二十七話「ダメヒロインに、お約束だよな」
慢心して戦場より撤退せんとしていた我々の心は、突如として鳴り響く死の宣告によって明るい生還への道が閉ざされた様に思えた。
順調に中野早希を躱していたのに、ここへ来て新たな敵性勢力の参戦など想定していなかったのだ。
いや、想像は出来た筈だったが、早希さんの諧謔機関銃の弾幕が効果的過ぎて失念していた。
まさか、予て結託していたのか。
俺達を陥れる為の残酷なる罠ッ!
早希さんが意気揚々と玄関に向かう最中、俺達は居間にて机を囲っていた。
一人は両肘を突いて、手で顎を隠した完全な新世紀何ちゃらの指令になっている。
確かに、事の大きさは怪物の襲撃に匹敵する。多分あれだな、俺の好きな水晶体っぽい敵の奴並みに危険度がある。
思うんだけど、俺の周囲にまともな可愛い女の子って居たっけ。
あ。
梓ちゃんは女の子って年頃じゃないから、まともな女の子の部類に属さないのか!
絶望的じゃねぇか畜生!?
離脱できると心身で燥いでいた中野は、姉の脅威ではなくお隣から贈られる地獄の一品に再び絶望の淵へと叩き墜とされた気分らしい。
彼の顔色は夏の蒼天さながらの真っ青である。
まだ状況を解していないのは、敷波さんの手料理を歓迎すべく髪を整え始めた能天気だけだ。
橋ノ本は既に震える膝を抱えている(腹が出っ張ってて正直あまり上手く抱えられていないが)。
「鍛埜氏、我々はどうなるのだ?」
「考えろ。もしかしたら成長している可能性もあるだろ!」
「どちら方面かは、判らぬがな」
それは否めない。
料理の観念に於いて天然かもしれない。
普通の人間なら、それ以上の悪化はしないし、進歩は無くとも後退するなど断じて無い。人類史ではそうだった筈だ!
しかし、友人には第六の味覚発見とまで言わしめる腕は、その常識を覆すのだろうか。
普段から舌を『謎の同居人さん』に甘やかされてる俺が食えば、格差の烈しさに致死も有り得る。
橋ノ本の恐怖も理解出来なくは無い。
可愛い顔して皿の上に兵器を乗せて食卓に出すとか、清々しい詐欺師かな?
それとも人型戦車(酷く失礼)?
中野は先程から合掌し、天井を仰いでいる。
胸の前で手を十字架を切っていた。
「おい、何してんだ」
「主よ、この身を委ねます」
「判った、神様にあと三名追加って言っておいて」
今から憐れな子羊三匹がそちらのお世話になるからな。
いや、食う前から疑ってどうする?
もしかすれば、先に被検体となった友人の味覚が大いに外れた人物だと仮定すると、敷波さんの料理にもまだ美味なる可能性が残る。
そうだよ、食いもしないで相手の事を疑うなんて男として恥ずべきじゃないか!
俺は座して待つ事にする。
地獄か天国か、博打に出るも一興!
死地を免れんと早々に立ち上がって中野の自室に雲隠れしようとする三名が、素っ頓狂な声で俺の名前を呼ぶ。
 
「か、鍛埜!お前まさか……!」
「死ぬ気か!?」
「今すぐ部屋へ逃げるのだ鍛埜氏!」
部屋に逃げれば、これから被る危険の僅かからも逃れられる。
しかし、俺は女性の悲しむ顔なんて見たくない。
春の怒った顔とか梓ちゃんの拳骨とか紗世さんの冷たい目とか。もう、あれだけは正対した時の迫力が半端じゃない!
敷波さんとか夏蓮とか、あの気の良い娘たちの悲しむ顔はそれに匹敵する。そんな顔させたら、男として恥じるべきだ!
……まあ、本音を言うなら、俺だけ試食に応じたって事で良い顔されたいだけなんだがね(意外とゲスやった)☆☆
俺が口角が上がるのを我慢できず、微かに笑みを浮かべた一瞬を、中野たちは見咎めた。
すると、踵を返して居間の畳に腰を下ろす。
え?何事……どうしたの君ら?
「「「お前の好きにはさせん」」」
「何で人の心が読めるのかね」
「「「読めない」」」
「じゃあ、今俺が心の中で囁いた事を言え」
「「「敷波さんの笑顔は俺のモノだ、だろ」」」
読めてるやん。
あれかな、まさか常日頃から俺の思考って皆に露呈してんのかな?だから友達が出来ないのか?
もし見え透いてるって言うなら、多分俺って性欲が強くて奇行の多い変人だと思われてるのか。
こうなったら路鉈高校で反逆を起こしたる。俺を変態だと誤認してる奴等を掃討してやる。
あ、そしたら征夷太将軍の中野早希がお出ましになる。あと教師陣から梓ちゃんも華麗に推参。
障害だらけじゃん、無理じゃん!
俺達が眥を決して居間で待機していると、廊下を軽やかに進む足音が聞こえる。
うっ……一瞬、脳裏に今まで過ごした人生の映像が……これが走馬灯!
