四十話「前門のタイガー、後門のドラゴン!」
玉入れが終了し、俺達はその場で待機する。
はてさて、結果はいかほどか。
審査員らしき人物たちが支柱へと近づき、ゆっくりと傾けてカゴの中身を一つずつ手に取って数えながら放る。四団体もあるので、数が多いほどそれだけ時間も長くなる。
くそ。
四団体のやる気を一気に向上させた俺のせいで、みんなは頗る調子が良かった。俺と中野の珍プレーと迸る欲望で頑張った男子の活躍で白組もかなりの奮闘だったはず。
果たして……?
『青組、九十二個』
うーん?
何か小中学の玉入れでそんな数聞いた覚えがないぞ?数え間違え……無いように大声でやってんだもんな、うん。
え、最初からそれって、どうなの。
『緑組、八十八個』
あー、常識がね。
やけに大きいカゴだから、それくらいは余裕なのかな?たしか良くて五十とか、六十に届くか否かってのが胸が熱くなる数だったよな。
百って数聞くとドン引くんだね、不思議発見☆
『白組――九十六個』
その数を聞いた瞬間、白組が歓声を上げた。
現時点では最高数、正直何があろうと揺るがないほどの量を稼いでいる。男子の欲望ってすごいな、そんなに中野早希とムシムシしたいのか。
俺だったら絶対断ってる。
何されるかわかったもんじゃないし。
『紅組――』
「おい、中野。紅組くるぞ」
「坂田大樹め、吠え面掻かせてやるぜ!」
二人で勝利を確信し、息巻いて結果を待つ。
敷波さんと会話してた坂田大樹への中野の私怨はともかく、あの霧島さんとデートの約束を託けて勝負に挑む戸番榊だけは許すまじ!
俺はデートどころか、保健室の出禁っていう罰則が設けられてるのに、アイツだけのほほんとさせるのは断固として唾棄すべきことである。
醜いからあまり本音は言いたくないし、人間の器が小さいとか言われるから、正直これだけは口に出したくな羨ましいから負けろ!!
『紅組――百二十個!』
「はァァァァァァア!?」
「あ、あり得ねぇ……俺と鍛埜がもう一組いるレベルだぞ」
「何そのカオスな世界」
紅組が飛び跳ねて歓喜している。
唖然とする他の組たちの前で、何の憂いもなく喜ぶさまは羨ましいようで、かなりの憎悪を集めるはず。
そう思って周囲を見た。
「まぁ、白組に勝たれるよりはいいか」
「白組の勝利は回避できたか」
あ、あれ〜〜?
何で白組の方がヘイト値が高いのかな。安堵してるのおかしいと思いますよ。もっと悔しいを共有しましょ、あのリア充っぽい紅組ども薙ぎ倒してやろうや。
どうしてだろう。俺の戦法だといよいよ敵が増えていくばかりだ。何なら、同じ白組でも女子陣営が敵対する寸前の一触即発な空気になっている。
とはいえ、一応は二位か。
好成績といえば、誰も文句は言うまい。……い、言わないでね、僕ら精一杯頑張ったから。あの頃の僕らはきっと普通に全力でしたから!
さて。
「まあ、二位だしいっか」
「良かねぇよ!坂田大樹が喜んでる面見たかったんじゃない、悔しくてヒステリック起こしてるところが見たかったんだよ!!畜生、キィぃぃいッ!!」
「お前がヒステリック起こしてどうする」
「こんなことなら紅組の何人かを買収しとくんだった……!」
「何で人を取り入れる気だよ」
「俺のキッス。姉ちゃんであの効果だからな、俺は想像を絶するぜ、きっと」
「お前も頭の中はフリーダム合衆国フリーダム州出身かよ」
「フリーダム……?難しい単語使うなよ!」
嘘やんけ。
自己愛が凄い上にアホって手がつけられねぇ。
まあ、人それぞれだ。英語ができなくても、他に個性が出てくるしな。中野だと……えーと、アレだよね、背中に玉乗せるとか。
さて、そんな事よりも俺は自分の身を案じるべきだな。
ちら、と観客席の方に振り返る。
紗世さんと春が並んで俺をガン見していた。そんなに見つめても俺の体は変形したりしないよ。
『それでは、退場の準備を』
アナウンスで指示が出る。
俺達は整列しようと各々動き出した。あとはしばらく出る幕が無いから、体育祭実行委員の仕事を手伝うことになるだろう。……ついでにスポーツウェアの梓ちゃんに褒めて貰ってから行こう。うん、頑張れる気がしてきた。
「ねえ、そこのアンタ」
「んあ?」
「アンタよ、アンタ」
「何ですか」
肩を叩かれて振り返る。
そこに、茶髪をサイドテールにした女の子が立っていた。これから相対する紗世さんや春への恐怖と不安で頭がいっぱいなので、顔を見る余裕は無い。
過酷なファンタジーが待っている……。
てか、話しかけんな!大変なんだよコッチは!
