第二話 戦場へ行くゾ
僕がもうすぐ七歳になる頃、王宮からお触れが出た。
ヘラシアの隣国ペルシオンがこっちに向けて侵攻する用意を始めたらしいので、国内の街も村も迎撃のための軍勢を出せ、という事だった。
もう、四・五年前からあちこちで周りの国に侵略する国が出始めたんだけど、ペルシオンもその流れに乗り遅れまいと、周辺の国々を小さな国から順に次々と滅ぼして行って、とうとうこのヘラシアを侵略する番になったらしい。
大人達の話では昔の戦争は、相手の国に何か気に入らない事がある時に起こして、その目的を達成する(例えば王様に謝らせるとか、相手の王様を自分達の王様の家来にするとか)と、そのまま軍勢を退いたんだけど、今の戦争はそうじゃなくて、相手の国を滅ぼして自分の国にしてしまうとっても嫌な戦いになったんだそうだ。
というのも、戦争を始めたどの国も、その最終目的が世界を支配する事なんで、正々堂々とか兵隊以外は傷付けないとか、そんなルールは誰も守らなくなっちゃったらしい。
そういう戦争をする国の王様は、自分から魔王を名乗って、殺されるか奴隷になるか、という選択を要求するんだそうだ。
そして、村長のクロノソスさんがうちにやって来た。
僕は寝室に追い立てられたけど、話が気になるんでこっそりと透視で覗いてみた。
「動員命令が出たんですか。」
「ああ、わしが隊長になって、みんなを率いて行く。」
「こんな山あいの小さな村まで動員しなきゃならないくらい、切迫してるんですね。」
「そうらしい。」
父さんは、ため息をついてから言った。
「判りました。用意します。で、いつ出陣ですか?」
「いや、ベネディクトス、出てほしいのはお前さんじゃない。」
その言葉に居間に緊張が走る中で、村長は言いにくそうに切り出そうとした。
「その、つまりだな・・・」
村長の言いたい事を覚った母さんが、悲鳴の様な声をあげた。
「あの子は、まだ七歳にもならないんですよ!」
その剣幕にたじたじとなりながらも、村長は言葉を続ける。
「勿論それは判っている。七歳の子供を戦場に駆り出すのは、どう考えても正気の沙汰じゃない。だが、ダミアノスさんが一緒にいてくれたら、それだけでみんなが安心するんだよ、」
「そんな無茶な!」
父さんも叫ぶ。
村長の沈黙をどう受け取ったのか、父さんは追い討ちを掛ける様に言った。
「だいたい、あんな小さな子が戦場で役に立つ筈がないでしょう!」
しかし、それは失言だったみたいだ。
「本当に、そう思うかね?」
今度は、父さんが言葉に詰まった。
「あの子の力は、本当に計り知れない。さっきも言った通り、確かに七歳の子供が前線で戦うのは、わしもどうかと思うが、あの子の素晴らしい治癒の力は、後方で是非とも必要な物だ。」
その時、僕は気付いた。
今進行中のこの戦争が、多分この世界の危機ってやつなんだろう。
なら、それを少しでも早く終わらせられたら、その分だけ帰還が早まる。
父さん母さんやその他のみんなと別れるのは淋しいけど、それでも僕は早く還りたいんだ。
「僕、行きます!」
いきなりの声に驚いたみんなは、居間の戸口に立つ僕の方を向いた。
クロノソスさんは、喜んだというよりは安心した様な表情になったけど、何も言わなかった。
父さん母さんは、それこそ血相を変えて、思い直す様に頼んできたが、僕の決心は堅かった。
そして、僕がやる!と言った事は、たとえ父さん母さんでも止めさせる事は出来ない。
「僕に使える大きさの刀はありますか?」
僕の体の大きさは普通の七歳児なんだから、大人の使う剣では抜くことも出来ないんで、子供サイズの物がなければ作ってもらうしかない。
「ああ、いや、貴方に剣を取って戦ってもらうわけじゃありません。」
「え?じゃあ僕は何をするんです?」
「貴方は、治癒者としてこの村から出る五人の娘達と一緒に、後方の救護所に入ってもらう事になるでしょう。」
「それじゃあ、みんなの役に立たないんじゃないですか?」
「いや、貴方のオーラを背中に感じている限り、みんな怯えを感じる事なく前進できます。」
三日後に王都に向かう軍勢(といっても五十人足らずだけど)の中に、僕はいた。
父さんの厳しい表情や、母さんの泣き顔を見るのは辛かったけど、それでも僕は顔を上げ、前を向いて進んで行った。
王都に入った僕たちは、まず兵部省に向かった。
この国の軍隊は、村や街ごとに割り当てられた人数を出して、装備も自弁だから、その地域ごとの集団が、編成の基本単位になる。
そこでこうやって王都に出頭すると、兵部省に行って地元と人数を登録してから、宿舎の割り当てを受けて待機する。
そうしたら、兵部省から役人が来て、全体の力量を確認した上で、どの将軍の下に配置するかを決める、という手順なんだそうだ。
