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第六話 反乱を鎮圧するゾ

オクタウィオスさんと一緒に王都に帰ると、とっても派手なパレードをメインイベントとする、盛大な凱旋式が行われた。

こういうのはあまり好きじゃないんだけど、すっかり準備が出来てしまっているのを断る訳にもいかないんで、僕は行列の真ん中で戦車チャリオットで馭者の後ろに立って、何とか笑顔で手を振り続けたんだけど、とにかく恥ずかしかった。

次からはこれは勘弁して貰おう、と思った。

それがおわると、早速王様に呼び出された。

降服の儀式は前回のペルシオンとほぼ同様で、オクタウィオスさんはローメア公に叙せられ、僕はローメア総督も兼任する事になった。

といっても、ローメアはミルティアス総督代理が見るんで、僕には直接関係無いんだけど。

ただ、王様は何となく元気がなかった。

その他の人達も、何か言いたそうな感じなんだけど、僕がそっちを向くと目を反らす。

なんだか、居心地が悪かったんだけど、やがて、それどころじゃ無くなった。

アルキビアスさんから、ペルシオンの反乱を報せる使者がやって来たんだ。

使者のもって来た手紙には、今すぐ大軍を率いて救援願いたい、と書かれていた。

いつもかっこつけのあの人が助けてくれと言ってくるんだから、相当に危ない状況なんだろう。

「ああ、その・・・大将軍よ。」

王様が、何か奥歯に物が挟まった様な言い方をする。

「今ペルシオンに駐留する軍の数は少い。」

まあそうだろう。

みんなローメア戦役に動員されて、まだ帰還が終わっていないんだ。

「凱旋早々で済まぬが、鎮圧に向かってくれぬか?」

民衆反乱という事は、相手の大半は普通の人達だという事なんで、ちょっと気が進まなかったけど、王様の命令だから仕方がない。

それにペルシオンの人達にとっても、国内が戦争状態なのは良い事じゃないだろう。

不満があるなら、話し合えば判ってもらえるかもしれない。

「はい、判りました。」

王様は、また何か言いたげな感じだったけど、結局そのまま僕を送り出した。

僕が兵舎に戻ると、ペルシオンから別の使者が来ていた。

「何でしょうか?」

僕が尋ねてもその人は、落ち着かない風で周りの人達にちらちらと視線を投げながら言った。

「ああ、その、そろそろ昼飯時ですな。」

お腹が減ってる、という訳でも無さそうなんでちょっと戸惑ったけど、言いたい事が判った。

「みなさん、先にご飯を食べに行って下さい。僕はちょっと話してから行きます。」

みんなは、少し微妙な顔をしたけど、特に何も言わずに出ていった。

「これで良いですか?」

「はい、ありがとうございます。」

そう言って使者は、手紙を差し出した。

それを受け取ると、指先がぴりぴりした。

こんな強力な封印魔法の掛かった手紙は、見たことがない。

宛先以外の人が開こうとしてもまず歯が立たないだろうし、もし、強力な魔法で無理に開いたら、その瞬間に手紙は粉々に砕け散る。

強力すぎる封印は、僕の手の中でゆっくりと開いた。

意外なことに、差出人はアルキビアスさんじゃなかった。

「当地の混乱収拾の目処について、当方に少々当てがあります。出来ますれば、まずは閣下ご単身にてご来駕願います。

タレラノス拝」

軍を率いて来るな、と言っている。

まあ、確かに大軍を率いて行けば、向こうも敵対的になるだろうから話し合いが難しくなるし、いくら僕がみんなを宥めても、人数が多ければ間違いも起こりやすい。

タレラノスさんが、当てがあると言うんなら、多分大丈夫だろう。

そう思っている内に、僕の掌の上で、手紙が青い炎を上げて燃え出した。

といっても、その炎は全く熱さを感じさせないままで、手紙だけを全て灰にして、そのあと灰は、目に見えない程の細かい塵に変わって消えた。

何のつもりなのか判らないけど、向こうは相当に慎重らしい。


僕は、エンジン船に乗ってペルシオン行った。

出来るだけ早く着きたかったからだ。

港に着くと、アルキビアス総督代理の一行が迎えに来ていた。

「閣下、遠路遙々ご出駕ありがとうございます。」

そう言いながら総督代理は、微妙な笑顔になった。

それは、今回散々ヘラシアで見て来た物とは違って、判りやすかった。

みんなの手前があるんで失望を隠している、という愛想笑いだったんだ。

その時、僕とあまり年が変わらない子供達が、僕らの横を駆け抜けようとして、アルキビアスさんの衛兵達に襟首を掴まえられた。

「ここは、貴様らの来る所ではない!」

アルキビアスさんが怒鳴り付けて、衛兵達はその子らを軽々と吊り上げた。

その子らはみんな、やせっぽちという言葉がぴったりな様子だったんだ。

「まあまあ、子供の事ですから、あまり手荒な真似は止しませんか?」

タレラノスさんが宥める様に言い僕も頷いたんで、アルキビアスさんは渋々顎でしゃくるように指示し、その子達はそのまま解放されて走っていった。

再び、タレラノスさんが言った。

「ともあれ、閣下もお疲れでしょうから、陣屋に参りましょう。」

別に疲れてはいないんだけど、殊更に宿入りを急かすのは、多分みんなの前ではしたくない話があるんだろうと思ったんで、頷いて宿に向かった。

宿はこの港では特に大きなお屋敷だったけど、軍人でごった返していた。

普通の格好の人が誰も居ないのが、僕は気になった。

「この家のご主人に挨拶したいんですけど。」

「閣下がおいでになるので、屋敷を接収しました。主人はどこかに身を寄せている筈なので、後で呼び出しましょう。」

アルキビアスさんの素っ気ない返事に、ああ、やっぱりと思った。


物凄く立派なベッドのある寝室に案内された。

多分ここのご主人の部屋なんだろう。

荷物(といっても僕は、どこに行くにもリュックサック一つで済ます)をおろしたところで、ノックされた。

「はい、何でしょう?」

「お食事のご用意が出来ております。食堂までお運びください。」

広い食堂に入ると、テーブルの上は山の様なごちそうで埋っていた。

僕は、さっきの子供達のやせっぽちぶりを思い出して、嫌な気分になった。

アルキビアスさん一人が饒舌に話し続ける中で、あまり気が進まないまま食事が終わった。

「さて、河岸を変えましょうか。」

タレラノスさんの提案で、僕らは食堂を出た。

その時、さっきからずっと気になっていた人に声を描けてみた。

「どうしたんです?具合が悪いんですか?」

この人は、アルキビアスさんとタレラノスさんの間に立っている内の一人で、多分どっちかの部下なんだろうけど、さっきからどうも目の焦点が定まっていない。

「あ?いえ、その・・・」

そう言いながらその人は、そのまま歩き続ける。

どっちの部下だとしても、二人ともなにも言わないんでとりあえずそのままにしておくしかなかったけど、もう少ししても様子が変わらなければ、引き上げて休んで貰おうと思った。

