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二十四話「おバカ珍道中」



 叶桐市の市役所は、つい二十年前までは器宮町に佇んでいた。

 しかし、元あった場所は今やバス停として改造され、拠点は活性化された発展途上にある路鉈町へと移転した。

 この中にも二つの町で軋轢が生まれ、屡々(しばしば)その会議に事件が起こった。

俺の母親は当事者の筈なのに、現場で寝ていたから、記憶が朧気らしい……。


 一時期は器宮が叶桐の基点を奪還せんと、北側に市民会館を建てていたが、謎の事件により建設途中で有耶無耶になったそうだ。

 叶桐の要所を簒奪(さんだつ)しつつある路鉈の目覚ましい発展は、確かに生まれて十七年間も身近に見ていても劇的な変化として判る。

 まあ、中心部はショッピングモールくらいで、スーパーかコンビニくらいしか利用しない俺としては、高層住宅ビルが建とうと驚かないし、羨望もしない。

 ちなみに俺は最上階で優雅(リッチ)に過ごすのが理想だ……ZE(夢見る年頃です)☆


 しかし、便利な時代が来ると初心もとい原点を忘れてしまう事がある。

 この町が興った原因は、路鉈にある叶桐山の中の洞窟での言い伝えらしい。

 それでも器宮だって最初からこの町を共に支えてくれた仲間だ。

 俺は好きだぜ、器宮!!……中野という汚点に目を瞑れば。


 そう、俺は器宮で唯一忌避する点――中野浩介の住むという家にお邪魔する事になったのだ。

 それも、学校帰りに一泊する計画(プラン)


 あの体育祭実行委員会後の“叶桐家の鬼退治”から帰宅した時、激怒した春(サタン)には色々と説教されたが、どうにか恩赦が降った。

 今度、琴凪家に二人で挨拶しに行く条件で。

 ……嫌な予感がしたから、先んじて春とは交際もしていないという連絡は入れておいた。


 俺は時代の最先端を征く男、如何なる場でも先手を取り続けるッ!!

 不意打ちには滅茶(めっさ)弱いけど。


 春に許しを貰ったし、懸念すべきは『謎の同居人さん』がどんな挙に出るかだが、今は楽しもう!






**********




 久しく集合した面子だった。

 俺と中野浩介、橋ノ本信道、斉藤武はバス停に立っていた。

 腰を下ろす椅子も熱気を帯びていて、尻から伝導したそれに全身が茄だってしまいそうになる。

 七月の上旬、いよいよ牙を向いた太陽光線は致命傷(クリティカル)が必至、地味に厚い生地の学生ズボンでは中々に辛い。

 清々しい蒼天は兎も角、アスファルトを炙る陽炎を見るだけでも歩行の意気を失ってしまいそうだ。


 現に、男子はもうその場から動くのを厭うて襟を全開にし、後日の腱鞘炎を確約する勢いで団扇(うちわ)(ふる)っている。

 バス停に一時的な突風が生まれるところ、若さゆえの力だろうか。

 俺はね、掘り出し物の小型扇風機があるから大丈夫なのっ!

 ボタンを押すとね!

 プロペラが飛んでいくの!


