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第三話 将軍になるゾ

王都に凱旋すると、鉄砲の製法を公開しろ、と命じられた。

まあ、それ自体は当然の話ではあるんで、僕も特に隠しておく気も無かったんだけど、それを直ぐに大量生産するから、大至急で兵部省の工匠達全員に理解させろ、と言われた。

もうペルシオンと共存するのは無理だ、と判断されたんで、こちらからペルシオンに攻め込む事になったんだそうだ。

それで、侵攻開始までに全軍が銃を使える様にしなくちゃいけないらしい。

ちゃんとした製法は、ヘパイストロスさん達に来てもらって説明してもらうとして、とりあえずそれまでの間にざっくりとした説明と、材料(特に硝石)を大量に入手する手立てを考えなきゃいけない。

僕はゼウソスさんと一緒に兵部省の工厰の中であちこちと飛び回って説明を繰り返し、その合間に農部省で地図を確認したり財部省で各地の貢納品を調べたりして見当を着けようとしていて、目が回りそうな忙しさだった。

ところが、その真っ最中にミルティアス大将軍から呼び出しの使者として、黄色の徽章を着けた百人長が来た。

僕とゼウソスさんに、今すぐ来いというんだ。

仕方なく僕らは、使者についていったんだけど、百人長は大通りに出てから何故か本部兵舎の方に曲がらずに真っ直ぐ進んでいく。

「あの、大将軍閣下の兵舎はあっちの方じゃ?」

「あー、その、閣下は今、御前会議に出ておられるから・・・」

僕はゼウソスさんの方を見たけど、ゼウソスさんもどういうことか判らないという風に、肩をすくめた。

まさかと思いながらついて行くと、そのまま王宮の正門を入っていく。

正門の両側で列をつくる衛兵達は、僕らを見ると咄嗟に腰に手をやって剣を抜きかけたけど、つかに手を掛けたところで思い止まった。

確かに僕らは(特に七歳の少年でしかない僕は)、王宮にはそぐわないとは思うけど、いきなり剣を抜こうかというのはやりすぎじゃないか、と少しむかついたけど、言葉には出さなかった。

正門を入った先は、道路かと思うくらい幅の広い立派な廊下だった。

そこには沢山の人達が忙しそうに話しながら行き交っていたんだけど、僕たちを見ると、みんな足を止めてこっちを見る。

僕はもう視線が集まる事には慣れっこになってたんで、軽く会釈してそのまま通り過ぎた。

それで、入口近くの控室かなんかで将軍が御前会議を終えるのを待つんだと思っていたんだけど、百人長はそのままずんずんと奥の方に進んでいく。

やがて僕らは、廊下の突き当たりにある見たことも無いくらい立派な扉の前に立った。

百人長が 、直立不動の姿勢を取って声を張り上げた。

「到着致しました!」

重そうな扉がゆっくりと開いて、部屋の両側に並んでいる人達が一斉にこっちを見る。

びっくりするくらい広いその部屋の中で、向かって左側の列はみんな頸に徽章を巻いていて、右側の列は巻いていないけど、みんな立派な格好をしていた。

この部屋でただ一つの椅子は一番奥の一段高い所にあって、その背もたれは天井に届くほど高かった。

入口からはだいぶ遠いんだけど、その椅子が細かい彫刻を施した金銀で飾られているのは判った。

「お召しの者を連れて参りました。」

百人長がそう言うと、椅子に座っている人が言った。

「苦しゅうない。」

百人長は部屋に入り、左側の列の一番後ろに並んで、また直立不動の姿勢になった。

僕らもその横に並ぼうとしたら、彼は前を向いたまま小声で言った。

「そこじゃありません。そのまま進んで。」

ゼウソスさんは、大して暑くもないのに大汗をかいて、立ちすくんでいる。

「早く!」

また使者が小声で言う。

ゼウソスさんは、足がすくんで動けないみたいなんで、仕方なく僕が前に出た。

僕の後ろで、ようやくゼウソスさんも歩き出した。

部屋の中程まで来たとき、椅子に座っている人が言った。

「これが、その少年か?」

「はい、オリュンポシア村のベネディクトスの子、ダミアノスでございます。」

ミルティアス将軍が答えた。

まさかと思ってたけど、大将軍が敬語を使う相手となると、もう間違いない。

この人が王様だった。

王様は、頷きながら言った。

「確かに、そなたの言う通りの子供だな。」

将軍は、何か期待するように尋ねた。

「それでは、」

「うむ。先程の話、さし許すぞ。兵部卿、早速手続きを取れ。」

「ありがたき幸せに存じます。」

将軍は深々と頭を下げた。

僕らが意味がわからず、馬鹿みたいに突っ立っていたら、将軍がこっちを向いて言った。

「ペルシオンへの侵攻開始に当たって、新しい将軍職である遊撃将軍が新設される事になった。そしてダミアノス、君がその初代となる。」

これはいくら何でも無茶だ。

「え?ゼウソスさんじゃないんですか?」

「ああ、ゼウソスは、君の若輩をかんがみて、後見人として百人長に任命する。」

「でも、僕は軍の決まりなんか何も知らないし・・・」

将軍は、僕をなだめる様に言った。

「その点は問題ない。当面はアルキビアス将軍が君の参謀に着く。アルキビアスは私の幕下ばくかでは最も優秀な男だ。」

「でも、たった五十人で将軍って・・・」

「先の第二次マラトー会戦で六百を越える投降兵が出たが、我が軍への編入に当たり、全員が君の揮下に入る事を望んだ。同じ事なら命の恩人の元が良いらしい。だから君は、遊撃将軍としてダミアノス遊撃隊六百を率いる事になる。」

