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星の海の竜と鯨  作者: 葛原
13/23

お金持ちの理屈は俺達にはよくわからん


「あの、艦長。少しお時間をよろしいでしょうか」


今日も今日とて西へ東への大乱闘。航路の安定を図るために臨時パトロールと海賊退治に精を出していたある日の事。

またチンピラ海賊たちを検挙した時に、相沢中尉が俺に話しかけてきた。


「何か問題か。相沢中尉」

「いえ、私たちが活動を開始してからの海賊の発生件数と規模を調べていたら気になることがありまして」

「ふむ、続けて」

「はい。ここ最近の海賊たちの行動は無秩序です。襲う船も、奪う商品も多岐にわたります」

「そうだな」

「しかし、それ以前の…その……」

星龍海賊団(オレたち)が活動していた時期?」

「ええ、はい。その時期には規模こそ大きいですが、富裕層の客船に被害が集中しています。むしろ要救難艦に遭遇した場合は救助活動をしている報告もあります」

「そうだな」

「この差は一体どういうことでしょうか。皆さんの行動は、あまりにも、その…」

「海賊らしくない?」

「あけすけに言ってしまえば、そうです」


相沢中尉は頷いた。

まあ、ここに来てから彼女はチンピラの海賊しか遭遇していない。彼女の意見も尤もだった。

勿論、そこには理由がある。


星龍海賊団(オレたち)と最近出てきた海賊には明確な違いがある」

「それは何でしょうか」

星龍海賊団(オレたち)には大規模な拠点があるんだ。ステーションを始め、各惑星からの資源を抽出するプラントや、そのプラントから作る製品を作る工業モジュール。星龍海賊団(オレたち)が乗り回すための軍用艦を建造する工廠や、それら艦船や武器その他を設計開発する人員と彼らを支える人員。星龍海賊団(オレたち)の戦闘団の規模を考えれば、それを支えるための後方要員がどの程度かを考えるのは難しくないだろう」


銀河連邦の国家たちが持つ軍事力が、各々の国の国力の何%になるのかを考えれば、星龍海賊団(オレたち)の軍事力の背後にいる組織の全体像がどれだけかを想像するのは容易い。2倍3倍は軽く超える数と規模の後方要員が、俺たち正面戦力の背後にいるということだった。


「それは……、もう国家といっても間違いではないのでは?」


相沢中尉の発言は間違ってはいなかった。


「実際、星龍海賊団(オレたち)の拠点にいた連中の中にはそう思っている人間もいる。物理的に用意できるものは自前で生産できる能力も持っているしな。銀河連邦の加盟国の国籍を持つ人間相手に交易も盛んだ」

「それなのに、海賊行為を働いていたんですか?自分たちで用意できるのに」

「残念ながら、星龍海賊団(オレたち)にはたった一つだけ用意できないものがあったんだ」

「それは何でしょうか」

「エネルギー資源。俺達には居住ステーションやプラントや工業モジュールを動かすためのエナジーセル。そしてそれの精製プラントと、何よりそのプラントの動力源とエナジーセルの材料供給源である恒星を俺たちは持っていないんだ」

「恒星…ですか?」

「そう、母星にある何千万トンもの水を溶かし、星系の果てまでその威光とエネルギーを届け、それを何億年もの時の果てまで供給し続ける。それを特別な装置もなしにただ己の自重のみで制御する恒星は人の手では決して実現できない代物で、それ故に国家の進退に関わる貴重なエネルギー資源な訳だ」

「つまり、皆さんが海賊として襲っていたのは…」

「まさしくエネルギー資源の獲得のためさ。俺たちの後ろには大量の人命と、生活がある。それを維持するためのエネルギーを賄うために、俺達は海賊として収奪を行っていたわけだ」


相沢中尉が絶句している。ここに来たばかりの彼女たちにとっては軽いカルチャーショックだろう。

彼女たちは移民船団。恒星の恩恵を受けない旅を続けてきた彼らはそのエネルギーを自前の核融合炉で賄っていた。それは船単位で自前のエネルギー発生源を保有できるメリットがあり、仮に何らかの理由で船団から落後しても何とかなるメリットがあった。

実際、俺達の拠点にも核融合炉は存在していた。

だが、その設備を維持管理するためのコストと得られるエネルギーが割に合うとはとても言い切れず、非常用の域を超えることはできなかった。

放っておいても勝手に核融合を行って莫大なエネルギーを供給してくれる恒星に勝るエネルギー資源を、俺達は持っていなかったのだ。


「皆さんが海賊行為に手を染めていた理由は解りました。海賊を名乗る割に海賊らしくない行動も、それなら理解できます」


相沢中尉は、ショックから抜け出せないまでも、俺に対してそう口を開いた。


「しかし、それならば何故客船を襲っていたのでしょうか。エネルギー資源が欲しいなら、それを運ぶ輸送船を襲った方がはるかに効率がいいのでは?」

「確かに、そっちを襲えばはるかに大量のエナジーセルを確保することはできるだろう。けど、それはできないんだ」

「何故ですか?」

「そのエナジーセルは何に使われるのかを考えてみると言い。それはその国のステーションやプラント、工業モジュール。それと星系内航行用の宇宙船の動力源に使われるものだ。それが供給されなくなったら、どうなると思う?」