僕とアルキビアスさん、タレラノスさんと、そのほかにさっきの人をいれて三人の計六人で、あまり広くない部屋に移動した。

部屋に入るなり、アルキビアスさんが言った。

「何故、軍勢を率いていらっしゃらなかったのですか?」

悲鳴を上げるような非難に、僕は何も言えないでタレラノスさんを見る。

「総督閣下がお越しになられる事が肝要なのであって、軍勢はどうしても必要という訳ではありません。むしろ、今ここに大軍を投入する事は、反乱勢の態度の硬化を招く恐れが高く、有害と言うべきでしょう。」

タレラノスさんが、反論する。

「はっ!何を甘い事を。」

アルキビアスさんがせせら笑う様に言う。

「反乱の対処は初動が肝心なのだ。火の手が大きくならん内に叩かねばならぬ。」

「不満を力で抑えても、長続きはしません。」

タレラノスさんは辛抱強く言ったけど、アルキビアスさんは聞く耳を持たなかった。

僕は、とりあえず話を変えるためもあって、初めから気になっていた事を聞いてみる事にした。

「そもそも、何で反乱が起こったんです?」

すると、二人とも黙り込んでしまった。

何となくお互いが目配せしながら相手を促していたんだけど、結局アルキビアスさんが根負けして話し始めた。

「閣下の遠征に対する補給の調達です。」

なるほど、王都でみんなが微妙な顔をしていた理由が判った。

みんな、僕のせいだと言うのが恐かったんだ。

「閣下の壮挙をお支え申し上げるという栄誉が理解出来んとは、全く愚かな者共です。」

そうして総督代理は、その徴発の重要性と正当性を滔々と弁じ立てた。

でも、横で聞いているタレラノスさんは、その意見には不賛成な様子で、皮肉そうな表情で聞いている。

一通り弁じ終ったところで、タレラノスさんは口を開いた。

「人の口に戸はたてられません。ローメアに送られた分と比較してみると、徴発の量がいささか多すぎるともっぱらの噂ですよ。それと、あの剣呑な玩具おもちゃも、色々と評判が悪い様ですな。」

総督代理は、ふん!と鼻先で笑い飛ばした。

「大量に用意するとなれば、どうしても様々な手違いによる不足が発生する。安全係数を掛けて、多目に調達するのは当然の事だ。」

良く判らないけど、『剣呑な玩具』の話はしたくないらしい。

タレラノスさんは、ますます皮肉な顔をした。

「必要量の二倍は、多めでは済まんでしょう。」

「貴様に何が判る?万に一つも齟齬が生じては困るのだから、その程度は想定の内だ。」

「ほう、それで、その差分はどこへ消えたのですか?」

「人聞きの悪い事を言うな。どこにも消えちゃおらん!」

「そうでしょうか?港の積み残しは、差分の十分の一にもなりませんが。」

「黙れ!ちゃんと倉庫に保管されている!」

「どこの倉庫です?」

「補給は全て、私の権限だ!貴様の知った事ではない!」

タレラノスさんは、苦笑しながら言った。

「それでは、質問を変えましょう。ロシオンから送られてきて、貴方の屋敷に積み上げられている銀貨の山は、何の代金なんですか?」

総督代理は頭に血が登り、言葉に詰まった。

「今やロシオンは、どこから調達したのか判らない大量の物資と、我々と同じ高性能の後装銃で、大変な勢いで勢力を拡大していますな。」

「うるさい!黙れ!」

「いいえ、黙りません!貴方は国を売ろうとしているのです!」

タレラノスさんの厳しい口調に、アルキビアスさんが腰の剣に手を掛けた。

「貴様!ゆる・・・」

許さん、と言おうとした様だったけど、言い終わる前にアルキビアスさんの顔が無くなり、大きな穴になった。

僕が呆然としている内に、アルキビアスさんはゆっくりと倒れていった。

その後ろには、相変わらず目の焦点が合ってないさっきの人が居て、手にはまだ銃口から煙が立ち上る拳銃が有った。

その人は、そのまま床に膝を突いて、崩れる様に倒れ込んだ。

「貴様!」

もう一人が剣を抜こうとしたんで、僕はその手を魔法で抑え付けた。

「これ以上死人を増やさないで!」

その人は、僕の声が耳に入らないみたいで、剣を抜こうともがいていたんだけど、そのうちにとうとう諦めて、剣の柄から手を離した。

僕は倒れ込んだ人の背中に手を当てた。

とりあえず、心臓は動いている様だ。

その時、タレラノスさんが言った。

「大丈夫です。その男は薬を飲んで一時的に意思を喪っているだけですから、そのまま寝かせておけば、元に戻ります。」

「意思を喪う?」

「ええ、この薬が効いてる間は、自動人形みたいに自分の意思を持たなくなるんです。ただしそれは、精神的には物凄く大きな負担を掛けますから、緊張の糸が切れたらこんな風に眠り込みます。王座に就くってのは、中々綺麗事だけじゃ済まないんで、長く続いた王朝には、こういうつまらん薬の類いも色々伝わってるんですよ。」

そういえばこの人は、ペルシオンの王族だった。

「アルキビアスは、異様なくらい慎重ですから、常に障壁を廻らしていましたんでね。」

なるほど、障壁は攻撃の意図を排斥する魔法だから、本人にその意図が無い攻撃は防げない訳だ。

「この男は、貴方の名をかさに着て、かなり私腹を肥やしていました。まあ、ある程度は仕方がないところでしょうが、少々やり過ぎて今回の反乱となった訳です。」

どうも嫌な話だ。

「だとしても、他にやり様は無かったんですか?」

僕は、思わず非難したけど、タレラノスさんは、宥める様に言った。

「まあそれだけなら、全部ばらして引退に追い込むって手も有ったかも知れませんが、ロシオンに対する利敵行為は、それで済ます訳にもいかんでしょう。」

僕としては、もし引退してそれ以上悪い事をしないんなら、それで済ましても良いかと思わないでも無いんだけど。

「貴方のお考えは概ね想像が着きますが、さすがにこの背信を赦すと、他の者達が可哀想ですよ。彼らの貴方への忠誠が無になりかねません。」

「そんなもんですか。」

僕は、他に言いようがなかった。

「だから、どのみちこれ以外の決着は無いわけですが、同じ事なら反乱の責任も持って貰いましょう。」

「責任?」

「ええ。これで今月中には反乱の火は消えますよ。」


タレラノスさんがスーソウに人面鳥を飛ばすと、あらかじめダレイオシスさんと打合せが済んでいた様で、あっという間にペルシオン全土に数千本の高札が立てられた。

その高札には、『徴用に名を借りて私利をむさぼりし悪漢アルキビアスは、総督閣下の正義の鉄槌によりちゅうせられたり。ご慈愛あふるる閣下は、汝らが心得違いをやむを得ぬ志儀とおぼしめされ、此度こたびに限りその罪を問うに及ばず、とのご仁心をお示しなれば。汝ら忠良の民はく本義に帰りその行いを改むるべし。』と書かれていた。

