二十五話「事件の臭いがする」
変態共は捨て置き、俺はこのラフな格好をしたボクっ娘を注視していた。中野が美少女と称する辺りからして、おそらく女性である事に相違ない。
成る程な、路鉈高校には無い属性だ。充分、こちらも可愛い女の子の宝庫だが、もし彼女――敷波桐花が同じ高校に在籍していたなら、裏ランキング上位に名を列ねていただろう。
しかし残念だが天下一品の梓ちゃんに敵う者など到底いない!
中野の隣の屋敷に引っ越して来たとなると、幼馴染という設定では無いようだな。仮にそうだったなら中野が羨ましくて殴りたくなる。
春だって昔は可愛かったんだよ?昔はね?
今かぁ……うん、可愛いと怖いを足して二分したくらいのコワイイかもな。
いや……待て――隣の屋敷??
さらっと規格の違う表現じゃなかったか?一般家庭で住める住宅じゃ滅多に出てこない一語だぞ。
俺の耳がおかしくなければ、そんな事を言っていた。
あ、都合の良い耳してるって前に言われたわ。駄目だこれは、一本取られたぜ。
気に入ったのか斉藤が猛攻を仕掛けており、敷波さんは苦笑していた。あれは相手の熱意に圧されてる顔だな。
確かに、斉藤はボーイッシュが好みだった筈だ。
中野は視線の冷たい美少女、橋ノ本は子犬系の後輩、そして俺は年上。
前回のナンパが余程の心痛を催したか、目前に現れた千載一遇の機会に燃え滾っている。
しかし、助け船を出さないと。
初対面で急に距離を詰めてくる人間など碌な者ではない。ナンパが苦手、或いは忌避される理由の大体がこれに端を発する。
京子ちゃん救出の際に俺が論じたナンパに必要な態度や心構えとやらも、結局はこれに類するから善き行いとは言えない。
「敷波さんは料理、得意なの?」
俺が不意にそう訊ねると、彼女の顔色が蒼くなる。
これは……あれか……。
「……そうか」
「友達には第六の味覚発見だって言われた」
「絶妙な言い回しだな!?」
つまり、その友達も気を遣う程に危険物だという訳か。逆に、そいつの方が料理が上手そうな気がする。
こういうドジっ子の周辺には、少なからずあらゆる分野で活躍できる才能の持ち主が居る筈だからな。
つまり!
平凡だった俺には!
特に誰も周りに居ないんですよ!
寄って来るのはアホばっかり!
敷波さんはふんっと胸前で両の拳を握り締め、力強い眼差しで虚空を見詰めていた。
「だからボクも料理を上達させて、いつかぎゃふんと言わせてやるんだ」
「既に言わせたんでしょう?」
「意地悪だね、ボクは旨いって言わせたいの!」
「叶いますよーに~」
「家に試作あるけど、食べてみる?」
「失礼しました」
誠心誠意、真心込めて回避したい。
というか、さらっと自分の料理を黙らせる脅迫材料にしましたよ、この娘。そこまで自覚させられるのね、すごい味だって。
幾ら最先端を征く男でも、第六の味覚まで開拓されては困る。既に色んな方面で壊滅的な改革を推し進められてるからな。
しかし、料理でも何でも再挑戦する精神は称賛に価する。
俺なんて、一度失敗したら直ぐ諦めるぜ?
……梓ちゃんだけは絶ッッッッ対に確保してやるぅぅう!!!!
中野は敷波さんに事情を説明した。
「コイツらを泊めるんだ。隣がうるさくなるかもだけど」
「全然良いよ」
「えっ、マジ?良かった、これで問題なくぶっ放せるぜ!」
「うん、何を??」
俺達三人も凍り付いた。
中野、既に家で不穏な兵器の拵えを済ませてやがる。まさか、今日誘ったのもその為か?
