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星の海の竜と鯨  作者: 葛原
11/23

かいぞくたいじ




「うおおおおお、離せええええ!」


俺の目の前で男がそう叫び、俺の手から逃れようと七転八倒の大暴れを見せつける。

しかし、その男の背後には武装し、パワードスーツを着込んだ警備班の隊員がいる。

そいつにがっしりと掴まれていては、どんなに暴れようと逃れることなど不可能だった。


今目の前にいる男たちは、全員が先の襲撃を駆けてきた海賊たちだ。

襲撃をかけてきた海賊たちは予想通りの装備で、予想通りの規模で、予想通りの練度で、予想通りの士気の高さだった。

つまり、俺達の行動も予定通りだ。特筆することもないまま敵艦はシールドを飽和されてエンジンを破壊され。漂流船になった所を俺達の警備班に強襲されて一斉に検挙されてしまったのである。

で、ご覧の有様だ。


俺は活きの良いその男の様子を眺めながら、こいつが受ける処置を既に受け、その場にうずくまった他の捕虜に目を向けた。


「いい加減に観念しろよ。隣のお仲間と同じようになるだけじゃないか」

「ふっざけんなこの野郎、俺達をこんな目に遭わせやがって、今度会ったらただじゃおかねえからな。覚えてろよ!」

「小悪党の捨て台詞ありがとうございまーす。じゃあそろそろ始めようか」


そう言い、俺は目の前の男に対して“処置”を開始する。

手に取ったのは筆と瓶。そしてその中に入った液体。

液体は禍々しいほどに黒く、その成分が相応の物であることを存分に知らしめていた。

俺は瓶の中の液体に筆を浸した。毛細管現象により、見る間に液体を吸い上げ、黒く染まっていく筆の先。

十分に吸い上げた筆を液体から離し、余分な水分も振り下ろして筆から液ダレができないことを確認すると、瓶から出して前へ前へと差し出した。

筆の切っ先にいるのは、先ほどから暴れていた海賊だ。

男は顔色を変えた。


「止めろ、それを近づけるな」

「ふっふっふっ」

「わかった、悪かった。反省している。だから、それだけはやめてくれ!」

「ふーっふっふっふっふっ」

「いやだ、後生だ。お願いだ!」


俺は海賊の哀願に耳を貸さなかった。

黒く怪しく光る、海賊がそれほどまでに嫌がるそれが、容赦なく海賊へと近づけられる。

そして、その進行は止まらなかった。


「ぺとっ♪」

「いやあああああああああああああああああああ!」


威厳ある海賊とは思えない、女と見まがうほどの悲鳴が艦内に木霊した。


「はーっはっはっはっはっはっは。あはははははははははは!」


俺はその反応を見て楽しそうに、心の底から楽しそうに笑う。

実際とても楽しい。

そんな俺の後ろから、俺達のやり取りを観察する三人の影。

そいつらは、アルと三葉と相沢中尉だった。


「ずいぶん楽しそうね。あのインク何なの?」

「感度が3000倍になるお薬」

「どこの小説よ」

「は、冗談として。何の変哲もないただのインクだぞ」

「本当に?それだけであいつらあんなに怯えてるの?」

「まあ、肌に塗ると1年は消えないお手軽入れ墨らしいが」

「ああー……。何でそんなものがここにあるのよ。というかどこで作ってるのよ」

「すみません…」

「え…。もしかして、アテナ国?」

「懲罰用に作って管理してるんです」

「あ、ああ、そうなんだ。へえ…。……渡しちゃダメな奴に渡しちゃダメなものが渡っちゃったわね」

「あ、あははははははは………」


おい三葉、聞こえているぞ。相沢中尉も否定しろよ。まあ俺は否定しないが。

このインクをお前の人に言えないような場所に言えないようなものを書いてやってもいいんだぞ。

まあしないけどな。

この鬱憤、目の前の海賊で晴らしてくれる。


「そーれ、ほっぺに太陽。なーるとっ♪」

「もう、やめてくれええええ……」


とうとう海賊が泣き出した。

肌着に股引、腹巻を巻かされた上で1年間は消えない顔の落書きを施された海賊たちは、そのプライドをバッキバキにへし折られ、ステーションへと連れていかれたのだった。



-------------------


「かんぱーい!」


そんな音頭と共に、俺達はカップを掲げた。

場所は白鯨の小ホール。艦内の全員とはいかないが、半数がすっぽりと入れる広さのここではちょっとしたパーティーが催されていた。

内容は初任務達成祝いだ。俺達が一人前に成って初めての任務で、海賊たちを全員捕らえ、航路の安全を確保したのは任務遂行のパーフェクトゲームだ。それを祝って、小規模な打ち上げを行おうとこの場を取り仕切った次第である。


「ほーら、呑め呑めー!」

「ふははははははははは」

「星龍の練度は世界一イイイイイ!」


まあ、騒ぎすぎな気がしないでもないが。

原因はもちろんある。というか、いる。


「やあ艦長、楽しんでいるかね?」

「セリーヌ少佐…」


そう、その原因はセリーヌ少佐だった。

どうやってここに、警備ルートの最終目的地であるこのステーションまでやってきたのかは勿論交通機関を使ってやってきたからなのだが。何故ここに居るのかについては俺も知らんから割愛させてほしい。一応、捕まえた海賊を引き取りに来たらしいが。今重要なのはそこじゃない。