驚いた事に、わずか一週間で反乱は止み、更には各地の反乱指導者だっていう人達が自発的にスーソウまで出頭して来た。

「これで後は、首謀者達を処刑すれば一先ずは落着です。彼らが罪を引き受ければその他の人間の罪は問わない、と言い含めてありますから、まあ大人しく死んでくれるでしょう。ただ、出来れば絞首か銃殺か、なるべく苦しまないで済む方法にしてやってください。」

「処刑!?」

タレラノスさんは、何を驚いているのか、という顔をした。

「いや、だって、高札には『その罪を問うには及ばず』って書いたでしょう?」

タレラノスさんは、苦笑した。

「まあそこは、言葉のあやってやつでね。いずれにしても誰も罪を問われないって訳にもいかんでしょう。みんなそれくらいは判ってますよ。」

僕以外の『みんな』は、そうかもしれないけど、嫌なものは嫌だ。

でも、ここでこの人と議論しても言い負かされるだけだから、とりあえず頷いておいた。


三日後、スーソウの王宮前広場には、絞首台を真ん中に据えた大きな舞台が設えられて、その周りは一般の人達で埋め尽くされていた。

十人の首謀者は、後ろ手に縛られて並んでいるけど、みんな胸を張っている。

僕はその前に立って、広場全体に声を飛ばした。

「今回のみなさんの罪を問わない、という点について、一つ条件があります。」

壇上のみんなは、何を言い出すのかと驚いた様だけど、今ここで僕を止める訳にもいかない。

「それは、今回の被害を全て元に戻す事です。」

群衆の間から呻き声が上がった。

「総督府や地方役場や兵舎からの略奪については、全部無かった事にします。また、怪我をさせたり殺した相手が兵士なら、これもお互い様という事で、全部無しです。」

総督府や役場の物資は、元々徴発されたものだから、まあ元に戻ったと言えない事もないし、兵士は怪我や死亡の状況に応じて本人や遺族に年金が出るから、それで我慢して貰おう。

「それ以外の、個人からの略奪は、全て奪った相手に返して下さい。また、略奪の際に怪我をさせたり命を奪ったりしたなら、人命一人につき一タラントン、大怪我なら半タラントン、それほど大きな怪我でなければ四分の一タラントンを、被害者または遺族に払って下さい。略奪した物で、壊れたり使ってしまったりで残っていない物についても、その値段分をお金で返して下さい。どこに返せば良いのか判らない物やお金は、総督府に提出してください。」

みんなは、こんな話になるとは思ってなかったみたいで、誰も声が出ない。

「それから、被害を受けた人やその遺族で加害者から直接補償を受けられなかった人は、総督府に申請して下さい。こっちで確認して、集まった中から補償するか、代わりに加害者から補償を取立てます。」

おお!と大きな歓声が上がった。

僕は、絞首台の横の十人に向かった。

「その取立と分配は、貴殿あなた方がそれぞれ自分の地方の分について、責任を持って執り行ってください。ただし、被害をきちんと調べて加害者を丁寧に説得するのが貴殿方の仕事で、特に取立てるときに絶対に脅してはいけません。そして、集まった物やお金を被害者に全て返してもまだ足りなければ、その差額は貴殿方が支払ってください。それが貴殿方に対する刑罰です。」

もうすっかり死ぬ気になっていた人達は、肩透かしを喰らって呆然としている。

僕は、傍らを振り返るとぺろりと舌を出してから尋ねた。

「僕、また、なんかやっちゃいました?」

タレラノスさんは、あまり納得がいってないという表情で、答えた。

「まあ、貴方がそうしたいのなら、それで結構でしょう。ただし、こんなやり方が上手くいくのは、貴方が居る場合だけですからね。」


結局のところ、食糧その他の物資の精算はアルキビアスさんがロシオンに追加で送るつもりで隠していた物で概ねかたが着いた。

お金で精算する分についてはかなりの不足が出たんだけど、表向きはそれぞれの首謀者が自分で出した事にして、実際はこれもアルキビアスさんが隠していた銀貨の山でほぼ片付けた。


一通り収拾の目処が立ったところで、僕はタレラノスさんのところへ行った。

「どうしました?」

本題には入りづらかったんで、とりあえずずっと引っ掛かっていた疑問を先に片付ける事にした。

「あの時の『剣呑な玩具』って何だったんです?」

尋ねられるまですっかり忘れていたらしいタレラノスさんは、思い出したくもないという風で軽く頸を振って、話し始めた。

「面白いもんじゃありませんよ。以前ペルシオンの帝室付き工房で作られたがらくたに、アルキビアスが目を着けたんです。」

その話し方で、不快な代物なんだろうとは見当が着いたけど、そうなるとますます気になってくる。

「まあ、今後の参考のために、ご自身でご覧になりますか?」

「そうですね。」


その機械は、総督府の奥に置いてあった。

外見は、チェストくらいの大きさの、なんだかやたらに複雑な装置を挟んで二つの椅子が並んで固定された物で、それぞれの椅子の背もたれからヘルメットの着いた腕が突き出していて、どうやら椅子に座ってそれを頭に被るらしい。

そのヘルメットは、両方とも間の装置と太いケーブルで繋いである。

左右の椅子は、基本的には同じ物だけど、左側の椅子だけひじ掛けと前脚に皮のベルトが着いていて、人を縛り付ける事が出来るようになってるのが、嫌な感じだった。

タレラノスさんは、その機械の横に立っている男の人を紹介した。

「この男は、帝室付き工房の工房長アルキメデオスです。」

「は、拝謁の栄を賜り、こ、光栄に存じます。」

ちょっとしゃっちょこばり過ぎてる挨拶に、僕は少し退きぎみに挨拶を返した。

「初めまして。ベネディクトスの子のダミアノスです。」

僕の様子に。タレラノスさんが笑いながら言った。

「この男は、根っからの技術者なんで、こういう場での応対は苦手なんですよ。アルキメデオス、少し肩の力を抜け。この方はそういう堅苦しい言葉はお嫌いなんだ。」

向かい合ってると、緊張がもろに伝わってきてこっちまで肩が凝りそうだったから。僕は機械に近付いた。

僕は、そのケーブルに触ってみて、ちょっと意外に思った。

金属製の電線かと思ったら、もっとしなやかな繊維を編んだ物だった。

「それは毛髪ですよ。」

説明は馴れてるみたいで、一気に気が楽になったらしいアルキメデオスさんが、言った。

「髪の毛?」

「ええ、そのケーブルは、『魔法力パワー』を伝えるためのケーブルです。」

そう言われて装置を見直すと、ごちゃごちゃと着いている沢山の部品は、ほとんどが護符タリスマンや蟲の干物みたいな呪術道具で、それぞれが複雑に髪の毛で繋がれている。

魔法力が一旦魔法として発現したら、そこからは物理的な作用だから何に対しても力を加える事が出来るけど、その源となる魔法力は呪術的な媒体しか通せないし、蓄える事も出来ない。

