三十六話「幼馴染デートは多分これからだ!!」
鼻の奥がつーん、とする。
つまり、この中学生たちは和音さんの関係者であり、俺と春への鬱積を晴らすべく差し向けられていたということです。
俺はそう分析した。
世は非情なり、たった春への愛を述懐しただけで恨みを買わなければいけないのだ。……もしや、もしかして、まさか、和音さんも春を愛していたのか!?
だとしたらご馳走……げふん、珍味ですな。
俺と春の絆に嫉妬心を抱いてしまったのね。
鍛埜雄志、なんて罪な男!
いや、そんな感慨はさておき。
俺は眼前に立ちはだかる三名を見上げた。
ニタニタと俺を見下ろしている面の一つは、成る程どこか和音さんの面影が見受けられる。粗野な印象のせいで隠れているが、美少年の片鱗はあるので将来有望。
次は……危ない、つい吟味してしまった。
売り出せる顔がいるとこうなってしまう。
マセガキ全開ですから。
「コイツ、ヤバいな」
「さっきから一人でニヤニヤしてるぞ」
「いや、四人でニヤニヤしてるつもりだったんですが」
「俺たちはそんな気持ち悪い顔してねぇ!!」
中学生の一人が吼えた。
その声量に、思わず俺は真顔になる。
彼らの背後では、春が不安に顔を曇らせておろおろとこちらを見守っていた。かわいい。
ここは俺に任せて、今の内に逃げろ!……という台詞が言えたら格好いいのだが、やっぱり怖い。
それに、声や仕草で促しているのを見咎められて、安易に春へ注意が逸れるような真似したら、それこそ本末転倒だ。
完全に八方塞がりですやん。
「俺に何か用ですか」
「いや、俺の和音がずいぶんと世話になったみたいだからよ」
「俺の?……お兄さん?」
「彼氏に決まってんだろ」
「でゅわっはっはっはっは!」
「笑うとこじゃねぇし、笑い方キモいな」
笑わずにいられるか。
アイツ背伸びして中学生と付き合ってるんだぜ?最高の笑い話だろ。……あとで秘訣聞いたら中学生のお姉さんと付き合えるかな。
願わくば、お嬢様学校と……!
「和音が電話で愚痴ってきたんだよ。お前と琴凪ちゃんにしてやられたって、ムカつくって」
「俺たち何もしてませんよ」
「嘘付け!」
和音さんの面影がある中学生――たぶん和音のお兄さん――が叫んだ。
「和音がそんな器小さいヤツじゃねぇ。家じゃ家事もするし、親の誕生日にプレゼント欠かさず買ったり作ったりする良い子だぞ」
「猫被ってる子ですか」
「そうだよ、猫みたいに可愛いんだよ」
「俺はよく犬野郎って言われますよ」
「それ褒められてねぇだろ」
「尻尾振ると可愛いって言われますよ」
「だから褒められてねぇって、それ」
まあ、嘘ですよ。
誰かに媚び諂う人間になった覚えは無い。欲しいものがあっても琴凪家に懇願したりせず、ちゃんと自分の両親を強請って買っている。……え、だめ?
ともかく俺が非難される謂れは無い。
春への愛を語っただけなのだ。
はっ、まさか!
強すぎる愛の絆に嫉妬してしまったのか。これは罪作りな事をしてしまったな……。
「話が脱線したが、俺は和音をイジメてるてめぇらが許せねぇって話よ」
「俺も変わりません。和音さんに春と付き合ってるんだろって言われたので春への愛をすごく語っただけで、彼女を貶したり暴力を振るっていません」
「和音が嘘付いたってのか」
「逆に、俺には嘘つく理由無いですよ。なんで悪くもないのに言い訳しなくちゃいけないんですか。」
「信用できねぇんだよ。あと、何か態度が癪に障る」
「じゃあ、精一杯ですが尻尾振らせて貰いましょうか」
「キモいから要らねえんだよ」
中学生の一人が春の肩を掴んだ。
危ないと思って出ようとしたが、その前に二人が立ちふさがった。一人は俺の足を思いっきり踏んでくる。
いたたただだだだだだだ!?
