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第七話 敵は魔王だゾ

オクタウィオスさん達と会合したのは、アルピアから下ってすぐの原野だった。

「申し訳ありません。奴らの侵攻は激しすぎて止める事が出来ませんでした。」

今や、ガリオンの北側三分の二が、ロシオンの支配下にある。

「大丈夫。土地は無くなりませんから、いくらでも後で取り返せます。それよりもみんなの命の方が大事です。」

そう言っても、オクタウイオスさんの悔しそうな表情は、和らがなかった。

「それはそうと、ロシオン内部では、大きな動きがあった様ですな。」

タレラノスさんが言う。

「動きって?」

「皇帝一党は、悪龍ドラゴンぎょして空を飛べるなどという思い上がりの酬いを受けました。」

「?」

「ニコラオスもケレンスコスも銃殺されて、レニノスは革命政府樹立を宣言しました。」

まあ、可哀想な話ではあるけど、その欲望で既に沢山の人達が死んじゃってるんだから、仕方ないと思った。

タレラノスさんは、にやりとして続けた。

「後、貴方の望みが叶うかも知れませんよ。」

唐突に望みと言われても、意味が判らない。

「向こうの指揮官はユーコポスですが、スタリオノスも出張って来てる様です。」

「スタリオノスって、レニノスの副官なんでしょ?何でわざわざ前線に出て来るんです?」

「レニノスもスタリオノスも、お互いを小指の先ほども信用しちゃいません。レニノスとしては、スタリオノスを国内に置いて、自分が寝首を掻かれるのを心配しているし、スタリオノスもレニノスに疎まれて、処刑されるのを恐れているんですよ。」

「なるほど。『雄略主を震わす者その身危うし』と『狡兎死して佝肉煮らる』ですね。お互いに離れている方が安心できるんでしょうね。」


ロシオンの軍勢は、原野を埋め尽くす勢いで攻めてきた。

その数は、ざっと十万。

大きく弧を描く様な布陣で、そのままひた圧しに前進してきた。

全く切れ目のない前線を保っているのを見ると、こっちを完全に包囲して殲滅するつもりの様だ。

その時、今まで見た事がない様な巨大な力が降ってきた。

僕は、その力を払いのけたけど、大きすぎて進路を変える事が十分に出来ず、こっちの前線のすぐ目の前にそれは落ちた。

大爆発が起こって、最前列の何十人かが弾き飛ばされ、地面には大きな穴が空いた。

みんなが、一斉に怯えた様な目でこっちを見る。

辺り一帯が生臭い空気に覆われて、目がちかちかする。

これは、物凄い電圧で空気がイオン化したんだと判った。

つまり落ちてきたのは、見た事もないほど巨大な雷だった、

ともあれ、正体が判れば、そんなに恐れる事もない。

「大丈夫。凄く大きいけど、ただの雷です。」

その言葉で、みんな安堵した。

準備砲撃の雷は、僕が全部払いのけるから、みんな心配しなくなっているんだ。

それから僕は、次々と落ちてくる雷を跳ね返していった。

その雷は、今までの敵が落として来たのと違ってなんだか嫌な感じを伴っていたんだけど、ともかく雷という点では大きさ以外は違いがないんで、その感じについてはあえて気にしない様にした。

始めのうちは怯えてた前線の人達も、雷が跳ね返されるのを見て安心した様で、いつものしっかりとした足取りで、進み始めた。

やがて、双方の最前列同士が五スタディオン程に接近したところで、僕は言った。

戦車タンクを出しましょう。」

「承知しました。」

参謀将軍が、戦車隊に伝令を飛ばす。

こっちの前線が二つに分かれて、百両の戦車が地響きを立てながら出ていった。

向こうの兵隊たちは、初めて見る戦車の異様な姿に、思わず後退りかけたけど、すぐにまた前に出てきた。

例によって、後ろにいる士官達が刀を振り上げて脅したみたいだった。

戦車は二列横隊を作って前進し、その後ろに歩兵が続く。

戦車の列が、向こうの最前列から二スタディオン程に接近した時、あっちは一斉に射撃を始めた。

勿論、戦車の装甲は普通のライフルの弾なんかはものともしないから、こっちの進撃の速度は全く落ちないし、それを盾にしている歩兵も、何の支障もなく進む。

向こうの前列の兵隊さんたちは、恐怖の声を挙げながらにそれでも退がる事なく銃を撃ち続けていた。

どんなに怖くても、退がれば殺されるんだから、そうするしかないんだ。

その時、それまでこっちに向かってきてた雷が、急に向きを変えて前列の戦車に落ち始めた。

戦車の前進が止まる。

「ああ!戦車が!」

参謀将軍が悲鳴の様な声を挙げた。

「大丈夫。鉄でできた戦車に、雷は通用しません。」

戦車は、また動き始めた。

どうやら、雷鳴に驚いて思わず止まってしまっただけらしい。

戦車はキャタピラまで全部鉄でできてるから、雷が落ちても表面を通ってそのまま地面に流れるだけで、戦車に障害は起こさない。

その時僕は、さっきからの嫌な感じの理由が判った。

雷と一緒に、悲鳴というか泣き声が声にならない感情の波として戦場に響いていたんだ。

すぐ目の前に落ちてる時は、雷鳴というか衝撃波でかき消されて聞こえなかったみたいだ。

僕は、俯瞰と透視を組み合わせて向こうの陣の奥の方を覗いてみた。

声にならない嘆きというか呻きの元はすぐに見つかった。

そこは、ロシオン軍の中心だった。

それは、いつかペルシオンで見たあの嫌な機械だった。

ただし、椅子の数と繋げ方が全然違う。

なんだかむやみに立派な玉座みたいな椅子を中心に、粗末な椅子が十個ほどその周りに配置されている。

そしてその周りの椅子は、それぞれ例の装置で中心の椅子に接続されていた。

その玉座には、鷲のような鋭い目をした男がふんぞり返っていて、周りの椅子には、対照的に生気のない目の人達が座っていた。

中央の男は、僕の視線に気付いて、中空を睨み付けた。

そこには実態のない僕の意識があるだけだから、何も見える筈はないんだけど、その男には僕の意識が見えるらしかった。

これはまた、凄い能力だ。

その氷のように冷たくて毒蜘蛛みたいに邪悪な視線を感じた時、僕はスタリオノスを見付けたんだと気付いた。

その脇に立って指揮しているもう一人の男も、相当に邪悪そうなオーラを放っていたけど、それでも玉座の男に比べればまだ小者っぽかったんで、こっちが多分ユーコポスなんだろう。