問題なのは手に持っている“ソレ”だ。


「せっかく買ってきたんだ。遠慮なく飲んでくれないか?今夜は無礼講だ!」


そう言ってセリーヌ少佐は俺に向かって“ソレ”を差し出す。

それは金属製の容器に液体を封入する所謂缶飲料であり、その中身はアルコールを数パーセント含む飲料品。

そう、つまりは酒だった。


「申し訳ありません、今は通常勤務中ですので」

「私の酒が飲めないのかぁ!」

「言いたくありませんが未成年に酒を勧めないでください!」


俺はセリーヌ少佐にそう言いながらもとりあえずは酒缶を受け取った。

お酒は二十歳を過ぎてから。これは未だ母星の重力を振り切って宇宙へと進出する前の文明からあるスローガンだが、それは未だに使われ続けていた。ついでに成人を迎えるのは20歳を超えてからというのも。

理由は時代によっていろいろあるんだろうが、今を生きる俺達の場合はずばり『それだけ教育に時間がかかる』からだ。


高度な文明というのは当然高度な知識の裏打ちで構成されており。それはつまり文明を享受するにはそれだけ高度な知識が必要だということだ。情報端末を扱うには、最低でも文字を覚えないと使うことすらできないからな。

おまけに、文字を覚えたからと言ってできることはその文明を享受することのみであり、それを維持、発展させることはできない。

子供とは文明を享受する存在であり、大人とはその文明を維持発展する存在なわけだ。

で、文明を維持発展させるにはそれ相応の知識が必要であり、それは世代を経るごとに複雑化していく。

結果として、大人と呼べるほどの教育が行き届くのが20程度というわけだった。


そして酒もそれに合わせて二十歳を過ぎないと飲めないことになっている。一応の理由としては子供にメディカルな悪影響を及ぼすというのもあるし、依存するという危惧もあるらしい。

もっとも、二十歳に近ければ、多少年齢が低くてもお目こぼしされる程度には緩い規制なのだが。


「あははははははは!龍也、真面目ー!」


そう、幼さ代表の三葉が酔っぱらっても誰も何も言わない程度には。


「三葉、お前、呑みすぎだ」

「残念でしたー。まだ一杯だけですー。あはははははははっ」

「OKわかった。わかったからその手にもった缶をおくんだ」

「いやー。あはははははは」


えーいこの下戸ロリ呑兵衛め。弱いくせに酒好きとかこいつにだけは飲ませらんねえ。

他所の飲み会に参加して見ろ、すーぐ酔わされてお持ち帰りされるぞこの野郎。

あ、こら。俺に寄りかかんな。


「かんちょー。硬いこと言わずに飲みましょうよ!」

「そうですよー。少佐も無礼講っていってるじゃないっすかー」


三葉に寄りかかられて動けなくなったところに、新手が俺の元へと現れる。

そいつらは和泉と林。戦術科と航海科の長達だった。


「和泉と林か。お前らも出来上がってんな」

「アイアイ、しっかり酔っぱらってますですせんちょー」

「酒なんて初めてでありますせんちょー。ふわふわするでありますせんちょー」

「そりゃふわふわじゃなくてフラフラじゃないか?」

「そうともいうでありますせんちょー」

「……一つ聞くが、その船長とはどういう意味だ?」

「「もちろん、海賊船の統領であられます貴方のことでございます。あいあい!」」

「お前ら三日たってもそのネタで遊んでんのか!」

「「アイ、アイ、サー!」」

「あははははははははは!」


いつの間にか背中によじ登っていた三葉が高笑いを上げた。

かとおもえば、今度は俺の首に手を廻してくる。背中の接触面積が広がった。


「むふーっ」

「おい三葉、離れろ。息が酒臭いぞ」

「ふふふふふ……」

「おい三葉?」

「じゃああんたもそうなりなさい!」


その言葉と共に、三葉は俺の口元へと缶飲料をブチ当てた。

ついでに首に回していた腕も締め上げ、顔を上へと向けられる。

呼吸を制限された俺には、それを抗うことができなかった。


『そーれ、一気、一気!』


周囲が囃し立てる中、俺は口を開けて中のアルコール分を飲み込んだ。

何か熱いものがのど元を通り過ぎ、胃の中へと蹂躙を開始する。

それと共に、体が奥底から厚くなる感覚が広がる。

後はもうなすがまま。結局一缶丸々飲み干してしまった。


「ようこそ、アルコールが見せる夢の世界へ」

「そら龍也、どんな気持ち?アルコール呑んで」

「…………」


最初、三葉たちの言葉に答えることができなかった。

だが、


「………最高だな」


俺は次の瞬間にそう答えていた。

なんということでしょう、頭の中が澄み渡り、思考がクリアに光速に回転している!


「はははははははははは」

「あははははははははははは」

「ふははははははははははははは」

『最高―!』


何とも言えない全能感、今の俺なら何でもできる、何でもやれる。

この世に出来ない悪戯なんぞ存在しない!

おお、丁度いいところに柳葉環境長が隅で泣きながらくだを巻いているな?

よろしいならばイタズラだ!俺様の悪戯テクで泣く暇すら潰してくれよう。

そーれ突撃―!


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