他の将軍はみんな千人くらいだからちょっと少なめだけど、『遊撃』将軍ってのは、そういう事なんだろう。

何にしても、王様が決めた以上、逆らう事は出来そうもない。

責任を持たなきゃいけない人数が増えるのは楽しく無いけど、僕は諦めて頷いた。

直ぐに二本の徽章が運ばれて来て、そのうち一本は王様に差し出された。

「苦しゅうない。近う寄れ。」

王様は、僕を見ながらそう言ったんで、僕はそのまま王様の前に出た。

「それでは、手が届かぬ。もそっと近う。」

わけが判らないまま、王様の真ん前に立った。

すると突然、周りの人達が一斉に小さく動き出したんで、なんだろうと見回した。

みんなは、一様に掌を伏せて、小刻みに下へ動かしている。

ようやく僕は、が高いと言われている事に気付いて、その場で片膝をついて頭を下げた。

王様は、ゆっくり立ち上がると、その燕脂色の徽章を僕の頸に巻いた。

「余アレクサンデオスは、ここになんじダミアノスを遊撃将軍に任ずる。忠義を励め。」

その言葉と共に、居並ぶ大人達が一斉にお辞儀したんで、僕も真似てみた。

王様の満足げな表情からすると、間違いではなかったらしい。

これが、将軍職の親授式だった。

そっと振り替えると、ゼウソスさんがアルキビアス将軍から黄色の徽章を受け取っていた。

王様が言った。

「そなたの力、頼もしく思うぞ。では、退がって良い。」

つまり、これで今日の用事は終わったって事らしいんで、とりあえず戻る事にした。

そろそろヘパイストロスさん達が兵舎に来ている頃だから、やる事が沢山あるんだ。

僕らが退出しようとすると、アルキビアス将軍が着いて来た。

そのまま三人で正門を通り抜け様としたとき、居並ぶ衛兵は左腰に手をやり、一斉に剣を抜いてそのまま体の前に真っ直ぐ立てた。

僕は、何が起こっているのか判らず咄嗟に身構えて、小声で尋ねた。

「あの・・・僕またなんかやっちゃいました?」

すると、アルキビアス将軍が耳打ちした。

「あれは、将軍に対する正規の敬礼です。答礼をして通ってください。」

「答礼って?」

「右手の掌を前に向けて、軽く上げて。」

僕が言われた通りにすると、全員が剣をしまった。

これで、入る時のみんなの奇妙な動作の意味が判った。

あれは、僕のオーラを見て思わず敬礼しかけてから、僕が徽章も着けていないただの子供だって気付いて、慌てて止めたって事らしい。


兵舎に戻ると、ヘパイストロスさん達が来ていたのを見て、アルキビアス将軍が尋ねた。

「貴様らが、オリュンポシアのたくみか。」

相変わらず、この人はいばりんぼだ。

僕は、その言い方がちょっと面白く無かったんだけど、おじさん達は特に気にする風もなく、へりくだって答えた。

「へぇ。そうです。」

「では、まずこの私に説明して貰おうか。」

「承知しました。」

そうして、実物の銃や鋳型を使って説明が始まった。

将軍は、一通りの説明を聞いただけで、僕に言った。

「明日からは、私がこの者達と共に工厰を廻りますので、閣下はここで、ご自分の出陣の支度をなさってください。」

どういう意図なのかよく判らないけど、とりあえずそうする事にした。

何にしても、僕に向かって自信たっぷりに話す大人を見るのが珍しかったんで、任せてみようと思ったんだ。


翌日の夕方、工厰から帰ったヘパイストロスさん達は、帰り支度を始めた。

「え?もう帰っちゃうんですか?」

「ええ、将軍が、もう帰って良いぞ、とおっしゃったんで。」

と、ヘパイストロスさんが、アルキビアス将軍のいばった口調を真似て言った。

すると、アスクレピオリスさんが、しみじみと感心する様に付け加えた。

「あの将軍は、全くただ者じゃありませんな。もう、すっかり理解していて、説明はわしらより上手いくらいです。」

思慮深いアスクレピオリスさんがそう言うんだから、相当な物なんだろう。

「ちょっと、皆さんにお願いしたい事があるんで、もうしばらく、ここに残ってもらえませんか?」

「え?ああ、勿論良いですよ。」

そうして僕たちは、工厰の一角を借りると、そこを閉めきってある作業に没頭した。

アルキビアス将軍に見つかったら、何て言い訳しようかと思ってたけど、将軍は銃と火薬の大量生産に没頭していてこっちに来なかったんで、特に何事もなくて済んだ。


やがて、アルキビアス将軍が銃の大量生産の目処をつけて戻って来ると、ダミアノス遊撃隊の編制作業が始まった。

といっても、出身地毎に編制するルールは変わらないんで、新たに追加された投降兵も、国毎にまとめて隊長を決めるだけだけど。

投降兵は、アテナオンとテーバオンとスパルトンの人達で、それぞれに元々王様だった人が居た。

ペルシオンは国を滅ぼすと、王族も普通の国民も全くお構い無しに、その国民全部を奴隷にするんだとかで、その時特に元王様は、一番危険な所へ並べて見せしめにする事で、滅ぼした国の元の国民の反抗心を折るんだそうだ。

随分と酷い話だけど、今の戦争は、みんなが魔王を名乗ってどれだけ酷い事が出来るか競争している様なものらしい。

だから、今回の投降兵の中に元王様が揃っているのは、ある意味で当然だった。

そして、国が無くなった今、帰る所の無い王様達はみんな残る事を選んだんだそうだ。

とりあえず都合が良いんで、その人達を各隊の隊長にした。


やがて、銃が全員に配られて、訓練が始まった。

銃は操作に力も要らないし、弾は矢よりだいぶ早いから真っ直ぐ飛ぶんで狙うのがずっと簡単だから、三日もあればみんな使える様になった。

動いている相手を正確に狙うとかなら、もっと訓練が必要だけど、全員が並んで一斉に撃つなら、このくらいで十分だ。


ついに、ペルシオン侵攻が開始された。

目標は都のスーソウで、あらゆる障害を排除しながら直進するんだそうだ。

で、僕たちダミアノス遊撃隊が先行する事になった。

六百人程度で先行して何の意味があるのか判らないけど、まあ、大将軍の命令なんでしかたがない。

僕たちは、マラトーの原野を通り、国境を越えてペルシオンに入った。

ただし、ここらへんはペルシオン領といっても、ペルシオンの主要地域とはカリモドラ山脈で隔てられた辺境なんで、越境即戦闘開始という訳じゃなく、僕たちはさしたる抵抗もなく進み、そのまま山岳地帯に入っていった。