スタリオノスはにやりとすると、軽く指を振った。

その瞬間に、周りの椅子に座って(というか座らされて)いた内の二人が飛び上がった。

そして、今までの雷が玩具の花火に思える程の物凄い落雷が地上の僕に向かって落ちてきた。

僕は、咄嗟に両手を差し出してその雷を弾き返したんだけど、両手が痺れて思わず後退った。

それから自分の周りを見回すと、みんな衝撃波で吹き飛ばされて、僕を中心に外向きに倒れている。

「大丈夫ですか!」

そう叫ぶ僕の声も、起き上がりながら銘々に何かを言うみんなの声も、なんだかわんわんと変に響いて良く聞き取れない。

あまりの大音声に、耳がおかしくなっちゃったらしい。

とりあえず、ざっと大怪我をした人がいないのを確かめて、またスタリオノスに視線を戻した。

さっき飛び上がった二人は、目や鼻や口から血を流しながら痙攣していた。

機械の周りの男達は、その二人を椅子から引き剥がして投げ棄てる様に放り出した。

そこには、既に同じ様に血を流している人が沢山倒れていて、誰一人動かない。

次に男達は、その横に虚ろな目で何もせずにただ立っているだけの人の列から、二人を引き出して空いた席に座らせた。

こいつらは、人間を使い捨てのカートリッジにしている!そう気付いた僕は、思わずスタリオノスを力一杯殴り付けた。

スタリオノスは弾かれる様に立ち上がると、その打撃を掻い潜って避けた。

僕の魔法はかわされてしまったけど、それでも空になった玉座を粉々に打ち砕いた。

スタリオノスは舌打ちして右手を差し出すと、恐ろしく鋭い力が僕に向かってきた。

それは、極めて強力な圧迫を限界まで細く絞った物で、あえて言うなら刺突と呼ぶ方が相応しいかもしれない。

戦場を水平に飛ぶその力は、僕らの間に立つ双方の軍の何千という兵隊を貫いても衰える事なくそのまま僕のところまで到達するだろう、と思われたので、僕は慌てて手を挙げた。

最初(勿論あっち側)の十人ほどが真っ赤な血煙に変わったところで、何とかそれを斜めに受け止めてそのまま上に反らした。

密度の高すぎるその力は、空気の分子を励起しながら光の矢になってそのまま空の彼方に消えていった。

そして、ほっとして視線を戻した時には、もうスタリオノス達は逃げた後だった。

その間にも両軍は互いに射撃しながら接近していった。

向こうの前線は、横一列で釣瓶撃ちしながら前進して来るけど、こっちは戦車の陰に隠れながら、ちょっと顔を出して撃ってはすぐに頸を引っ込める、という動作を繰返していた。

じきにあっちは、自分達の弾が全て戦車で跳ね返されて、なんの仕事もしていない事に気付いた。

前列のあちこちで、立ち止まって後ろを振り返る兵隊がいたんだけど、その人達は、後ろの士官が剣を振り上げると、また、嫌々ながら歩き始めた。

やがて、向こうの前線とこっちの戦車隊が接触した。

戦車と向き合うはめになった向こうの前線の兵隊さんたちは、実際に銃弾が金属音を立てて跳ね返される所を見て震えながら立ち止まり、次の瞬間に一斉に、銃を棄てて逃げ出した。

驚いてその向こうを見ると、剣を振り上げて怒鳴っていたあっちの士官達は、もう逃げ出した後だった。

あっちの戦列は、前線の中央からみるみる崩れていき、五分もしないうちに全員がこっちに背を向けて、全力でてんでばらばらに走り去って行った。

参謀将軍がこっちを窺う様に見たんで、僕は言った。

「ああ、追う必要はありません。」

こうして僕たちは、平原の真っ只中で何もする事がなくなって立ち止まった。

みんなは、何かを待ってひたすら棒立ちのままだ。

仕方なく僕は、いつものお約束をやった。

「あの、僕、またなんかやっちゃいました?」

みんなは、盛大にずっこけたけど、やがて拳を突き上げて歓声を上げた。


「このまま前進しましょう。」

僕の言葉に、一人を除く全員が驚いた。

まあ、そうだろう。

今まで僕は、こちらから積極的に戦闘を仕掛けるという提案をしたことが無いからだ。

「奴等との共存は不可能ですからな。」

僕の言葉にただ一人驚かなかったタレラノスさんは、頷きながら言った。

タレラノスさんの言う『奴等』と僕の思うそれが同じかどうかは判らなかったけど、僕も頷いた。

こうして僕らは、全軍を挙げて北上を開始した。


「奴は引っ込んだ様です。」

タレラノスさんは、言った。

あれから向こうは、積極的に攻勢を仕掛けて来る事は無かったけど、こちらがいくらか進むとその都度出てきて行く手を遮るようにぶつかって来ては大きな犠牲を出して後退するだけだった。

その間に、あの物凄い落雷は飛んで来ず、ただただ、前線の兵隊さんたちの犠牲だけが積み上がって行った。

「引っ込んだ?」

「ええどうやらスタリオノスは、前回の大敗でロシオン本国に呼び戻された様ですな。」

「つまり、スタリオノスに会うためには、ロシオンまで行かなきゃならない訳ですか。」

「まあ、そうなります。でも、元々ロシオンまで攻め込む気だったんでしょう?」

「それはまあ、そうですけど・・・」

その時、オクタウィオスさんが尋ねた。

「奴等は、何をしてるんでしょうか?」

「奴等って?」

「あ、いや、ロシオン軍ですよ。消極的な姿勢なのに、やたらに粘って損害を大きくするばかりです。どうせ後退するんなら、さっさと退がって戦力を残す方がましじゃないですか?」

「やっぱり、そう思います?」

僕が尋ねると、みんな頷いた。

「これは、遅滞戦術ですね。」

「何です?それは。」

参謀将軍が尋ねた。

「出来るだけ、こちらの進軍を遅らせようとしているんです。本来なら、こっちにも損害を出させて、侵攻自体を諦めさせたいところでしょうけど、戦車に対抗する手段が無いから、向こうの損害ばっかり一方的に大きくなってるんですよ。」

