六話「偶然のこれは、再会か遭遇か」
魔王登場。
何故、こうなった――?
俺は優雅にデートを楽しんでいた筈だ。それも麗らかな夏蓮さんと放課後に興じた買い物。確かに危惧はあったけれど、目的もそれを回避する為の物であったし、何ら不手際でもなかった。
だからこそ、これは不可抗力。
どう間違ったら、あれだけ楽しかった空気がこれ程にも剣呑な物になるのだろうか。
此所はカフェであり、窓際で夕暮れの空を眺める位置。俺の正面には叶桐夏蓮さん、一見和んでしまうし最高の眼福なんだが――。
「雄志くん、凄く睨まれてるよ」
「俺……死ぬのかな、死ぬんだな」
通路を挟んで俺の後方斜め右の席では、あの幼馴染である琴凪春が居る。それも、此方を終始睨め付けているという情報を逐一目前の美少女が伝達する状態。
一言で表すなら、そう!――何これ?
時は遡り、数分前。
質素な緑色の枕を購入した俺の腹の虫が食欲を訴える。確かに朝飯を抜かしてるし、今日の弁当はお握りを加えたとはいえ、やはり空腹を満たすには至らなかった。
そんな事情を慮ってか、夏蓮さんは直ぐ傍にあったカフェへと誘う。
入った事が無いからよく判らないけれど、立て掛けた看板のメニューによれば美味しい物も提供している。
小腹を満たし、さらに美少女とカフェでまったり時間を過ごすという特典はかなり男性として魅力的だ。……これ、梓ちゃんデートに誘った時の為にメモっとこう。
窓際の席を占めて、二人でブラックコーヒー。
俺は甘党では無いし、砂糖も入れない。そういえば、謎の同居人さんはそこも把握してたよな。
我ながら私生活の一部に浸透し過ぎて違和感ないけど、周囲からしたら異常か。
楽しそうに両手で頬杖を突いて微笑む夏蓮さん。部活が無い日、本来ならいつも遊んでいる友人を差し置いて俺の相手をしてくれているのだ。
ここは退屈させない為にも、男として気張るしかないな。
「夏蓮さん、砂糖は?」
「入れて飲まない派なの」
「女子は糖分と……あと何かで出来てるらしいから、不摂取は健康的じゃないぞ」
「あはは、何それ。梓先生から教えて貰ったの?」
「いや、昔誰かが言ってたな。何だっけ……てか誰だっけ」
談笑していた夏蓮さんの顔が引き攣った。
露骨に目を瞠って、ある方向を凝視している。ああ、俺の記憶力の無さに絶句して、しかも外見の醜さが増長されて直視出来ないんだな?
安心しなよ、アイライン整える化粧持ってんだぜ、これでも。
しかし、驚いた顔も可愛いとは一級品だな。梓ちゃんと会うより前なら執心してたかもしれん。ま、残念だったね夏蓮さん。俺は既にマイエンジェルと出会ってしまったんだ。
「夏蓮さん?」
「あっ、ううん!何でもないよ」
夏蓮さんは誤魔化す様に首を横に振る。
「雄志くん、良かったら休日一緒に遊びたい……から、良いかな?」
「え、俺は何円払えば遊んで貰えるの?」
美少女と休日遊ぶとか、有料ですよ。
聞いた事あるぜ、健全なカップルになるまでの道筋は長く、それを省略する例は稀有であると。そして大抵の者が相手とのデートを所望する際、見合った対価を支払うのだ。
「えっ、いやっ、必要ないよ!」
「マジか、慈愛高めかよ。じゃあ宜しく」
「うん、だから連絡先を――――っ!」
夏蓮さんが恥ずかしげに携帯を取り出した時、またしてもその身を竦ませた。今回は明らかに怯えた様子。
ひょっとして……俺、顔がヤバい事になってるのかな?名状し難い不細工に化しているのならまずい。ほら、夏蓮さんも視線を逸らしているし。
「雄志くっ……」
今度は名前を呼ぶのも忌まれたか。
マジかよ、それは酷い。
「どうしたんだ、夏蓮さん。さっきから猛獣でも居るのか?……そうか、俺の隠れた野性を見抜いたんだな!恐るべし、美少女の慧眼ッ!」
「ね、ねぇ雄志くん。その……琴凪春さんって女の子、知ってる?」
ん?なんだ突然。
「うん、幼馴染だよ。小学校四年までは仲良くしてた記憶がある。今は連絡もしないし、顔も滅多に合わせないから疎遠だな」
「その……振り向かないでね?」
こうして――あの剣呑な空気に至るのだった。
*********
琴凪春――俺の幼馴染。
小学校時代から才色兼備な少女で、容貌も可憐とあって男子達の注目の的。
卒業式には挙って男の環に包囲され、一人ずつから愛の告白を受ける運びができる。
小学四年生までは共によく遊んでいたが、翌年からぱったりと交流が途絶えた。彼女の両親とは懇ろにさせて貰っているが、春とはあれ以来も一言として交わしていない。
嫌われる事した覚えは無いんだがな……。
俺は背凭れで隠れている状況を活かし、カメラで隠し撮りする。インサイドカメラに設定し、俺の斜め後方が撮される様に翳す。
露骨にならない程度に隠し撮りしたのだが、画面に映っていた――別の美少女が。いや、何か凄い怒ってる、修羅の様相になってる。
色素が薄いショートカットの亜麻髪はよく梳られており、幾重にも密に艶を帯びていた。切れ長の瞳、長い睫毛と静かな佇まいは落ち着いた麗人なのだが、今は怒気を纏って着眼点が美貌どころではない。
よく見れば、梓ちゃん程とは言わずとも引き締まった腰に、出る所は出た賞嘆すべきプロポーション。……何言ってんだ俺、ここでも能天気に相手のスタイル見てる場合かよ。
左のこめかみに髪留めをして……あれ、俺が昔あげたヤツじゃん。なんだよ、まだ使ってくれてんの?俺の事大好きじゃん!
……そうだったら、あんな殺意たっぷりの視線を投げ掛けて来ないよな、うん、自惚れてごめん。
「夏蓮さん……今日は撤退するか?」
「う、うん。でも、何か琴凪さん……」
「何か判った?」
「……何でもないよ、行こう」
少し頬を膨らませて俺を睨む。
「何となく、色々と判っちゃったから」
「教えてくれ、追加料金払うから」
結果として、彼女が教えてくれる事は無かった。
飯も食わず、コーヒー一杯という味気ない注文のみで終わり、俺は再び夏蓮さんを高層住宅ビルの区域まで送る。やはり、いつ見ても凄い。
「それじゃあ、また明日。雄志くん」
「今日は付き合わせてごめん、助かったなり」
えへへ、と笑みを溢して手を振りながら去る姿に俺も応え、全力で腕を振り回して見送った。さながら留学で旅立つ仲間を見送りに空港で気張る応援団長の様な気勢で。
夏蓮さんの姿が消えてから、俺も家に帰った。
謎の同居人さんに、どうやって品を渡すか考え、悩み抜いた末に得た解答は――靴下に入れて机の上に安置しておく。
これなら、相手も気付いてくれるだろう。あとは書き置きを残し、就寝した。
「……ふふふ」
何か笑い声したけど、とりあえず寝よう、うん寝ようッ!
アクセスして頂き、誠に有り難うございます。
よく知人と他人を間違えて仰天してしまいます。そろそろ人の顔を記憶する努力しないとな……(苦笑)。
次回も宜しくお願い致します。