第四話 大将軍になるゾ
王様は、前回よりずっと上機嫌だった。
これほどの戦果を、それも全く損害なしに挙げるとは思っていなかったろうから、まあ、当然かもしれない。
ミルティアス将軍は、笑みを浮かべつつ頷いて聞く王様に戦果を奏上した後、脇に退がった。
代わって、ダレイオシスさんが進み出る。
中央で片膝をつこうとするダレイオシスさんに、王様が声を掛けた。
「ああ、そのままで宜しい。」
ダレイオシスさんの意外そうな表情を見て、王様は言った。
「王者が王者に膝まづくのは、正しい習俗ではありません。」
「寛大なるお言葉、感謝します。」
そうして、ダレイオシスさんはペルシオン公に叙せられて、今後もペルシオンを治めて行く様に、と言われた。
ただし、ヘラシアから派遣される総督の『助言』に従って、だけど。
まあ、かなり寛大な措置ではあるんで、死を覚悟していたらしいダレイオシスさんは驚いて尋ねた。
「本当に、それで宜しいのか?」
王様は、真顔になって言った。
「余は、『魔王』と呼ばれる様な者には成りたくはありませぬ。」
それから、にやっとして付け加えた。
「それに、貴方を処刑すれば、ダミアノス将軍に怒られます。」
とりあえず、手紙を書いておいて良かったと思った。
ダレイオシスさんが退がると、王様が言った。
「ミルティアス。そなたの手紙に書いてあった願いだがな、」
ミルティアス将軍も、手紙を書いていたらしい。
まあ、遠征軍総司令官なんだから、報告の手紙を書くのは当たり前なんだけど、それよりも王様の呼び掛けが気になった。
前回は『大将軍』と呼んでいたのに、今日は名前だけで『将軍』も着けていない。
「はっ!」
ミルティアス将軍は、背筋をぴんと伸ばした。
「考え直す気は無いか?」
将軍は、気を付けの姿勢のまま、何も言わない。
やがて、王様は少し寂しそうな風に言った。
「そなたには、まだまだ余を助けていって欲しかったのだがな。」
その言葉に、広間にざわめきが拡がったけど、将軍はやっぱり何も言わない。
とうとう諦めた様に、王様が言った。
「仕方があるまい。その方のこれまでの功績に鑑みて、願いの段、差し緩そう。」
将軍は、玉座に向き直ると、片膝をついた。
「ありがたき幸せに存じます。」
それからゆっくりと立ち上がると、頸の徽章に手を掛けた。
「それは、返すには及ばぬ。そなたの思い出種に取っておくが良い。」
その言葉に、将軍はわずかに涙を浮かべながら、黙って深々と一礼した。
「侍従長、これへ。」
王様の言葉に、大きな銀のお盆を捧げた人が出てきて、王様の横に立った。
「ダミアノス将軍、御前へ。」
兵部大臣に声を掛けられたんで、なんだか嫌な感じがしたけど、ともかく王様の前に出た。
とりあえず、前回みたいにみんなに頭が高いと言われる前に、膝まづいた。
「ああ、もっと近う寄れ。」
王様の言葉に、ますます嫌な予感がしたんだけど、仕方がないんでもっと前に出た。
「それでは手が届かぬ。もそっと近う。」
とうとう、玉座の目の前まで来てしまった。
侍従長が、銀のお盆を王様の目の前に差し出した。
そのお盆には、ミルティアス将軍の頸に巻いてあるのと同じ色の徽章が載せられている。
王様は、僕の頸に手を掛けると、燕脂色の徽章をほどいた。
そして、お盆の徽章を手に取って、厳かに言った。
「汝ベネディクトスの子ダミアノスを、ここにヘラシア全軍の統率者たる大将軍に任ずる。」
「え?あの、ちょっと・・・」
慌てて抗議しようとする僕に、周りの大人達が一斉に人差し指を唇に当てて小さくしぃっと言った。
そうして、何も言えない内に、真紅の徽章が頸に巻かれてしまった。
続いて、宮内大臣が言った。
「併せてダミアノス殿は、ペルシオン総督に任ぜられる。ただし、大将軍としてローメア迎撃の指揮を取らねばならぬので、当面はアルキビアス将軍がペルシオンで総督代行を勤める事とする。」
こうして僕は、大将軍になってしまった。
「あー、大将軍。ミルティアスはしばらくの間、王室軍事顧問として勤めるので、ローメア迎撃に関する詳細は、ミルティアス顧問官から聞くように。」
