八話「六年振りの会話」
模試の翌日。
俺は一人寂しく校舎裏で弁当を食していた。夏蓮さんと会話していると、嫉妬に狂った男子達から迫害され(主に彼等を統率していた主要人物は中野)、教室に居場所を失い、彷徨し続けた果てにたどり着いた場所が此所である。
空調の利いていない熱帯の屋外、一定の場所から動かずに居る事の方が苦痛である状態とあり、弁当の味すら薄く感じた。
謎の同居人さん、最近はやけに弁当を豪華にしてくれる。成長期とあって食べる量に少しずつ不満が生まれ、帰宅途中に買い食いしてしまう事が増えた。
それすらも汲み取ってくれたのか、謎の同居人さんは容量を少し増やした二段弁当へと変更してくれたのだ。出費は俺の生活費とはいえ、こちらの心まで読み取ってくれるとは。
お蔭で空腹に苛まれて、午後の保健室(授業を脱出している)で腹の虫が鳴く事も無い。しかし、せめて涼しい場所で食事がしたいな。
保健室で梓先生と食べたいが、今日は出張中とあって学校に不在。代行の先生が居るけれど、正直いけ好かない野郎だ。
いつも謎の同居人さんが作ってくれる弁当、その中でも特に俺が気に入っているのは、この卵焼きである。
甘さが程好く、舌先に障りない食感をもたらすと同時に、いつしかほろほろと溶けていく。成長の過程で生じる味覚の変化により、甘い物が苦手になりつつある現状でも美味しく感じられるのは、謎の同居人さんの手練といったところか。
このままだと、謎の同居人さん無しでは生きられなくなる。まだ顔見たこと無いけど、結婚したい。
はっ、いかんっ!俺には将来を誓い合った……絶対に誓わせてやる相手がいるんだ!浮気なんて外道を咬ましてる場合じゃない!
「此処で何してるの」
不意に横合いから声が掛かる。
蒸し焼きも同然である校舎の影で、寂しく食事する俺の胸に届く透き通った声音。聞いていて心地良いそれは、女子のものだった。
ったく、モテる男子は辛いぜ。
あれだな、夏蓮さんの問題で精神的にも疲弊している俺を更に貶める為に、優しい風を装って接近し、自惚れた所で赤っ恥を掻かせる算段だろ。確かに多少は心体ともに痛痒を負っているが、さして問題じゃない。
どんな陥穽だろうと、俺を嵌めるのはそう容易くないぜ!
「悪いが、俺は独りで食事がしたいんだ。放っておいてくれ」
クールに寂しくないアピール。
言っておくが、演技力ならば誰よりもあると自負している。能力の高さを誇示する輩とは違い、こちらは実績と裏打ちされた努力の上で語っているのだ。
相手の顔を見ずに言う理由としては、相手に一切の関心を示していない様子。それが露骨とならぬよう、視線は手元と相手を視界に入れぬ景色をそれとなく見回すこと。
勿論、動揺を悟られぬよう手元の箸は止めず、多少は現れる声の震えを口に含んだ物で隠蔽する。
「そうならざるを得ぬ状況下に追いやられたんでしょ」
「そうなんですぅッ!本当に寂しいんですぅう!!」
駄目だ、人が恋しい。
鋭い指摘に本心が一瞬にして漏れ出してしまった。相手に縋り付く様に振り向く。
この時の事を、俺はひどく後悔した――。
「それじゃあ、一緒に食べる?」
「……は、春さん……?」
そう、其処に居たのは先日カフェで敵意剥き出しに俺と夏蓮さんを睨んでいた幼馴染の少女――琴凪春だった。
俺の隣に腰を下ろし、弁当箱を展開する。
言葉を交わしたのは、実に六年振りだ。確か彼女と遊ぶ機会が減少すると、比例して友達の数も減退した。確かに、俺に友達が居たのは、この人気者の彼女が傍に居たからかもしれない。
昔から無表情な春は、滅多なことで笑顔を人前に晒さない。
あのあと、口煩く中野から教えられた情報に依ると、校内裏ランキングで首位を占める面々は、それぞれが独自の集団を作っていると言う。
麗らかで分け隔てない性格の優しい夏蓮さんとは対照的に、クールビューティと称され幾度も告白する男子を残酷にも斬り伏せた春。前者の周囲には強い協調性が生まれており、友人の集まりと言える。しかし、後者は確実に違う、圧倒的な一つの組織力を持っている。