うねうねと曲がりくねる山道を、ひたすら登って行って、行く手にテルモピラ峠が見えた。

これを越えると、その先はペルシオン有数の穀倉地帯なんで、間違いなく激しい戦闘があるはずだ。

僕は、アルキビアス将軍と並んで、最後尾を馬で進んでいた。

僕としては、みんなと一緒に歩いても全然かまわないんだけど、将軍に言わせれば、「将軍たるもの、権威を持って行動すべきなので、雑兵からは離れ、馬上から睥睨へいげいする様でなくてはいけません。」だそうだ。

「敵と出会うまでに、峠を下ってしまえれば良いんですけどね。」

そう言うと、上の空だったアルキビアス将軍は、珍しく軽く取り乱した。

「あ、ああ、そうですな。」

「とりあえず、偵察を出しましょうか。」

僕の提案に、将軍は頸を振った。

「いや、だめです。このまま前進を続けます。ここで手間取って時間を空費するのは、得策ではありません。」

大した手間でもないと思うんだけど、まあ、将軍がそう言うなら、とそのまま行進を続けた。

行列の先頭が峠に差し掛かった時、突然大声が響いた。

「前方に敵!」

僕が鳥瞰を使って峠の向こうを見下ろすと、見渡す限りが兵士で埋め尽くされていた。

こっちが気付いた途端に、敵は一斉に矢を放つ。

僕は手を振って、それを全て払い飛ばした。

その時、向こうから声が響いた。

「吶喊!」

それに続いて、全員が一斉に声を上げた。

峠のむこうを埋め尽くす大群の叫びは、空気をびりびりと震わせる。

そして敵の最前列が、間合いを詰めようとこっちに向かって走り出した。

こっちの先頭のアテナオス隊は、隊長のテセイオスさんの命令一下、全員が銃を構えた。

テセイオス隊長は、銃を構えたまま敵が接近するのを待とうとしていた。

敵と対峙する際には、銃の効果を活かすために出来るだけ引き付けてから撃つ事にしていたんだけど、今回は不意の遭遇戦で、しかも向こうは用意が出来ている、つまり、奇襲を受けた状況では、何よりもまず敵を近付けない事が重要だ。

僕は、テセイオスさんに声を飛ばした。

「直ぐに撃って!」

テセイオスさんは、頷くと大声で言った。

「撃て!」

その一撃で敵の最前列が倒れたんだけど、その後が続々と続いて来る。

もう一度俯瞰で見渡したら、敵の総数は二万人を越えていた。

「これはまずい!直ぐに本隊に知らせなければ。私が伝令として行きます!」

アルキビアス将軍は、そう言うが早いか、僕の返事を待たずに馬の向きを変えて、後ろに向かって走り出した。

まあ、別に止める気も無かったから、好きにさせておく事にした。

アテナオス隊は斉射を終えると、左右に別れて後退する。

続いてテーバオス隊が前進して、隊長のオイディポソスさんが命じる。

「撃て!」

その後テーバオス隊も後退し、スパルトス隊が前に出ると、隊長のラケダイモスさんの声で、一斉に撃った。

スパルトス隊が同じく後退すると、次の弾を装填し終わったアテナオス隊が前進して、射撃する。

こうして僕たちは、何度も斉射を繰り返して、その度に敵は何十人かずつ倒れていったけど、敵の前進は止まらなかった。

斉射の度に一時的に勢いが衰える様に見えても、直ぐにまた速度を上げて迫って来る。

そうやって、こっちの前列が交代する間にも前進し続けるんで、最前列との距離が、だんだんと近付いて来た。

もう何回目か判らなくなった斉射の後、もう二十ペーキュスに迫った敵兵を睨んだラケダイモス隊長は、後退せずに剣を抜いた。

スパルトス隊が、一斉にそれにならう。

「何をするんですか!早く退がって!」

僕は声を飛ばしたけど、ラケダイモスさんは振り向きもせずに答えた。

「これは、もう駄目です!我々が足留めしますから、その間に退却してください!」

「良いから退がって!」

「このままじゃ、全滅です!我々が時間を稼いでいる間に、退却を!」

スパルトス隊のみんなは、口々に賛同の声を上げる。

僕に任せてくれれば、このくらいのピンチはどうにでもなるのに!

