三十八話「舐めるなよ、十プレッタの応援!」
春と梓ちゃんにこってり絞められた後、俺は出場競技となり、入場口まで覚束無い足取りで向かっていた。
足腰立たない状態である(主に腹部に命中したボディーブローの所為)。これで何を競うのかが疑問なのだが、自ら志願した以上、文句は厳禁である。
あれから夏蓮は目を合わせてくれないし、異常なほど女子から殺意の眼差しを注がれるし、今や誰かが首を回しただけで吃驚しちゃうほど敏感になっていた。
何なら肩叩かれたら失神しちゃうんじゃない?
会場を眺め回しながら、入場口に辿り着いた。
自由気儘な連中が列を乱し、懇ろにしている奴等と駄弁ることで中々に騒々しい。これだと体育祭実行委員の方々は忙しくなるんだろうなぁ。
……俺じゃん。
主に俺じゃん、ふざけんな。
仕事を増やすんじゃない愚民よ!
先刻の団結力は何処へ行ったのだ!?
姫へ勝利を献上すべく闘志を燃やし、統合した我々の組織力を今こそ発揮すべきだろう!器宮東の面子も混じっているのだから、こういう場面でこそ正しき統制が成されている所を披露して威圧すべきだ。
因みに――俺の出場競技は玉入れだ。
およそ三メートル上に掲げられた籠へ、雑然と地面に撒かれた玉を一心不乱に投げて入れる競技。幾つ入れたか、より数の多いチームが高いポイントを得られる。
チームの数は均等に分けられる。
今回の体育祭は赤、青、白、緑の四団体戦。
俺や中野などのアホ四人は白なんだが、夏蓮は青、春は赤という微妙な配置。
春と争うとか死んでも嫌だ、賭け事に発展したら尚更。敗北に際して何を要求されるか考えたくもない!!
不意に俺の肩が叩かれた。
絶叫して振り返ると、そこに中野が居る。
お前、それ好きなの?
「鍛埜、玉入れだけは勝とうぜ」
「いや、全般頑張れよ」
「俺は無駄な事はしない質なんだ」
「お前と過ごして有意義と感じた時間に心当たりが一つも無い」
「それはお前自身に価値が無ぇんだな」
「馬鹿野郎。俺は爪の垢で十プレッタの価値あるっつの」
「未知の単位で誤魔化すな、0円男」
「納得いかん」
俺の価値の有無をこいつに判断されるのは遺憾でならない。
味方であるコイツに、何故か闘争心が頗る湧き立って来る。
しかし『玉入れ』は個人戦ではないし、そもそも中野は同じチーム。従って俺は中野と雌雄を決する機会自体が無い。
非常に残念だ。
この煩悶を何処に捌ければ良いのだろうか。
腹慰せを器宮東高校も合同の体育祭に持ち込むのは不当かもしれんが、中野に馬鹿にされた事は甚だしき屈辱である。
しかし、玉入れだけは勝ちたいというヤツの意気込みは何だろうか。
出場競技はまだ幾つもあるのに、その中でも玉入れに勝負心を燃やすのは一体なぜだ。
正直、『玉入れ』には失礼なんだが、注力すべき競技はもっと他にあるだろう。
ポイント配分からしても、今回は他の競技を重視すべきであって、敵との差をある程度作らぬよう戦いながら体力温存に努めるのが賢明だ。
しかも、よもや中野から頑張ろう、なんて台詞を聞くことになるとは。煩悩以外で、それも正しきベクトル方向の努力なんてコイツの口から聞いた例がない。
「やけに戦意があるな。どしたんだチミ」
「赤の団体に坊主のヤツ居るだろ?」
整列した赤の団体の方を見遣る。
中野が示す坊主頭に該当する人物は、すぐに見つかった。眼鏡の少年と会話をしている男である。
体格でいえば中野にも劣らぬ凛々しい人物だ。
偏見で言わせて貰うなら、野球でエースの位を恣にしてそうな人物である。
「アレがどうした?」
「坂田大樹ってヤツなんだが…………奴とは過去に因縁がある」
「そっか、お前は器宮出身だから、中学時代とかに何かあったのか」
「この前、俺を差し置いて敷波ちゃんと話してたんだよッ!!」
「浅いにも程がある因縁だな」
「祷花湾よりも深ぇよ!」
「だったら、俺だって爪の垢で十プレッタ価値あるっつの!!」
「まだ根に持ってんのかよ、log1の男」
中野の癖にlogを使いやがって。
数学赤点の常連だろ貴様。
そういえば、敷波さんも器宮東だから何処かに居るのかもしれない。というか、団体の総大将の挨拶では彼女が青の大将を務めていた気がする。
兎も角、俺には中野がどんな理由を持ち込もうが、どんな競技でも手を抜く積もりは無い。
何故って……?
決まっている。
夏蓮のお母様が見に来る以上、手を抜いてる姿なんて見せたら、彼氏(仮)を今すぐ止めろだなんて面倒事になる。
さらに、選手宣誓で俺のあのふざけた行為の贖罪として、梓ちゃんから――
『自身の団体を優勝に導け。でなければ保健室から本格的な出禁指令だ』
俺の保健室を何としても守らねばならないッッ!!!!