王様はそう言うと奥に入ってしまい、それを汐にみんなも広間を出ていった。
だだっ広い部屋には、事態が呑み込めないままの僕と、肩の荷を下ろしたという表情の大将軍・・・ではなく顧問官だけが残った。
やがて、僕はミルティアスさんに尋ねた。
「何でこんな事になったんです?」
「誠に申し訳ありません。これは、概ね私の事情によるものです。」
「事情?」
「ええ、貴方の前で虚勢を張るのも、そろそろ限界に来ていたんですよ。」
ミルティアスさんは、寂しげに笑って言った。
「大将軍たるもの、一介の将軍にへりくだって見せるわけには行きません。しかし、貴方を相手にして威圧的な態度を取るのは、恐ろしく疲れるのです。貴方の上に立つ、とはそういう事なのですよ。」
なんだか申し訳ない話だけど、こればっかりは僕にもどうしようもない。
「それから、今後のために貴方に言っておかねばならない事があります。」
ミルティアスさんの真剣な表情に、僕は思わず身構えた。
「なんでしょう?」
「貴方には、役に立ちそうな部下が二人居ます。もっとも二人とも今ペルシオンですが。」
その言葉で、誰の話をしているのか判った。
「二人とも非常に有能ですが、残念ながらこの二人は共存出来そうにはありません。いずれ、どちらかを選ばねばならなくなるでしょう。」
「それぞれに、好きにやって貰うってのはダメなんですか?」
ミルティアスさんは、僕を諭す様に言った。
「一方が同僚でもう一方が部下だった時点では、それで良かった、というかそれしかあり得なかったのですが、今の貴方は大将軍です。陛下の軍事力の全てが貴方の手にあるのですから、そういうわけには行きません。特に、この二人は、貴方の下で権限を分担するには有能すぎるのです。」
僕は、考え込んだ。
「今すぐにどうこうする必要はありませんが、この事は覚えておいてください。」
やがてこの件は、僕が決める前に決着する事になるんだけど、この時点では僕は、みんな仲良くできれば良いのになぁ、としか思っていなかった。
それから僕らは、大将軍の兵舎(今やここは、僕の家になってしまっている)に移動して、ローメア遠征の話をした、というか、ミルティアスさんの説明をひたすら聞いていた。
ローメアは、ヘラシアの西のアドリオン海の向こうに南北に延びるエトルスコン半島にある国だ。
海を越えるのが最短距離なんだけど、中々都合の良い風は吹いてくれない。
陸路を取るんなら、ずっと北に上がってアルピア山脈を越えてガリオンの南の平野を西に進み、もう一度山脈を越えて南下するという、中々大変そうなルートになる。
伝説では、元々ヘラシア全土がヘラシオンとトロイオンの二つに別れて大きな内戦をした後、破れたトロイオンの人達がアドリオン海を越えてエトルスコンに逃げて建国した国だそうだ。
そこで、ローメア王国という小さな国を作ったんだけど、王様を追い出して、みんなで話し合って運営するローメア共和国になったんだって。
特に威張っている人が居なくてみんなで話し合うっていうのは、ちょっと羨ましい気がしないでもない。
で、七百年くらい掛けて少しづつ大きくなっていったんだけど、半島の中の話なら、僕らには関係無い筈だった。
ところが、ローメアが半島を全て制圧し終えた頃に、カエサロスという凄い将軍が出てきて、一気にアルピオン山脈を越えてガリオンまで侵出した。
それでもヘラシアは、ペルシオンとの戦いでそれどころではなく、特に何もしないでただ見ていたら、あっという間にローメアは、ガリオンを全て制圧して更に東に、つまり、ヘラシアの北まで来てしまった。
そうして更に、アルピア山脈を越えて南下しようとしているそうだ。
その軍勢は、五万にもなろうかという規模だそうだ。
こっちは、ペルシオン占領軍を呼び戻しても三万程だし、それには一月はかかる。
「この件で、最も問題なのは、カエサロス軍も銃を持っている、という事です。」
「銃を?」