クロノソスさんは、役所街の広場でみんなにここで待つ様に言ったあと、続けて言った。
「ああ、ダミアノスさんは、わしと一緒に来てください。」
なんで、僕が行かなきゃいけないのか良く判らないけど、みんなが当然だという顔をしているので、とりあえずついて行った。
兵部省の門を入ると、いかにも役所といった感じの厳めしい建物が建っていた。
その前に立って開け放たれている玄関を覗くと、受付の前は殺気立った人たちでごった返していた。
みんな口々に喋っているので自然と声が大きくなり中には本当に怒鳴りあっている人もいて、玄関の外までざわめきが溢れてくる。
棘々した感じで嫌だなあと思いつつ僕たち二人が中に入った。
ところがその瞬間に、喧騒がぴたりと止まった。
思わず辺りを見回すと、全員の目がこっちを向いている。
ちょっと軽く脚がすくんだけど、村長は平気な顔で入って行くんで、僕も表情を取り繕って付いて行った。
僕らが進んで行くと、人波が自然に割れていく。
受付カウンターに向かうと、人だかりがさっと分かれて、道が出来た。
村長は、カウンターの前で踵を打ち合わせると、声を張り上げた。
「オリュンポシア村から五十名、到着しました!」
その言葉に我に返った係の人が、慌てて手元の帳面をめくり、確認してから言った。
「あ、ああ、ご苦労。」
「どこへ行けばよろしいか?」
ふたたび帳面を確認して、係の人が答えた。
「あ、その、第五兵舎に行け。明日以降に、人員確認担当者が行く。」
「承知しました。」
クロノソスさんは軽く一礼すると、踵を返したので、僕も付いて行く。
僕らが出ていくまで、誰も一言も喋らなかった。
兵部省の門を出てから、広場に戻りながら僕は尋ねた。
「あの・・・僕またなんかやっちゃいました?」
村長はにやりとして言った。
「貴方が一緒だと、色々と話が早くて助かるんですよ。」
翌日の昼前に、十人もの人達が行列を作ってやって来た。
人数確認だけだから、したっぱの役人と兵士が来ると聞いていたんで、ちょっと意外だった。
行列のうち五人はそれなりに立派な服を着ているが、まあ、普通の役人らしかった。
残りの五人はそれぞれ色の違う徽章を頸に巻いているんで、軍人らしい。
その中に一人、目の覚める様な紅い徽章を着けている人がいて、ちょっと不思議に思った。
あれは、帝王色といって、王様の許しがなければ着けられない色のはずだ。
その人を見た村長は、呆然として呟いた。
「何で大将軍閣下が・・・」
その言葉で、徽章の色の意味が判った。
大将軍という事は、ヘレニア王国の総司令官だ。
一行が僕らの前に来ると、その紅い徽章の人が言った。
「君が昨日の少年か。」
僕に敬語を使わずに話しかける大人は、久しぶりだった。
どう答えたら良いのか判らずに黙っていると、その隣に立っていた燕脂色の徽章を着けた人が言う。
「おい!ミルティアス閣下がお尋ねだ。返事をせ・・・」
その声に僕が目を向けると、その人は声を飲み込んでしまい、語尾は聞き取れなかった。
「構わん。」
そう言って大将軍は、村長に向き直った。
「この子が昨日の少年かね?」
「は、はい、左様です。オリュンポシア村のベネディクトスの子、ダミアノスと申します。」
「この子は、戦場で何をするのだ?」
「ああ、その、あっちの娘らと一緒に、治癒者を勤める事になっとります。」
「ふむ。」
大将軍は眩しい物でも見るかの様に、僕を薄目で見ながら何かを見極めようとしている風に見えたが、やがて言った。
「お前達の軍勢は、治癒者も含めどの将軍の配下にも置かぬ。全員が一団となって直接私の指示で動く様に。」
クロノソスさんが、その言葉の意味を図りかねていると、さっきの燕脂色の徽章の人が言った。
「返事は!」
「は、はい、かしこまりました。」
「具体的な配置は戦場で指示するので、それまで本営に付いていろ。」
そう言って大将軍が振り返ると、他の人達が先導する様に一斉に前に出る。
そうして出て行くその後ろ姿は、肩の力が抜けて、さっきより少し小さくなった様に見えた。
こうして僕たちは、ミルティアス遊撃隊と呼ばれる事になった。
ペルシオンの軍勢は国境に迫ってきたので、国境のすぐ内側にあるマラトーの原野で迎え撃つ事になった。
そのむこうにはテルモピュラ峠があり、それを越えて平地に出る所までが、ペルシオンの領土だ。
国境を越えて峠まで進出するという意見も出たけど、こっちが先に国境を越えるとこちらから戦端を開いた事になるので、得策ではないという話になったそうだ。
こちらの軍勢は、ミルティアス大将軍の下に七人の将軍がいて、そのうち二人は大将軍の参謀で、残り五人がそれぞれ千人くらいの部隊を率いているから、総勢五千人程だ。