敷波さんも訝っていたが、やがて笑顔に戻って俺達の方に歩み寄った。
「皆が遊ぶなら、ボクの(作ったご飯の)試食してみてくれないかな?」
「是非とも!!」
「斉藤氏!!ここはまだお主の死地ではない!!」
「おい、桐花ちゃんに手ェ出すな!味見は俺がする!」
「お前ら黙れ」
息吐く間もなく変態の性質を晒す。
まるで普段から周囲に奇特な人間だと言われている俺が鳴りを潜めているかの様に見えるが、それは断じて違う。
いや、もちろん俺は変態じゃないけど。
俺が霞んでしまう程に、彼等が凶悪なだけである。恐らくこの中から将来的に一人は必ず独房で暮らしている奴が出る予感がするわ。
敷波さんはそちら方面に疎いのか、小首を傾げている。
危険だな、この子は何処かで男の餌食になりそうで危なっかしい。その友達とやらに一任するとしよう。
俺は梓ちゃんで手一杯だからな。
「これから帰るけど、良かったら一緒に居ても良いかな?」
「敷波さん、三つの条件が守れるなら良いよ」
「何か、過酷なレースでも始めるのかな」
先程から飢えた獣さながらの荒い吐息を撒く変態達からの護身として弁えて貰わねばならない。
「一つ、半径六メートル以内への接近を禁ずる」
「一緒に歩けないね」
「二つ、不審な挙動を見たら『110番』」
「君たち、友達じゃないの??」
「三つ、両手は常に自由にしておくこと」
「何で襲撃を想定した構えなの……」
敷波さんは意味を解していないが、これらを厳守すると約束すると誓った。
中野達と共にバス停を後にし、自宅へと向かって歩く。
さすがに一つ目の条件は除外した。
住宅街は古風な佇まい、日本独特の風情が感じられる家々は、普段からビル街を近くに見る俺達にとっては美しく見える。
未だに発展中の路鉈ではなく、器宮への移住を選択する人々の気持ちが理解できた。
敷波さんは今年の夏から器宮東高校に通学しているらしい。
つまり、体育祭で再び会う事も夢では無いだろう。あの霧島朝陽さんと言い、こんなに可愛い女の子がまだ居るんだな。
あちらにも中野達と同じ様な人間が校内裏ランキングを作成しているかもしれない。
「敷波さん、勉強とかどう?」
「楽しいよっ!皆とも遊んだり、校庭って気持ちいいね!」
何か初々しくて可愛い。
春も昔はこれくらい無邪気だったのに。
斉藤が鼻の下を伸ばしながら質問する。
「告白とかされた?」
「告白?ううん、無いよ」
「えっ、可愛いのに勿体ねぇ。器宮東はヘタレなのか?」
「好きだ、とか付き合って下さい、とか言われ無かったのか」
「ボクが男っぽいからかな?女子制服でもやっぱり印象が駄目なのかな」
「「「「超見てぇ」」」」
脊髄反射で言葉が漏れた。
思わず口を押さえる俺(それ以外は無表情)を見て、敷波さんは照れ笑いである。
この娘、絶対に誰かから反感を買った事は無いだろうな……料理の腕以外は。
敷波さんの家に辿り着いた。
一言で言い表すならば、豪邸そのもの。
現代に残る武家屋敷、広い敷地面積を囲う甍の塀、門から確認できるだけでも広大で向こう側には母屋と別に蔵もある。
唖然とする俺たちの前で、敷居を跨いで越えた彼女が手を振る。
「それじゃあ、また後でっ」
「あ、甲冑姿で持ってきてね」
「あるけどやらないよ」
「あるのかぁ」
去って行く敷波さんを見送った俺達は、屋敷の横にひっそり建つ一軒の家の前に立った。
こちらも和風建築、格式のありそうな門構えが威厳あって入るのを躊躇わせる。一般的な住宅でこんな物、普通は無いだろうな。
高層ビルの最上階より、こっちに住みたいかも。
しかし、やはり中野……お前が寄生した時点で、この家の価値は地に堕ちたも同然なんだよっ!!
中野に催促されるまま、家に入ってみる。
玄関の引き戸を開けて――――……俺達は静止した。
「これは……事件か……!?」
「俺の家じゃ、よく見る光景だな」
「お前の家どうなってんだよ」
「それより、あれをどうする?」
俺たちは困惑して、立ち尽くす。
玄関で俺たちを出迎えたのは、荒れた家内の様相と、目前に伸びていく廊下の先で伏臥した女性の姿だった。
アクセスして頂き、誠に有り難うございます。
癒しの女神に次いで、破壊神の登場です。意外なヒロイン、或いはその橋渡しだったり……?
次回も宜しくお願い致します。