「ええ、カエサロスは腕っぷしだけの並の将軍とは違い、情報の重要性を良く理解しています。我々がペルシオン侵攻の準備を始めるにあたり、大規模に新装備を作り始めたのを察知して、スパイを送り込んでいた様で、今ガリオンで銃を大量生産し始めていると報告がありました。」
どうやら、並の将軍とは違うのは、ミルティアス顧問官も同じらしい。
「ですから、ペルシオン侵攻の様にはいきません。」
「どうしましょうか?」
そう尋ねると、ミルティアスさんは難しい顔で頸を捻る。
まあ、そうだろうなあ、と思った。
やがて、ミルティアスさんは自信なさげに言った。
「とにかく、この大軍を迎撃しなければなりません。今の見積では、二月後にはわがヘラシア域内に侵入してくるでしょうから、すぐにペルシオン占領軍を呼び戻しましょう。。もう時間の余裕がありません。」
「で、仮に撃退出来たとして、あっちはそれで諦めますか?」
ミルティアスさんのは頸を振った。
「なにしろ向こうは、全ての男が軍人だと思って良い体制です。もし、侵攻軍を撃退しても、カエサロスの軍勢の大半はガリオン兵ですから、仮に叩き潰す事が出来たとしても、ローメアが次の軍を編成するのは雑作も無いでしょう。」
「うーん、ところで、カエサロス軍の銃は、ペルシオン侵攻前の情報に基づいて作ってるんですよね?」
「その時期に何か意味が有るんですか?」
顧問官は、不思議そうな顔で尋ねる。
「時期っていうか、『どういう銃なのか』が知りたいんです。」
ますます判らないという顔で、顧問官は答えた。
「意味が良く掴めませんが、『どういう銃か』と言う話なら、報告を聞く限りでは、我々の銃と全く同じ物だそうです。恐らく、実物を盗み出してコピーしたのでしょう。」
それを聞いて、ひと安心した。
顧問官の知っている銃と同じ物で、それもデッドコピーのレベルに留まっているなら、まだ大丈夫だ。
「じゃあこうしましょうか?」
僕は、一つのアイデアを提案した。
「うーむ、それが出来れば勝てるでしょうが、こちらの全兵士の装備を改編するのは、二月では無理でしょう。」
「いえ、とりあえずヘラシアでは一万人分だけ改編出来れば、大丈夫です。」
「一万人分なら大丈夫ですが、残りの二万人は?」
「実は、僕の軍団はもう、全員改編が終わってるんです。それと、ペルシオン占領軍の装備は、あっち側で作って貰いましょう。」
ミルティアスさんは、疑うような目をした。
「ペルシオンで、そんな事が出来ますか?」
「大丈夫です。僕の軍団の装備はほとんどペルシオンで作って貰ったんです。それにあっちには、アルキビアス将軍とタレラノスさんが居ます。」
「なるほど、それなら何とかなるかもしれません。では、ペルシオン占領軍は、装備が改編出来た部隊から順次帰還させましょう。かなりの綱渡りになりますが、最悪、間に合った兵だけでも投入するしかありませんな。」
「あと、カエサロス軍の迎撃は、僕の軍団だけでやります。」
「まあ、その装備なら一万でも撃退出来るかもしれませんが、後の二万人はどうするのですか?」
僕は、ここでもう一つのアイデアを出した。
「ほう、かつてローメアがカルケドニアのハニバロス将軍を破るのに使った戦略ですな。」
「あ、やっぱりやってましたか。」
「やっぱり?」
「いや、ただの独り言です、気にしないで。」
僕は、軽く狼狽して取り繕った。
転生前の知識だと言っても判っては貰えないだろうし、いずれにせよ今は関係無い。
ミルティアスさんはちょっと不審げな表情になったけど、その点については突っ込んでこなかった。
その代わり、別の突っ込みを入れてきた。
「ローメアはハニバロスに対してそれで大成功を納めましたが、今は時期が悪い。」
「時期?」
「ええ、この季節は逆風ですから、あっちに向かっては、船が出せません。全行程を櫂で漕ぐとしても、風に逆らってとなると、一月じゃ着きませんよ。」
「風魔法じゃ駄目なんですか?」
ミルティアスさんは、苦笑した。
「この船団の規模で、それも本来の風向きに逆らって風を吹かせ続けるとなると、人間の限界を遥かに越えます。死者続出となるでしょうな。」