そして、魔法力を通す媒体として一番使い勝手が良い媒体は、髪の毛なんだ。

「右に座る人間を『操作者オペレータ』と呼び、左側は『動力源リソース』と呼びます。」

どうも、嫌な言い方だ。

オペレータは人間を表す言葉だけど、リソースはそうじゃない。

僕の表情を見て、タレラノスさんは言った。

「もう想像が着いていると思いますが、これは、オペレータがリソースの魔法力を利用して魔法を使う機械です。」

「人の力で魔法を?」

「ええ。元々は、一人で二人分の魔法力を使うという目的で作られた様ですな。」

まあ、判らない話じゃないけど、大袈裟なわりには使い途はあまり無さそうだ。

大きな魔法を使うんなら、そもそも魔法力が大きい人を呼んでくれば済む話だから。

「まあ、お分かりかとは思いますが、あまり有用なもんじゃありませんでしたから、そのまま忘れられてたんです。」

「ありません『でした』っていうと?」

「ここを見てください。」

アルキメデオスさんが、機械の真ん中辺りの小さなタリスマンを指して言った。

そこには、髪の毛の配線を切った跡があった。

「ここで、魔法力を吸い上げ過ぎない様に制御してたと思われますが、この回路を切り離す事で、吸い上げる魔法力に限度が働かなくなっています。」

「それって、ずいぶん怖い話ですね。」

魔法力を使いすぎた男の話は、誰でも知っている。

本来なら、魔法力には自然にリミッターが働く様に出来ていて、限度一杯まで使う事は出来ない筈なんだけど、可哀想なその男は、何故かそのリミッターが働かなかったんだ。

その男は、誰にも真似できない様な凄い魔法を次々と使って、みんなを驚かせたんだけど、いい気になって力を使いすぎたんで、とうとう魔法力を最後の一滴ひとしずくまで使いきってしまったそうだ。

その男は、燃え尽きて植物みたいに何もしなくなって、やがてそのまま餓死したと言われている。

大人達は、子供が魔法を使える様になると最初に『燃え尽きた男』の話をする。

いい気になって魔法を使いすぎると危険だ、という事を教えるための、とても怖い教訓話なんだ。

「まあ、そうです。ただし、本人のリミッターに逆らう形で吸い上げる訳だから、吸い上げられる側は相当な苦痛を伴うし、吸い上げる側も思ったほど効率良くはいきません。だから、スタリオノスはこの機械をそれ以上改良しようとはしなかった訳です。」

やっぱりその名前が出てきた。

どうにも嫌なやつではある。

「でも『でした』って事は、使える様になったって事でしょ?」

「アルキビアスの奴ですよ。」

タレラノスさんが忌々しげに言った。

「例の薬を覚えておられるでしょう?」

なんだか、一時的にせよ本人のの意思を奪うという嫌な薬だ。

「奴は、帝室庫を漁ってあれを自分で見つけたんですよ。」

「で、この機械と組み合わせる事を思い付いた?」

「そうです。大喜びでね。ただ、他人に平気であれが使えるくらい想像力というか共感能力が無い人間は、どんな形にせよそれが自分に対して使われる事は想像が出来なかった訳です。」

「これにより、事実上魔法力を吸い上げるに際しての限界は、オペレータ側の魔法力の容量だけになりました。」

アルキメデオスさんが、辛そうに言った。

なるほど。魔法力はオペレータをいわば通り抜けて作用する訳だから、オペレータの体が持つだけの物しか流せない訳だ。

そうなると、容量の大きな魔法使いがオペレータになると、ソース側の人は危なくなる。

「また真似をする人間が出てもいけないから、この機械は壊しましょう。」

「貴方がそうしたいなら、それでも宜しいですが・・・」

タレラノスさんは、不賛成らしい。

「じゃあどうしますか?」

「これを壊しても、いずれは誰かが同じ事を思い付きますよ。それより、人間ってやつのどうしようもない愚行の印として、このまま保存しておく方が良いでしょう。」

タレラノスさんの言葉は苦かった。


僕らは、タレラノスさんの執務室に戻った。

「あの・・・」

タレラノスさんは、僕の表情を見て、周りの人を退がらせてから言った。

「念のために申しておきますが、私は奴を煽った事はありませんよ。」

やはり、もう何が言いたいか判ってるみたいだ。

「というと?」

「私はただ、奴を『止めなかった』だけです。少なくとも積極的に嵌めようとはしませんでした。」

「つまり、こうなる事は判っていた、って事ですか?」

「ええ、まあ。」

僕は、面白くなかった。

「何で、判ってて止めなかったんです?」

タレラノスさんは、苦笑した。

「奴が、大人しく忠告を聴く様なタマですか?」

「貴方なら、いくらでもやり様はあったでしょ。」

タレラノスさんは真顔になり、しばらく黙っていたけど、意を決した様に話し始めた。

「貴方は人を信じ過ぎます。」

唐突な話題の転換についていけないで、僕は黙っているしかなかった。

「貴方を前にして畏縮しない人間は、ミルティアスの様に堅い信念にすがってなけなしの虚勢を張っているか、アルキビアスや私の様に貴方の力を利用しようとしているか、のどちらかしか居ません。」

まあ、確かに僕に堂々とものを言う人は滅多にいない。

「虚勢を張っている奴は、まあどうでもよろしいが、利用しようというやからは、警戒しなくてはいけません。」

「利用するっていっても、そんなに大した事になる訳じゃ無いでしょう。」

タレラノスさんは、頚を振った。

「貴方は、ご自分の力がお判りでない。」

判らない、と言われても、それこそ何の話だか判らない。

「貴方の力を利用すれば、今回の様に国を滅ぼしかねないところまで行く事も出来るんですよ。」

そう言われると、反論できない。

「最初に申しました様に、私は奴を煽りはしませんでしたが、奴が欲望を満たす口実に使えそうな仕事のやり方を、敢えていくつか助言しました。」

これはまた、微妙な言い方だ。

「奴は、おのれの欲望を抑えるという事を知りません。いや、その表現は正しくありませんな。あれほど頭の切れる男でしたから、知ってはいたと思いますが、それをする必要を感じていなかったんでしょう。」

何となく言いたい事は判らないでもないけど、その評価は厳しすぎる様な気もする。

「自分の目的のためなら、あの機械や例の薬を見ても判る様に、あらゆる物を利用する事にためらいを覚えない男が、貴方の威の一端を任された訳ですから、これはかなり問題があります。しかも奴の目的は、自分の欲望をかなえる事な訳ですから、これを放置すれば、いずれ取り返しの着かない事態となった事でしょう。ですから、早期に取り除くべき、と考えた訳です。」

「ちょっと待って。」

「何です?」

「その論法からすると、貴方も信用出来ないんじゃありません? 」

僕の指摘に、タレラノスさんはあっさりと答えた。

「勿論です。」

僕は、まさか肯定されるとは思わなかったんで、軽く混乱した。

「ただし、私の目的は奴のとは違いますよ。」

「というと?」

「私は、貴方の力を持ってすれば平和な世界が築けると思っています。というか、それが私の目的です。そのためなら、私は貴方の力を利用する事にためらいはしないでしょう。」