ちなみに、大将軍の参謀の一人が、あのいばりんぼのアルキビアス将軍だったりする。
それに対して、ペルシオン軍は一万人くらいいるそうだ。
つまり、はじめからかなり、分が悪いってことだ。
マラトーに入るとすぐ、遊撃隊は最前線の北の端に配置された。
位置につくと、クロノソスさんは言った。
「良いですか、ダミアノスさん。もしわしらの隊列が崩れ始めたら、その娘らを連れて、全力で逃げてください。」
僕が頷くと、村長は軽く笑いながら続けて言った。
「まあわしらの方に襲い掛かって来るほど物好きな敵は居らんでしょうがね。」
僕らは今、平原に南北に長い戦列を作って半スタディオン程離れた敵軍と向かい合っている。
僕らの置かれた北の端はすぐ横が崖っぷちなので、大軍が通り抜ける様な余地もなく、わざわざ攻め掛かってくる意味は無いから、特に心配はしていない。
更に、伝令は僕らが配置に着いた事を確認すると、大将軍の指示を伝えた。
「君達は、ここから動くな。こちらの戦列が前進を始めても、そのままじっとしている様に。」
まあ、僕たちはその程度の扱いなんだろう、とこの時は思っていた。
その時、突然僕たちの頭上に雷が落ちてきた。
僕が軽く払う様に手を振ると、雷は空中で大きく曲がって手前の何もない地面に落ちた。
凄まじい雷鳴と共に、落雷した地面が爆発してちょっとした大きさの穴ぼこが出来た。
その理由は、転生前の経験からすぐに判った。
雷の電流が地面に流れた事で、地面の電気抵抗のせいで瞬間的に大きな熱が発生して、地面の水分が一気に気化したからだ。
といっても、普通ならせいぜい表面が軽く弾ける程度の筈なんで、あんな爆発になるって事は、信じられない程の大きな雷だったって事だ。
「うわぁ、たまげた。親父の雷だってあんなに凄くは無かった。」
村長が呆然として呟く様に言った。
どうやら、世界は僕らの経験を遥かに越えるくらい広いという事らしい。
続いて、早太鼓の連打みたいに立て続けに大小の雷が落ちてきたが、僕はそれを全て、誰も居ない地面に反らした。
なぜ、次々に雷が落ちてくるかと思った時、いつもの様に転生前の経験から、理由が理解出来た。
要するに、準備砲撃なんだ。
突撃の前に少しでもこっちの陣を崩しておこうと、こうやって叩いているわけだ。
この世界には大砲が無いから、それを雷でやるんだ。
僕は鳥瞰の魔法で、戦場を上から見下ろしてみた。
どこに一番沢山の雷が落ちているかを見ようとしたんだ。
そして、僕は愕然とした。
こっちが撃つ雷は、向こうの軍勢の中心とその周辺にランダムに落ちているのに、何故だか判らないけど、向こうの雷は僕たちの頭上にだけ落ち続けている。
勿論、僕はそれを片端から反らしてるんで、空地の地面に穴ぼこが増えるだけで何も困る事はないけど、それでも嫌な感じがした。
やがて落雷が唐突に止むと、どしゃ降りの雨みたいに矢が降り注いで来た。
僕が手を挙げると、それは全部真下に向きを変えて、目の前にあっという間に矢の林が出来た。
その時、双方の中央で吶喊!という声が響いた。
両方の先陣が、ぞっとする様な雄叫びを上げて、一斉に走り出した。
向こうは、真ん中の一番厚い部分が突出して、こちらに尖端を向けたV字型になりながら、全速で突撃してくる。
こっちの軍勢も負けじと同じ様に突進し始めた。
二つの巨大なV字は、鋭い矢の様に勢いよく前進する。
そのまま、二つの巨大な矢尻が激突するのかと思ったら、向こうの尖端は急に進路を変えた。
こっちはそれを無視して突撃を続けるので、二つの矢は戦場の中央ですれ違った。
なるほど、こちらの主力との正面衝突を避けて、側面から攻撃するつもりなのかと思った。
中々おもしろい作戦だけど、それだといずれ迂回しなければならない分だけ出遅れるし、戦場での大きな迂回機動は隊列を保つのを難しくする。
だから、事前に入念な準備が必要なんで、そうとう訓練をしているんだな、と少し感心した。
でも、それならもう迂回を始めなければならない筈の地点を過ぎても、向こうの矢はまだ突進を続けている。
こっちの先陣は、もう向こうの軍勢の長く引いた尾の一端に接触し、たちまちそこを突き破った。
こっちの主力が、向こうの薄く引き延ばされた側面を突いたわけだから、当然の事だ。
それでも向こうの矢は、そのまま全速で進み続ける。
となると、その目的は小迂回での側面攻撃じゃなくて、大迂回でこっちの戦列の端を突き抜けて、背後に廻ろうという事らしい。
これはまた恐ろしく大胆な作戦で、上手くすればこっちを一気に殲滅する事だって可能だけど、そのためには大変な距離を走らなきゃならない。
で、その間にこっちが本陣を突いてしまえば、向こうが壊滅しかねない。