僕の力ならごく簡単な事でも、他の人にとってはそうじゃない、という簡単な事実をつい忘れてしまう。
悪い癖だと反省した。
まあ、そうそう都合よくは行かないだろうと思っていたんで、更に続きを説明する。
「そんな事が、本当に可能なんですか?」
さすがに、ミルティアスさんも信じられない様だ。
「大丈夫。準備は凄く大変な事になるけど、確実に出来ます。」
ミルティアスさんはしばらく考え込んでいたけど、やがて顔を上げた。
「判りました。では、一万人分の装備の改編と、船の支度を二月で済ませて、カエサロス軍迎撃に向かいましょう。」
「いえ、船団の完成は二月後で良いけど、目処は一月で立てなくちゃいけません。」
「一月で?」
「ええ、カエサロス将軍がいつ来るか判らないから、船団の目処が立ったらすぐに迎撃に出ます。」
ミルティアスさんは、再び難しい顔で考え込む。
「貴方は、装備の改編に掛かってください。その間に僕は、船の方をやります。で、目処が立ったところで、誰か船団の整備を引き継げる人を探しましょう。」
装備については、僕の軍団が持っている実物があるんでそれを真似れば良いけど、船は全く新しい事をしなきゃならないから、僕が指揮しなきゃ始まらない。
「その分担は判りますが、なぜ引き継ぎが必要なんですか?」
「船は、目処さえ立てば後は大丈夫だけど、カエサロス将軍の方は実際に戦うところが重要だから、僕が指揮します。僕は、船団の目処が立ち次第出発するんで、後は誰かにやって貰わないと。」
ミルティアスさんは、驚いた。
「大将軍が一軍を自ら率いて戦場へ?」
「はい。残りは誰かにお願いしなきゃだけど、誰か居ますか?」
ミルティアスさんはしばらく考えていたけど、やがて言った。
「船団の整備と指揮については、それぞれ心当りが無くもありません。」
こうして、目が回る様な忙しさの一ヶ月が始まった。
ただ、ペルシオン占領軍の装備改編準備は、こっちから指示する前に既に向こうで始めていたんで、綱渡りをしなくて済んだ。
タレラノスさんが新しい武器への改編を提案し、アルキビアス将軍はすぐにその重要性を理解して、全力で改編の準備に掛かっていたんだ。
やっぱり二人とも凄い人達ではある。
船団については、船自体はペルシオン侵攻の時に二万人を乗せた分が無傷で残ってるんで数は揃うんだけど、そのままでは役に立たない。
で、顧問官は、兵部省の技手だと言うヘロノスさんを連れてきた。
「今までは、アルキビアスが大体一人で片付けてしまってたんで、出番がありませんでしたが、この男は、技術だけならアルキビアスより上です。」
ヘロノスさんは、何も言わず肩をそびやかして立っていた。
「大将軍閣下にご挨拶しなさい。」
たしなめられて、一応頭を下げた。
「技手のヘロノスです。」
かなりぞんざいな態度だったけど、特に気にはしなかった。
なにしろ僕は、子供なんだからこれが本来の大人の態度だから。
「ベネディクトスの子ダミアノスです。」
顧問官は、一応挨拶が済んだのを見て、ヘロノスさんの態度に不満が無くもない感じだったけど、帰っていった。
あっちはあっちで沢山やる事があるんだ。
二人になると、ヘロノスさんは気さくに話し掛けてきた。
「何でも、自力で動く船を作るとか?」
「ええ。船の中で火を燃やすと、船が自分の力で前進します。」
「火で?」
「はい。」
僕は羊皮紙を拡げて、あらかじめ描いておいた図面を見せた。
軽く全体を話したあと、詳細を説明しようとしたら、ヘロノスさんは図面を食い入る様に見つめているので、邪魔をせずにとりあえず見て貰う事にした。
図面を指で追いながら何かぶつぶつ呟いていたヘロノスさんは、やがて顔を上げて言った。
「この筒の中身は何ですか?」
「ああ、それはただの空気です。」
「もしかすると、水とかを入れて沸かした方が、大きな力が出るんじゃありませんか?」
なんと、蒸気機関を思い付いたみたいだ。