それが本当かどうか、僕には判らなかった。

「ま、しかし、その目的が正しい事だという保証は勿論ありませんし、それ以前に私が言っている事自体が本心だという証拠もありませんがね。」

僕の疑問を先回りする様にタレラノスさんはそう言ってから、唐突に話題を変えた。

「ともかく、これからの戦は、今までの様には行きませんよ。」

確かにそうだ。

この前の言い合いを聴く限りでは、ロシオンは僕らと同じ後装銃を装備している。

それに、向こうにはあのユーコポスが居るはずだ。

「貴方には、出来れば今の優しさを捨てないで頂きたいと思っておりますが、それは同時に、大きな苦労を強いられる事になるであろうという事でもあります。」

なるほど、その通りだと思った。

「あの・・・出来ればこの先は、僕の側に居て手を貸して貰えませんか?」

タレラノスさんは頷いた。

「喜んで、務めさせて頂きましょう。」

僕は、ふっと思い当たった事を確かめるために、言ってみた。

「ああ、その・・・貴方が前に言ってた『ここでやる事』が終ってたら、ですけど。」

タレラノスさんは、明らかに僕の言いたい事を理解した上で、にっこりして言った。

「大丈夫です。その件は片付きました。」

なるほど、自分も信用してはいけない、というのは、そういう事だったわけだ。


そうして、アルキビアスの副官だった将軍を、総督代理に任命した。

ただし、今後は何事も全てペルシオン公と相談する様に、とはっきり言っておいた。

新総督代理は、特に不満を見せる事もなく頷いたんで、多分これで問題ないだろうと感じたから、引き揚げる事にした。


ヘラシアに帰還する船が、港に入った。

今回はあんな派手な式典は止めてくれと、手紙に書いておいたんで、上陸したらそのまま王都まで馬で帰って、王様に報告して終わりになる筈だった。

港は、大変な人でごった返していた。

船が接岸する前に、はしけに乗ったスキピオス将軍(いや、大将軍代理をお願いしていたんだった)が、迎えに来た。

僕は、艀に乗り移りながら、スキピオスさんに尋ねた。

「今日は、お祭りなんですか?」

スキピオスさんは、苦笑しながら答えた。

「まあ、そう言えない事もありませんが、お祭り騒ぎ、と言った方が適切でしょうな。」

よく判らない僕に、スキピオスさんは言った。

「あれはみんな、ただ一人で反乱を収めた英雄である大将軍閣下の凱旋を迎えに出てきたんですよ。」

大袈裟にしないでくれと言っておいた筈なのに、という僕の不満顔に、諭す様に続ける。

「自発的に集まってくる民衆を、銃で追い立てる訳にも参りません。ここから王都まで、沿道はずっとこんな具合です。」

そうして、ちょっと皮肉っぽく付け加えた。

「大袈裟な儀式には、こういうのが一回で済むという効能もあるんですよ。」

僕が艀から降り立つと大きな歓声が上がり、やがて「大将軍閣下万歳!」という声が、一斉に沸き起こった。

僕はこれが王都まで続くのかと思うと、うんざりした。

「あの・・・僕またなんかやっちゃいました?」

その声は歓声にかき消されて聞こえなかった筈だけど、僕が何を言うか判っていたらしいスキピオスさんは、苦笑しながら答えた。

「良くお判りですな。」


王様は、今回の僕の処置に文句は言わなかった。

「そなたが納得した上での事ならば、それで良い。それよりも、今は北が気になっておる。」

勿論、ロシオンの事だ。

「アルキビアスめの裏切りにより、四方を併呑せんとする勢いに拍車が掛かってきた。このままでは、その矛先がこちらに向かうのは時間の問題だと、兵部省は言っておる。」

「判りました。それじゃ、どうするか相談してみます。」

「頼むぞ。」


「戦略、という観点からすれば、周囲の平定が完了しない今のうちに叩くべきかと。」

スキピオスさんが言った。

「私も同感です。」

タレラノスさんが賛成する。

僕は、ちょっと意外だった。

「話し合いって手は無いんですか?」

タレラノスさんは、苦笑した。

「話の通じる相手じゃありませんよ。」

「ロシオンの皇帝でしたっけ、ってそんなに無茶な人なんですか?」

タレラノスさんは頷くと、話し始めた。

「ペルシオンからボルセビコスが逐電した後、色々と調べて見たんですがね。皇帝のニコラオスは極めて狡猾で貪欲な奴です。ペルシオンにスタリオノス他のボルセビコスを送り込んで、内部から乗っ取ろうとしたくらいですからね。」

「なるほど、スタリオノスやユーコポスの黒幕は、そのニコラオスって人なんですか。」

「実態は、もう少し複雑ですね。」

「というと?」

「まず、スタリオノス以下のボルセビコス共は、ロシオンで迫害され亡命してきた政治結社、という触れ込みでペルシオンにやって来ました。そして、スタリオノスはその有能さと人に取り入る能力の高さで見る間に皇帝の信頼を勝ち取った結果、ああなった訳ですが、このボルセビコスってのは、元々はロシオンの野盗集団だったんですよ。」

「へえ。」

「その跳梁に手を焼いたロシオンの宰相ケレンスコスが、皇帝のニコラオスに、国内の問題を片付けて同時に南方の脅威であるペルシオンの国力も削げる一石二鳥の手段と言って、奴等に金品を与えてペルシオンに送り出すという案を示しました。ニコラオスがその提案に興味を示したんで、ボルセビコスに呼び掛けました。すると、ボルセビコスの頭目レニノス自身が、大胆にも出頭してきたそうです。」

そりゃ、随分と度胸の良い話だ。

「そしてレニノスは、ただの野盗としてペルシオンを荒らしても、ロシオンの得られる物は少ないから、それより、政治集団の亡命を装ってペルシオンに入り込み、ペルシオンに大陸南部の周辺諸国を併呑させた後に内部から乗っ取るという提案をしました。この大博奕おおばくちにニコラオスは大いに入れ込んで、レニノスに大臣の席を与えてその準備をさせた訳です。やがてレニノスは、右腕だったスタリオノスをリーダーとして、ボルセビコスをペルシオンに送り込み、自身は大臣としてロシオンから糸を引いた訳です。」