みんなオリュンポシアの人達みたいに、聞き分けが良くなってくれれば良いのに、という思いもあったが、それ以上にごくあっさりと命を棄てようとするその姿勢に、無性に腹が立った。

「良いから下がれえええええ!」

僕の声を載せた意思の波動が、戦場を端から端まで一気に駆け抜けると、敵味方関係なく飛び上がり、一気に後ずさった。

たちまち、両軍の間隔は五十ペーキュス以上に広がった。

「ゼウソスさん!お願いします!」

ゼウソスさんとオリュンポシアのみんなが、スパルトス隊を押し退けて前に出ると、銃を構えた。

「どんどん撃って!」

みんなは、めいめいに銃を放つと、直ぐに下ろした。

それを見たアテナオス隊が交代するために前に出ようとしたけど、オリュンポシア隊は、避けなかった。

そして、全員が袋から次の弾を取り出す。

それは、弾丸と火薬を一緒に真鍮の筒に込めて一体化していたカートリッジだった。

みんなそれを左手の人差し指と中指の間に挟んだまま、両手で銃を畳むように力を加えた。

銃は蝶番ちょうつがいで折れ、銃身の根元が開くと同時に、カートリッジの撃ち殻が飛び出す。

新しいカートリッジを素早く装填すると、銃を元に戻した。

まさか一瞬で再装填が終わるとは思っていなかったらしく、敵は呆然と見ていた。

「撃て!」

ゼウソスさんの命令で、また斉射した。

敵陣に動揺が走るのを見て、更に次弾を素早く装填し、斉射を掛けた。

どうやら向こうは、最前列を盾代わりにして前進するという前回の作戦を更に大規模にして、装填の合間を狙って肉薄するという作戦だった様で、こっちの装填が早すぎて当てが外れたと見るや、敵は一斉に退却を始めた。

「退がる敵は、追わなくて良いです。」

僕が声を飛ばすと、前進しかけていたみんなは、そのまま立ち止まった。


こうして僕たちは、一人の犠牲も出さずにペルシオン本国に入った。

とは言うものの、向こうが出してきた二万人からの迎撃部隊も、(割合だけで見れば)大した損害もなく後退しているんで、多分直ぐに陣容を立て直してまた出てくるだろう。

僕らは夜営をしながら、ここで後続を待とうか、と相談したんだけど、望遠で峠の向こうを見ても、後続が来る気配がない。

鳥瞰に切り替えて、その範囲をどんどん広げていったんだけど、王都まで見ても、こっちの本隊はどこにも居なかった。

仕方なく僕らは、夜明けと共に前進を始めた。

僕らに与えられている指令は、スーソウまで直進せよ、だけだったからだ。

結局、アルキビアス将軍は、帰って来なかった。


その後はしばらく何も起こらず、ただひたすら街道を進むだけだった。

ペルシオンには、ヘラシアとは比べ物にならないほど立派な街道が国中にあり、それはみんな都のスーソウに集まっているそうだ。

とりあえず、この道を進めばいずれスーソウに辿り着く訳だ。

まあ、その前に敵に出会う事になるだろうけど。

そうして、見通しのきかない森の曲がりくねった道をぬけて、ノモンハノスという原野に出た。

そこは、見渡す限り大軍で埋め尽くされていた!

どうやら、ここで待ち構えていたらしい。

鳥瞰の魔法で見下ろして見ると、ペルシオン軍はざっと三万人いた。

いくらペルシオンが大国だといっても、これじゃその軍の大半がここに集まってるとしか思えない。

敵軍は、大きく弓形ゆみなりに展開し、こっちを半円形に包囲していた。

もう、逃げようが無いのは一目で判った。

その時、敵陣から一斉に矢が放たれた。

一瞬空が暗くなるほど濃密な矢の雨が集中してきたが、僕はそれを軽く払い除けながら声を飛ばした。

「アテナオス隊前へ!」

テセイオスさんを中央に、アテナオス隊が行列の先頭に出て横一列に展開した。

「撃ち方用意!」

テセイオスさんの指示で、一斉に銃を構える。

なぜか今回は、向こうからいつもの様な吶喊の声は上がらなかった。

その代わりに、敵軍のあちこちから大きな太鼓の音が響く。

それは、ぴったりと揃って、不気味なほどに一定のリズムで鳴り続けている。

やがて、大きな弓の形をした前線が、僕らに向かって一斉に前進を始めた。

全員が、横一列に切れ目の無い列を保って、太鼓のリズムに歩調を合わせて進んでくる。

とりあえず、向こうの目的が包囲・殲滅なのは明らかなので、本来なら層の薄い所を狙って突進し突破するべきなんだけど、鳥瞰で見る限りでは、ペルシオン軍は層が厚すぎて、どこにも突き抜けられそうな所が無い。

仮に前線に穴を開ける事が出来ても、無理に突っ込んだら兵隊の海の中で身動きが取れなくなってしまう。

とりあえずここは、動かずに銃で敵の陣形を崩す事を考えるべきだと思った。

「直ぐに撃ってください。」

僕はテセイオスさんに声を飛ばした。

当たる当たらないよりも、敵を近付けない事が重要だからだ。

アテナオス隊が一斉に撃つと、前線の中央が少し崩れた。

続いて、テーバオス隊が前進して撃つ。

また、前線が少しだけ動揺する。

「どんどん撃って!」

スパルトス隊が撃つとアテナオス隊と交代し、撃って退がるとテーバオス隊が出て、とひたすら撃ち続けた。

その度に、前線が少しだけ崩れるけど、進行速度は全く下がらない。

もう何百人も倒れている筈なのに、相変わらず太鼓のリズムに合わせて、不気味なくらいきれいに歩調を揃えて進んでくる。

どうしてそんな事が出来るんだろうと、望遠で先頭の兵隊の様子を見てみた。

まるでロボットみたいに無表情なのかと思ったら、様子が全然違っている。

みんな恐怖に頬を引き釣らせて、膝もがくがく震えてるのに、それでも歩みを止めようとはしない。

その時、敵の最前列を歩く兵士たちの脚が、微かに光っている事に気付いた。

みんな、脚に魔法が掛けられて、止まる事が出来ないんだ!

僕はぞっとした。

そんな事に魔法を使えるなら、その力で回避の魔法を掛けて、少しでも怪我人や死人を減らす様にすれば良いのに!