「水を使うと大きな力を出せるけど、そのためには大量の水が必要だし、沸騰しないと動き出さないから始動に時間が掛かるんで、あまりやりたくないんです。」
「水ならいくらでも・・・そうか、海水だと塩が残るし、すぐに錆び付きますな。」
今回の話は、要するに船にエンジンを載せようというものだ。
効率を考えたらオットー機関かディーゼル機関が良いんだろうけど、そうなると石油を探すところから始めなきゃならないから、とても間に合わない。
燃料の種類に関係無く動くエンジンとしては、まずワットの蒸気機関が考えられるけど、あれは効率が悪いし大量の水を必要とする。
だから、水の代わりに空気で動くスターリング機関を使おうというわけだ。
それにしてもこの人の理解力は凄い。
「まずは、小さなやつを作ってみましょうか。」
「これで、どうですか?」
軽い金属音を立てながら動く機械を前にして、ヘロノスさんは尋ねた。
「うん、これで良いでしょう。」
ミルティアスさんは、目の前の物が信じられない様で、呆気にとられているだけだった。
「それにしても凄いですね。」
僕が言うとヘロノスさんは、感心しきりという表情で答えた。
「ええ、魔法も生き物の力を借りずに自分で動く機械なんて物が、この世に存在するとは想像もしませんでした。」
言いたい事が伝わらなかったんで、僕は補足する様に言った。
「いや、それは大した事じゃありません。動くように設計したんだから、正しく作れば動くのは当たり前です。」
ヘロノスさんは、何が言いたいのか?という表情になった。
「僕が『凄い』と言ったのは、それをたった二日で理解して、正しく作り上げた貴方の能力ですよ。」
僕は褒めたつもりだったんだけど、ヘロノスさんは、あまり面白く無さそうな顔をした。
「ともかく、これを十倍の大きさにした物を、大量に作らなきゃいけません。」
ヘロノスさんは、ますます難しそうな顔になった。
「これをちゃんと動かす様に作るには、工匠全員が私の命令に絶対服従して貰わねばなりません。」
まあ、そうだろう。
スターリング機関は、空気を使ってピストンを駆動するから、僅かな隙間も許容できない。
物凄く高い精度が必要なんだけど、そんな物を作った事のある人は、他にいないから、何のためにそんな小難しい事をしなきゃならないか、理解するのは難しいだろう。
「それは、絶対に必要な話か?」
ミルティアスさんが尋ねると、ヘロノスさんは、当然だという表情で頷いた。
「判った。それは、私が陛下に申上しよう。」
その日の内にヘロノスさんは、新設された役職の造船将軍に任命された。
驚いた事に、十日後には実物大の試作機が出来上がった。
王様は、雛形を見て大喜びして、試作機の試験運転に立ち会いたいと言い出した。
大丈夫かとヘロノスさんに聞くと、二つ返事で承諾した。
あまりそういう名誉とかには興味が無さそうな人だと思ってたんで、ちょっと意外な感じがした。
そうして試作機は、ピカピカに磨きあげられて王宮の庭に据え付けられ、大臣やその他の偉い人達も勢揃いして、面白そうに眺めている。
王様は工厰まで見に行こうかと言ったんだけど、ヘロノスさんはせっかくだからと盛大にやりたがって、こうなった。
そうしてヘロノスさんが掌で促すと、一人の技手が進み出て、王様に一礼してから厳かな手つきで点火した。
すぐに機械は微かな軋みの音を立てた後、ゆっくりと動き出した。
みんなの間から感嘆の唸り声が上がる中で、機械は段々と速度を上げていった。
みんな興奮して、歓声を上げた。
ところが、速度が大きくなってその動きが見えなくなった頃に、突然空気が漏れる音がして、急に速度が落ち、やがてそのまま止まってしまった。
技手達は真っ青な顔で機械に取り付き、あっちこっちを開けては何かいじり始めたんだけど、機嫌を損ねたみたいに、全く動き出す気配がない。
王様もたちまち機嫌が悪くなり、技手達は恐怖に震えながら顔も上げられないで冷や汗を流しつつ更に懸命にいじっていたんだけど、その時僕は、ヘロノスさんが何もしないでただ見ている事に気付いた。
その表情は特に焦りの色もなく、むしろ納得顔に見えた。