なんにしても、まずうまく行く可能性は無さそうな奇手だから、そんなに心配は要らなそうだった。
ただし、その進路が真っ直ぐこっちに向かっていなかったら、だけど。
それは、もう物凄い土煙に被われていて、正面からは全くその中が見透せず、まるで巨大な壁が迫って来る様に見えた。
それでも、押し寄せて来る大軍の圧力はみんなにも感じられた様で、全員に緊張が走る。
その土煙が五十ペーキュス程に迫ってきた時、その中から大量の投げ槍が飛び出した。
さっきの矢と同じくらいの密度で飛んでくるんで、僕はまた両手を挙げた。
槍は矢と同じく下に向きを変えて、槍の林が出来た。
それにしても、全力で走りながら全員が一斉に槍を投げられるなんて、そうとう優秀な部隊らしい。
多分、侵攻軍の中核戦力の中でも精鋭部隊なんだろう。
村長は振り返ると、叫んだ。
「こりゃあ駄目だ!今すぐ逃げてください!」
それだけ言うと正面に向き直って走り出し、最前列の更に前に出て両手を天にかざした。
そのすぐ横に、同じく全力で飛び出したイアペトソスさん、コイオソスさん、クレアノソスさんが並んで両手をかざす。
うちの村で、集団戦闘に使えるレベルの攻撃魔法が使えるのは、この人達だけなんだ。
他の人達は、その後ろで壁をつくる様に並んで一斉に剣を抜いた。
僕が透視で土煙の中を見ると、大軍の先頭で数人が弾き飛ばされ、あるいは落雷で倒れるけど、一度に一人二人が倒れるだけで、その怒涛は倒れた兵士を踏みつけながらその勢いは全く衰える事なく押し寄せて来る。
こりゃ駄目だ、速すぎる。
僕一人なら走って逃げられるかも知れないけど、お姉さんたちはとても無理だ。
「僕の後ろに居てください!」
僕が叫ぶと、お姉さんたちは慌てて背後にまわる。
ついに、軍勢の尖端が村長たちに届いてしまった。
村長が槍で突き通され、続いてイアペトソスさん達が刀で切り付けられるのが見えた。
その血飛沫をみた瞬間に、僕は思わず叫んだ!
「おじさんたちに何をする!」
それは、声を遥かに越えた力の波動となって、戦場を走った。
その波動が通り抜けた瞬間に、津波の様な敵の軍勢が全て静止した!
そのまま全員の視野は全て土煙に被われて、透視の使える者以外には何も見えなくなり、透視出来る者は愕然として言葉を喪ったまま、同様に立ち竦んでいた。
戦場はあり得ない様な静寂に包まれ、指一本動かす者もいなくなった。
やがて、何が起こったのか判らないまま、透視の出来る者以外が無言で恐る恐る周りを見回し始めた時、軽く風が吹いた。
土煙がぬぐい去られる様に消えると、さっき衝突が始まった筈の戦端には、悪鬼のごとき表情で武器を振り上げた数十体の石像が並んでいた。
僕たちの軍勢は、直前まで対峙していた相手が石像に変わっているのを見て、何が起こったのか理解出来ないまま、無言で後ずさった。
続いて、向こうの兵士達が、五十ペーキュス離れていてもはっきり判る程に、がくがくと震えだした。
見渡す限りの戦場が、耐えがたい程張り詰めた空気に包まれた。
その緊張は、針で一突きすれば弾け飛ぶのは明らかだった。
そして、どうやら透視で状況を見ていたらしい敵の兵士の一人が、その一突きを加えた。
「嫌だぁあああああ!俺らは石にゃ成りたくねぇえええ!」
そのまま何処へともなく駆け出して行ったのに続いて、敵側の兵士達が一斉に大声で喚く。
「お助けぇええ!」
「軍神様ぁああ!」
「お母ちゃぁあああん!」
そのほか、何とも形容しがたいおめきが一帯を覆い、見渡す限りの敵兵はただの烏合の衆と化して、あらゆる方向へ逃げ出して行った。
その間こっちの軍勢は、目の前の敵軍の津波が一瞬で消え去ったのを、呆然と見送るだけだった。
やがて、我に返った誰かが叫んだ。
「やったぁああ!」
その声で自分達の仕事を思い出した兵士達は、敵兵の残存に向かって勢いよく歩を進めていった。
戦場全体が沸き立つ様な興奮に包まれる中で、僕は恐ろしくなって、誰にともなく尋ねた。
「あの・・・僕、またなんかやっちゃいました?」
全体が煮えたぎる大鍋の様相を呈している戦場では、その声は誰も聞いていなかった。
戦端が開かれると同時に主力の大半を喪った敵軍は、ほぼ抵抗する事なく、降伏した。
悲しい事に、先頭に立った四人は即死だったために、助ける事は出来なかった。
こうして、僕の初陣は大勝利に終わったんだけど、降伏した敵の大将を尋問した結果、衝撃的な事実が判った。
あの奇妙な機動は、大迂回による殲滅を目的とする奇策なんかじゃなくて、こっちの中核を叩くという定石に沿った作戦のつもりだったそうだ。
この世界での戦争では、基本的に布陣の中核部を隠蔽する事は出来ない。
