第0話 ガチャを回すゾ
「ようこそ、アルカディエラへ。勇者殿。」
白髪白髯の老人が言った。
「ここは何処?僕は、何でここに居るの?貴方は誰?」
狼狽した僕の矢継ぎ早の質問に、老人は宥める様に言った。
「まあ、落ち着きなさい。最初の質問の答は、君の元居た世界である地球とは全く別の世界で、地球ではここをアルカディアと呼んでいる様だね。二つ目の質問については、この世界は、今や大きな危機に瀕しており、世界を救う勇者が必要となったために、君やその他の勇者が様々な世界から召喚されて来た、という事だ。そして最後の質問については、私はこの世界の意思が仮の形をとった者、判りにくければ『神』だと思ってくれれば良い。」
「召喚って、僕の意思はどうなるわけ?」
「召喚自体に転生者の意思は関係しないな。」
「そんな・・・」
「君は、君自信か、その他の勇者のうちの誰かがその使命を果たすまで、地球に戻る事は出来ん。」
「え?じゃあ、死んだらどうなるの?」
「この世界で死んだら、君という存在が消滅してそれで終わりだ。」
そんな理不尽な話はない。
「僕には仕事が一杯残ってるのに!」
「ああ、その点は問題ないよ。君が地球に戻る時には、召喚された時点に戻るから、地球では時間は経っておらんさ。」
まあ、浦島太郎になる心配だけは無さそうだったが、それで気分が良くなる訳でもない。
大体、何で平凡なサラリーマンでしかない僕が勇者なんかにならなきゃいけないのか、どう考えても納得がいかない。
「何で僕がそんな事をしなきゃならないの!」
「その質問には既に答えた筈だが、もう少し詳しく言うとな、アルカディエラにとっては、そうしないと世界が滅びるからだし、君にとっては、そうしなければ、君はこのまま消滅するからだ。」
その言葉に、僕は愕然とした。
「今の君は、二つの世界の狭間で実態を持たない存在が仮の器に入っているだけだから、ここであんまり時間を掛けていると、そのまま消えてしまう。君が最終的に地球に戻るためには、一度転生を完了して実態を持たなければならない。」
「そんな・・・無茶苦茶だ!」
「君には申し訳ないが、アルカディエラはそれだけ追い詰められているんだ。」
全然申し訳なさそうな様子もなく、老人はそう言った。
僕は、思い付く限りの悪口を浴びせ掛けたが、老人は全く意にも介さない風情で、そのまま聞き流している。
やがて悪口のストックが切れて肩で息をしながら黙りこむ頃には、僕は少し落ち着いて来た。
とりあえずもう仕方がないのなら、一旦転生して、出来るだけ隅っこで目立たない様にして、誰か他の勇者が世界を救ってくれるのを待つ事にするしか無さそうだと、考えを切り替えた。
「さあ、もうあまり時間が無いから、転生の準備を始めよう。」
「準備って?」
「君の転生後のパラメータを決める。まずは魔法スキルの種類からだ。」
そう言う老人の手には、皮袋が出現した。
「この中に、様々な魔法のスキル、例えば攻撃呪文や治癒呪文とかの書かれたタイルが入っている。手を入れて取りたいだけの枚数を取りなさい。」
「それって、自分の好きなだけの種類のスキルを持てるって事ですか?」
老人は笑った。
「そう、好きなだけ選べる。数だけはね。但し、ほら。」
そう言いながら袋の口を開けて見せる。
それは、何も見えない本当の意味での暗黒だった。
「取り出すまでスキルの種類は判らん。あと、何枚取っても良いが、この後で決める魔法力は、選んだ全スキルに均等に割り振られる。だから、沢山取れば、それだけスキル一つ当たりの力は小さくなる。」
ここで欲張るのは得策ではない訳だ。
僕は、老人に促されてその暗黒に手を突っ込んだ。
ざくり、と指先が何かの山に刺さる様な手応えがあった。
少しかき回しながら指先に当たったものを摘まんでみると、どうやらあまり大きくない大量のタイルが山になっているらしい。
更にかき回しつついくつかのタイルを選んで指で形をなぞってみると、大きさ・厚み・形とどれをとっても千差万別の物が、それこそどれ程あるのか想像もつかないくらい入っている。
外観では精々手首まで入るかどうかというサイズの袋なのに、気がつけば肘まで突っ込んでいたが、まだまだ指先が底まで届く気配もない。
実際に何枚か掴んでみた感じでは、特に大きな物でも4・5枚は掴めそうだったが、僕は敢えて一枚だけ選ぶ事にした。
魔法力をどうやって決めるのか知らないが、ここで沢山掴んで一つ当たりの力が小さくなるのは得策ではないと思ったからだ。
平凡なジェネラリストよりは、特定のスキルにステータスを全振りしたスペシャリストの方が、まだしも自分の立ち位置を得やすいと思われた。
更に僕は、出来るだけ小さなタイルを探した。
小さければ小さいほど、掴む転生者が減るだろうから、ニッチでのスペシャリストを目指せるだろう。
やがて、人指し指の爪先に挟まる様な小さいタイルを見つけたので、落とさないように慎重につまんで手を抜き出した。
それは、思っていたより更に小さく、ほとんどゴマ粒程度の大きさしかなかった。
小さすぎて、何が書いてあるのかも読めない。
「ほう、珍しいな。これを掴んだ転生者は初めてだ。」
明らかに面白がっている老人に尋ねた。
「何のスキルなんですか?」
「これは、何か『特定』のスキルじゃない。」
僕は愕然とした。
「え?そ・それってつまり、僕はスキル無しって事・・・」
