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五話「放課後デート・プレゼント選び」



 無窮の蒼天!――という程ではないが、梅雨の時期を過ぎた空は、中々に晴々としている。

 一学期の期末試験が迫るとあり、授業中に発する皆の気迫は凄まじい。

 受験生に比すれば他愛ないのだろう。けれど、教師の首に噛み付かんばかりの気勢だった。


 しかし、今日の皆の気迫は些か異なる。

 その矛先が、照準が、視線が、すべて俺に向けられている。女子からは「あいつ誰?」とか好奇心、男子は絶望や怨恨に染まった眼光。

 注目されるにしたって、もう少し好感があっても良いんじゃないだろうか。「あいつ誰?」に関しては、俺に無関心過ぎて殴りたい。

 食らえ!梓ちゃん直伝――大地砕きの拳骨ッ!つまり毎回耐えてる俺の頭蓋は、地殻よりも硬いのである!!


 唯一、俺に好感のある視線を向けてくれるとすれば、問題の一因たる彼女――叶桐夏蓮さんだ。時折、笑顔で此方に手を振ってくれる。

 天使か畜生、そんなんだと恨めねぇ!

 俺が昨日仕留めた獲物であり、中野に心底から殺意を向けられてしまったが、俺としても意図せず引っかけてしまったのだ。

 今思えば、ナンパに乗った俺も軽率だった。いやいや、こんなの計画した中野が悪い。俺に責任は無い、無い事にしよう。

 しかし、校内一の美少女とは思いも依らず。

 存在自体を認知していない非礼にも鷹揚に接する人柄、容姿端麗、成績上位者。

 成る程、陰キャラ且つ変人の俺には持ち得ない天恵(スペック)である。


 校内裏ランキングとは、路鉈高校男子が裏で集計し、統計的に魅力としての評価の高低を示したもの。煩悩に盛りきった男子達が、値踏みするように作った順位だ。

 叶桐夏蓮は、その頂に在る少女。文句の付け様が無い一位なのだ。

 ランキングの対象は女子生徒。くそッ……梓ちゃんに投票できねぇ不如意を押しきれば、確かに俺も夏蓮さんかもしれん……。


 午後の授業修了を知らせる(チャイム)が鳴る。

 解放を得た皆が一斉に帰路、または部活へと勤しむ時間だ。青春の一幕は、何も授業のある時間に限られない。

 学校は己が青春を豊かにするツールであって最終地点ではなく、課外であっても人々は進化を遂げる。

 まあ、帰宅部だし、関係ないか。しかも放課後は梓先生と雑談しているだけの俺は、青春という二文字が如何に無縁かを実感してしまう。


 暴風雪の如きクラスメイトの質問と怨嗟を乗り越え、保健室を目指して席を立ち上がり、おもむろに鞄を持ち上げる。

 数学の勉強が捗らないので、梓ちゃんに相談してみよう。

 きっと結論はこうだ……数学の担任が悪い!


「雄志くん?おーい、鍛埜雄志くん」


 夏蓮さんが人懐っこい笑顔で名前を呼ぶ。

 成る程、多くの男子を勘違いさせ、結果として脳内のみならず現実でも爆死させる美少女の笑顔とは、これの事かな?

 ふっ、甘く見られたものよ。俺を詐欺(だま)したくば、梓ちゃんを連れて来い!

 ……自分でも思ったより単純な男だと知る。


「人違いです、俺は切花雄志です」


「えっ、切花先生と……け、け、結婚したの?」


「そう!俺の熱烈なプロポーズに根負けして、遂にあの梓ちゃんを堕とし、漸く俺は婿入りしたのさ!愛の勝利だぜ」


 ごめんなさい、理想を語りました。

 しかし、夏蓮さんは顔を真っ赤にして狼狽えている。おいおい、意外と欺されやすい性格(タイプ)だな?そういうところもポイント高いぜ。

 結婚という一語に、これほど大きな反応があると面白い。


「卒業したら、真っ先に結婚だな」


「そ、そっ……か。あはは、そうなんだー……」


 次第に声音が弱くなり、項垂れる夏蓮さん。

 俺と梓ちゃんが結婚して気分が消沈するとは、これはどうしてだろうか。

 まさか、知り合いから教師と禁断の恋なんてものに身を投じた阿呆がいると知られたくないからだろうか。

 まさか!天使の夏蓮様が失礼な事考える訳無いだろう!……無いよな?


「それじゃあ、また明日!」


「え、待って雄志くん」


「時間は有限だ、悪いが俺は先に急ぐぞ」


「あの、一緒に話したいんだけれど……駄目、かな?」


「幾らでも聞こう」


 そんな生体兵器『タイプ路鉈高校:カレン・カナキリ』に必殺必滅の上目遣いビーム放出されたら、男性人類が耐久できる可能性なんて絶無ですよ。

 例に漏れず、保健室ではなく俺も踵を返して耳を澄ましちゃってるまでもある。なんて単純なんだ鍛埜雄志。でもそんな俺も好きだぜ!


「今日は部活が無くて、この後の予定が無いの」


「ああ、確かバレー部だっけ」


「うん」


「じゃあ、帰るだけか」


「………………うん」


 えっ、何でまた沈んだ?