たとえ相手が坊主頭だろうが夏蓮のお母様だろうが“お人好しの戸番”だろうが、事情を差し引いても勝つ!!
「事情は少し違うが、お前に協力してやるよ中野」
「構わんが、敷波さんは渡さん」
「それは勝手にしてくれ」
「敷波さんに興味無いのか貴様!?」
「あるに決まってんだろ!稀少種見て萌えないのは男じゃねぇんだよ!!」
「雄志くん大好き!!」
「やだ気色悪い」
俺と中野でわんやわんやと騒ぐ。
すると、後方から続々とあの面子が集合した。
相も変わらず指貫手袋を填めた橋ノ本と、汗ではなく何故か唾液の分泌が激しい斉藤。
どこから見ても変態なのだが、悲しいことに日常化してしまっている俺は一笑に付す他に無い。
ああ、神様……わたくしの穢れなき日々はいずこへ消えてしまったのでしょう……。
「お前らも気合い入ってんな」
「鍛埜氏、我輩には叶えたい夢がある」
「橋ノ本、それは体育祭で叶うもんなのか」
「我が秘技により体重を激減量させるのだ」
「体育祭で何を目指してんだお前!?」
「スリムな我を見たく無いのか!?」
「それ病気して弱ってるとしか思えないじゃん」
少なくとも橋ノ本の体型が明日にはスリムになってるなんて現実じゃない。ていうか人間じゃない。
突然、横から斉藤に肩を殴られる。ニヒルに笑っているが、下手だった。
「鍛埜、見てろよ。俺のスーパープレイで器宮東の女子、路鉈の女子をメロメロにしてやる」
「玉入れでスーパープレイ?ww」
「そしてあわよくば二校の女性教員も網羅する」
「そこは視野に入れんな。そして梓ちゃんは絶対に譲らん」
「お前も大概だろ」
入場合図となる放送が入った。
駄弁っていた連中も含め、俺達は揚々とこれから修羅場となる会場に踏み込む。観客席の近くを周るように歩いて行くので、必然的に待機組と遭遇する。
俺らはそれぞれの意思を固め(大半が下らない動機)、調子を高めていた。
ふと、俺の組に差し掛かった際、仕切りとなる杙の直前まで来ていた夏蓮がいた。
「ゆ、雄志くん!」
「何でしょう」
「が、頑張って!!」
「ありがとう!それだけで5%の力が湧くぜ!!」
「意外と微力だね!?」
「結婚を約束してくれたら200%だぜ」
「そ、それは、その……し、しま――」
「口説いてねぇで早く行け」
赤面して俯き、何かを呟いている夏蓮。
先を聞きたかったが、残念ながら斉藤に急かされて途中で遮られてしまった。
まあ、取り敢えず応援の意はうけとった。
ふっ、まあ美少女からの声援は悪くない。
そして俺の組を過ぎ行く内に、春の姿を見とがめた。何かこっちロックオンしてる……眼差しが怖いんだけど……!
「……ユウくん」
「あ、はい(懐かしいな、その呼び方)」
「……頑張って」
「何かその眼光からして「頑張れ」じゃなくて「死ぬ気でやれ」って意味しか感じないんですが」
「……がんばれ」
「イエス、マァム!!!!」
「結婚を約束すれば、200%」
「え?い、いや、そんな話は……」
「したよね?」
「あ、はい」
「なら、良いよ。結婚し――」
「口説いてねぇで早く行け|
またもや斉藤に遮られた。
今回だけは感謝する。
俺達の会場巡りも半周に差し掛かる。
運営側のテントに近付くと、大将たちの姿がそこかしこに見受けられた。
勿論、そこには警戒していた(夏蓮の)お母様の紗世さんが待ち受けている。
その隣にフリーダム合衆国フリーダム州出身フリーダム人の中野早希さんが居た。
アンタに一番会いたくなかったんだけどなぁッ……!!
更には横で元気そうに敷波さんがぴょんぴょん跳ねてる。
「鍛埜さん、叶桐家の婿として醜態を晒すことは罷り成りませんよ」
「……婿…………????」
紗世さん、婿って何すか?百プレッタくらい期待が重い。
婿については体育祭とは別件で今度お伺いしたいです。
「負けたら我が家の屋根裏だぞ~!」
「マジだったの!?」
ヤバい、絶対に負けられない。
じめじめするどころかムラムラする事態も避けたい。
「ボクら器宮を舐めないでね!この為に練習してきたんだ」
「君は参加しないでしょ」
「料理で不味いって言われた雪辱を晴らすのさ」
「それは料理で報いて欲しいお」
敷波さんにお門違いな挑発を受ける。
だが奇妙にも戦意が高まる言葉だった。
君だけが救いだよ。
そして俺と三人は定位置に着き、それぞれが戦闘準備に入る。
色々と入場から幾つも重荷が生じてしまったが、まあ良いだろう。
『では、これより。
第2競技、団体別玉入れを開始する。
よ――――――い…………』
ここは絶対に、負けられない。
必ず、梓ちゃんとの保健室生活を死守するんた!!
『ド……ぐふっ……ドォォン!!』
合図くらい、しっかりして。
アクセスして頂き、誠に有り難うございます。
そして、十プレッタの戦いが始まる……!
次回も宜しくお願い致します。