司令官の居る本陣には、有能な人間が集中しているために、そのオーラが遠くからでも一目で判るんだ。
それは、多くの場合はかなり後方にあって、そこへたどり着くには多くの犠牲を必要とする事が見てとれるんだけど、ペルシオンの司令部は、最初の睨み合いの時点でこっちの布陣がおかしい事に気付いた。
向こうの大将に言わせると、戦場を覆い尽くす程の強大なオーラが、最前列のそれも一番端にあるのが見えたそうだ。
そんなところに本陣を配置するなんて偏った布陣は見た事が無いんで、何か奇策に出ようとしていると判断して、まずそこを全力で叩いて出鼻を挫くつもりだったらしい。
勿論、こっちの本陣は定石通り戦列中央の後方にあったわけだから、あっちが見ていたのは僕一人のオーラだったんだ。
つまり僕が戦場に出ると、必ずそこが主戦場と見なされてしまうわけで、これはかなり困った話ではある。
更に面白く無い事に、これはこっちの将軍達にとっても想定外の事態じゃ無かったらしい。
つまり、僕らは始めから囮として扱われていたんだ。
そう語るミルティアス将軍に、僕は言った。
「貴方の戦術は判りましたが、それなら僕らもそれなりの準備が必要です。」
「どういう事だね?」
「とにかく、一旦帰らせてください。準備を調えてから、また来ます。」
僕が本気で怒っている事が判った将軍は、不承不承ながらペルシオンの再度の侵攻が始まるまでには必ず帰ってくるという条件で、それを認めた。
村に帰ると僕は、鍛冶屋のヘパイストロスさんのところに行った。
「鉄の筒?」
「うん、出来るだけ沢山作ってください。」
「大きさは?」
「長さは二ペーキュスくらい。太さは、おじさんがこう、」
そう言って僕は、親指と人差し指で輪を作って見せた。
「したくらいで、中の穴の広さは、おじさんの人差し指の太さくらいの丸い穴。あと、片側は完全にふさいで、その底は中で大きな雷が弾けてもびくともしないくらい頑丈にしてください。それと、木の台に噛み合わせて固定するんで、真ん中辺と底のところに丈夫な爪を付けてください。」
おじさんは当惑しながら言った。
「そりゃあお安い御用ですけど、何に使うんです?」
「みんなが、落雷と破壊を合わせた魔法を使える様にします。」
おじさんは驚いた。
「ダミアノスさんが出来ると言うからには出来るんでしょうけど・・・」
半信半疑と言うよりは、八割がた疑っている様子だ。
まあそりゃあそうだろう。
とにかく、実際にやって見せるしかない。
「いつごろ出来ますか?」
「とりあえず、試しに一本作って見ましょう。」
そう言うと、ヘパイストロスさんは、炉に向き直った。
呪文を唱えながら鉄の欠片を次々と炎に投げ入れる。
炉の下から強い風が吹き上げて大きな炎が伸び、そのすぐ下で燃える炭は、赤からオレンジを通り越して、白く輝く。
しばらくすると、放り込んだ鉄の欠片は、周りの炭と同じ色になり、形を失っていった。
それらは炎の中で、スライムの様に動きながら集まって一つの塊になると、どんどん延びていく。
きれいな棒の形になったところで、炎の上からふわりと浮き上がって、空中を水平に移動すると、水の入った桶に飛び込んだ。
たちまち水が激しく沸き立ち、棒は輝きを失う。
少しして、ヘパイストロスさんは桶に手を入れて、黒くなった棒を取り出した。
「これでどうです?」
「うん、これなら文句なしですね。ありがとう。」
「これがどうなるのか見たいんですが、ついて行って良いですか?」
「ええ、勿論。あ、そうだ。あと炭も貰えませんか?」
「いいですけど、どれくらい入り用です?」
「そうですね。そこの壺に一杯くらいで。」
僕はその筒を持って、炭を山盛りにした壺を抱えるヘパイストロスさんと一緒に、指物師のディダロスさんのところに行った。
「木の台ですか。」
「うん、この筒を支える台を、木で作って欲しいんです。」
「支える?」
僕は枯れ枝を拾って、大雑把な形を地面に描いた。
「こんな形で、ここにこう筒がのって爪を嵌め込んで、こことここを両手で持ってここを肩に当てて、大人の人がこうやって支えられる様な台です。」
僕が実際に構えるジェスチャーをすると、ディダロスさんも形が理解出来た。
「何に使うんですか?」
僕は、ヘパイストロスさんにした説明を繰り返した。
「えーと、」
ディダロスさんは、玄関脇に立て掛けて干してある板の一枚を取り上げてた。
「厚みはこんな物ですか?」
「うーん、もうちょっと厚い方が良いかなぁ。薄いと肩が痛くなります。」
おじさんは別の板を取った。
「じゃあこれくらい?」
「うん、そのくらいです。」
「ちょっと待っててください。」
そういいながらおじさんが人差し指でなぞると、きれいに板が切れた。
「角は落とした方が良いですよね。」