「これは、本当に役に立つのか?」
不快そうな王様の声に、技手達が凍りついた様に動かなくなったんで、僕は助け船を出す事にした。
「こうやって問題を洗い出すために試作するんです。問題が見付かれば、すぐに改良できますよ。」
王様は、ちょっと納得がいかないような顔をしていたが、とりあえず頷いてその場を後にして、他の偉い人達もその後に続いてどこかへ行った。
そうして、みんなが居なくなった後には、項垂れた技手達とどこ吹く風のヘロノスさんが残った。
「さあ、持って帰って、やり直しだ。」
その言葉にみんなは、機械を荷車に載せて工厰に戻って行った。
誰も居なくなったんで、僕は尋ねてみた。
「ああなると、判ってたんですか?」
ヘロノスさんは、苦笑しながら言った。
「技術者というものは、ともすれば自分の経験に固執するのです。しかし今回は、じっくりと時間を掛けて納得させる暇はありませんから、荒療治をしたわけです。」
ヘロノスさんは、そういう当たり前の技術者とはレベルが違う柔軟な頭を持ってるらしい。
だから、より高い見地から技術という物を客観的に見られる様だ。
そして、王様の前で大失敗すれば、それは責任者である自分の恥となる事を十分に理解した上で、それが効果を上げると思えばためらわずに踏み切ったんだ。
確かこういう人は、仕事師っていったはずだけど、中々いない貴重な人材ではある。
それで、雛形を見た時に褒めたら不機嫌になった理由がやっと判った。
この人にとっては、自分の高い理解力自体が当たり前の事なんで、それを殊更に誉められる事に違和感を覚えたらしい。
とりあえず僕は、改良点を幾つか指摘する事にした。
「材質ですけど、この鉄は固すぎますね。」
「いや、鉄は固い物ですから・・・」
「鉄自体は、かなり軟らかい物です。ただ、鉄鉱石から溶かして取り出すときに、加熱と還元のために使う炭が、どうしても混ざるんですが、それが固いんですよ。」
「固くて何か困る事があるんですか?」
「多量の炭素を含んで固くなると、その分脆くなります。こういう大きな力が掛かる機械素材が、固すぎるのは危険です。」
「なるほど、剣を作るときに芯を叩いて軟らかくするのは、その炭を叩き出すためなんですか。」
「ええ、そうですね。」
もう、こっちの言いたい事が理解できたらしい。
「だけど、この大きさの物から炭を叩き出すとなると、それこそ大事ですよ。」
「叩いて出さなくても、無くなれば良いんです。」
ヘロノスさんは、僕が何を言いたいのか判らない風だった。
「溶かした状態の鉄に、空気を吹き込んでやれば、中の炭はそのまま燃えて出ていきます。脱炭と言います。」
「なるほど。」
ヘロノスさんは、それは思い付かなかった様で、しきりに感心していた。
僕の手がエンジンから離れたのを見たミルティアス顧問官は、また別の人を連れてきた。
「顔はご存知でしょう。スキピオス将軍です。」
話をしたことはないけど、顔は何度か見ている。
「この男は、堅実な指揮で定評があり、個人としての戦闘力や魔法はさほどではありませんが、司令官としての能力は折り紙つきです。」
僕は、今回の戦略について説明した。
「なるほど、上陸後は各個撃破ではなく、戦線の維持と、そちらと会合するまでの北進を目指すのですな。」
「はい、そうです。最終目標は、首都ローメアの包囲による降服勧告です。」
何も疑問を示さずに頷くスキピオスさんに、僕はかえって不安を覚えた。
「もし、単独でローメアに攻め込める機会があっても、思い止まって貰わなきゃいけないんだけど、大丈夫ですか?」
スキピオスさんは、全く表情を変える事なく言った。
「私の仕事は、将軍として命ぜられた任務を果たす事であり、個人としての手柄には興味がありません。閣下のご命令がローメア包囲である以上、もし万一、閣下と会合する前に単独でローメア城内に侵攻しなければならない破目になったとしたら、仮に制圧が果たせたとしてもそれは任務の失敗であり、処罰の対象となると考えております。」
