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三十七話「“愛”があれば何でもイケる」



 体育祭当日。

 ただこの日の為に俺は広瀬翔の恋愛に協力する過程で実行委員の職務を仰せつかった訳なのだが、たぶん……というか絶対に広瀬くんへの協力の比が低いと思う。

 まあ、相手は美人だし、俺の助力無くとも彼は二人きりの相談などに呼び出す行為にすら成功している。勿論、それ以上は進んでいないらしいが、それでもさすがはリア充(イケメン)だ。


 俺が出来たといえば……日がな室内に籠ってPCをいじっていた結果より習得した、比類無きタイピング速度。

 お蔭で事務仕事の殆んどを押し付けられるブラック事業になってしまって。

 でも、最近は理不尽を受ける機会が多い所為か、それが心地良いと感じている自分がいる。

 お、俺は……マゾヒストになりかけているのか……!?


「雄志くん!今宵は互いに頑張ろう!」


「今宵……!?夜に第二回戦があるんスか、これ……」


「会場は我が家の屋根裏だ」


「湿気凄そうっスね」


「ムラムラするだろう?」


「ムシムシですね」


 初っ端から人に下品なネタで話し掛けるのは、つい先日に交流した我が校の生徒会長(たぶん名ばかり)の中野早希さん。

 あれから噂を耳にしたが、品行方正で文武両道であり、既に起業しておるらしい。

 校内では親しみを込め、彼女を『ファンタジスタ』と呼んでいるとか。……絶対バカにしてるっしょ(笑)。


 校庭(グラウンド)をこれでもかと照り付けて焼く太陽の威光の下に、俺たちは教師の命令で集った。皆の面持ちには、自信と倦怠の二種が浮かんでいる。

 まだ種目も始まっていないのに大盛況な保護者たちを尻目に、教師陣による会式の儀が始まる。


 皆は早く日陰に逃れたい、その為のあの嫌気ばかり浮かばせた顔だろう……。

 因みに俺は“愛”しかない!

 恐らく周囲が引いちゃうほどに慈愛顔で前を見詰めている事だろう。

 何故なら、目の前にスポーツウェア姿の梓ちゃんが居るからだ!!

 貴重すぎて感無量……スマホで盗撮を試みた寸前で、本人が振り返り様に睨んできた。

 後ろに目でもあるのか……はっ!?

 まさか、それでずっと俺を!?

 後でたっぷり甘えさせてやろう、仕方無いな。


 そんな事を夢想していると、隣から肩を叩かれた。

 振り向いてみると、そこにはあの日以来の水も涸れんばかりの猛暑日でも可憐なる夏蓮様が立っている。しかも、少し遠慮気味に俺の背に隠れてた。

 あら、可愛い。

 触れた肩から何かが発芽するかもしれない。


「雄志くん、良いかな」


「どうした?」


「広瀬くん、いまバスで痴漢を働いた人を現行犯逮捕した所で忙しいんだって」


「かっちょえ」


「だから、代わりに雄志くんが路鉈代表の選手宣誓をしてくれないかな?って先生が……」


 実は夏蓮さん、体育祭ボランティアに参加していて、俺の後ろにずっと控えていたのだ。運営側に回ってきた広瀬の現況を俺に伝達しに来たらしい。

 それにしても、痴漢を逮捕って流石ですね。

 俺だったら捕縛せずに痴漢に痴漢してるところだよ。……ぐへへ、自分の方が良いケツしてんじゃねぇか(あん)ちゃん。


 何だか自分の痴漢現場が鮮明に想像できて、俺は思考を強制停止(シャットダウン)させた。

 マゾ道のみならず犯罪行為まで興味示したらアウトやろ。……前者は認めてないならなッ!?


「副委員長は?」


「副委員長が被害者らしくて」


「つまり、世界は俺しかないと判断したか」


「他の人も忙しくて、消去法だね」


 消去法か、それは致し方無し。

 しかし、書記という地味な仕事でありながらまさか朝礼台に立って宣誓しなければならないとは。

 これはチャンスか?全校生徒に俺という存在を披瀝して友達を増やす好機……。


 たどすれば、退路も無ければ進む道も一つしかない。

 これで大成功して友達百人の可能性もなきにしもあらず。


「判った。全校生徒の前で、俺と夏蓮の交際関係を遂に公表するんだな」


「ち、違うよ!母さんも来る予定だから止めてね!?」


「こんなにも、愛してるのに……ッ」


 夏蓮は俯いて顔が見えないが、耳は日射の影響に関係無く真っ赤であった。相変わらずの反応(リアクション)で飽きさせない。

 それだけ可愛いと、今度は俺が彼女に痴漢しそうだな。それに嫉妬した梓ちゃんが……うひひっ、今日の俺は大丈夫か?