「久しぶりね、相変わらずキモい面して」
「お母さんのお腹の中だと可愛い顔してたんだけどね。生まれた途端にハンサムになったって二年前に向かい側に引っ越してきたオジサンが言ってた」
「いや、それ嘘じゃん」
「で、何か用?」
顔を見ないまま話す。
春たちに何て言い訳しようか……。
「私は六年前のことを忘れない。アンタらには必ず復讐するから!」
「服従?悪いけど俺、奴隷にはなっても従者を抱えられるような器量は無いし、趣味じゃないから」
「そんな話してないでしょ!?」
俺は手を振って別れた。
ったく、何だったんだ、あの女子は。俺に服従するとか俺の副収入になるとか何とか……あれ、メッチャ美味しい話だったんじゃない?
やべ、一時の感情に振り回されて軽く受け流しちゃったよ。ちゃんと聞いておくんだった!
俺は項垂れながら退場する。
その途中であの二人と出くわした。
「鍛埜さん、あれはどういう意味でしょうか」
「ユウくん、あれ何?」
ほら、来た。
俺は列から外れて彼女らと話す。
「えー、まずお義母様」
「何かしら」
あれ、否定しない。
「あれは戦略的な煽動でございます。我ながら下品であったことは重々承知しており、隣にいる夏蓮への侮辱に相当するとは理解の上でした。しかし、紅組の面子から鑑みても、その闘志を燃やすために必要な材料として、これ以外の手が無く、我が身を汚す覚悟でした」
「……なるほど、貴方の考えは判りました。ですが、夏蓮の夫になる者としては、大変卑しい手段だったと思います」
「勝利の為に手段を選ばないと、浅ましいですが夏蓮に勝利を捧げたいがために先走りました。後ほど、夏蓮にはしっかり謝罪しますが、仮にそれでも彼女が僕の隣を望んで頂けたら、これからも二人で手を取り合うことを許して頂けるでしょうか」
「ええ、まずは謝罪を。貴方なら大丈夫よ」
「ありがとうございます」
よしっ、勢いで乗り切った!
あれ、というか、これ誤解を解けるチャンスだったんじゃないのか?だめだ、また何かを逃した気がした。
よし、次は。
「ユウくん。夏蓮の夫って何?手を取り合うって?勝利を捧げたいって?」
あー、暴走してる。
この前、好きだと言ってくれた春ちゃんの笑顔がどす黒い何かを内包している。
俺は春に近づいて耳打ちした。
「実はあるアクシデントで夏蓮の恋人役をすることになって」
「ふーん」
「だから、決して交際関係じゃないし。お母様には内緒にして、有事の際は話を合わせてくれよ」
「……ユウくん、あんな女の為にも献身的に動いてるんだね」
「あははっ、まあね!」
褒められちゃった!
……あんな女ってのが、何か不穏当な気がするが。
「それでは、俺はこれにて失礼します」
俺は二人に頭を下げて退場する白組を追う。
やれやれ、どうにか落着したか。
こういうのが頻発する前に、すべて決着させるべきだな。特に婿云々の話は、後々厄介が大きくなる。
そう考えながら列に戻った。
「鍛埜、次こそ坂田大樹を仕留めるぞ……!」
中野が仄暗い光を宿した瞳で語る。
その内、運営上アカンやつの問題になりそう。
「見よ、鍛埜氏!我、何だか少しだけ体が軽くなった気がする!」
橋ノ本が叫ぶ。
それ流れた汗で軽くなっただけだろ。というか服の裾からはちきれんばかりに溢れた腹部が脂ギッシュ過ぎて少し怖い。
「やれやれ。始終、女の子の視線が熱かったぜ」
斉藤が独り感慨に耽る、というか酔いしれる。
斉藤さん、女子のあの眼差しはツンドラの物でしたよ。あれで好意だと勘違いしちゃうとか、年中キミは低温火傷状態ですか。
俺は一人ため息をついた。
さて、これからどうなるのやら。
まだ体育祭は、始まったばかりである。
アクセスして頂き、誠に有り難うございます。
ヒロインバトル開催です。下品な雄志くんたちとは違って、ちゃんとした戦い……になってるハズですわ!
次回も宜しくお願い致します。