その言葉に、この人もヘロノスさんと同じ仕事師なんだと思った。
すると、顧問官が尋ねた。
「なぜ目標は、包囲による降服勧告なんですか?」
「笑われるかもしれませんが、出来るだけ人死にを出したくないんです。味方は勿論ですが、敵も。」
「それ自体は閣下のお考えですから、笑われる様な事ではありません。ただし、戦争において手段に制約を加えるという事は、その分だけ多く兵士の血が流れる、という事です。今回の作戦ではそこはまあ大丈夫でしょうが、今後もそう上手く行くとは限らないという事だけは覚えておいてください。」
ずいぶん酷しい言葉だけど、確かにその通りだ。
とにかく、人を死なせたくなければ、それなりの準備は必要なんだとしっかり心に刻んだ。
翌日、エンジンの進捗を見ようと工厰を覗くと、ヘロノスさんとスキピオスさんが、船の設計図を挟んで睨みあっていた。
「貴公も判らん奴だな!補給用の弾薬は、どうしたって必要なんだ!とにかくこのスペースをこっちに寄越せ。」
連発銃は、釣瓶打ちしないとメリットが活かせないから、今は都中の鍛治屋さんを総動員してカートリッジを山ほど作っているところだ。
「判らんのはそっちだろう!ここには予備の燃料を置くんだ!」
船の燃料は、燃えさえすれば何でも良いんだけど、そうは言っても生の薪じゃ重い上に場所を取るし、温度も十分に上がらないんで、炭を使う事にしている。
それで今、国中の炭焼窯がフル回転状態なんだけど、炭だってそれなりに場所はとるんで、何れは何かの液体燃料に変えたいとは思っている。
ただ、今回は間に合わせる事が最優先なんだ。
「じゃあ、弾薬はどうしろって言うんだ?」
「予備の弾薬は、今輸送船を建造しているから、そっちに積め!船に乗ってる間は、個人装備分だけ持ってりゃいいだろう。」
「それで、海上で敵艦と出くわしたらどうするんだ!もし、手持ちの弾薬を使いきったら、海上で補給船に取りに行くわけにゃいかんのだぞ。」
「海上で取りに行けんのは、燃料だって同じ事だ!」
互いに一歩も譲る気は無さそうなので、間に入る事にした。
「えーと、この件については、燃料を優先した方が良いでしょう。」
討論に熱中して僕に気付いてなかった二人は、驚いてこっちを向いた。
「もし、海上で燃料が尽きたら今回の作戦は失敗ですけど、仮に弾薬が尽きても、輸送船がいれば上陸後に補給できます。」
スキピオス将軍は、明らかに納得していない。
「どのみち海上では補給出来ないんですから、海上で使えなければ意味がない燃料を輸送船に積んでも役には立ちません。」
「それは判りますがしかし、個人装備分を使いきっても撃退できなければどうなります?」
「その時は、風上に向かって全力で逃げてください。」
スキピオスさんは、驚いて固まってしまった。。
「分遣隊の第一段階の目標は、エトルスコン半島の南端に全員で上陸する事です。そのためなら、面倒な事から逃げたって全く問題ありません。」
顧問官によるとこの人は、軍をまとめて一歩も引く事なく堅実な戦いぶりを重ねてきた立派な将軍だそうなんで、逃げても良いなんて戦い方は思いも付かなかったみたいだ。
黙ったままのスキピオスさんに、僕は恐る恐る尋ねた。
「あの・・・僕またなんかやっちゃいました?」
その言葉で我に返ったスキピオスさんは、大笑いしながら言った。
「はい、閣下は私の蒙を啓かれました」
それから、ヘロノスさんの方に向いて続けた。
「どうやら貴公が正しい様だ。済まなかった。」
素直に頭を下げるスキピオスさんに、ヘロノスさんは、珍しく気を使う様な口ぶりで言った。
「いや、まあ、それぞれ立場があるから、自ら優先順位も異なる。貴公の言いたかった事も誤りではない。」
そして、付け加えた。
「輸送船は鉄張りにして、何があっても沈められない様に作る。上陸後の補給には、絶対に支障を起こさない事は約束する。」
「うむ。そう言って貰えると心強い。」
この会話を見て、もうこっちは大丈夫そうなんで、カエサロス軍迎撃に向かっても良いと思った。