「自分で来なかったんですか?」

「ええ、それだけスタリオノスが有能だった事と、レニノスはロシオン宮廷でやりたい事がありましたからね。」

「やりたい事って?」

「レニノスは、宮廷でみるみるうちにニコラオスに気に入られ、筆頭大臣として、宰相のケレンスコスを形だけの閑職に追いやり、ロシオンの政治を壟断するに至りました。」

なるほど、スタリオノスの親分だけに、本当に油断出来ない人らしい。

「相手がニコラオスなら、貪欲で狡猾なだけに、利を見せれば話し合いの余地も無くは有りませんでした。」

まあ、ずるいって事は、利にさといって事でもあるんで、判らないでもないんだけど、ありません『でした』ってのが、引っ掛かった。

「狡猾な人間は、往々にして視野が狭くなり、大きな見落としをしがちです。」

「何を見落としたんです?」

「他人を道具のように見る人間は、その道具にも意思がある、という事を忘れがちなのです。特にその道具が、自分よりも大きな野望と、それを隠蔽するだけの才覚を持っている場合はね。そして、今やロシオンを動かしているのは、ケレンスコスでもニコラオスでもなく、レニノスなのです。最早、レニノスがニコラオスに取って代わるのは時間の問題でしょう。そして、レニノスは話し合いの通じる相手ではありません。」

「話は判ったけど、今すぐに出る訳にはいきません。」

「何故です?」

「向こうもこっちと同じ装備を持ってますからね。このまま行ったら、大きな被害が出ます。」

タレラノスさんはそれで黙ったけど、スキピオスさんは、引き下がらなかった。

「少々の犠牲はやむを得ません。時宜を喪えば、必要な犠牲もより増大します。」

「それは判ってます。だから、犠牲をできるだけ少なくする工夫をしてからです。」

「工夫?まだこれより強力な兵器があるんですか?」

「ええ、まあ。」

驚いて目を丸くする二人に、これから造るべき兵器を説明した。

エンジンも鉄板もあって、銃があるんだから大砲だって出来るわけで、後はこれにキャタピラを着ければ戦車タンクになる。

二人に戦車と言っても判らないだろうから、移動する城塞トーチカだと言った。

「ロシオンが周辺諸国を叩いている間に、出来るだけ沢山の戦車を造ります。闘うのは、それからです。」


「そういう言う訳で、また貴方の出番です。」

ヘロノスさんは、僕の書いた絵を見て、しきりに感心している。

「エンジンで動く鉄の箱って所までは思い付いたんですが、実際に作ってみたら車輪が地面にめり込んで、動けなかったんですよ。」

その言葉に、こっちが驚いた。

この人は、いつの間にか戦車まで造っていたらしい。

「こんな方法が有ったとはね。いや、感心しました。」

さすがのヘロノスさんでも、キャタピラは思い付けなかったみたいだ。

「出来ますか?」

「勿論です。とりあえず先ずは、あの失敗作にこのキャタピラを着けて見ましょう。」


そして、翌日には試作が出来上がった。

試運転は、郊外の野原でやる事にした。

雨上がりで足許がぬかるんでたから、デモにはちょうど良かった。

この足場だと、人馬共に鎧を着ける重装騎兵カタクラフトじゃあひづめがめり込んで、たちまち動けなくなる。

それは、ヘロノスさんが言った通り、大きな鉄の箱だった。

前後に二つづつと左右に三つづつの小さな窓が着いていて、そこから銃を突き出して撃つらしい。

大きな箱だけに、車輪は左右で四つづつで計八つも着いていた。

接地圧の分散を一応考えてみた様だったけど、こんな大きな鉄の箱では、重すぎて八輪くらいじゃ足らない。

その車輪の外周に応急でぎざぎざを切って、キャタピラと噛み合わせる様になっていた。

整備が終わって、ヘロノスさんが声を掛けた。

「よーし、進め!」

鉄の箱は、キャタピラを軋ませながら、ゆっくりと動き出した。

そのまま泥濘ぬかるみも水溜まりも全く気にせずに進んでいく。

みんなは、声も出せずに見つめていた。

やがて、野原の向こうまで行った戦車は、おもむろに逆進して戻って来た。

バックまで出来るとは思わなかったんで、僕は嬉しくなった。

野原の中央で止まると、ヘロノスさんが再び声を掛けた。

「防御体勢!」

窓が内側から塞がれたのを確認して、スキピオスさんに向いて頷いた。

スキピオスさんが手を挙げると、沢山の兵士が銃を持って取り囲む。

「撃て!」

スキピオスさんが声を掛けると同時に手を振り下ろすと、一斉に撃った。

それからヘロノスさんに続いてみんなが戦車を見に行く。

表面には沢山の凹みが出来てたけど、弾は全部跳ね返されていた。

ヘロノスさん以外のみんなは、驚嘆の声を上げた。


みんながひとしきり感心して引き上げた後、ヘロノスさんタレラノスさんスキピオスさんと僕の四人は、戦車を前に話し始めた。

「どうやらそれらしく動きましたが・・・」

と言ってヘロノスさんは、声を小さくして言った。

「これ、どうやって曲がるんですか?」

なるほど、キャタピラを着けたんでハンドルで前輪を曲げる事が出来ない訳だ。

「大丈夫。キャタピラを片側だけ動かせば、反対側に曲がります。」

「え?」

「バック出来るって事は、エンジンとキャタピラを繋いだり切ったり出来るんでしょ?それを左右別々にやれば良いんです。」

「うーむ、なるほど。」

「後、ちょっと装甲が軟らかすぎますね。」

「軟らかい方が、弾を受け止めやすいでしょう。」

確かにそういう側面はある。

「まあ、そうなんですけど、これだけ全体が軟らかいと、鋭い弾は貫通するかも知れません。」

しばらく考えていたけど、疑問そうに言った。

「でも、脱炭が不充分で硬いと、大きな弾が当たると割れるんじゃありませんか?」

中々鋭い指摘だ。

「だからまず、脱炭で今みたいに軟らかくしてから、横に寝かせてその上に炭を積み上げて燃やします。そうすると、炭が染み込んで表面だけが硬くなるんですよ。脱炭の逆で滲炭しんたんと言います。そうすれば、鋭い衝撃は表面で弾いて、大きな衝撃は全体で受け止める鉄板になります。それに、この表面滲炭をすれば、装甲がもう少し薄くても大丈夫だから、だいぶ軽量化出来ますよ。」

「うーむ。」

ヘロノスさんは、素直に感心している。

「それから、中の構造なんですけど、エンジンは扉を着けて別の部屋にしてください。」

「何でですか?」

頸を捻りながら尋ねる。

「船と同じつもりでこうしたんでしょうけど、これは船よりずっと小さくて、しかも閉めきってますからね。中はエンジンの熱で滅茶苦茶に暑いでしょ。」

「まあ、確かにそうですが、部屋を分けると燃料の継ぎ足しが難しいのでは?」

どうやら、一応考えた上でこの構造にしてるらしい。

「炭を使うのは止めて、アルコールにしましょう。」

「アルコールって?」

「ええと、燃える液体なんだけど、お酒から作ります。」

「酒が燃えるんですか?」

この世界でお酒と言えば、ブドウから作るワインか大麦から作るエール、ハチミツから作るミードあたりの醸造酒しかないから、度数が低すぎるので、誰も燃えるとは思っていないんだ。

