三十四話「茶化してくるので全力真面目で返した」
和音さんが一歩前に出た。
鼻先に美しい顔、思わず「oh……」と感嘆してしまった。
「私が琴凪さんと何話そうと自由でしょ」
「なら、そこに俺が入るのも自由だな」
「ちっ」
おい、今舌打ちしたぞ。
やめろよ、ドキッとするだろ。可愛い顔で舌鳴らされたら、投げキッスと勘違いするんだぞ男は。……俺だけか、俺だけだな。
どれだけ理屈を捏ねても、俺は彼女との間に割って入る。春の害悪になり得るなら、粘着質な友達になってやるさ。
苛立たしげに顔を歪める和音。
事ある毎に話の腰を折られ、弄ばれ、反駁され、胸中の不満は最高潮に達する寸前である。これ以上の刺激は危険だが、怒りの矛先が俺にすり変わるのなら、またそれもいいかもしれない。
一騎打ちなら負ける自身が無いぜ、腕力以外で!
俺は勝利を確信した。
ところが、何やら和音さんは得心顔で頷いた。
「へー、なるほどね」
「突然どうした。まさかずっと温めていた俺の真の計画に気づいたか?」
「まあね」
「あれ、冗談が通じない」
急に雰囲気が変わった。
屈託ばかりだった顔付きに、余裕が生まれている。
「アンタさ、もしかして……」
「もしかして?」
和音は言葉を切って矯める。
まさか光線でも出るのか、言葉だと見せかけて砲撃をかますつもりか。
不審に思って身構える俺に、にやついた顔を向ける。
「琴凪さんのこと、好きなんでしょ」
「………………………ん?」
和音さんが自信たっぷりに言った。
思わず俺は小首を傾げて呆けてしまう。
「ほら、好きだから守ってカッコいいところ見せようとしてるんでしょ。そうなんでしょ?」
和音さんが俺に詰め寄る。
どうやら、俺を弄りながら春にも効果を発揮するだろうと目論んで、思春期初めの小学生がつい羞恥しつつも強がって隠したりする好意云々の話で攻める気だ。
たしかに、他の奴なら通用するな。
この年の子供は、好きな人であろうと無かろうと、誰かに意中の相手だと特定の人間を示されると、つい反抗的になって突っぱねてしまう。
俺もあったな…………幼稚園のとき、先生のこと好きなんだろ、って言われて、思わず「俺マザコンだし、別に先生とか好きじゃないし!」とか言ってしまった過去がある。……今もママは冗談抜きで普通に好きよ?
ともあれ。
和音さんは黙ってしまった俺に手応えを感じて笑みを深める。
「だから助けたの?へー、良いわねぇ、セイシュン?ね。いっそ付き合っちゃえば?お似合いよ。あ、何ならクラス皆が集まったときにお祝いしてあげるわよ、授業前に皆で一緒にさ」
怒涛のラッシュを繰り出す。
このまま押し切って、俺を封殺する魂胆か。
だが甘いな、彼女は心底から俺を侮っているらしい。はっきり言って、そんなものは微風にしか感じない。
俺を辱めたくば、もっと大人になるんだな。本当の意味で。
「和音さん」
「えー、なになに?お礼とか別に良いから。私は――」
「なに分かりきったこと喚いてるんだ」
「――………え?」
「春は俺の後ろをしょっちゅう追いかけるほど好きだし、何ならそれを肩越しに盗み見てニヤニヤしちまえほど俺も愛してるぞ。君は俺に関心ないのかもしれんが、君の取り巻き以外は全員知ってるんじゃないか?もう祝うのも今更だし、クラスの皆で集まってやるのは教会が良いと思うんだ。勿論、春が和風様式に拘るのなら俺は喜んで紋付け袴を着て、春の白無垢を見るぜ。なに、被衣でもベールでも構わんし、どっちでも萌えるわ。いや楽しみだな、語り出すと止まらんな。覚悟しろよ和音さん、俺の情念に火をつけたんだ、この熱意が尽きるまで付き合って貰うぞ。いや、果てなんてないかもしれん。そうだな、それでも君とならどこまででも行ける気がする。あれ、もう何なら俺と和音さんで結婚する?冗談だよ、俺はなにせ一途だからね、春に――」
「…………………勘弁して」
和音さんが顔を青くして退散する。
彼女の取り巻きも、俺を白い目で見ながら後続した。
相手に武力行使させず、且つ速やかに撤退させるには、強烈な正論による反撃でもなければ、相手を上回る喧嘩の力量でもない。………そう、戦意を折ることだ。
これなら、手を出すのが馬鹿馬鹿しい、相手にするのが時間の無駄、関わるのが面倒だと相手から退いてくれる。
正論で返せば、むしろ相手のプライドを傷つけてしまって余計な怒りを誘発したり、腕力でねじ伏せれば後の厄介事が増えるだけだ。
和音、敗れたり。
俺は昂然と胸を張り、勝利の悦に浸る。
そんなとき、胴に体当たりする勢いで春が抱きついてきた。
「怖かった」
「ふふ、安心しろ。相手が誰であろうと、春のことは必ず守る」
「……ねえ、ユウくん」
「ん?」
俺の胸に顔を埋めた春を見た。
耳まで真っ赤にして、何だか小さく震えている。泣いているのだろうか。
「ユウくんは、私のこと……好き?」
「勿論、家族だからな!」
「………だよね」
春がそっと離れる。
そのときには、耳や顔にあった紅潮は引いており、どこか陰りのある笑顔で俺に向き直った。答えを間違えただろうか、俺なりに精一杯の好意を示したのだが。
「私もユウくん、大好き……家族として」
「おう。嬉しいぞ」
二人で笑いあった。
そして、俺は気づけなかった。
この後、あの春の見せた表情の影が事件の原因になっていたなんて。
アクセスして頂き、誠に有り難うございます。
次回、ようやく肝胆となる最後の日の話に入れますね。ギャグの所為で思わぬ話数を食らってしまいました。。
次回も宜しくお願い致します。