「……あ、」

「それら設備を満足に動かせなくなる。彼らの国の人命と生活が脅かされるわけだ。国としてそんな状況を見過ごすことはできないからな。行き着く先は俺達と全面戦争さ。そんなことは誰も望んでいないわけだ」

「だから、輸送船には手を出せないんですか」

「そういうこと」

「しかし、それならば何故客船は襲撃の対象なのですか?」

「一言で言ってしまえば、狙われているのが金持ちの道楽だから。所詮はエネルギー資源だし、彼らにとっては船旅の間に受ける船内サービスに消費されるエネルギーでしかない訳だ。ぶっちゃけた話、それを盗られたからと言って何かしらの命にかかわる代物じゃない。それで困るのは結局は富裕層で、たった数日間船内カジノを利用できなくなるだけで命が助かるならどうするかなんて選択肢は決まってるし、そんなものを盗られたからって国として本腰を入れて対処することは無いんだ」

「皆さんが狙っていたのは、そういう娯楽用とかの“余っているエネルギー”というわけですか?」

「そういうこと。」

「成程……」


相沢中尉はしきりに頷いた。

そして持っていた資料に目を落とす。

しばらく眺める相沢中尉。


「……んん?」


そして、何かに気が付いた。


「あの、睦原艦長」

「なんでしょう」

「客船を襲う意味は理解しましたが。しかし、それは富裕層の資産を収奪しているという点では何も間違ってはいませんよね」

「そうだね」

「彼らにとっては自分たちが損することは何も変わりませんよね」

「そうだね」

「普通なら、そんな目に遭いたくなんか無いですし。その、単的に言って、客船の船旅は普通、客足が遠のくはずですよね」

「そうだね。誰だって危険な目には遭いたくないもん」


俺は頷いた。彼女の言い分には何も間違ったことは無い。


「あの、データを見る限りだと、客船の運行本数がその、年々増加傾向にあるのですが…」


そこに気づいちゃったかー。

おずおずと口を開いて疑問を俺に放った相沢中尉に対して、俺が最初に思ったのはその言葉だった。


「相沢中尉、ちょっといい?」

「? はい」


俺は相沢中尉を人目の付きにくい通路の角へと誘導した。

そして肩を寄せ合い、声を潜めて、俺は答えた。


「俺達は、エネルギー資源の確保のためなら何でもやってきた」

「はい」

「それこそどんなことでもやってきた。砲身を向けて脅したり、実際に撃ってみたり、ハッチを壊して中身を直接頂いたり」

「…はい」

「いかに効率的に彼らからエネルギーを分捕るか、それだけを目的にして活動してきた」

「……はい」


俺の言葉に、相沢中尉はその顔を険しくしていく。

その言葉から、俺達が何をしてきたのかを想像しているのだろう。


「その結果、俺達は彼らに喜んで差し出してもらうことにしたんだ」

「………はい?」


もっとも、その想像は決して正しいものではないのだが。


「あの、艦長。それは一体どういうことですか?」

「言葉通りの意味だよ。彼らには喜んで積み荷を差し出してもらうことにしたんだ」

「行っている意味は理解できますが、どうやったらそんなことができるんですか?」

「簡単だよ。襲撃を娯楽として乗客に提供することにしたんだ」


船旅というのは存外、暇なものである。

これは古く、星の海を駆ける以前の船の語源。水面を走る船があった時代からの宿命である。

特に、長期間船内での活動を余儀なくされるクルーズの場合はそれが顕著だ。

様々な娯楽サービスやショッピング施設を持つ豪華クルーズ船であっても、結局はその船体に見合った規模の面積しか持っていないのだ。それはステーションに代表される日常の活動圏内に比べればはるかに狭く、いかにその中に詰め込める限りの娯楽を詰め込んだとしてもそれはステーションでも受けられるものが大半。

船という非日常に飛び込んだ初日こそその目新しさに心奪われるだろうが、それも持って数日。その後は見慣れた船内と、その外に広がる漆黒の黒。たまに小惑星の岩塊が流れてくる程度。

乗客にとって、その運航会社にとって、その身に迫りくる最も身近な脅威とは暇そのものだったのだ。


そんな中に突如として現れる、完全武装の海賊船。

容赦のない砲撃はシールドに当たり光り輝き、ハッチを破壊した衝撃は船体を貫いた。

始めて襲撃を受けた者たちはその事実に恐れおののいた。

初期の段階では、実際に客足は遠のいた。


しかし、そのスリルと興奮は到底忘れられるものではなく知り合いへのいい土産話になった。

そして定期的に起こるようになった武装船の襲撃は、その行動の積み重ねから一つの実績を作り上げてしまったのだ。


即ち、乗客には危害を加えない。


身の安全は確保され、しかし戦闘のリアルな雰囲気を楽しめる。

運が良ければ、救助に間に合ったパトロール艦隊との戦闘をそのすぐそばで見て楽しめる。

船が破壊されてもせいぜいがハッチを壊される程度で、その損害は微々たるもの。

使わない施設のエネルギーと、どちらが客の利益になるのか。

その思考の結果が、相沢中尉の指摘した運行本数増加の顛末だった。


「かくして、海賊の襲撃を体験できるとして、俺達は彼らに歓迎される存在になったのでした。と」

「申し訳ありません。何を言っているのか理解ができません」


相沢中尉は頭を抱えていた。まあ、言いたいことはよくわかる。

パトロール隊との戦闘も本気だし襲撃もガチなんだけどなー。


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