「蒸留っていう方法で、お酒から取り出す事が出来ます。良く燃えますよ。」

ヘロノスさんは、判らないなりに想像している様で、頷いていた。

「で、そのタンクはエンジン室の外に置いて、間を繋ぐパイプにはコックを着けて、量が調節出来る様にします。」

「なるほど!」

「あと、大砲を積みましょう。」

「大砲?」

「物凄くでっかい銃です。」

「何に使うんです?」

「城壁に穴を開けたり、普通の銃じゃ歯が立たない程の強力な盾も撃ち抜けます。」

「でも、そんな大きな物を積むとなると、装甲に開ける窓が大きくなりすぎるんじゃ・・・」

「だから、屋根に円筒形で左右に回転する筒、砲塔って言うんですけどね、それを着けて、中からそのままどの方向にでも撃てる様にします。」

「作り付けでは、降りたときに使えんでしょう。」

「別に、降りて使う必要はありません。っていうか、大砲は大きくて重いから移動するのが大変なんで、自力で動ける様にしておくと、使い勝手が良くなります。」

「なるほど。」

それからヘロノスさんは、しばらく考えていたけど、おずおずと言った。

「もう一つ気になっていた事があるんですが。」

「何でしょう?」

「速度なんですけどね。今こいつは、時速三十スタディオン程しか出ません。その倍くらいは出したかったんですが・・・」

三十スタディオンというと、人が歩く速さくらいだ。

元々、車輪で走るつもりだったから、戦車チャリオットと同じくらい出す気だったんだろう。

「まあ、遅いよりは速い方が良いんですけど、これは戦車タンクの中でも歩兵戦車って分類の物なんで、人が歩く速さが出れば、とりあえず用は足ります。」

「そういう物なんですか?」

「ええ、この戦車の仕事は、動く城塞トーチカですから、中の人間を守る事も重要ですけど、後ろをついていく歩兵の盾になる事が一番大事な任務なんです。」

ヘロノスさんは、はっとした。

「ああ、そうすれば、中に乗れる人間の何倍もの人数が利用できますね。判りました。早速、先程の指摘を全部盛り込んで、量産しましょう。」

そう言ってヘロノスさんは、戦車に乗り込むと、意気揚々と帰って行った。

僕は、スキピオスさんたちに向き直って言った。

「闘うのは、あれが大量に揃ってからです。まずは燃料のアルコールを作るために、お酒を沢山集めましょう。」

なぜか、みんな嫌な顔をした。


僕は、蒸留器アランビックを造って、とりあえず兵舎にあるワインを蒸留してみた。

樽二本分のワインが、たらい一杯分になった。

スキピオスさんは、鼻をひくひくさせながら言った。

「これはまた、良い香りですな。」

「燃料として使うためには、これをもう二・三回蒸留を繰り返すんですけど、とりあえず燃やしてみましょうか。」

そう言って、盥に麻紐を浸けて、口火を点けた。

度数は五十度くらいなんで、かなり良く燃えたけど、それで更に香りが強くなった。

タレラノスさんが言う。

「こりゃまた、たまらん香りですなぁ。」

まあ、そうだろう。

要するにブランデーなんだから、お酒が好きな人なら、この香りが嫌いなはずはない。

ヘロノスさんは、何も言わないけど何か言いたげな顔をしている。

「まあ、こんなもんで実験は十分でしょう。」

三人とも、何か期待しているのがありありと見てとれた。

「残りは上げます。ちゃんと飲めますよ。」

三人は、顔を見合わせてにやりとした。

「味は保証しませんけどね。」

そう言ったけど、その言葉は中身をこぼさない様にそおっと持ち上げて部屋を出る三人には、聞こえなかったみたいだ。


翌日集まった三人は、みんな真っ青な顔をしていた。

三人がかりとはいえ、盥一杯のブランデーを一晩で空けたんなら、相当な二日酔いだろう。

「じゃあ、蒸留器を沢山造って、お酒も集めましょう。」

三人は、げんなりした顔で頷いた。


そうして、改良点を全て盛り込んだ戦車が完成し、用途に支障がない事が確認出来たので量産に入った。

「それで、今日のご用向きは?」

スキピオスさんの役職はまだ将軍なんだけど、大将軍代行の任命を解いていない(大将軍の仕事が面倒なので、僕は忘れたふりをしてる)んで、実質的に全軍の管理を行っている。

「アルピア山脈を越える峠の開削をしなきゃいけません。」

スキピオスさんは、はっとした。

「確かに、戦車を通さねばなりませんからな。」

頷いて続けた。

「至急、工兵隊を出しましょう。」


一週間後、僕は千人の工兵隊と一緒に、アルピアの峠を見下ろす峰に立っていた。

本当は、みんなにやってもらうつもりだったんだけど、戦車の生産も軌道に乗ったし、何より、ロシオンが徐々に南下してきていて、そろそろガリオンに入りそうだ、とガリオン防衛を任せているオクタウイオスさんから救援要請が来ているんで、あまり時間がないから、自分でやる事にした。