 選手宣誓まで行事は進んだ。

 示し合わせたように、先に器宮代表の霧島さんが朝礼台に立つ。一歩毎に進むと、周囲の空気が緊張していくのが判る。

 それにしても、体操服を押し上げる膨らみに男は目移りしてしまう。いや、もう春で見飽きているだろ、とか言われるかもしれないが、魅力的です。


 彼女の宣誓が恙無く終了した。

 朝礼台で彼女の挨拶が終わると、器宮東高校の面々が雄叫びを上げる。その鬨の声が校庭全体の熱気を更に高めた。

 うん、俺に同じ現象を巻き起こせと?

 中々に難易度の高い要求に顔を引き攣らせていると、梓ちゃんが背後から耳打ちしてきた。


「さ。器宮東(あちら)に劣らぬ勢いを頼んだぞ、少年」


「かなりの無理ゲーですよ」


「いつも私にプロポーズしてる気勢はどうした?」


「愛してるのは梓ちゃんだけなので、生徒全体を意識するのは無理です」


「清々しいな、君は……」


 呆れ顔で梓ちゃんが肩を竦める。

 確かに、この人に愛を語るときは何も怖くは無い、怖くは……うん、怖いのは鉄拳制裁だけ。

 しかし、あの勢いを朝礼台で発揮するのは難しいだろう。

 ならば――もはや、苦し紛れの一策を練る。

 誰か、愛している人を思い浮かべて、生徒全体に向けているとも捉えられる口上を述べるだけだな……。


「カッコいい所を見せてくれ、鍛埜よ」


 梓ちゃんが去り際に耳許で囁いてきた。

 振り返らずにグッドサインしてくる姿は、何故かカッコいい。

 ヤだ……抱いて!


『路鉈高校、体育祭実行委員長代理のloge1――――――鍛埜雄志』


 そこ、普通に代理でよくない?というか、俺は無価値(ゼロ)っスか??

 放送席を見てみれば、テントの下でマイクを握っている……中野早希!!

 くそ、またあの人かよ!いい加減にしろよ、人を弄るのも。本当に生徒会長ですか?それで支持を得られたんですか?


 批判の意を込めて彼女を睨みながら宣誓台に立った。

 全校生徒が俺を見上げる壮観。束ねられた視線が日常で受ける数の数十倍であり、俺としては恐怖心しか無い。

 だが、痴漢逮捕の事後処理で大変な仲間を想えば、この逆境を跳ね返す事も出来るだろう。

 愛する人を想い浮かべて……想い、浮かべて……。


「えー、宣誓ィイ!!わたくしィ、路鉈高校――」


 ふと、視線を泳がせた先で、心配そうに俺を見上げる夏蓮さんが居た。奇しくも、互いの立ち位置により上目遣いの角度になっている。

 あ、可愛い。


 そして――俺は大きな過ちを犯した。


「――男子選手一同はァ!!!

 叶桐夏蓮に対する永遠の愛を、誓いますッッ!!!」




 暫しの沈黙。

 保護者席も含め、会場全体が静寂に包まれた。

 俺は一瞬で己の愚行に気付いて、一気に体温が冷めていくのが判る。ああ……そうか、これが死か。

 恐る恐る、本人(かれん)の方を振り向いて見ると、顔を真っ赤にして凝然とこちらを見上げていた。可愛らしく目を大きく見開き、完全停止している。


 それで理性の糸が断たれた。


 朝礼台の上に配置されたマイクを手に取って、俺は男子(同志)を叱咤する。


「野郎共ォ!!我らが女神に、必ず勝利を捧げよ!!!」


 この声が魂に通じたのか、路鉈高校の全男子生徒が鯨波を轟かせた。その響きには、器宮東とは違い、“愛”が宿っている。

 俺は朝礼台を降りて、真っ直ぐと元の配置に戻る。


 すると、背後から肩を叩かれた。

 ふふっ、夏蓮さんだな。可愛いね、また俺とお話ししてくれるのかな?


「鍛埜、話がある。後で来なさい」


「ユウくん、今後についての相談」


 振り向いた先では、梓ちゃんと春が暗い笑顔を浮かべていた。


 この後、俺は生徒指導室で愛の鞭を受けるのだった。





アクセスして頂き、誠に有り難うございます。


選手宣誓ってこんな感じですよねっ★


次回も宜しくお願い致します。

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