「つまり、時間稼ぎをしている?」

オクタウィオスさんが言う。

「そうですね。何に対する時間なのかはわかりませんけど、たかがそれだけのために、兵隊の命を掴んで投げつける様なやり方をしてる訳です。」

僕の言い方が本当に怒ってるのに気付いたみんなは、そのまま押し黙った。

やがて、タレラノスさんが機嫌を窺う様に言った。

「あの・・・何にせよ、向こうの時間稼ぎを許すのは得策ではないと・・・」

「ええ、もう、時間稼ぎには乗りません。」


翌日、進軍を続ける僕達の前に、また道を塞ぐ様にロシオン軍が出てきた。

「戦闘隊形!」

そう指示しようとする参謀将軍に、僕は言った。

「あ、いや、そのまま行軍を続けます。」

「「「え?」」」

みんなは、驚いた。

「問題ありません。そのまま進んでください。」

将軍達は不審そうにこっちを見るけど、僕の決定に異を唱える人は居ない。

僕らは、戦闘隊形を整えつつあるロシオン軍に向かって、そのまま進んで行った。

やがて、向こうはいつもの隊形になって、こちらに向かって歩き出そうとした。

そろそろ良いかな、と僕は思った。

前列の兵士と後列の督戦隊の士官に分かれるのを待ってたんだ。

僕は、剣を抜いて自軍の兵士の背中をどやしつけているロシオンの士官達を、一気に殴り飛ばした。

士官達は、後ろに吹っ飛ぶと、そのまま倒れ込んだ。

みんな判で押した様に、白眼を剥いて痙攣している。

打撃に弱い電撃を混ぜてやったから、当分意識が戻る事はないだろう。

督戦隊の列が消えたのを見た向こうの司令部は、なんと手元の主力部隊以外の全軍を置いたまま退却を始めた。

本当に、自分達の身を守るという判断だけは素早い。

そして、背中からの圧力が消えた前線の兵士達は、銃を構えたまま立ち止まってしばらく途方に暮れた様子だったけど、こっちが前進を続けているのを見て我に返り、三々五々どこかへ引き揚げて行った。

