が上がっていることに他ならない。

海賊が船舶備品に重要性を見出しているという証明だった。

そして、これらの行動の意味は一つの結論に集結していく。


「チンピラからヤクザに格上げしようとしてるんだ」


食料もエネルギーも、人が生きていくうえで必要不可欠な代物だ。

言い換えれば、今まではそんなものを襲う理由が無かった。

つまり、ステーションに帰ることができていた訳だ。艦の識別を欺瞞することなんて、その道に入り込むやつらならそう難しい話じゃないし。過剰な武装も自衛のためで通せた。実際、民生品は自衛以上のものは無いしな。

家に帰れば、温かい飯と温かいシャワー、空調の利いた環境に戻ることができる。

今までの彼らの行動は、文字通りのチンピラでしかなかった訳だ。


そして、食料品を襲った奴らはその必要に迫られた。それらを自前で賄う必要性が出てきたわけだ。

理由はいろいろだろうが、つまりはステーションからの独立だ。

船舶装備の収奪もその一環だろう、エンジンだけを見ても、増設すれば推進部の断面積が増える。単純に推力が増加する。外付けで破損のリスクは上がるが、それだけ襲い掛かるのも逃げるのも容易になる。

ステーションに帰らなければ、どんだけ違法な改造をしたって問題ない訳だ。

ただし、どんなに海賊として優秀でもすべてを一人で収奪なんてできるはずがない。

改造をするにも多少なりの設備が要る。つまりは拠点だ。そして拠点の運営にだって人員は要る。

つまり、彼らがチンピラでなくなるということは一つの結論を出している。


「やっこさん、集結して組織化をしようとしてるんだ」


俺の言葉に、和泉は疑問の声を上げる。


「海賊たちが集結ですか?それ、うまくいくんですか?」

「それをやったのがアテナ国だろうに。ぶん殴って、舎弟にしちまった訳だ」

「ああ……。じゃあ急速に海賊たちが減ってきたのも……」

「身内同士で潰し合いもしたんだろうな。服従か死か選べっていう、昔ながらのやり方さ」

「それ、うまくいくんですか?」


アテナ国につかまった時、艦長に言ったことを和泉は言った。

実際、状況としては全く同じだからその疑問も理解できる。


「逆らったら孤立だからな。」


だが、その規模は別だった。

俺達の場合、やるなら組織ごと離反だ。生産設備も補給設備も丸々残る。エネルギーのめどさえあればやっていけるし、何より仲間がいる。


件の海賊たちの場合、逆らえばどう頑張っても組織からの離脱が良い結果だ。一人じゃやっていけないから組織化するのに、そこから離脱したらどうなるかなんて目に見えている。

ステーションの、国家の庇護を投げ捨てた彼らにとって、頼る術は組織しかいないわけだ。

逆らえるはずもない。


「………」


和泉はその言葉に反論する術を持たなかった。


「という訳でだ、今後の海賊たちの動きはより組織化され、装備も拡充していくと予想される。今までのマニュアルを修正する必要がある。頼めるか?」

「了解です。すぐに取り掛かります」


和泉は敬礼して答えた。

頭の中に、この間捕まえた海賊の言葉が思い浮かぶ。

あいつの言動から察するに、既に海賊の組織化は相当進んでいると思っていい。

もしかすると、警備艦隊に対して襲撃を駆けてくるかもしれない。

備えた方がいいか?

一瞬だけそう思ったが、しかしすぐに否定する。


(ばかばかしい…)


どんなに頑張っても、民生品の域を出ない海賊たちに負ける要素はどこにもない。

数で圧倒しようとしても逃げ足はこちらが上。包囲するにもそれは戦力の分散と同義だ。こちらの火力と防御力でもって一点突破は難しくない。

逃げることさえできれば後はどうとでもなるのだ。そしてそれは実現可能。


現状でどうにかなる可能性が高い以上、下手なことをする必要はなかった。できることも限られているし、それに割く労力は無駄になりかねない。


なるようになるさ。


俺は自分にそう言い聞かせた。




-------------------


「お頭。ブリックの奴が捕まりました」


とある船のとある部屋で、男が目の前の存在にそう報告した。

龍也の予測通り、海賊の組織化は行われ。そしてこの海賊団はその最大勢力だった。

この船は海賊団を組織した『お頭』の座乗艦であり、その海賊団の長と対面する、いわば謁見の魔だった。

その内装は豪奢であり、この部屋に来るものにその部屋の主の存在を否応なしに押し付けてくる。


「あら、あの子捕まったの」


そして報告を受け取る存在、この部屋の主は。目の前の男の報告を受け取ってそう答えた。

その声は高く、若く麗しい女性であることをうかがわせる。

そして、それは事実だった。


「残念ね」


言葉とは裏腹に、そこには一切の感情が含まれていなかった。

しかし、ここではそんなことを気にする奴らは存在しなかった。それはここでは当たり前のことだった。


「けれど、いい加減目障りね。これで何件目かしら」

「通算21隻目です」

「そう、準備の方はいかがかしら?」

「既にできています。我々の商船に敵の動向は把握させております」

「頃合いね」

「はい」


準備は静かに、しかし確実に進んでいた。


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