中野曰く、趣味などが一切不明とされている。
春の趣味……俺が知る中では、幼少期はピアノだった気がするけれど。
無言の時間が続く。
久しく会話をする幼馴染にしては味気ない。ここは一つ、仲の良い友達の頃を想起して場を和ませてやろうじゃないか。
「は、春は友達と食わないのか?」
「騒がしいから教室を出た」
「……あー、久し振りだな。六年くらい経つのか。我が校自慢の天才とは、俺も鼻が高いぜ」
「そう」
こいつ……なんで一緒に食べるとか言ったんだよ!?会話、展開げていこうぜ?カフェの後は何か嫌われる事したかと思い返したが、今こうして食事を共にする行為を彼女から提案するというのは、俺に対して強い悪印象を懐いていないということ。
小さい頃は物凄く明るくて、それこそ夏蓮さんみたいな子だったのに。やはり人の成長って、どうなんだろうな。……どうやったら俺みたいなの生まれるんだろ。
「この前、カフェで叶桐さんと話してた」
「あ、ああ、あれか。プレゼントを一緒に選んで貰っていたんだ。長らく世話になってた相手がいてさ、その人に贈りたいんだが具体的な案がなくて……友達居ないし」
「……私に相談してくれても、良かったのに」
「相談して良かったのか」
「友達でしょ?」
「友達……か、おいおい馴れ馴れしいぞお前。六年間も疎遠だった相手に、易々と心を許すと思うか?」
「……泣いてるの?」
「ちっ、違うし!別にアンタの言葉に感動して涙してる訳じゃないんだから!俺の涙腺が攣っただけだから!」
やべ、まじ感動もので草。
……マジ?案外、仲が良いのかもしれないな俺達。
「枕プレゼントしたんだよ」
「あれは良かった」
「あん?」
「何でもない」
少し微笑んでいた気がするが、気の所為だろう。空気が緊張していて堪えられなくなった神経が映した幻影、そう錯覚だな。
それにしても、話していると雰囲気が柔らかい様な感じがする。怒っていると思っていたのは勘違いなのだろうか。
寧ろ、俺達が居る窓際になにかを発見し、目を凝らしていたのかもしれん。勘違いしてたよ、危うくあの時のコーヒーそのまま出ちゃう所だった。
春と贈り物をした経験は何度かある。
お互いに誕生日が近いとあって、決まって二人で集合して買いたい物を選び、プレゼントし合う。勿論、小学生の財布から支出できる品なんて高が知れているが、渡された時にどんな安物も如何なる高価な物品よりも貴く思えた。
思えば、親友と呼べるのは春くらいだったかもしれない。
「そう言えば、春の誕生日ってもうすぐだったよな?」
春は七月上旬、俺は中旬。
春は何事かと小首を傾げてから頷いた。
「うん」
「今度、一緒に遊ばね?その時に好きなヤツ買ってやるよ!……俺の財布で収まる金額でお願い」
春は目を見開いて、暫くすると顔を逸らした。
やってしまったか。やはり少しの無茶でも奮闘して買ってやると言っておくべきだったな。
「それなら、今日の放課後……予定を空けておくこと」
「え?俺はいつも予定無いぞ、友達が居ないからな!」
「同じクラスの男子とショッピングモール前でナンパをしていた」
「知ってるんかいッ!お恥ずかしいとこ見せましたぁッ!!」
知ってたのかよ畜生!まさか、夏蓮さんを捕まえた事も!?
「私は先に戻る。生徒会室に迎えに来て、それじゃ」
既に食事を終えていたらしい。
颯爽と弁当を片付けて立ち去る。歩く立ち居姿から気品の様なものが充溢しており、我知らず見惚れてしまった。
校内一位の女子と親しくなった事で、美少女にある程度の免疫が出来ていると思ったが、別種の美少女たる彼女には、やはりまだ馴れなくて弱い。
春との六年の空白を経ての遊び。仲良くなれる自信は無いが、心做し楽しみにしている自分がいる。よし、緊張はするが張り切っていくか!
生徒会室となると、迎えに行くのが面倒だな。
「そういや、謎の同居人さんも見てたんだよな、ナンパの時。もしかしたら、春なら知ってるのかな」
そんな事を考えて、取り敢えず弁当を完食した。
読んで頂き、誠に有り難うございます。
次回、「皇帝の逆襲!!」((嘘))