白眼を剥いて倒れたままの督戦隊を気にする人間は、一人も居なかった。

それを避けながら(さすがに敵とはいえ動けない人間を踏んづけて行くのはためらわれた)無言で進んでいく。

僕は、いつもと違う重苦しい沈黙が耐えられなくて、思わず聞いた。

「あの・・・僕またなんかやっちゃいました?」

空気がますます重苦しさを増しただけだった。


僕らは前進を続け、そういう事が三回繰り返されたけど、もう少しでロシオン国境という四回目には向こうの様子が違っていた。

今まではずらっと横に並んだ列が何段も続いてたんだけど、今度は数十人づつの小集団になって進んで来る。

横並びの兵士とそれを後ろから押し出す督戦隊という形じゃなくて、小集団毎に数人の士官が入って、周りを監視する方式に変えたらしい。

なるほど、これだと督戦隊だけをいっぺんに殴り飛ばすのは難しい。

みんなは、当惑しながら僕の方を見た。

まあ、区別がつかなくても、それはそれでやりようはある。

「迂回しましょう。」

「迂回?」

「ええ。」

「どうやって?」

「どうって、そのままあれの右を通り抜けます。」

みんな何か言いたげではあったけど、それでも歩き出した。

僕らが近付くと、向こうは一斉に銃を構えた。

思わずこっちの前列が立ちすくんだけど、僕は全軍に声を飛ばした。

「大丈夫。そのまま進んで!」

みんなは、重苦しい空気のまま、また歩き出した。

やがて、向こうは一斉に銃を放った。

耳が聞こえなくなる程の大きな音が響き渡ったけど、僕はもう一度言った。

「そのまま!」

沢山の悲鳴が上がって、みんなは思わず目を瞑った。

「ああ、大丈夫大丈夫。」

僕の声でみんなが目を開けると、大きなどよめきが起こった。

悲鳴を上げたのは、向こうの兵隊だったんだ。

ロシオン軍は大混乱状態だったけど、血を流しながら倒れた兵士を押し退けて前に出た兵隊が、また銃を構えた。

狙われた兵隊さんたちが思わず脚がすくんだんで、僕はまた声を飛ばした。

「大丈夫です。そのままそのまま。」

ロシオン軍が銃を放ったけど、悲鳴を上げたのは、やっぱり向こうだった。

弾が全部空中で跳ね返って、運の悪い兵士がそれに当たったんだ。

「あの・・・これは・・・」

参謀将軍が尋ねる。

「僕ら全体を『防壁』で覆ってるんです。はじめからこうすりゃ良かったですね。」

将軍は面白く無さそうな表情になった。

事態に気付いたロシオン軍は、死者と負傷者を置き去りにしたまま、退却していった。

空気が重いので、場を和ませようといつものお約束をやってみた。

「あの・・・僕またなんかやっちゃいました?」

更に空気が重くなった。

そうして僕らは、全く歩を緩める事なく、ロシオンに入った。


「あちらが何の時間を稼ごうとしていたか、判りましたよ。」

タレラノスさんの言葉に、みんなが目を向けた。

「もうすぐ公式発表がありますが、レニノスが病死して、スタリオノスが臨時政府代表になりました。」

「つまり、レニノスが倒れたからスタリオノスが呼び戻されて、レニノスの治療をする時間を稼いでいたって事ですか?」

「いや、それはなさそうですね。」

「何で?」

タレラノスさんは、皮肉な笑みを浮かべて言った。

「私の得た情報によれば、レニノスの『病気』は、突然後頭部に穴が開くという突発性の奇病ですから。」

「つまり、それは・・・」

「レニノスよりスタリオノスの方が上手だったという事ですな。」

みんなはしばらく沈黙していたが、オクタウィオスさんが言った。

「さて、これからどうしますか?」

「どうって?」

「クーデターがあったとなると、当面はスタリオノスも事態の収束で手一杯で、ガリオン侵攻どころじゃ無いでしょう。」

なるほど、その視点は気付かなかった。

「このまま侵攻を続けるか、ここで一旦引き上げるか。」

とはいえ、僕の気持ちは既に決まっていた。

「このまま進みましょう。スタリオノスを放置すると、ロシオンの人達が不幸になります。」

以外な事に、反対意見は出なかった、ただし、積極的に賛成する人も居なかったけど。

「とりあえずこの先は、スタリオノスが出てくるまで戦闘はしません。とにかくロシオンの都であるモスコンまで進みましょう。」


その後も、少し進むとロシオンの軍勢が出てきて行く手を遮ろうとしたけど、僕は全く手出しをさせなかった。

そして向こうの軍勢の数は、その都度段々減っていった。

「何で、向こうの人数が減ってるんでしょうね?」

参謀将軍が言った。

「負けるのならともかく、手出しも出来ずに目の前を通って行かれる訳ですからね。この状況で士気が下がらなければ、それこそ奇跡です。」

「みんな逃げ出した訳ですか。」

「そうですな。ただし、この状況が続けばスタリオノス自身の命が危うくなりますから、このままモスコンに入れるとは思わない方が良いでしょう。」


それは、唐突にやって来た。

モスコンの手前にあるはずの街が一つ、綺麗に焼き払われていて、そこは見渡す限り兵隊で埋め尽くされていた。

「向こうは、本気を出して来ましたね。」

オクタウィオスさんが言った。

どうやらあっちは、モスコンの手前で総力を投入する決戦場を作るために、この街を焼き払ったらしい。

スタリオノス達は、相変わらず自分達の都合しか考えていないみたいだ。

僕は、これを見て二つの事を決心した。

それは、スタリオノスは絶対に許さないという事と、こっちも向こうもこれ以上の死人を出さない、という事だ。

「みんな、停まって。」

「全軍停止!」

参謀将軍が指示を飛ばす。

「僕が良いと言うまで、前進しないように。向こうが出てきたら、退がっても構いません。」

みんなは、どう思ったか判らないけど、黙って頷いた。

僕は、いつもの様に意識を空に飛ばして鳥瞰と透視を使った。

捜し物は、向こうの軍の奥深くにあった。

そこは魔法の靄に覆われてたけど、そんなもので僕の目を誤魔化す事は出来ない。

この前よりもっと立派な玉座が、三十脚の椅子で囲まれていて、中央の玉座には、あの嫌な奴がふんぞり返っているのが見えた。

僕は迷う事なく強力な打撃を振り降ろした。

その瞬間にスタリオノスは、バネ仕掛けの様に勢い良く椅子から飛び出したんで、傷一つ負わなかった。

本当に、自分の身の安全の確保だけは素早い。

といっても、僕は特に失望はしなかった。

今の打撃の目的は、スタリオノスを叩き潰す事じゃなくて、あの椅子を壊す事だったからだ。

ぺしゃんこになった玉座を確認して、少なくともこれで、使い捨てカートリッジみたいに棄てられる人は出ない筈だと安堵した。

スタリオノスは舌打ちをして、掌を突き出すとまた刺突を繰り出した。

僕は、誰も見た事がないくらい堅い防壁と障壁を同時にスタリオノスの目の前に展開した。

刺突がその壁に衝突すると、その大きすぎる力は全てその場で拡散して、巨大な衝撃波となって大気を揺り動かし、地面に大穴をあけてその場にいる全員を吹き飛ばした。

スタリオノスは仰向けに弾き飛ばされて、地面に落ちて背中を強かに打ち付けた。

良い気味だ。

周りで巻き込まれた人達はちょっと可哀想だけど、まあ、命に別状は無さそうなので、怪我に関しては我慢してもらおう。

倒れたスタリオノスを叩き潰そうと、僕が再び打撃を振り降ろした時、奴は魔法で自分自身を弾き飛ばして宙に舞い上がった。

地面には巨大な窪みが出来て、その震動で周りの人達はまた倒れたけど、奴はその縁にひらりと舞い降りた。

焦れったくなった僕は、両手を差し出すとそのまま左右に開いた。

僕とスタリオノスの間に居た人達やそのほかあらゆる物が、転がりながら少々乱暴に左右に押し分けられて、間を遮る物は無くなった。

こうして僕達二人は、直接向き合う事になった。

その距離は三十スタディオンほどもあったけど、僕達にとっては、その程度の距離は無いも同然だ。

奴は不敵に笑うと、また両手を差し出した。

その掌からは、見た事がないくらい物凄い雷撃が直接飛び出して来た。

僕はそれを上から押さえ付けたから、その雷は二人の真ん中に落ちて、大爆発を起こした。

舞い上がる土煙でお互いが見えなくなったその途端に、スタリオノスは何処かへ飛び去ろうとしたけど、初めて顔をしかめて苦痛の声を上げた。

僕がその両足を地面に押し付けて動けなくしていたから、脚がちぎれそうになったんだ。

奴の表情が、冷酷から憤怒に変わった。

奴は再び両掌を差し出した。

そこから、強力な刺突が飛び出して来た。

僕はまたそれを受け止めて大きな衝撃波が出て地面を抉ったんだけど、今度は奴は両脚を踏ん張っていたし、そもそも僕がその足を押さえ付けてたから、奴は退がらなかった。

そしてスタリオノスは、仁王立ちのままで苦しそうな表情をしながら掌をこっちに向け続けている。

今までの様な一撃の刺突じゃなくて、鋭くて強力な刺突を全力で繰り出し続けているんだ。