「どこから手を着けますか?」

工兵隊長が尋ねる。

「とりあえず、僕があの峠を大きく拡げますから、その後をならして、みんなが通れる様にしてください。」

「え?」

意味が判らないみたいだけど、いちいち説明するよりやって見せた方が早い。

あらかじめ兵隊を出して、峠の周囲を半径百スタディオンほど封鎖して貰っているから、特に安全に気を使う必要もない。

そのために、わざわざ千人も出して貰ったんだ。

何のためにそんな事をしなきゃいけないのか判って無いみたいだけど、僕がやってと言えば、とりあえずみんな何も考えずにやってくれる。

僕は、峠に向かって両手を挙げた。

頭の中でおおよその規模を測って両手を振り下ろすと、峠道を作っている高くて険しい山が粉々になって一気に両方の裾野に剥けて崩れ落ちた。

前にやったときは、石畳にしようとして綺麗に切りすぎて失敗したんで、今回は山の上部を椎の実くらいの小石に砕いて、そのまま下に流していった。

元は山塊だった石ころの大河は、地響きをたてて流れ下って行く。

つづら折りの上下左右に曲がりくねった道もその間の谷も、全部埋め尽くして石の奔流は拡がっていった。

しばらくして地響きはやんだけど、物凄い土煙で何も見えない。

じれったくなったんで僕は、右手を軽く振って風を吹かせた、

峠は二スタディオンくらい低くなって、戦車が十両は並んで通れるほどの広さになった。

峠の左右に目をやると、小石に舗装されたなだらかで真っ直ぐな道が延びている。

これで後を均して貰おうと思って工兵隊長を見ると、さっきの姿勢のままで硬直してたんだけど、そのうち膝ががくがくしだして、そのままへたり込んでしまった。

「あの・・・僕またなんかやっちゃいました?」

例によって返事はなかった。


この道は、元々ガリオン街道と呼ばれてたんだけど、僕の知らないうちにメガロスダミアノス街道に、名前が変わっていた。


みんなが、ぶつぶつ言ってるのは薄々知っていた。

ワインが無くなってるんだ。

蒸留して戦車の燃料のアルコールを取るために、国中のワインを集めている。

「そんなにお酒って美味しいんですか?」

タレラノスさんは、微妙な顔をした。

「あー、いや、まあ物事には優先順位って物がありますからな。みなそれは、判っておりますよ。」

この人も、夜になると大概赤い顔をしてたんで、やっぱり呑めないのは寂しいらしい。


翌日僕は、俯瞰で意識だけになり空に浮かび上がった。

ヘラシア全土が見渡せる所まで上がると、その上で更に透視を使って見下ろしてみた。

こんな大規模にしかも二つの魔法を同時に使った事は無いんだけど、出来ないとは思わなかったし、実際に普通に出来た。

目指す物は、すぐに見つかった。

それはごく小さな油田だったんで、大した埋蔵量じゃ無いんだけど、とりあえず今回の戦役が終わるまで持てば良い。

工部省に行って、直径半ペーキュスで長さが二十ペーキュスくらいのパイプを沢山造って貰った。

それから、農部省からも人手を出して貰って、みんなで僕の見つけた場所にそのパイプを運んだ。

農部省は、この件には直接関係しないんだけど、年貢の徴収や運搬を担当してるんで、軍隊と同じくらい人手が沢山あって、しかもみんな荷物の山を運搬するのに慣れてるからだ。

僕が頼みに行くと、農部大臣はなにも聞かずに人手を手配してくれた。

あらかじめ目星を着けておいた場所に来ると、僕は言った。

「パイプを一本、ここに立ててください。」

工部省の部長さんは、なにも聞かずにみんなに指示して、まずそこにすり鉢状の穴を掘らせた。

それから、先頭の荷車からパイプを一本下ろすと、その端をすり鉢の底に合わせて斜めに置き、反対側の端に沢山のロープを掛けた。

位置を合わせたパイプの端を動かないように四・五人で押さえて、十人くらいでロープを引きながら声を掛けた。

「「「えいこらさっと!」」」

ロープを掛けた側の端が地面から離れて、斜めに起き上がった。

「「「よいこらしょっと!」」」

そうやってみんなが声を掛ける度に、パイプは立ち上がっていく。

やがて、真っ直ぐに立ったところで、僕は言った。

「ちょっとそのまま支えていてください。」

みんなは、なにも言わずにそのまま支えている。

僕がその上から圧迫を掛けると、パイプはずぶずぶと沈み込んで行ったんだけど、半分ほど入ったところで止まった。

地面の中を透視してみると、先端が大きな岩に当たっていた。

打撃を使って岩盤を砕いて、また圧迫する。

パイプがほとんど地面に埋まったところで、また声を掛けた。

「じゃ、次のパイプを繋いで。」

みんなは、二本目のパイプを下ろして、同じ様にして、最初のパイプの上に立てた。

パイプは両端にねじが切ってあるんで、僕が二本目のパイプを廻すと、そのまま繋がった。

また圧迫して、どんどん押し込んでいく。

それから、パイプを押し込む・次のパイプを繋ぐ・岩に当たったら砕く、を延々と繰り返して、五十二本目のパイプが膝の高さくらいまで潜ったところで、不意に手応えが無くなった。

「届きました。」

僕がそう言うと、みんなは何の事か判らず、きょとんとしている。

やがて、微かにごぼごぼという低い唸りが響き始めた。

最初の内は、みんなその音がどこからしているのか判らずに辺りを見回してたけど、段々大きくなるにつれてパイプから出ていると気付いた。

それで、部長さんと物見高い何人かが、覗きにいった。

その間にもごぼごぼという音は大きくなり続けて、もう、音というより空気全体の震動として全身で感じられるくらいになった。

僕は、注意した方が良さそうだと思って、声を掛けた。

「あのー、噴き出すから、退がった方が・・・」

と、言い終わらない内に、パイプから真っ黒な液体の柱が立った。

その柱は十ペーキュスほども垂直に昇ると、噴水になって、辺り一面に降り注いだ。

覗きにいった人達は、あっという間に全身が真っ黒になった。

原油は染み込みやすいのに粘りけがあるから、洗い落とすのは大変だし、もう、あの服は洗っても着れないだろう。

滔々と噴き出す原油はパイプ周りの窪地に池を作り始め、たちまち膝まで浸かった人達は、ほうほうのていで退がってきた。

全身が真っ黒になって黙って立っている部長さんに、僕は尋ねた。

「あの・・・僕またなんかやっちゃいました?」

「出来れば、もう少し早く声を掛けて頂きたかったですな。」

顔が真っ黒で表情は判らないけど、その声はかなり面白くなさそうだった。


アルコールと石油では揮発する温度が全然違うし、石油を蒸留するといろんなねばねばした残留物が出来るんで、既に作っている蒸留器は石油には使えないから、結局、新しい乾留器を作る事になった。

僕が描いた絵に従って、工部省の技師さん達が総出で、高さが五十ペーキュスもある乾留塔を作った。

「これで、ガソリンっていう油が採れるんで、次は液体容器タンクを作りましょう。」

戦車タンクは、兵部省の工厰で作ってるんじゃありませんか?」

工部大臣が、不思議そうに言った。

「ええと、そのタンクじゃなくて、ガソリンを入れる大きな金属製の入れ物の事です。」

「ややこしいですな。」

僕は、しまった、と思った。

戦車がタンクと呼ばれるのは、イギリス海軍が始めて作った時に、秘密兵器だとスパイにばれない様に『飲料水用のタンク』だと言って誤魔化したのがそのまま名前になっちゃったからなんで、ここでわざわざそう呼ぶ必要は無かったんだ。

まあ、もうそういう名前で呼んじゃった物は仕方がない。

結局、『本物のタンク』と『戦闘用タンク』と呼び分ける事になった。


車輪のついた大きなタンクを大量に生産して、エンジン付きの車と、後は馬で引っ張って持っていける様にした。

そこに、オクタウイオスさんから、緊急連絡の人面鳥が飛んできた。

とうとう、ロシオンがガリオンに攻め込んで来た、というんだ。

僕は、すぐに救援に行くから、それまで無理をしないように、不利になったらいくら退却しても構わないから、と返事を書いた。

それから出陣の支度をして王様に挨拶に行くと、王様はすっかりやつれていた。

「ロシオンの奴らは、本当に恐ろしい勢いで出てきていると言います。もう、頼りになるのは貴方だけです。どうか、この国を救ってやってください。」

大ダミアノス街道の一件から、王様も僕の前では自信のない態度を取る様になっていた。

「はい、任せてください。」

そう答えると、王様はほっとした様な、それでいて何かを決意した様な複雑な表情で頷いた。

「後は、よろしくお願いします。」

「どうしても、閣下がお行きになるのですか?」

スキピオスさんは、今でも翻意して欲しい様子だったけど、僕は、きっぱりと言った。

「僕が行けば、もし想定外の事態が起こっても対応できます。補給をしっかりお願いします。」

こうして僕は、三万人の軍勢と百両の戦車と共に、アルピアを越えた。

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