「ちょ、春に手ぇ出さないで下さいよ!」
「は?彼女じゃないんでしょ?」
「俺の大事な友達であり、家族同然の子です!」
「へー、カッコいいじゃん。じゃあ、守ってみなよ!」
中学生二人の手が伸びてきた。
足を踏み押さえられたまま、平手や拳や蹴りが全身を打つ。相手は遊ぶ感覚なのか、まったく手加減を感じない。
俺も意地になって、相手の踏み押さえてくる足に噛みついたりした。
そしたらまた殴られて、殴られて、殴られて……。
気づいたら意識を失っていた。
そこからの記憶は曖昧だった。
俺は回想を止め、腕を組んで唸る。
「そっから先は……えーと、思い出せん」
「ユウくんは気絶してたから」
「その後、どうしたんだ?」
「その後は――」
春が語るには大変だったらしい。
現場を見かけた近所の親たちが駆けつけ、中学生の暴力を止めてくれたらしい。春による必死の訴えと、事態が急速に大きくなっていくことを恐れて中学生が青ざめながら事をやや自分たちの保身に偏った説明とはいえ、和音関連の事柄だと供述した。
俺は三日ほど家で静養した。
その間に、和音は両親とともに琴凪家やら方方に謝罪して巡り、しばしして転校したとのことである。
意外と激動の三日なんだな。
漫画読んだりしながら寝てたような気がする。
怪我や休んでる原因がわからないほど記憶が混濁するような重傷だったのは確かだ。
それからである。
――春と滅多に遊ばなくなったのは。
心配になって琴凪家を訪ねたりしたが、時間が合わなかったりして結局会えずじまい。仕方無しと、誕生日プレゼントの髪留めを親伝いに渡してから交流は途絶えた。
「……それ、付けてたんだな」
「うん」
俺が指摘すると、春がこめかみの髪留めを愛おしげに撫でる。
「ユウくんがくれたから」
そう言って相好を崩す。
そんな春が眩しく見えて、顔を背けた。
「嫌われたと思って肝を潰したんだぜ?」
「意外と平気そうだった」
「ま、両親と離れるなんて環境に慣れてたから、去られるのは特に。でも嫌われてると思ったときは堪えたかな」
「……突然離れてごめん。
でも、あの頃から私は変わろうとした。ユウくんに守られてるだけじゃ駄目だって。私を助けるために中学生にも傷つきながら果敢に立ち向かってく姿に、私のヒーローの隣に立つのは不遜だって」
「お、おう。照れるな」
「だから、ここまで頑張った。まだ足りないけど」
春が両腕を開いてみせる。
生徒会書紀にして、校内美少女ランキング二位と自他共に認めるほど完璧超人の異名が似合う人間になった。それは並大抵の努力や気概じゃなし得ない偉業である。
そっか、俺を守るためか。
周りを見回すと、伸びてる男四人。
いやー、進化って表現でも足りん。少なくとも成長って言葉じゃ形容し果せない強化仕様になってると思う。
「でも、女の子にそこまで頑張らせといて……俺は何も努力してないぞ」
「ううん。ユウくんは変わってないよ……あの頃の、素敵なユウくんのまま」
「……でも、お前を危険に巻き込んでるし。それに、俺の方こそそこまで頑張らせて、むしろ隣に立つのが不相応っていうか」
「ユウくんがいたから頑張れたの。だから……ずっと大好き」
面と向かって春が囁く。
やめろ、殺傷力が強すぎて無理すぎる。最近じゃ『童○を殺す〜』なんて効果のある兵器が作られているらしいが、春のは自然体でそんな威力を有している。
いや、こんな素の笑顔を向けてくれる春は、俺だけなのだろうか。……それは自惚れか。
「俺は、春のこと……」
「返事は要らない」
「ん?」
「まだ害虫との勝負もあるから」
「春ちゃん、その害虫って俺の知ってる人じゃないよね?」
「秘密」
唇に人差し指を立てて、春が笑う。
小悪魔っぽくて思わずときめいた。危ない、あと心臓六つくらいないと堕ちるぞ。
さて――と春が呟く。
彼女が指を鳴らすと、何処からか路鉈高校の制服に身を包む少年少女が出現し、チンピラたちを颯爽と運んで行った。……何処に運ぶんだろう。
唖然としていると、春が立ち上がる。
「行こ、ユウくん」
「え?」
「デート、まだ終わりじゃないでしょう?」
「お恥ずかしながらプランは底をついてまして……」
「大丈夫」
春に手を握られて俺も立ち上がった。
春は笑顔だが……どことなく冷気が漂っている。目が笑ってないところとか、嫌な予感しかしない。
「ユウくんと一緒なら楽しい」
「……そうだな」
雰囲気は怖いが、嬉しいことを言ってくれる。
色々あったが、久しぶりに幼馴染とのデートを楽しむとしよう。……それが一番だ。
「じゃ、行くか」
そう言って、俺達は踏み出した。
「ユウくん、そういえば」
「ん、何だ?」
「冗談三回、言ったよね?」
「……………………………………………………てへ」
まだデートは終わりそうにない。
アクセスして頂き、誠に有り難うございます。
これにて春とのデートが完結です。次回から体育祭編に突入します。
ダブルヒロインによる対決・修羅もありますが、あの男子四人のおバカ加減も全開でいきます。
次回も宜しくお願い致します。