ドリルの様に、壁を力ずくで突き抜く気らしい。

物凄い魔法力だ。

人の力を使わなくてもこれだけの事が出来るのに、あの装置で(それも他人の命を使って)楽をしようなんて、本当に嫌らしい奴だ。

僕は本気でむかついたんで、あえてそのままやらせておいた。

奴の刺突も僕の築いた壁も目に見えないけど、それが何処でぶつかっているのかは、みんな一目で判った。

その衝突から生じる衝撃波は、地面に大きな裂目を作るからだ。

幅二十ペーキュス程もある深い裂目が、じりじりとこっちに延びてくる。

今、戦場で動いている物と言えば、その裂目だけだった。

苦しそうな表情だったスタリオノスは、これを見て少し余裕が出た様で、口の端を吊り上げてぞっとする様な笑みを浮かべた。

周りの人達は、目を大きく見開いてその裂目の進行を凝視している。

それが延びる分だけ、向こうの表情は明るく、こっちは暗くなっていく。

もうみんなは、息をするのも忘れていた。

そして、ついにその時が来た。

ドリルが壁を突き抜けたんだ。

その手応えを感じたスタリオノスの表情は、勝利を確信するそれに変わった。

抵抗を失って急激に加速したその尖端は、一気に延びた。

そして、大爆発が起こった。

爆発の中心から半径二スタディオンにある物はみんな薙ぎ倒され、その外でも大きく煽られた人達の将棋倒しが起こった。

みんなは、結果を見届けようとようやく身を起こしたけど、視界は土煙で覆われて、何も見えない。

やがて、スタリオノスは勝利を確認するために、風を起こして土煙を吹き飛ばした。

爆心地の直径が四分の一スタディオンもあろうかという巨大な穴越しに奴が見たのは、前と変わらずに立っている僕の姿だった。

僕は単に向こうと同じ大きさの刺突を正面からぶつけて、奴の攻撃を打ち消しただけだった。

元々は、一撃で済ますつもりだったんだけど、あまりむかついたんで、終わらせる前に、奴が死なせた人達の何百分の一でも絶望を与えてやろうと思ったんだ。

奴の表情が一気に青ざめた。

スタリオノスは、脚がちぎれる覚悟で全力で飛ぼうとしたんだけど、その体は全く浮かび上がらなかった。

僕が先回りして、全身を押さえ込んでいたからだ。

奴の顔は、再び憤怒に染まった。

もう良いだろうと思った僕は、そのまま圧迫を一気に締め上げた。

その瞬間に、今までの応酬が子供の遊びに思える程の魔法力が、奴の中から飛び出した。

僕は思わず身構えたけど、その力は何もない天空に向かって飛び去って行った。

そして大魔王は、一気に潰れて消滅した。

正確に言えば、顕微鏡でなきゃ見えないくらい小さな砂粒になったんだ。

風の止んだ戦場は、全く音が無くなった。

倒れている人達は起き上がるのを止め、立っている人達はそのまま立ち竦んでいた。

やがて、向こうの軍勢の内で立っていた人達は、膝から崩れ落ちた。

僕は、こっちからは歓声が上がるだろうと思ってたのに、みんな無言で立ち竦んだままなんで、どうしたもんかと途方に暮れた。

沈黙の重さにどうにも我慢できなくなった僕は、言った。

「あの・・・僕またなんかやっちゃいました?」

戦場全体がずっこけた。


僕らは、腑抜けの様になったユーコポス達を捕らえると、そのままモスコンに入城した。

ボルセビコスの残党は、逃げ場もなく全員が捕まった。

生き残ったニコラオスの縁者を探し出して、とりあえずロシオン公という事にした。ヘラシア王にはまだ承認を貰ってないけど、今まで通りのやり方だから事後でも承認は貰えるだろう。

そうしたら、ボルセビコスに追放されていた前政府の大臣達が三々五々帰って来たんで、これでなんとか、ロシオン暫定政府が出来た。

僕は、今までと同じ様に、新しいロシオン公と一緒にヘラシアへ帰った。


前回の凱旋で懲りたんで、今度は凱旋式について、注文は着けなかった。

前々回と同じくらい盛大な凱旋式は、滞りなく行われたんだけど、僕は、何となく違和感を覚えた。

違和感の正体が判らないまま、僕は王様に対面した。

どうしたものか、王様はすっかり元気を無くしていた。

「良くお帰り下さいました。」

王様はそう言って、僕に頭を下げた。

これは、全くおかしい。

「ロシオンに対する処置ですが、今までと同じ様にして良いですか?」

「それはもう、貴方の宜しい様に願います。」

もうこれは、おかしいどころじゃない。

僕は思わず尋ねた。

「あの・・・僕またなんかやっちゃいました?」

王様は、寂しそうに笑った。

「いえ、これは全て、私の都合です。」

「都合?」

「ええ、私は本日ここで、退位します。」

「え?!」

びっくりして僕は、辺りを見回したけど、驚いているのは、僕だけだった。

「ええと、その・・・それじゃ次の王様は誰が?」

「出来れば私は、貴方に王位を継いで頂きたいのですが、もう、そんな事はどうでも良いでしょう。」

「どうでもって・・・」

「貴方は王位があろうとなかろうと、何も変わりはありません。」

ますます、意味が判らない。

「貴方がヘラシア王であろうと、オリュンポシアの少年であろうと、貴方の言葉に従わぬ物は、この国、いやアルカディエラには最早居りません。」

この時僕は、もしかして本当の意味で『やっちゃった』んじゃないかと、少し恐ろしくなった。


こうして、ヘラシアには王様が居なくなった。

というか、他の国々も全てヘラシアに服属していて、その統治者はヘラシア王の臣下である公なんだから、今やアルカディエラに王様や皇帝が居なくなった。

僕は、あの時どうしたら良いか判らず、ヘラシア王になると言わなかったんで、まだ、大将軍のままだ。

いや、僕を大将軍に任命した王様が居なくなった訳だから、その称号も無効かもしれない。

だけど、確かに言われた通り、みんな僕のいう事に異議を唱えなかった。

そうしてようやく混乱を収拾する目処が見え始めた頃になって、唐突に気になる話が出てきた。

「大魔王星?」

「ええ、そうです。」

タレラノスさんは、自身も要領を得ないという風に、話した。

「新星が出現したってのは、ロシオンだけじゃなく、ヘラシアやローメアの天文官達も言ってるんで、間違いは無いんですがね。」

正確なカレンダーは、農業には必須のものなので、どこの政府もその基準となる天体観測を行う役所を設けている。

「で、その星の名前が、大魔王星なんですか?」

「あ、いや、天文官達はただ単に『新星』と呼んでますが、ロシオンの民衆達は、段々大きくなっているそれを、スタリオノスと結びつけて大魔王星と呼びだしたんですよ。恐らくまだ、民衆の間ではスタリオノスに対する恐れが残っているんでしょうな。」

「ふーん。」

まあ、あれくらいの悪逆な人物が猛威を奮った後だと、トラウマが残るのは仕方がない。

ただ僕は、段々大きくなっているって所が気になった。

文字通りの新星ノヴァつまり新しい恒星の誕生なら別に心配はいらない(まあ占星術的な話なら色々解釈があるんだろうけど)

だけど、超新星スーパーノヴァつまり星が燃え尽きる時の最期の大爆発だと、ちょっと心配が無い事もない。

条件次第では、X線バーストの様な危険な現象を伴うかもしれないからだ。

そして、一番問題なのは、それが恒星じゃ無い場合だ。

自分では光らない星が突然見える様になったとすると、今まで遠すぎて見えなかった物が見える様になった理由は、こっちに近付いているからだ。

「ちょっと気になるんで、調べてみます。」

タレラノスさんは、僕が何を心配してるのか判らない様だった。


日が暮れると僕は、広場に出た。

夜空を見上げて、天文官に聞いた新星の位置を探したら、すぐに見つかった。

それは、段々大きくなっているけど、全く動きはないって聞いたんだけど、その通りだった。

何だか嫌な予感がしてきた。

もしあれが、遥か彼方の恒星じゃないなら、そう遠くない距離でこっちと向こうは互いに相当なスピードで動いている筈だ。

それなのに動いて見えないとすると、双方は衝突軌道コリジョン・コースに乗っている事になる。

それはつまり、このまま進めばいずれ同時に同じ場所にたどり着くという事で、別の言い方をすれば、ぶつかるって事だ。

僕は、意識を宙に飛ばした。

辺りに空気がなくなっても、そのままどんどん進み続けた。

それは、アルカディエラが小さな点になるまで宇宙を分け入った所にあった。

僕は、今までこんな遠くまで意識を飛ばした事は無かったけど、それでもその星は、僕が願っていた程の遠さじゃなかった。

それは恒星じゃなくてただの岩の塊なんだけど、その大きさは直径が千スタディオンを越えていた。

それは、この大地を粉々に打ち砕く所まではいかないけど、世界を滅ぼすには十分な大きさだった。

僕は、その進路を頭の中で計算してみた。

それは、完全にアルカディエラと衝突するコースを進んでいた!