半ば絶望しかかっていた僕に返ってきた答は、そんな生易しい物じゃ無かった。
「いや、違う。これは『全部』だよ。」
魔法力がどれだけになるとしても、『全部』に割り振れば殆ど無いも同然だろう。
僕は、狙いすぎて大ハズレを引いてしまったらしい。
目の前が真っ暗になった。
「さあ、次のパラメーターに行こうか。」
面白がりつつそう言って促す声に無性に腹が立ったが、先に進まない訳にも行かなそうだ。
「次はカリスマだ。」
その言葉と共に袋は消えて、目の前に紫色のスロットマシンが出現した。
「この世界での平均は大体100から150といった所だが、10以下なら、君が居る事にその場の大半の人間が気付かないだろうが、500を越えたら、ほんのちょっとしたコツを掴む事で、他人を好きな様に誘導できる。800を越えたら、周りの人間はみんな君の前では内から滲み出るオーラで、畏縮するだろう。」
それでは、ここで大きな数字を出すのははまずい。
もう、何をやるにもほぼ無能である事が確定しているのだから、後はとにかく目立たない事を心掛けるしかないので、出来るだけ低い数値を引かなければいけない。
「さ、廻しなさい。」
気が進まないままハンドルを握ると、やけくそ気味に引き倒した。
三つのドラムが高速で回転し、何だか知らないが、周りのランプが派手に点滅する。
右のドラムが止まる。
数字は9だった。
思わず顔をしかめる。
「まだ一の位だから、何も判らんよ。」
老人は、他人事の様に言う。
続いて中央のドラムが止まる。
数字は、また9だ。
老人は何も言わないが、出来ればそのニヤニヤ笑いはやめて欲しかった。
最後に左のドラムが止まったのを見て、気が遠くなった。
数字は、やはり9だった。
「こりゃあ、この世界で君に逆らえる者は居ないな。」
もう、何も言う気が起こらない。
僕の不機嫌な顔を無視して、老人は話を進める。
「じゃあ、次は知力だ。」
いつの間にか、スロットマシンの色が青に変わっている。
今は口をきくのも億劫な気分なのだが、どうしても気になる事がある。
「これで低い数値を引いたら、頭が悪くなるの?」
「いやいや、この数字は今の君の中味には直接干渉はしない。パラメーターの名前は『知力』だが、実態は運みたいな物だ。」
「どういう事?」
「知能が高ければ、行動に出る前にそれだけ色々な事を考慮して、適切に選択出来ている筈、という前提で、行動の成功率が上がる。逆に低ければ、その行動は浅薄な思い込みから出た物となるので、成功率が下がる。例えば、知力が500なら、その行動は二回に一回は成功するが、知力が100だと十回のうち九回は失敗する訳だ。」
取り合えずこの結果で僕自信が変わる訳じゃない事は判った。
運なら高い方が良いな、と思いつつレバーを引くと、また999だった。
どうやら、文字通り運は良いらしい。
「これは、期待通りだったみたいだな。」
「ここまでの数字を望んでた訳じゃないけどね。」
「よし、次は武力だ。」
スロットマシンの色が赤くなる。
「普通は50から150ってところだね。魔法は概ねそうだが特に攻撃呪文の効果は距離に反比例するから、長距離攻撃の出来る人間は少ない。つまり遠距離攻撃は中々難しいから、どうしても個人戦闘が主体になるんで、指揮官同士の対決で戦局が動く事も多い。従って、武力が高ければどこでも引っ張りだこだ。ちなみに300を越えたら、大概の街で一番の戦士だろう。もし500もあれば、殆どの国で将軍が勤まる。まあ、君の場合は、カリスマだけでも十分将軍が勤まるがね。」
カリスマが高過ぎて目立たずにいる事が難しいなら、せめて武力を低めにして、戦場で前に出ないで済ませたいんだが、スロットの出した数字は無情にもまた999だった。
「えーと、これはもしかして、関羽とかヘラクレスのレベル?」
老人は笑いながら言う。
「地球で言うならトールやスサノオノミコトでもここまでいくかどうかってところだな。」
「それじゃ、神様クラスじゃないか。」
「まあ、そうなる。じゃ、最後に魔力を決めよう。」
スロットマシンが消えて、テーブルが現れた。
「サイコロを振って。」
テーブルの中央に、やたらに面が多いサイコロがある。
「これは、20面体?」
「このサイコロに決まった形はないし、面の数で上限が決まる訳でもない。」
よく判らないけど、振らないと終わらない様なんで、サイコロを掴むとそのまま無造作に投げた。
「えーと、8ってのはどのくらいの大きさなの?」
「8ならば、平均値の1/10以下だね。」
それを全部のスキルに均等に割り振ると、殆ど無いも同然だろう。
魔法は諦めるしかなさそうだ、と絶望しかけたが、老人は言葉を続けた。
「だが、これは8じゃないぞ。」
「へ?」
老人は、別の面を指差した。
「見なさい。こっちが8だ。」
「じゃあ、これは何なの!」
僕は、むかっ腹を立てて尋ねた。
「これは∞(無限大)だな。」
唖然とする僕に、老人は言った。
「以上のステータスをまとめると、一言で言えば君は生ける神だな。」
僕はもう何も言えず、不機嫌に黙りこくっているだけだったが、老人は上機嫌で言った。
「さて、そろそろ時間切れだ。転生してもらうよ。君の転生先はヘラシア王国の山村オリュンポシアで、父はベネディクトス、母はガイエラ、そして君の名はダミアノスだ。」
こうして僕は、アルカディエラに転生した。