「うん、肩に当たるところだけ平たくして、後は持ちやすい様に丸くしてください。」
おじさんが掌で撫でると、みるみる角が取れて滑らかな曲面になっていく。
「ちょっとその筒を貸してください。」
そう言って筒と合わせて支える溝と噛み合わせの爪を入れる窪みを調整した。
木槌で叩くと、ぴったりと填まってびくともしなくなった。
「後は、鉄の帯で二ヶ所締め上げてください。」
「そこまで頑丈に?」
「うん、物凄い衝撃が掛かるんです。」
「ふむ。」
頸をひねるディダロスさんに、それまで黙って見ていたヘパイストロスさんが言った。
「それなら、俺が鉄の箍を作って来よう。」
「ああ、あんたが作る箍なら、安心だ。」
そう言って二人は、箍の大きさを話し合って決め、ヘパイストロスさんは一旦工房に帰る事にした。
「このあとはヘルメオスさんのところに行くから、そっちに持ってきてください。」
「判りました。」
ヘパイストロスさんが帰ったんで、僕も行こうとしたところで、ディダロスさんが言う。
「俺らもついて行って良いですかね?」
「ええ、どうぞ。」
こうして概ね形になったサンプルを持った僕と、炭壺を抱えたディダロスさんが、今度は鋳物師のヘルメオスさんのところに行った。
「この筒にすっぽり入る鉛の球?何に使うんですか?」
僕は、また説明を繰り返す。
「何個くらい要るんですか?」
「えーと、鉛の球じゃなくて、それを作る鋳型が欲しいんです。」
「鋳型?つまり、その球の木型ですね。」
普通は鋳物を作る時は、作りたい物をまず木で作って、それを脂で練った目の細かい砂に埋め込んで、それをしっかり突き固めてから形を崩さない様に切って、その木型を取り出す。
この木型は、雄型と言う。
その雄型を取り出した後の窪みは雌型と言って、ここに溶かした材料を流し込んで冷えるのを待ち、雌型を崩して取り出す。
ただし、金属は冷えると縮むから、雄型は作りたい物より一回り大きく作る必要がある。
だけど、今回はそういうやり方じゃ間に合わない。
「いや、雄型じゃなくて雌型を直に、それも鉄で作ってください。」
「へぇ、そりゃあまた、一体その球を何個くらい作るつもりなんです?」
「何万個か何十万個か、とにかく沢山です。」
「判りました。ちょっと待っててください。」
そう言ってヘルメオスさんは、二枚の鉄板を取り出した。
それを机の上に置いて指でぐりぐりとこじると、指先がだんだんめり込んでいった。
そうは言っても鉄板は固いので、かなり時間が掛かり、その間にもおじさんは、何度も穴の大きさと筒の口の大きさを比べて見た。
やがて、きれいに同じ大きさの穴が整列した二枚の鉄板が出来た。
「じゃあ、ちょっと試して見ましょう。」
そう言って、おじさんはその二枚の鉄板を重ねて、炉から手鍋を下ろすと、中の溶けた鉛を注いだ。
「さぁて、ご覧じろ。」
鉄板を開くと、きれいな鉛の球が並んでいる。
鉄板を縦に持って机にこんこんと軽く当てると、球が次々と転がり落ちた。
「こんな物で、良いですか?」
「はい、大丈夫です。」
それを何回も繰り返して袋一杯分の球が出来た頃に、二個の鉄の輪を持ってヘパイストロスさんが走ってきた。
息を切らせているヘパイストロスさんからそれを受け取ったディダロスさんが、木槌を借りてこんこん叩いて嵌め込んだ。
「さすがだね。見事にぴったりだ。」
感心するディダロスさんに、ヘパイストロスさんは満更でもない様子だった。
こうしてヘルメオスさんも加わって、四人で薬師のアスクレピオリスさんのところに行った。
「硫黄?どれくらいです?」
「この炭と同じくらいお願いします。」
「ええと、ちょっと待っちゃってください。」
そう言ってアスクレピオリスさんは、戸棚を開けると硫黄の詰まった壺を取り出した。
「こんな物で、何をするんですか?」
僕は、ここでも説明を繰り返す。
「じゃあ、わしも見に行って良いですか?」
「ええ、勿論。」
最後は、代替わりしたばかりの村長のところだ。
「おお、ダミアノスさん。大活躍だったそうですね。」
「いえ、僕がもっとしっかりしてたら、クロノソスさん達が死ななくても良かったんです。本当にごめんなさい。」
「いえいえ、親父は先頭に立って村の誰よりも先に命を懸けるのが仕事なんだから、あれは仕方が無いんですよ。他のみんなもそうです。みんなはじめから国の、いや、村のために命を棄てる覚悟は出来ていました。それどころか、あの規模の戦いに出て、うちの死人が四人で済んだなんて、それこそ奇蹟ですよ。それがみんな貴方のお陰なんですから、みんなあの世でむしろ喜んでますよ。」
そう言って慰めてもらっても、気は楽にならなかった。
「ところで、今日は大勢連れて、何の御用ですか?」