朝一番に呼び出されて、十分に頭が回っていなかったみんなは、僕の説明で目が覚めたみたいだけど、押し黙ったままだった。

随分と長い沈黙の後、みんなを代表する様に、タレラノスさんが言った。

「で、どうなさるおつもりですか?」

僕は、にっこりと微笑んで答えた。

「皆さんにおまかせします。」

その言葉に、その場の僕を除く全員が青ざめた。

再び重い沈黙があって、ようやく、オクタウィオスさんが言った。

「あの・・・それは、一体・・・」

「ぶつかるまでには、まだ一月ひとつきくらいあります。皆さんが力を合わせれば、対処出来ますよ。」

僕は、この前からずっとある心配が頭を離れなかった。

それが単なる思い過ごしである事を確認したかったんで、この件をみんなに委せる事にしたんだ。

僕が翻意する気配がない事を理解したみんなは、項垂うなだれたまま出ていった。


その日の午後には、望遠か圧迫の得意な人達と、そのほかとにかく魔法力が大きい人達を集めるお触れが出された。

みんなで軌道を変えるつもりらしい。

まあ、妥当な線だ。

何より気に入ったのは、そのお触れが全てを包み隠さずに公表している、という事だった。

僕が話したのはみんな優秀な人達だったけど、それでも自分達だけで何とかするんじゃなくて、衆知を集めて対処しようという姿勢を持ってくれている。

これならまあ、僕の心配は取り越し苦労に終わるだろうと思った。


翌日、みんなを代表してタレラノスさんとオクタウィオスさんがやって来た。

「何とか、人数が集まる目処が立ちました。」

「良かった。それでこれからどうするんですか?」

タレラノスさんが言った。

「例の装置をロシオンから取り寄せて、修復します。」

「あれを?」

「ええ、志願者の中から、特に圧迫と望遠が得意な者をそれぞれ一人づつ選んで、他の者達がその二人に力を貸す事で、あの星の軌道を変えます。」

「なるほど。」

あの機械を引っ張り出すのは楽しい話じゃ無いけど、まあ、妥当な判断ではある。


二十日後に、ようやく準備が出来た。

ロシオンから運んできた装置は、広場の中央に並べられていた。

それは、僕が前に見た時とは編成が変わっていた。

あの時は、リソース側の三十脚が、一人のオペレータに集まってたけど、今度はオペレータの椅子が二脚になり、それぞれが、二十五脚と五脚のリソース用の椅子と接続されている。

そして、その二脚は並んでいた。

「こちら側の五脚は、照準担当のオペレータに接続されています。」

アルキメデオスさんが言った。

これを修理するために、わざわざペルシオンから呼ばれて来たんだ。

広場は、装置と僕ら二人を中央に置いて、やや遠巻きの人垣で埋め尽くされていた。

まるで、国中の人達が集まってるみたいだった。

「照準って?」

「望遠が得意な者を充てて、更に五人の力でブーストを掛ける事で、ターゲットを正確に捕捉します。」

「なるほど。」

「で、残りの二十五脚は、斥力、こっちは圧迫の得意な者ですな、の担当のオペレータに繋げています。」

僕は頷いた。

まあ、妥当な配置だろう。

それから、装置を仔細に眺めてみたら、ちょっと気になる事があった。

「リミッターは無いんですか?」

「ええ、こいつには、元々着いていませんでした。」

まあ、スタリオノスが作らせた物だから、そうだろうなぁ、と思った。

「大丈夫ですか?」

「勿論あの薬を使う気はありませんし、オペレータ側の容量の問題もありますから、そう無茶な事にはならんでしょう。」

リミッターの目的は、力を吸い上げすぎてリソース側の人を燃え尽きさせない事と同時に、オペレータ側が魔法力を集めすぎてパンクするのを避ける事の二つだ。

スタリオノスにしてみれば、リソースに充てられた人がどうなろうとしった事じゃないし、自分の容量の大きさにはそれこそ絶大な自信があるから、そんな事を考慮する必要は、全く無かったんだろう。

まあ、装置を取り寄せたりアルキメデオスさんを呼び寄せたりした上で修理したわけだから、もうそれだけでかなり日数を喰ってるんで、元々無かったリミッターを取り付けている隙はないのも事実だ。

