三十九話「切れた、決定的な何かが!!」
玉入れが始まった。
俺と中野たちは全力で飛び出した。一斉に出動した人波に揉まれつつ、玉の撒かれたポイントまで急いだ。
……俺の保健室出禁が懸かっているのだ、手を抜けるわけがない!
何より、紗世さんの視線が痛い。
観客席で異彩を放っているので、物凄い威圧感も感じ取れる。そして同格の雰囲気を醸している春も、もはや修羅じみた気迫を感じた。
前門の虎、後門の龍。
いや、結局虎とか龍より人が怖くね?
アイツら噛み付いたり引っ掻いたりするだけだけど、人間は騙すじゃん?純真無垢な俺はいつだってそれで傷物にされてきたのよ!!
そう考えたら理不尽に思えてきた。
本音で殴ってくれる梓ちゃんや同じ純真無垢な夏蓮ちゃんが救いに思えてきた。
頑張れる気がしてきた!!
「梓ちゃぁぁああんッ!!」
「桐花ちゃぁぁああんッ!!」
「脂肪ちゃぁぁああんッ!!」
「世の乙女たちぃぃいッ!!」
各々の欲望を叫んで駆け出す。
玉を拾って、支柱の上のカゴに擲つ。中野は潮干狩りの達人のように、低い姿勢で上すら見ずに玉を投げ入れていた……一つも入ってねぇ!
コイツ、本当に戦う気があるのか?
何なら直上に投げてるので、背中の上に玉が積み重なっている。
俺は一つずつ入れていく。我ながら無駄のない流麗な動作で、漏れなく確実に投入した。今なら正確性なら誰にも負けない自信がある。
「鍛埜よ。どうだ、俺の玉は入ってるか!?」
「その背中の重みが答えだ」
「これが期待の重さってヤツか!?路鉈のすべてが俺の活躍を望んでいるんだな」
「あー、うん、重いねー」
主に自己愛が。
ちら、と俺は相手陣営を盗み見た。
中野が敵視する男のいる赤――そこは、俺達とはだいぶ様相が異なっている。まるで軽くゴミでも拾うように、互いに笑い合って和やかな雰囲気になっている。
な、なんだ、あの余裕綽々な空気は!?
しかも、投げ入れた玉は寸分違わずカゴに吸い込まれていく。すでに中にある体積は、俺達の倍以上ある。
特に、それを牽引しているのは中野の宿敵(笑)――坂田大樹その人だった。
彼が何か言うと、器宮東の生徒たちが笑い、同じ紅組の路鉈の人間ですら笑顔を咲かせる。そこから団結力をさらに固めて、彼らの手が加速した。
だが、その顔に苦痛らしきものは見当たらない。
嘘だ、あれが同じ人間界に暮らす連中なのかッ!?
「おかしい、あれが同じ世界なのか……!?」
「鍛埜、安心しろ」
「あ?」
「俺達が絶対に勝つ!」
「じゃあチミは背中に玉乗せる曲芸やってないで、カゴに入れまちょうね〜」
「最後に俺がカゴに飛び込めば完全勝利だ」
「自信がある子は嫌いじゃないよ」
自信たっぷりの顔で応える中野。
カゴに飛び込むなんて高テクニックどころか身体能力が人間離れした曲芸を披露できるなら、もうサーカス団かジャングルに住んだほうが生きやすいと思う。
お姉さんもそんな感じの人間だし。
俺はため息をついて他の面子を見た。
白組はどう見ても切羽詰まっている。隣の雰囲気に圧倒されて、いやいや玉を拾う自身らを俯瞰してギャップに絶望しているのだ。
いや、もう異世界どころかあれは異次元だもん。同じ時空とは思えない。
ここは、あれか。
俺も坂田大樹みたく皆を統率するしかないのか。
だが、万年友達がいない俺に?……ははっ、足元のアリさんなら来てくれそう!
「だが、躊躇ってる場合じゃないな」
「どうした、鍛埜」
「白組の意識を一つにする」
「合体か!よし、俺と数人でが土台になるからその上にピラミッド作ってくぞ!」
「意識つってんだろ!肉体じゃねぇよ、組体操やってる間に負けちまうぞ!?」
いよいよマズイ。
状況的には所詮は玉入れ、されど玉入れだ。
玉入れ程度でもこの団結力の無さ。これでは大一番で獲れるポイントも高が知れている。このままだと俺たちに勝機は……保健室は無い。
それだけは回避せねば!
こんなやる気があるか無いかもわからん中野やら団結力の無い連中の巻き添えを食らって、俺の理想郷が失われてまうんじゃ!