僕は、もう何度目か判らなくなった説明を繰り返したが、さすがに信じられない様子で、ゼウソスさんは言った。
「そりゃあ、凄い話ですが・・・」
「とにかく、みんなでやって見ましょう。」
そう言って村の納屋から肥料を出してもらうと、壺に入れて水を注ぐ。
肥料として使うなら今のままでも良いんだけど、これからやろうとする目的には不純物が多すぎて使えないんだ。
しばらくかき混ぜてから、溶けない不純物が沈むのを待って、上澄みを大鍋に注いだ。
壺の底に溜まった澱を捨てて、また、肥料と水を注ぐ。
何回か繰り返して大鍋が一杯になったところで、僕は大鍋に両手を当てて、ゆっくりと加熱していった。
「水を飛ばして、結晶だけを取り出しますが、強火でやると危ないんで、ゆっくり温めます。」
僕の魔法を使えば、不純物を取り除いて純粋な物を作るのは簡単だけど、誰でも出来るやり方でなきゃ意味がないんだ。
水が全部蒸発して、真っ白な結晶が鍋の底に固まった。
僕は、作業を繰り返しながら言った。
「次は、これと硫黄と炭を砕いて、粉にしてください。」
そうして白・黒・黄色の三種類の粉が出来た。
「これを混ぜながら、擂り潰して細かくします。ただし、これはかなり危ないから少しずつ作って、出来るだけそっとお願いします。」
そうして黒くて細かい粉が出来た。
「じゃあ、試して見ましょう。大きな板切れがありませんか?」
僕らは、それを持って野原に行った。
縦横二ペーキュスくらいの板を立ち木に立て掛けると、二十ペーキュスくらい退がる。
筒を縦に持って、その口から粉を注ぎ込み続いて鉛の球をぎゅっと詰めて、そのまま圧迫の魔法で筒の底まで押し込んだ。
しまった、装填用の槊杖を作ってもらうのを忘れてた。
まあ、少しきついけどこれくらいの圧迫なら大抵の人が出来るから、なんとかなるとは思うけど。
「これを的に向けて、こうやって構えたら、口火の魔法で中の粉に火を着けます。」
「へぇ。」
「この粉は狭いところで燃やすと、爆発するんです。で、その勢いで球が飛んで行きます。」
「それは・・・その、誰でも出来るんですか?」
「そうですね、口火が使えれば出来ます。」
口火は魔法の中でも基本中の基本だから、まず出来ない人は居ない。
これが転生前の世界なら、これを使える様にするためには、銃身の後ろに点火するための穴を開けなきゃならないし、その穴の外に火縄とか火打石とかで火を着ける機械仕掛けも必要になるけど、ここでは底をしっかりふさいだただの筒で済む。
「ちょっと練習すれば、半スタディオン離れてても当てられる様になります。うんと頑張れば、一スタディオンくらいはいけるんじゃないかな?」
ゼウソスさんが尋ねた。
「誰でも?」
落雷でも破壊でも、半スタディオン離れて当てられる人はあまり多くない。一スタディオンとなると、完全に特殊技能の領域なんだ。
「うん。」
「そりゃあ大したもんだけど、もう少し大きい球でないと、あまり効き目が無さそうですな。」
アスクレピオリスさんがそう言うと、みんなも頷いた。
球を投げつけるくらいの物だと思ってるらしい。
「いや、この球は凄く早く飛ぶから、このくらいで充分なんです。」
半信半疑のみんなに、言った。
「危ないから、少し離れてください。」
その言葉で、覗き込んでいたみんなが慌てて後ずさった。
僕はそれを肩に当てて構えると、口火の魔法を使った。
雷鳴と共に肩にがつんと衝撃が加わり、僕は大きく後ずさった。
僕の力ならこれくらいの衝撃はどうと言う事は無い筈だったけど、体重が七歳児の重さでしかない事を忘れていた。
板を見ると、いい感じにほぼ真ん中に穴が開いている。
さて、と見回すと、みんな尻餅をついていた。
予想外の大きな音で、腰を抜かしたらしい。
みんなはへたり込んだまま、口を大きく開けて僕と板に開いた穴を見比べるだけで、誰も喋ろうとしない。
「あのぅ・・・僕またなんかやっちゃいました?」
やっぱり返事は無かった。
僕らは、めいめいが細長い皮袋を担いで王都に帰った。
ゼウソスさんと一緒に、兵部省に帰任の報告に行くと、ミルティアス大将軍の所へ報告に行けと言われた。
まあ、僕らは(形式上は)大将軍の直属という事になってるから、それももっともかと、大将軍のいる本部兵舎へ行った。
「君達が中々帰って来んから、反撃の機会を逃すところだったぞ。」
別に僕らが居なくたって、大して違いは無いんじゃないかと思ったけど、あえて言い返しはしなかった。
「明日にはまた、マラトーに向かうので、すぐに出撃の用意をしなさい。」
五千を越える軍勢が明日には出撃出来るというのなら、もう事前準備が完了しているという事だから、本当に僕らが帰還するのを待っていたのかもしれない。