僕はむかむかしたけど、その列がこっちに近付いて来る以上、次の段階に進めるしかなかった。

部隊を入れ換えながらの射撃では間に合わないくらい近付いて来ているので、オリュンポシア隊を前に出した。

連射の速度がけた違いなので、前線の兵士が倒れる数も一気に跳ね上がった。

そして、あっちこっちで、とうとう恐怖が限界に達した様で、腰を抜かしてへたり込む人達が出た。

といっても、魔法はそのままだから、尻餅をついたまま脚だけが動いている。

ところが、それでもペルシオン軍の前線は、崩れそうで中々崩れない。

更に近付いて来たところで、奇妙な事に気付いた。

へたり込む人達が出て隊列が崩れかける度に、あちこちから悲鳴が上がって、その都度陣形を立て直してまた前進してくるんだ。

どうなっているんだろうと、最前列の向こうを望遠で覗いてみたら、あちこちに混じって居る士官らしい兵隊が、剣を抜いて周りを監視する様に睨んでいた。

また、一斉射撃でへたり込む人が出た時、なんと、その士官達が一斉に、その兵士を斬り捨てた!

みんな、自分の意思で隊列を保っているんじゃなくて、斬られるから立って前進するしかないらしい。

とうとう最前線の人たちは泣き出したけど、それでも涙を流しながらも歩き続けている。

それで、走らずに列を作って歩き続ける理由がやっと判った。

前線に立っている兵士は、全員がただの楯なんだ。

だから、走って列が乱れると隙間ができるんで、整列して歩かせてる訳だ。

マラトー峠の時の、あのぞっとする様な作戦を、もっと規模を大きく、しかも徹底的に冷酷にやろうとしている。

ここで何千人死んでも、僕らを包囲して押し潰せば勝ちだって事らしい。

この人達は、人の命をなんだと思ってるんだ!

僕は、腹が立ってしかたがなかった。

「撃つのを止めて!」

僕が声を飛ばすと、オリュンポシア隊は一斉に銃を下ろした。

僕は、ペルシオン軍の目の前に特大の雷を落とした。

その音は衝撃波になって拡がり、向こうの最前列は一斉に仰向けに倒れて、地面に人が十人は入れそうなほどの大穴があいた。

音があまり大きすぎて、僕の耳までつーんとして聞こえなくなったくらいで、さすがのペルシオン軍も、びっくりしてみんな腰を抜かした。

太鼓の音さえ止んでいる。

耳が痛いくらい、しんと静まり返った。

さて、次はどうしようかと思っていたら、向こうの士官達が我に返って、立ち上がった。

また、太鼓が響きだし、士官達は周りの兵士たちに向かって、声を張り上げて進め進めと怒鳴る。

でも、周りの兵士たちは腰を抜かしたまま、怯えながらそれを見上げるだけだった。

中々立ち上がらないので、業を煮やした士官達は、また剣を振り上げる。

どうみてもただの脅しじゃなく、本気で降り下ろす気だ。

僕は耐えられなくなって、叫んだ。

「いい加減にしろぉぉぉ!」

その声と怒りの波動が敵陣を駆け抜けた瞬間に、振り上げられた全ての剣に雷が落ちた。

また、戦場全体が静まり返った。

腰を抜かしたままの兵士たちは、口をぽかんと開け、剣を振り上げる姿勢のままで煙を上げる消し炭の塊を見ていた。

やがて誰かが、尻餅をついた姿勢のまま頸を振りながら後退あとずさりはじめる。

「うわ・・・うわ・・・」

その口からは、言葉にならない声が小さく溢れでていたんだけど、それがだんだん大きくなって、ついに絶叫になった。

「うわー!!!!」

その声でみんな跳び上がると、四つん這いになって逃げ出す人や、跳び上がった勢いで中腰になって走り出す人や、とにかくみんな一斉に動き出した。

後はもう、大混乱と言うしかなかった。

こっちに向かって圧を加えていた弓形の包囲網は、一瞬で消え去った。

大混乱の中で、誰もこっちに向かって来ようとはしないから、こっちの人達が呆然としていても、何も問題はなかった。

僕自身もどうしたら良いか判らず、途方にくれて尋ねた。

「あの・・・僕またなんかやっちゃいました?」

みんなは、無言のまま頷いた。


大半の士官と、三割くらいの兵隊が逃げていたけど、別に追うつもりはなかった。

逃げた人達だけでも一万人近いんで、たった六百人で追いかけてもどうしようもない。

それよりも、残った人達をどうするかの方が問題だった。

みんな武器を棄てて両手を上げ、降参したんだけど、何しろ二万人にもなろうか、というくらい居るんだ。

ペルシオンには、こんなに沢山の奴隷が居るのかと思ったら、そうじゃなかった。

逃げたのは奴隷が多かったけど、残った人達は、ほとんどが普通の国民だそうだ。

奴隷だから酷い扱いをするって訳じゃなくて、そもそもペルシオンでは貴族以外の人達の命は、ものすごく安いらしい。

みんなは口々に、もうペルシオンの皇帝のために戦うのは嫌だと言った。

じゃあ、ここから帰って良いですよ、と言って自由にしてもらうつもりだったんだけど、しばらくして、みんなの代表だというタレラノスさんが来た。

「お願いがあります。」

「何でしょう?」

「私らを、あなた様の軍勢に加えていただけませんでしょうか。」

「私らって?」

「投降者の半分くらいは、家に帰ると言ってますが、残りはこのままあなた様の許で戦いたいと言っとります。」

僕は、何でそう考えるのか判らず、頸を捻った。

「私らはみんな、この戦乱の中では、どうせ家に帰っても穏やかに暮らす事はできんと思っとります。だから、同じ事ならあなた様の下で戦いたいんです。」

「何で僕なんです?」

「あなた様は、敵である私らのために本気で怒ってくださった。どうあっても戦いが続くんなら、そういう人のもとで戦いたいんです。」

「僕は、こんな大勢を指揮した事がありません。」

「お願いです。私達を、どうか見棄てないでください。」

まるで、親にはぐれた仔犬みたいな目でそう言われると、それ以上突っぱねる事も出来なかった。

「判りました。とにかく一緒に行きましょう。」

「ありがとうございます!」

「ところで、こんな酷い作戦を立てたのは誰なんです?」

タレラノスさんは、いまいましげに答えた。

「ユーコポス将軍です。」

僕は、その人に文句を言ってやりたかったんだけど、ユーコポス将軍は、真っ先に逃げ出していた。

「誰も反対しなかったんですか?」

「大臣のスタリオスが、ボルセビコスと名乗る徒党を組んで、王宮で我が物顔に振る舞っとりまして、ユーコポスは、スタリオスの腹心の部下なんです。私ら、皇帝陛下のご命令とあらばやむ無しと思ってきましたが、ボルセビコスの跳梁跋扈にこれほど無策な様を見せつけられて、ほとほと愛想が尽きました。」