「照準担当と斥力担当の接続は、自前でやって貰います。」

「自前?」

「照準担当が、斥力担当の肩に手を掛けるんですよ。」

「ああ、なるほど。」

直接接触すれば、簡単にヴィジョンをやり取りできる訳だ。

話している内に、周りの人垣から大きな歓声が上がった。

その声の方に目をやると、人垣が割れてみんな五十人くらいの一団がぞろぞろと出て来た。

その人達は、おずおずと僕に一礼して、それぞれの席に着いていく。

見るからに僕に遠慮している様子が、どうにも寂しかった。

まあ、これがうまくいけば、その点もましになるだろうと思えば、僕は少し気が楽になった。

「あの圧迫担当の男は、このために遙々ロシオンから来たそうです。全くご苦労様な事で。」

そう感心するように言うアルキメデオスさんに、自分だってこの装置を修復するために遙々ペルシオンから来てるご苦労様な人じゃないかと、少し可笑しくなった。

やがて、オクタウィオスさんが声を掛けた。

「では、始めようか。」

「「「はい!」」

みんな一斉に答えて着席したまま姿勢をただすと、アルキメデオスさんが前に出た。

広場がしんと、静まり返る。

「照準合わせ!」

望遠側の一団はみんな目を瞑り、その肩に力が入った。

やがて、目を瞑ったままオペレータの人が言った。

「捉えました!」

「よし!斥力用意」

圧迫担当の全員が目を瞑り、椅子に座ったまま身構える。

「斥力、準備完了!」

「よし!接続!」

望遠担当の人が、圧迫担当の人の肩に手を掛けた。

「うわぁぁぁぁぁぁ!!!」

その瞬間に圧迫の人が恐怖の叫びを上げて、その手を払い除けると弾かれる様に立ち上がった。

「どうした!」

「だだだだだ大魔王だぁ!」

みんなが呆然としているなか、その人は頭を抱えてうずくまってしまった。

「一体何が起こったんだ?」

アルキメデオスさんが声を掛けても、ぶるぶる震えるだけで返事がない。

「何だか、物凄く禍々しいオーラが、例の星を取り巻いてます。」

照準担当の人が言った。

「あ、ありゃ、大魔王ですよ。」

斥力担当の人が、絞り出すようにようやくそれだけを言った。

なるほど、この人はロシオンから来てるから、スタリオノスのオーラを見た事があるんだろう。

その星は、スタリオノスの残留思念に包まれていた。

僕は、自分のオーラが強すぎて、他人のオーラが見えないんで気付かなかったんだ。

こうして、スタリオノスの最期の魔法が何だったのかは判った。

後はもう、ひたすらみんなで斥力担当オペレータの人を宥めたんだけど、ひたすら頸を横に振るばかりだった。

「これはもう、一旦仕切り直しましょう。」

タレラノスさんがそう言うと、周りの人垣から絶望の呻きが上がる中で、みんなも渋々同意して解散した。

「この後どうするんですか?」

そう尋ねると、タレラノスさんはやれやれという感じ言った。

「これから、一晩かけてあいつを落ち着かせます。」

「宜しくお願いします。」

僕は、そう言う敷かなかった。


翌朝、また広場にみんな集まった。

斥力担当の人は、少し青ざめていたけど、その視線には堅い決意が満ちていた、

タレラノスさんに『説得』されたんだから、もう大丈夫だろう。

「照準合わせ!」

アルキメデオスさんの指令に望遠側の一団はみんな目を瞑り、その肩に力が入った。

やがて、目を瞑ったままオペレータの人が言った。

「捉えました!」

「よし!斥力用意」

圧迫担当の全員が目を瞑り、椅子に座ったまま身構える。

「斥力、準備完了!」

「よし!接続!」

広場の何万人もの人達が、一斉に息を呑んだ。

僕は、意識を飛ばして星を見た。

大きな力が、それを正面から受け止めようと、向かっていった。

僕は、慌てて斥力担当の人に声を飛ばした。

『正面から受け止めちゃダメです。止めるんじゃなくて、横から推して反らせて下さい。』

そう言いながら僕は、その星の進路を変えるヴィジョンを送った。

どの方向へでも、少し進路をずらしてやれば、後はどんどんとそのずれが大きくなっていくからそれで衝突は避けられるんだけど、そうなるとずっと太陽の周りを回り続ける訳で、いつかまた衝突の危険が起こらないとも限らないから、この機会に太陽にぶつけて蒸発させてしまおうと思ったんだ。

その人は、ほっとした様に肩の力を抜いて、僕の示したコースに向けて、横から力を加え始めた。

良い感じにリラックス出来たみたいで、力を効果的に加え始めた。

物凄い力が加わって、星の軌道はちょっとづつずれ始めた。

その頃にはコツが判ってきたみたいに、無駄な所に力を入れないで、それでも全力を振り絞って、トマトの様に真っ赤な顔になりながら、推し続けていた。

そうしてついに、星はぴたりと期待通りのコースに乗った。

「「おお!」」

二人のオペレータは、同時に歓声を上げた。

たちまち広場が喧騒に包まれる。

そうしてみんなは、誰彼無く抱き合い、跳び跳ねながら踊る様に喜びあっていた。

ほら、みんなやれば出来るじゃないか、と僕も嬉しくなった。

その時、照準担当の人が、哀しそうな呻き声を上げた。

「どうしたんです?」

「星が元のコースに・・・」

僕は、すぐに見に行った。

確かに太陽落下コースに乗った筈の星は、またじりじりと向きを変え、アルカディエラ直撃コースに戻りつつある。

慌てて斥力担当の人が席に着く頃には、もうほぼ元の軌道に戻っていた。

「もう一度やるぞ!」

斥力担当の人が、青ざめながらもヘルメットを被りながら言った。

僕は、再チャレンジを見守っていた。

さっきは、顔が鬱血するほど頑張れば動いたのに、今度はまるで、レールの上を進んでいるみたいに、その軌道は微動だにしない。

どうやら、さっき動いて見せたのは、わざとだったらしい。

僕が最後に奴に味あわせた失望に対する意趣返しだったんだろう。

単なる残留思念になっても嫌がらせを止めないなんて、どこまでも嫌らしい奴だ。

斥力担当の人の顔は、今や赤を通り越して紫になり、小刻みに震えながらそれでも力を入れ続けていた。

その口許からは、血が垂れている。

必死に力むあまりに、唇を噛み切ってしまったみたいだ。

事態に気付いたみんなは、固唾を呑んで見守っていた。

もう、全身をおこりの様に震わせながら、 ますます力を入れていった。

斥力側のリソースの人達が、力を吸い上げられすぎて苦しそうに呻き始めた。

これはいけない。

この人は、自分が死ぬまでやる気だ!