片手で鍋を持った(?)敷波さんが居間に笑顔で参上する。
待って、その細い腕でそんな物持てるのおかしいでしょ。
「皆さん、ボクがもてなす試食会の時間だよ!」
「一思いに殺してくれ」
「開口一番でそれはやめてほしいな」
机の上に置かれた鍋を全員が注視する。
料理が下手といっても、味付けが悪いだけで特に見た目から人を畏怖させる様な逸品では無かろう。
そうであると願いたい。
果たして、開け放たれた鍋の中身は――……絶句必至の爆弾だった。
何をどうしたら、そんな色になるのか。具材からしても恐らく煮込み鍋。この季節にどうかと思うけれど、そこは言及しない。
それよりも気を惹くのは、アニメで料理下手のヒロインがかます様なお決まり紫色の汁。
具材は火口で溶解しかかった岩石の如く、汁から覗いた部分は半壊していた。
うん、まあ……想像はしたよ?
でもさ、ここは三次元の世界じゃん?説明書を見て作れば、誰もこんな風にならない。
あれだな、料理下手な子って味見を忘れちゃうから、こうなるんだよな!
「敷波さん、味見してどうだった?」
「美味しかったよ」
「外貌はただの悪戯?」
「味は保証するよ」
いや、味を保証するなら最低限容認できる。
でもさ……人に供するなら、食欲をそそる物にしような。
だってこれ、怪しい魔女が何かの儀式で作ってる物にしか見えないもん。しかも、その失敗作の例さながらの悍しさ。
俺の隣に早希さんが腰掛ける。
何やら、俺の器に目一杯の汁を注ぎ、大胆に具材を盛り付けた。
「……中野さん?」
「私も食べたから、味は大丈夫~」
「俺らとずっと話してましたよね?」
「美味しかったよ~?」
「ちゃんと目を見て言って?」
「鍛埜くんがイケメンで直視できない~」
「嘘はいけないぜ子猫ちゃん?」
俺の直感が言っている、こいつ嘘付いてる。
味見の有無は兎も角、敷波さんの味覚が尋常である可能性が失われた。さしもの紳士たる鍛埜雄志でも、こればかりは信用できん。
他の面子を見ると、無表情で器に具を盛っている。あれか、無我の境地ってやつか。
笑顔の敷波さん、教えてやろう。
時に、その無邪気が人を殺してしまう事をな。
俺は箸を手に取り、恐る恐る具を摘まみ揚げた。
鼻先には臭いも漂わない。食欲よりも、生存本能が回避しろと絶叫している。
拒絶反応なのか、指先が先程から異常な痙攣を引き起こして、もう何がなんだかわからない。
全員に目配せをすると、先ず最初に中野が食べた。
目を固く閉じて、咀嚼している。まだ味の反応は表情から窺えない。遅効性の毒か、それとも真なる美味か。
その結果は、直ぐにわかる。
中野は飲み込んでから皿を器に置くと、ゴミ箱に顔を突っ込んだ。勢い余って、首の根本まで入っている。
残された彼の体は、まるで新開発された毒を投薬されたかの如く、激しく痙攣していた。
戦慄で凝視する一同、今や人の命の終わりがそこに見える。
少し時間が経ち、漸うゴミ箱から顔を出した中野は、口の両端から垂れる真紅の液体を、無造作に手背で拭った。
胃ごとゴミ箱に吐き捨てたのかもしれん、ムゴイ。
蹌々と卓に戻った彼は、白い顔で笑みを作る。
「……美味し……かったぜッ…………ぶっ……」
「「「うっしょ付けぃぃいッッ!!」」」
ここまで来て、美味しいと虚偽を並べる。
そんなに女子に良い顔したいのか、命懸けてまで!?
覚悟のレベルが桁違いだ。
彼がこう出ると、俺達も耐えて笑顔を作らねばならない。
せめて、地獄を味わうのは俺たちだけで良い。
問題の敷波さんは……――目を輝かせ、喜んでいた。
そうだ、被害を受けるのは俺達だけで済むんだよ。
この笑顔を守れれば、それで良い――
「ほんと?良かった、これで友達にも作れる!」
「「「「え」」」」
被害規模、俺たちだけじゃ無かった。
現場の時間が停まったかの様に男子が唖然とする中、弟の壮絶な苦悶を目の当たりにした早希さんが動いた。
俺の器と箸を持ち、こちらへと具を摘まんで差し出して来る。
「はい、あ~~~んっ」
「このゲス生徒会長!!今から全校生徒をこの場に召集しなさい!!選挙のやり直しを申請する!!」
「もう、食べないと冷めちゃうぞっ☆」
「ふざけるな!!私は絶対、君を訴えてやる!!」
早希さんによって強引に口へ突っ込まれ――そして、世界は白く変転した。
その後、死者はでなかったが、楽しく遊ぶ事もなく、皆は仲良く居間で雑魚寝をして夜を過ごした。
みんな、とても安らかな寝顔だった。
アクセスして頂き、誠に有り難うございます。
次回は春ちゃんとのデート回です。ヤンデレなだけのヒロインではありません。
次回も宜しくお願い致します。
 