僕は、そのユーコポス将軍と出来ればその親玉のスタリオス大臣を怒鳴り付けてやろうと決めた。

そのためには、とにかくスーソウまで行かなきゃいけない。


こうして、一万人からの人達が、そのまま残った。

仕方なく、一万人を三百の隊に分けて、アテナオス隊・テーバオス隊とスパルトス隊の人達をそれぞれの隊長にした。

その上に、テセイオスさん、オイディポソスさん、ラケダイモスさんの三人を大隊長として置く。

オリュンポシア隊の人達も隊長になってもらおうと思ったんだけど、みんな、隊長になるより僕の親衛隊でいたい、と言われたんで、そのままになった。

こうして僕は、いきなり一万人の軍隊を率いる事になってしまった。

相変わらず、後から来るはずの本隊からはなんの音沙汰も無い。

折々に報告の手紙を書いては、人面鳥に持たせて飛ばしてるんだけど、全くなしのつぶてだし、アルキビアス将軍もあれ以来帰って来る気配も無いままだ。

出陣する時にもらった食糧も軍資金もとうに尽きていた(そもそもあれは六百人分なんだから当たり前だけど)けど、タレラノスさん達が周りの街を説得して次々と味方に着けてくれたおかげで、特に困りはしなかった。

もう、連絡が無い以上、自力で進むしかない。

僕らは、一路スーソウを目指した。


その後は、もうなんだか拍子抜けするくらいあっけなく進んだ。

次の目標の街が決まると、タレラノスさんが一人で馬で先行して、話し合いを申し入れる。

一人で行くのは危ないんじゃないかと思うんだけど、どういうわけだか、タレラノスさんに話し合おうと言われると、中々突っぱねる事が出来ないらしい。

ただし、その間僕達は、黙って待っている訳にはいかない。

タレラノスさんは先行して出る時に、僕らが街に到着する日を指定する。

たとえば、三日後にとか。

それで僕らは、かならずその日に(『までに』じゃなくて)着く様に進軍するんだけど、それだけじゃなくて、一日当たりのペースは必ず均等にしなきゃいけない、と言われた。

たとえば、六百スタディオン先の街に三日で到着するなら、毎日二百スタディオンずつ進む様に、と念押しされている。

どこの街でも、これで上手くいってるんだけど、何のためにそんな指定が要るのか不思議に思って聞いてみた。

するとタレラノスさんは、辺りを憚る様に声を落として言った。

「これは大事な秘密なんで、他所では言わんでくださいよ。」

何だか判らないけど、とりあえず頷いた。

「期限を切らない話し合いは、どうしてもいい結論が出ません。特に相手が嫌々ながらという場合はね。」

「そういうもんですか。」

「ですが、話し合いを始める前に、こちらに都合の良い期限を呑ませるのは、それこそ至難の技です。特にこっちから先に期限を提示すれば、必ず反発されます。」

「まあ、そうでしょうね。」

「だから、とりあえず期限を切らない風を装って、話し合いを始める訳ですが、ああする事で話し合っている最中にどんどんと期限が迫っている事を、肌で感じさせるんですよ。」

「つまり、僕らの軍勢が接近する事で、その圧力が期限を明示する事になるわけですか。」

タレラノスさんは、軽く笑った。

「あなた方、というのはちょっと違いますな。」

「というと?」

タレラノスさんは、やれやれと言う感じで答えた。

「軍勢の圧力なんて、実際に目の前で見なけりゃ意味がありませんよ。私が利用しているのは、『貴方』の圧力です。貴方から発するオーラが日に日に強くなっていく状況では、中々冷静でいられる者はおりません。」