こうなったら……。
俺は胸いっぱいに息を吸い込んだ。
そして高らかに――。
「白組一同、注目!!」
俺の大声に白組のみならず紅組や青組までが反応した。
凄い眼差しが痛いが、それでも構わず続ける。
彼らを鼓舞する物で釣るのだ。
人間所詮は目に見える報酬が無いとやる気の出ない薄情な生き物なのである。
「聞いて喜べ。もしこの玉入れで奴らに勝てば――」
ここで俺が切れる、最高のカードを!
「――生徒会長の家の屋根裏で、最高にムシムシであんなことなこんなことができるぞ!!」
言い切った。
体育祭会場全体が沈黙する。
しばらくして、白組の男たちの目が燃え上がり、それと反比例するように女子たちの眼差しが冷たくなっていく。外野からもそれぞれ二種の熱変動を感じる。
あー、また敵を作ったな。
特に……恐る恐る振り返ると、紗世さんと春から絶対零度の眼光が俺を突き刺していた。
だよね!分かってたよ、うん!
だが、自殺沙汰でも効果はあった。
「「「「「やるぞぉおおおおおおお!!」」」」」
男子たちの紐帯が強く結ばれる。
女子たちは、俺だけでなく男子陣にもその冷たい顔で睨んだ。これ、後の内紛の火種作っちまったかな。団結力よりも欲望に火を注いだだけじゃね?
風紀面ではともかく、やる気は出た。
…………お?
周囲を見回すと、関係ない青組や紅組、緑組までもがやる気を出していた。
「奴らだけに良い思いをさせて貯まるかァァァ!!」
「我らが生徒会長の穢れなき御身をお守りしろぉおおおお!!」
「あんな連中に負けてたまるかァァァア!!」
「……あ、あれ?」
逆に加熱した。
白組以外も強化してしまったような……。
「おい、人の姉を餌に釣るとはお前……」
「すまん、中野。俺にとっての切り札だったんだ」
「いや、あれ手札にならんだろ」
俺と中野で実況席を見やると……。
『ウチの屋根裏、Gの巣窟だからムシムシというよりカサカサしてるけどね。あっはっはっはっはっはっ!』
「……むしろ、あれで男子によく火が点いたな」
「見てくれだけは良いからな」
俺たちも玉入れに取り掛かる。
まず、拾うよりも中野の背中にある玉を手にした方が効率がいい。地面から中野が投げて、背中に落ちる。それを俺がカゴに入れるという、謎の連携が成立した。
今のところ正確性なら誰にも負けない俺。
自動で玉を拾ってくれる中野。
ここで絶妙な連携力を発揮した。
「おらおらおらおらおら」
「そらそらそらそらそら」
あっという間にカゴが埋まっていく。
他の白組たちも頑張ってくれたお陰で、今や隣の紅組にも見劣りしない量がカゴに入っている。このままいけば、勝てる!
そうしていたところで。
隣の紅組の中の異様な光景に二人で目が釘付けになった。
「な、何じゃありゃあ!?」
それは紅組の中の一人。
眼鏡をした髪のボサボサな少年だった。
彼は両手で玉を拾って投げ入れながら、片足で同時にカゴへと別の玉を蹴り上げる。すべて、引力でも作用しているかのようにカゴへ入っていく。
か、神業か!?
誰よりも速く、神の悪戯のごとく次々とカゴの中を重くしていく。
「あ、アイツ……何者だ!」
「アイツ、お人好しの戸番だ!」
俺は思わず瞠目する。
あれが戸番榊。
霧島朝陽のお気に入りで器宮東の英雄、広瀬翔の宿敵なのだ。
なんて手際よく玉を入れていくんだ。動きが人間離れしていてよくわからない。
「くそ、アイツは何を気概に生きてるんだ……?」
「アイツも俺たちへの憎悪を燃やしてるんじゃないか?」
「そんな、まさか。……ん、何か言ってるぞ?」
彼は何かを叫んでいるようだった。
俺と中野で耳を澄ます。
「これに勝てば、朝陽とデートじゃぁああ!!」
「…………霧島、朝陽とデート」
「女と、デート」
俺と中野は固まった。
戸番の野郎は、あろうことか個人であの美人生徒会長とデートを勝利すれば獲得できるらしい。あの、体育祭実行委員の会議で凛としていながら顔を赤くして恥ずかしがる純情さを見せた萌えの塊と……!?
その瞬間。
俺と中野の頭の中で、何かの切れる音がした。
そう、切れた……決定的な何かが!
「負けてられるかァァァァ!!」
「キィィィイ!!許さんぞぉおお!!」
二人で怨嗟の叫びを上げながら手元を加速させる。
戦いが白熱する。
そうして。
『玉入れ、終了――――――!!』
決着のブザーが鳴った。
アクセスして頂き、誠に有り難うございます。
しばらく醜い物をお見せしそうです(作中の女性はすでに氷点下を切っています)。
あと、間違えて感想受付け拒否にしてしまってました。クレームも受け付けてます、申し訳ありません。
次回も宜しくお願い致します。