 気に障る言動したかな?昨日の談笑では積極的だったのに、今日は少し顔が赤いし、視線を彷徨させている。

 気分が悪くなったのだろうか。

 そうなのだとしたら、保健室に連れて行こう。そして梓ちゃ……クラスメイトの心配してるだけだから。決して夏蓮さんを口実にして無いから。


 当惑している俺に対し、夏蓮さんはブレザーの裾を少し強く握ると、俺を正面から見据えた……また上目遣い。

 俺のブレザーの裾を小さく摘まんだ。口の開閉を繰り返して、また俯いて、顔を上げる繰り返し。何を逡巡しているのだろうか。


「夏蓮さん?」


「昨日は……雄志くんが、誘ってくれたよね」


「うん、ナンパだったな」


「だから……今日は、私が雄志くんをナンパ、しても良いかな?」


 一瞬、梅雨明けの湿潤な空気を吹き掃う爽快な涼風が吹いたかと錯覚した。直視できない、目にすれば二度と戻れない天国(エデン)を前にした様な感覚だ。

 美少女+上目遣い+躊躇いがちな手先で慎ましく相手を捕獲する姿勢――その解は、脳殺!!


 しかし、しかしだ!

 俺は理性を失いかける前に、脳裏に刻まれた一文を想起する。


『昨日はお楽しみでしたね』


 そう、謎の同居人さんの書き置きだ。

 俺は血の気が引いて行く感覚に、漸く冷静を取り戻す。ただでさえ謎の同居人の機嫌を損ねた今、原因と思しき夏蓮さんと遊ぶとなれば、事態の悪化を招く。

 しかし、一生に何度あるかも判らない美少女のお誘い……!


「ぐッ……ぅぅ……」


「え、血の涙を流すほどに嫌だった!?」


「いや、これは理性と歓喜の葛藤の産物さ!」


「もしかして……都合が悪かったかな」


 それでも目の前の友達を蔑ろにする訳にはいかないだろう。

 そうだ、確か俺は帰宅の途中で謎の同居人さんにプレゼントを買う積もりだった。日頃の謝意を示す贈呈品なのだが、夏蓮さんの意見も聞こう。


「俺、放課後はある人にプレゼント買おうと思っててさ。良ければ夏蓮さん、一緒に選んでくれる?」


「!うん、良いよ」


 うあ、嬉しそうな顔……!まっぶ……!







 ――というわけで。


 連日のショッピングモール。

 しかも、俺は夏蓮さんを侍らせての買い物。灰色の日常が色彩を変えた。隣に居るだけで空気を変える、これが美少女か。

 まあ、数多の友達の中の一人で仲良くなったばかりだからというのもある。

 いずれは、あまり関わらなくなるだろう。

 哀しい達観をしながら、俺は陳列する店を見回す。


「しかし、どうしようか」


「誰に送るの?」


「謎の同居人さん」


「六年間の付き合いだもんね…………」


 一言で察してくれた。

 謎の同居人って、字面だけならば屋内で密かに寄生している重度のストーカーの様だな。そうなると、印象がかなり悪性なモノに変わってしまうけれど、長い付き合いだ。

 少しの事で揺らぎはしない……きっと。


「相手は、その、男の人?……女の人?」


「判らないんだよなぁ」


「難題だね……。なら、どちらにも当たり障り無い物かな。なら、食物とか消費する物じゃない方が良いと思うよ」


 凄い助言(アドバイス)だな。

 平生から友達との交流を欠かさない、誰よりも親しき相手に贈り物をする術理に長けた彼女だからこそか。

 いやはや、勉強になるんだろうな(何故か他人事)。

 しかし、消耗品で無いとなれば、男女共通で使用する事の出来る物。

 例にするならば部屋に飾る置物とか鞄、服やアクセサリーの類いに限定される。多分、無難なのは性別によって配慮が違う衣服を除いて、広く対応できる置物やストラップ。


 俺は雑貨屋へと立ち寄り、店内で置物を吟味した。これは深く考えず、直感で選択した物が正解の場合がある。あまりに失礼なやつはダメだけど。


「紅蓮さん、これは?」


「かなりリアルな人面犬ストラップ!止めた方が良いと思う」


「じゃあ、これ」


「小便小僧の急須は、その……ね?」


「よし、どうだっ」


「黒ひげ危機一髪の目覚まし時計!黒ひげが飛ぶまで終わらないとなると、逆に迷惑かも」


「ほい来たぁっ!」


「首の揺れるムンクの『叫び』オルゴール!奏でる音が寂寥感と不安を煽ってくる低音で、少し趣旨である謝意には添わないかも」


 全滅だった――俺のセンスだと壊滅だった。

 夏蓮さんがふと顎に手を当てて黙考すると、雑貨屋の外を見遣る。


「雄志くん、枕にしよう」


「えっ、ありがとう」


「雄志くん、送る相手を思い出して」


「おっと、我を忘れていた」


 危ない、つい願望が。

 しかし、寝具とはどういう了見か。確かに消耗品ではないし、日常的に利用可能で長持ち。男女というより、人類という枠組みで広範に共通する。

 枕を選んだ根拠とは何だろうか。


「謎の同居人さんは、毎日雄志くんに早くから朝食と弁当を用意してくれるんだよね。それなら夜遅くまで調理したり、凄く早い時間に起床して準備する事が日課だと思うんだ」


「ああ……確かに」


「だから、せめて短い時間に安眠を提供する気持ちだけでも贈れるかな……って。人によって枕の高さや材質、どれが最適かも千差万別だけれど、気持ちは伝わるし、もしかしたら本人の睡眠と相性が良いかもしれないから」


「そっか……そうだよな!ありがとう、夏蓮さん!」




 俺は彼女の案を採用し、枕を購入しました。






アクセスして頂き、誠に有り難うございます。


昔はプレゼント選びが面倒だったので、一度だけ友達にマトリョーシカを贈ったら、後日奥にある最後の一体だけが消えていました。……レア感あったからでしょうか……?


次回は修羅場。

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