なるほど、このオーラで良い事なんて何一つなかったけど、どうやら使い途が無いわけでもないらしい。


そして僕らは、ついにペルシオンの都スーソウの城門前に立った。

僕自身も信じられない事に、ノモンハノスの戦いの後は、一度も戦う事なく、ここまで普通に歩いて来たんだ。

しかも、途中のいくつかの街では、タレラノスさんの説得で、銃を大量に複製させる事まで出来たんで、今や、僕らは全員が銃で武装した一万人の軍団だ。

どうみても、タレラノスさんはただ者じゃなかった。

「さて、ここからどうしましょうか?」

主だった人達を集めて、僕は尋ねた。

「一万人で包囲すれば、簡単に攻め落とせますよ。直ぐに掛かりましょう。」

ラケダイモスさんが言うと、みんなが頷いた。

するとタレラノスさんが割り込んだ。

「ああ、ちょっと待ってください。」

みんなが、そっちを見た。

「確かに、攻め落とすのはさほど難しく無いでしょうが、戦わずに降せたら、もっと良いんじゃないですか?」

すっかりやる気になっていたみんなは、その言葉に余計な事を言うな、という風にむっとした。

「そりゃそうだが、そんな事が出来るんかね?」

アスクレピオリスさんが、間を取り持つ様に尋ねた。

「出来ますよ。話し合いで降伏させましょう。」

オイディポソスさんが、尋ねる。

「あんたが話し合えば出来るのかもしれんが・・・そもそも向こうに話を聞く気があるのかい?」

みんなはもっともな疑問だと頷いたが、タレラノスさんは軽く笑い飛ばした。

「気があろうとなかろうと、聞かん訳にはいきませんよ。ダミアノス様は、今やペルシオンの西三分の一を支配しておられるんですからね。」

「支配?」

オイディポソスさんが聞き返そうとしたんだけど、僕は黙っていられなくて割り込んだ。

「ちょっと待って、それってどういう事です?」

タレラノスさんは、にっこりと笑って言った。

「ここまでに我々が降した街は全て、ヘラシアにではなく、ダミアノス様個人に忠誠を誓っております。」

「なんで・・・?」

タレラノスさんは、噛んで含める様な言い方で説明した。

「ペルシオンの民にとって、ヘラシアはカリモドラの山並みの彼方にある異国に過ぎません。言わば抽象的概念なんですよ。それに忠誠を誓うと言ったところで、特に実感の伴う物でもないから、我々の軍勢が通り過ぎれば、それこそ喉元過ぎればというやつで、ペルシオン軍が戻って来れば元の木阿弥です。しかし、貴方様が私らになさった事をつぶさに知って貴方様に降るのが利のある事だと理解し、その上で貴方様の荘厳無比なオーラを目の当たりにすれば、もう、貴方様に逆らう事など、想いも寄らぬ沙汰と覚るでしょう。まあ、いわばペルシオンを平定するための方便だとご理解ください。」

その説明に、僕以外の全員が頷いた。

僕は、なんとも納得がいかないんだけど、人死にが出ないで済ませられるんなら、しょうがないのかもしれないと思うしかなかった。

「判った。じゃあタレラノスに任せましょう。それで良いな、ラケダイモス。」

アスクレピオリスさんがそう言うと、ラケダイモスさんも頷いた。

主戦派の筆頭と言えるラケダイモスさんが同意したんで、降伏勧告に決まった。

「で、どうやって話し合いの場に向こうを引っ張り出すんだ?」

オイディポソスさんが尋ねる。

「私が少数の兵と共に、今夜忍び込みます。で、皇帝のダレイオシスをじかに説得します。」

事も無げな言い方に、みんなは絶句した。

やがて、テセイオスさんが、みんなを代表して尋ねた。

「皇帝に会えるのか?」

「ええ、私は先帝の庶子とはいえダレイオシスの兄ですからね。」

この言葉で、ようやくなんでここまでこんなに順調に来れたかが判った。


驚いた事に、翌日の日の出と共にタレラノスさんは、皇帝のダレイオシスさんを連れてやって来た。

なんとも居心地の悪そうな様子で黙って立っている皇帝の横で、タレラノスさんが軽く頼む様な仕種をする。

降伏する立場とはいえ、皇帝となると自分から先に名乗る訳にもいかない、という事だろう。

「始めまして。オリュンポシアのベネディクトスの子ダミアノスです。」

遊撃将軍なんて肩書を名乗るのはどうにも落ち着かないんで、僕の自己紹介は、今でもこれだ。

向こうはちょっと驚いた様だったけど、軽く笑って言った。

「ああ、うむ。余はペルシオン皇帝ダレイオシスである。」

そうして、僕らは握手した。

何だか、ダレイオシスさんの肩から力が抜けた様な気がした。

「それで、降服して貰えるんですか?」

「ああ、そなたに我が身のみならず、帝国の全てを委ねよう。」

何の条件も取り決めない内にそう断言した訳だから、随分と思い切った発言ではある。

「本当に、それで良いんですか?」

僕が思わず尋ねると、ダレイオシスさんは、苦笑しながら言った。

「およそ、兄者あにじゃの言う事に、間違いがあったためしは無い。その兄者がそう言うのだから、それが一番良い落着であろう。それに、こうしてそなたを見れば、他の選択なぞ考える必要も無い事が判る。」

こうして、ペルシオンは降服した。

「それで、こうして降服したからには、南の軍勢の狼藉は止めて貰えるのだろうな?」

「南の軍勢?」

話が見えないんで問い返したら、ダレイオシスさんが不審そうな顔になった。

そこに、タレラノスさんが割り込んで来た。

「十日ほど前に、ヘラシアの船団が南の海岸に押し寄せ、上陸した軍勢約二万が、現在スーソウに向けて進軍している様です。」

なるほど、いつまでたっても本隊が追い付いて来ない訳だ。

僕らを囮にして、船で海側から奇襲するという戦略だったようだ。

すると、アルキビアス将軍も、多分そっちに居るんだろう。

「判りました。直ぐに伝令を送ります。」

ダレイオシスさんは、ちょっと疑る様に眉をひそめたが、タレラノスさんが頷いて見せたんで、文句は言わなかった。

「ところで、スタリオスさんとユーコポスさんに会わせて貰えませんか?」

ダレイオシスさんは、頸を振った。

「その件は兄者から聞いておるが、応じられぬ。」

今度は、僕が眉をひそめる番だった。

「何でです?」

ダレイオシスさんは、忌々しげに言った。

「ここに連れて来ようと思っていたのだが、ボルセビコスの奴輩やつばらは、夜明け前に風を喰らって逃亡した。余のみならず、帝国そのものを見棄ておったのだ。」

「そうですか。」

僕ががっかりした様子を見て、皇帝は付け加えた。

「あの様な者共に自儘じままを許したのは、全て皇帝たる余の不明であるから、その責めは全て余が負わねばならぬ。斬首なり何なり、気の済む様にせよ。その代わり、逃げたボルセビコスども以外の罪は問わんで貰えぬか。」