燕脂色の徽章の将軍が言う。
「本来なら峠の麓まで進出して、ペルシオン軍が隊列を整える前に迎撃する筈だったのに、貴様らが帰って来んから、またマラトーの原野で迎え撃たねばならなくなったんだぞ!」
「アルキビアス、彼らは約束通り帰って来たのだから、文句を言うな。」
大将軍にたしなめられて、アルキビアス将軍は不満そうだったけど、それ以上は何も言わなかった。
こうして僕たちは、ふたたび戦場に向かった。
マラトーに展開すると、遊撃隊は今度は戦線の中央に配置された。
とっても嫌な位置だけど、指示は前回と同じで、遊撃隊は前進せずにこの位置を保つ、という事だった。
前回同様に、すさまじい落雷から戦闘が始まった。
やっぱり雷は、僕たちの頭上に集中していたけど、全部反らしたんで、どうという事も無い。
続いて矢の雨が降り注いで来たけど、これも前回と同じ様に地面に落ちた。
矢の雨が止むと、吶喊!という叫びが響いた。
こっちは、また耳が痛くなる程の雄叫びを上げたけど、あっち側はあまり大きな声にならなかった。
こっちの軍が一斉に走り出しても、あっち側は動き出さない。
どうなっているのかと、望遠で覗いてみるとペルシオン軍の戦列は二段になっていて、最前列はなんだかぐずぐずしているだけなんだけど、その後ろの部隊が一斉に槍を構えて背中に突き付けたんで、一段目は嫌々ながら動き出した。
どうやら、一段目の兵士を盾にして前進するつもりらしい。
本当に嫌な作戦だ。
一段目の兵士は、前回とは比べ物にならないくらい低調だけど、それでもこっちに向かって進んできた。
命令されて投げ槍を構えては見るけど、前みたいにきれいに揃って投げる感じじゃなかった。
ばらばらと散発的に飛んできた槍は、勿論僕が全部はたき落とした。
両軍の先鋒は、またお互いが見えない見たいにすれ違った。
ペルシオン軍の先鋒の進路は、予想通り僕らの方に真っ直ぐ向かっていた。
「じゃあ、俺が・・・」
そう言ってゼウソスさんが前に出ようとする。
落雷なら、クロノソスさんよりも得意だから、先頭に立って先陣を引き受けようというんだ。
でも、僕は止めた。
「駄目です。打ち合わせ通りにしてください。」
責任感は判るけど、必要のない危険を犯す事はない。
その間にオリュンポシアの大人達は、横一列に並ぶと皮袋を開いて銃を取り出した。
あらかじめ装填は済ましてあるんで、みんな一斉に構える。
最初の一発が一番敵を驚かす効果が高いから、ぎりぎりまで何をするのか判らない様に袋のままで隠しておいたんだ。
僕は両手でメガホンを作って、みんなに言う。
「慌てないで!相手が黒目が見えるくらい近付くまで我慢して!」
やがて、槍や刀を構えた男達が一人一人見分けられる程近付いた時、向こうからやけくそぎみの叫びが上がった。後ろから槍でつつかれて退がる事も出来ず、とうとう覚悟を決めた様だ。
押し寄せる波が一気に加速した。
僕は、スピードが乗った所を見計らって、一段目の兵士の爪先を抑えつけた。
一段目の兵士の列全体が、大きな悲鳴を上げながらまるで壁が倒れる様に一気に倒れ込む。
「今だ!」
落雷を十倍した様な音と共に、銃が一斉に火を吹いた。
ペルシオン軍の二段目は、突然盾が無くなって驚いているうちに一斉射撃を喰らって、弾が当たった兵士は仰向けに倒れ、当たらなかった兵士は、腰を抜かしてへたり込んだ。
その間にこっちは銃を下ろして次の弾を込める。
予定では、こっちが再装填している間は、僕が敵を足止めする筈だったんだけど、その必要は無かった。
更にその後ろで何も見えていなかった兵士達は、さっきの悲鳴にかき消されて銃声が聞こえていなかったみたいで、動かなくなった二段目を踏みつけながら前進してきたんで、僕はもう一度叫んだ。
「撃て!」
また、何十人かが仰向けに倒れ、それ以外の全員が銃声の衝撃に立ちすくんだ。
そして、こっちは銃を下ろして再装填を始めたんだけど、その必要は無かった。
撃たれなかった兵士達は、くるりと向きを変えると、何とも言い様の無い悲鳴を上げて武器を投げ出して、そのまま逃げ出したんだ。
目の前に何も無くなったみんなは、遠くでこっちの主力が潰走する敵を追うのを、呆然と見ていた。
「あの・・・僕、またなんかやっちゃいました?」
みんな腑抜けた様に立ちすくむだけで、返事は無かった。
敵の一段目の兵士達は倒れたまま何もせずにいて、我に返った大人達が剣を突き付けて捕虜にしたんだけど、彼らはみんなペルシオンに滅ぼされた国の兵士で、奴隷にされていたんだそうだ。
ミルティアス大将軍は、彼らに故郷へ帰るかこっちの兵士として(奴隷じゃなく)ペルシオンと戦うかを自由に選ばせたら、半分くらいが、兵士になることを選んだ。