めて!」

僕が叫んだ瞬間に、オペレータの人はポンプの様に大量の血を吐いた。

みんな足がすくんでいるのか、僕の声に誰も応じ様とはしなかった。

僕は、慌てて駆け寄ると、半ば無理矢理にヘルメットを引き剥がした。

反動でその人は、更に派手に血を吐いて椅子から前のめりに崩れ落ち、そのままばったりと倒れ込むと、もがきながら仰向けになって痙攣を始めた。

お腹に手を当てて中を探ってみると、内臓がずたずたになっている。

大きすぎる魔法力が、体内で暴れまわって、そこら中を傷つけていた。

僕は、そのまま掌から力を送って、それを修復していった。

やがて痙攣が治まり、穏やかな表情で眠りに落ちた。

辺りを見回すと、全員が真っ黒な絶望の表情に塗り潰されていて、誰も何か言おうとはしなかった。

「あの・・・」

僕が問い掛けようとしても、みんなは何の反応もなく、そのまま散って行った。


もう、誰も僕と話そうとはしなくなった。

何とかして、もう一度挑戦して貰おうと、色々な人に話し掛けたけど、僕が声を掛けても、誰もが恨みがましい視線を返して、そのまま歩き去った。

オクタウィオスさんやタレラノスさんですら、そうだった。

もう、僕自身が嫌になってきたんだけど、それでも懸命に再挑戦をお願いし続けた。


その人が来たのは、例の星がぶつかる前の日の夕方だった。

もう、説得できそうな相手も居なくなり、万策尽きたとしか言いようが無かった。

それでも僕は、諦めきれず、自室に籠って何とかみんなを説得する方法を考えていた。

とはいえ今からみんなの気が変わったとしても、もう間に合いそうにない。

その時、扉の向こうから声がした。

「あの・・・」

僕は、久しく聞いていないけど絶対に忘れられない懐かしくて優しい声に、思わず幻聴が起こったかと思った。

扉を開けてそこに誰も居なければ、もう本当に僕の心は折れてしまう、そう思いつつも、その声の主を確かめたくて、開けないではいられなかった。

そしてその人は、確かにそこに居た。

「ペルセポニア!どうしたの?」

彼女は、哀しそうな目で答えた。

「大人の人達が、貴方様にお会いしに行きなさいって言うから・・・」

「え?」

彼女は、それきり黙ってしまい、僕もどうしたら良いか判らず、気まずい沈黙が続いた。

その耐えがたい重さが限界に達した時、彼女はおずおずと言った。

「貴方様は、何故その手をお差し伸べ下さらないのですか?」

それは、蚊の鳴く様なか細い声だったけど、それでも怨めしいという感情は判った。

「いや、みんなが力を合わせれば、きっと乗り越えられるんだよ!」

「貴方様なら、雑作もなく片付けてしまえるでしょう。」

少し感情が昂ってきたみたいで。もう、はっきりと非難されている事が判る。

「僕はみんなに、自分の脚で立つ事を思い出して欲しいんだ!」

その時、ペルセポニアの両目から、堰を切った様に涙が溢れだした。

そして、しゃくりあげながら、彼女は叫んだ。

「あ、貴方様は、わた、私どもをお見棄てになるんですか!」

その悲痛な叫びを聞いたとき、とうとう僕の心は折れた。

僕は、優しく微笑んで言った。

「勿論、見棄てたりはしません。」

「え?それでは・・・」

べそをかきながらペルセポニアは、驚いた表情になった。

「着いて来て。」

そう言って僕は、部屋を出た。

彼女は、慌てて後についてくる。

僕がそのまま広場に出ると、そこは人で埋め尽くされていた。

もう日が沈んでいるんだけど、誰も帰ろうとはせず、絶望的な表情で空を見上げている。

そこには、広場を囲む屋根越しに満月が顔を出しているその横に、満月より更に明るい二つ目の月がはっきりと見えていた。

その光りは、太陽に照らされている分だけじゃなかった。

もう、ごく薄いとはいえ大気の上層に触れる所まで近付いて来ているので、かすかだけどそれ自身が光り初めている。

よく、流星は空気との摩擦で燃えると言われるけど、実際には摩擦の熱は大したことはないんで、その熱の大半は、物凄い速度で空気を圧縮するいわゆる断熱圧縮による、気温の上昇だ。

やがて、一番手前に立ってた人が僕に気付いて、慌てて道を開けた。

それを見て、周りの人垣が一斉に左右に割れて、広場の真ん中までの道が現れた。

僕は、別にここで良いかなと思ってたんだけど、みんなの期待に満ちた視線に押されて、そのまま前に進んでしまった。

広場の真ん中まで出てしまって立ち止まり、さて、これからどうしようかと思った時、後ろから追いかけて来たペルセポニアが叫んだ。

「この御方は、私達をお見棄てになったりはしません!」

その瞬間、半信半疑ながら、大きなどよめきが起こった。

これはもう、仕方がないと諦めた僕は、早く済ませてしまう事にした。

何も言わず両手を差し上げた。

やる事自体は、ごく簡単だった。

アルピアの峠を開削した時と同じ様に、椎の実大に切り分けるだけだ。

スタリオノスの残留思念は、金切り声を上げて抵抗を試みたけど、そんな物は僕にとっては何の障害にもならなかった。

見た目では何が起こっているのか判らないけど、その星は一瞬で小石の集まりに変わった。

後はきれいに燃え尽きる様に、空全体に押し拡げてやった。

あいつの残留思念は、呻きながらその粒の一つ一つを拾い集めようとしたんだけど、そんな事が出来る量じゃなかった。

その全く無駄な努力は、勿論実を結ぶ事は無く、そうして最期の力を使い尽くしたそれは、そのまま消えていった。

みんなは、満月を霞ませる二つ目の月の輝きが段々と薄くなっていくのを見て、安堵のため息を洩らした。

やがて、空全体が霞に覆われて、星が見えなくなった。

月自体も段々と霞んで、朧気おぼろげに笠を被った様になる。

それから、その霞が段々と濃くなっていくにつれて、広場が明るくなり始めた。

みんなは何が起こっているのか判らない様子で、随所から狼狽の声が上がる。

みんな不安げな表情で互いの顔を見合わせている内に、空が更に明るさを増し、満月すらその光に呑み込まれて見えなくなった。

もう、広場は(というよりはアルカディエラ全体が)天空を覆う光のドームの下で、昼間の様に明るく照らされていた。

その耀きは更に強くなり、空全体が真っ白に輝き始めた。

今や、天空のあらゆる方向から降り注ぐ光りは、地上の全ての影を消し飛ばした。

僕も含めてみんなは、あまりの眩しさに目を開けていられなくなって、目を閉じたけど、それでもその光りは瞼を突き抜けて、視界を真っ赤に染めた。


やがてそれは、唐突に終わった。

視界が真っ暗になり、何も見えなくなった。

広場のあちこちで恐怖の悲鳴が上がる。

「大丈夫。目が眩んでいるだけです。じきに見える様になります。」

僕が声を広場全体に飛ばすと、すぐに騒ぎは収まった。

そうしている内に、段々と目が見えてきた。

そこにあるのは、いつもと変わらない夜空だった。

「魔王星は燃え尽きました。もう、何も問題ありません。」

そう言った時、歓声が沸き起こるかと思ったけど、実際には物音一つ起こらなかった。

重苦しい沈黙に耐えかねた僕は、つい、言ってしまった。

「あの・・・僕またなんかやっちゃいました?」

その場の全員が無言で大地にひれ伏した。

僕はこの時、本当の意味で取り返しが着かない事を『やっちゃった』のだと悟った。

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