「え?いや、そんな大袈裟な話じゃありません。逃げたなら仕方がないんで、これ以上誰かを責める気は無いです。」

僕が少しむっとした様子を見て、ダレイオシスさんは焦った様に言った。

「あ、ああ勿論ボルセビコスどもは、草の根を分けてでも探索させる。」

どうやら皇帝は、僕が何で怒っているのか理解できていないらしい。

「それは、もう良いです。そんな事より、軽々しく命を棄てる様な振る舞いは止めてください。」

皇帝は、きょとんとしていたが、タレラノスさんにつつかれて言った。

「ああ、その・・・今後は控えよう。」


本隊との連絡は、ゼウソスさんに行って貰う事にしたんだけど、ゼウソスさんが不安がるんで、タレラノスさんが同行する事になった。

「ところでダミアノス様、大将軍をお迎えに出られませんか?」

タレラノスさんが言う。

「私らは、馬を飛ばしますんで、二日後には本隊と合流出来るでしょう。だから、そうですね、五日後に途中のエクバタノス辺りまでお出になって、久しぶりに大将軍にご挨拶なさるというのはいかがです?」

これは、いつもの交渉テクニックを使うつもりらしい。

どうやら、本隊の姿勢を疑っているみたいだ。

そのあと、ほんの軽く付け加える様に言った。

「ああ、ついでにこの戦いでの投降兵一万人の謁兵えっぺい式も済ませてしまいましょう。」

つまり、この軍団を全て率いて来いと言っている訳で、ますます穏やかじゃない。

何を心配しているのか判らないけど、タレラノスさんがそう言うのなら、そうしておく事にした。


五日後に、僕らは約束通りエクバタノスに着いた。

本隊はすでに郊外に展開していた。

こっちも近くの原野に整列して待っていると、タレラノスさん達がやって来た。

「大将軍閣下が、お話したいそうです。」

僕らは、大将軍の天幕を訪ねた。

「これはこれはダミアノス閣下。ご活躍の程、お聞きしております。」

アルキビアス将軍は、燕脂色の徽章だから僕と同格の筈だけど、何のためらいもなくへつらって見せる。

その時、僕の横にいたゼウソスさんが、いきなり弾かれる様に後ろに退がった。

僕はちょっと驚いたけど、みんな知らん顔をしているんで、僕も気付かないふりをして、とりあえず挨拶を返した。

「貴方も、ご無事で何よりです。」

この人と話すのは楽しくは無いけど、まあ、軽い皮肉位は良いだろう。

「ダミアノス、この度はまさに斯々(かくかく)たる戦果だったな。」

そう言うミルティアス将軍は、あまり機嫌が良さそうではなかった。

おや?と思ったけど、僕のせいで用意していた戦略が全て無駄になった訳だから、機嫌が良くなる理由がない。

「あの・・・僕またなんかやっちゃいました?」

恐る恐る尋ねると、将軍は苦笑いしながら言った。

「うむ。まあ、そんなところだ。」


後で、ゼウソスさんに何があったのか聞いてみた。

「あの野郎の言い様があんまりなんで、思わず撲りそうになった途端に、何かに弾かれたんですよ。」

僕は吹き出した。

「そりゃそうなりますよ。あの人は、いつでも周りに障壁を張ってますからね。」

「え?そうなんですか?」

そうか、障壁の魔法が目に見える人は、あまりいないんだった。

「まあ、慎重というか、臆病というか、とにかくそういう人なんでしょう。」


スーソウに戻ると、皇帝が言った。

「ボルセビコスどもの逃亡先が判明した。ロシオンだ。」

その言葉に、タレラノスさんが、納得がいったという表情で頷いた。

ロシオンは、ずっと北にある古い国で、それほど大きくはなかったけど、今回の戦争に乗って同じ様に国土を拡張してきていた。

「何でロシオンに?」

タレラノスさんが、説明する。

「奴らは元々ロシオンから、亡命したい、という触れ込みでやって来たのです。もしかすると、と思っては居ましたが、やはりスパイでしたか。」

「うむ。我々に南方の平定をさせておいて、そのあと、一気に乗っ取る腹積もりだった様だ。」


こうして僕らは、ペルシオン攻略戦を終えて、引き上げる事になった。

ただし、ペルシオンが降服したからといって信用する訳にはいかない、とアルキビアス将軍が強硬に主張したので、南から来た本隊のうち一万人がこのままスーソウに入って監視する事にした。

そしてその指揮は、本人の強い希望で、アルキビアス将軍が取る事になった。

僕らは、ミルティアス将軍と一緒にヘラシアへ帰る事になり、引き上げの準備を始めた。

僕の部隊もダレイオシスさんと一緒にヘラシアへ行くんだけど、一万人ともなると中々準備も大変で、あれやこれやと支度に忙殺されていた。

それでもようやく出発の前日には用意が出来て、最後の夜営をしながら僕は、手紙を書いていた。

今夜の内に書き上げて、人面鳥ハルピュイアに持たせて飛ばしておかなければ、と思っていたんだ。

そこに、タレラノスさんがふらりとやって来た。

しばらくとりとめもない事を話していたんだけど、急に思い出した様にタレラノスさんは言った。

「まあ、ともかく道中のご無事をお祈りします。」

「え?一緒に来てくれないんですか?」

「ええ、私はこっちでやらにゃならん事がありますんで。」

「貴方みたいな有能な人なら、王様も喜んで迎えると思いますけど。」

タレラノスさんは、ちょっと複雑な表情になった。

「私がお仕えしたい方は、アレクサンデオス王ではありません。」

「ダレイオシスさんを支えて行きたいんですよね。でも、それならそれこそ一緒にいった方が良いんじゃないですか?」

タレラノスさんは、ますます微妙な顔になった。

「あ、いや、そう言う話でもありません。ともかく、いまここでやっておかなきゃならない事があるんで、今回は、ここに残らせてください。」

この人がそう言うんなら、どうしても必要な事なんだろうから、それ以上誘うのは止めておいた。

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