 斉藤は金髪の前髪を掻き上げて嘆息した。


「太陽が、俺を見詰めている」


「遂にモテなさ過ぎて太陽に愛を求めたか」


「お空は皆に平等であるぞ、斉藤氏」


リア充爆発(インフェルノ)……だな」


 夏が夢の詰まった時期と感じるのは、一部の人間のみ。

 モテもしない非リアの俺たちからすれば、苦痛しかないのである。

 秋は夏で生まれた関係を教室やら噂やらで見せ付けられ、冬はクリスマスイベント、春には更に深まった親密度で恋人披露(ラブ・パフォーマンス)っすよ。

 は~っ!……年間苦しんでんじゃねぇか。


 道案内のはずの中野も、今や気力を失っている。完全に陽が落ちるまで、校内で過ごしていた方が得策(スマート)だったかもしれない。

 中野はタオルで顔を拭っていく。


「……ちょっと待て」


「あ?お前もタオル欲しいのか?」


「いや、そうじゃない」


「?じゃあ何だよ」


 俺は恐る恐る、流し目で中野を確認した。


「目元に黒いの滲んでるけど、ソレは何だ。タオルにも染みてるけど」


「おっ、いけねぇっ!アイライン崩れたッ!」


「何してんの!?」


「いや、冴えない男子卒業の為にお洒落を」


「お洒落の方向性(ベクトル)が捻じ曲がってんな」


 そういや中野は確かに今日の朝から顔の印象が(ドぎつ)いなとは思ってたけど。

 化粧で顔濃くして目立つのはお前の変人っぷりだけだろ。

 俺でも冗談でしか言わねぇぞ?

 目付き悪いって言われた時に、「アイラインしてるのっ」ってくらいでしかな!


 その隣では、橋ノ本が指貫の手袋(グローブ)を取り去った。

 こんな時期に手袋してるのもおかしいが、何よりも指摘すべきなのは、その下から更なる手袋が出てきたところである。


「橋ノ本、何で二重にしてんの?」


「これから中野の家ハート・オブ・ダークネスに行くのだ。戦闘体制で臨まねば」


「人の家に何ちゅう言い草だよ」


「先程よりも薄い生地となって、更に我が風の能力を高める効果を持つ!

(訳:先程よりも薄い生地なので、涼しくなりました。)」


「最初からそれでいけや」


 橋ノ本も油断なら無い。

 何せ、中間試験前に三徹でアニメリピートをするくらいの強者(アホ)だからな。


 こんなバカに囲われてる環境ではやってられない。

 その上、夏の暑気は早くも家に帰りたい帰巣本能を刺激する。

 俺は鞄から缶の詮を抜いて、中身を飲み干す。

 しかし、隣から中野達に肩を摑まれ、途中で噎せてしまった。何事かと振り返ると、全員が深刻(シリアス)な面持ちである。


「どうした、お前ら?」


「鍛埜、貴様(テメェ)の持つそれは何だ?」


 何って、家に買いためていたスポーツドリ……ンク……。


「……スポーツドリンクだ」


「待て、強壮剤とあるが?」


「……期間限定版だ、ラベルがちょっと違う」


「その『あなたの夜をお助けっ♥️』は?」


「控え目に言って████の事だな」


「「「もっと慎んだ言い方あったよな!?」」」


 知らねぇよッ!?!?

 俺だって何でこんな物があるか知らんがな。買った記憶も皆無だわッ!!

 普通に保管されてたんですけど、俺の冷蔵庫のあそこは大抵がスポドリとペットボトルコーヒーなんですが。

 うーん、寂しい生活してるから『謎の同居人さん』が一人でも盛り上がれるように用意してくれたのかな?

 ははっ、気遣いありがとっ!帰ったら裁判だね!


 全員が俺から引き潮の波の如く後退していく。


「でもこれ、栄養ドリンクの味だぞ。悪戯で中身だけ変えられてたんだろ」


「栄養……ドリンク……!?」


長期戦所望(まだやる)か、バカ共」


 中身は違うらしい。

 体の発汗や体温の上昇は既にあるが、特に興奮などの症状は見られない。冷やかしにしても、かなり心臓に悪い。

 遊びに行った先でとんでもない事件起きたら俺は二度と立ち上がれないだろう。

 これが夏蓮(ヒロイン)との(デート)だったら、益々取り返しつかなかった。


 安堵していた俺達は、互いの間抜け(アホ)さに呆れて、家に向かう事にした。

 全員が腰を上げた時、ふと直ぐ近くから誰何の声がする。


「あれっ、中野さんだ」


「ん?……おーッッ!?」


 中野が発狂し始めたので、俺達も振り返った。


 そこに立っているのは、中性的な容貌の人物だった。年の頃は同じだと推測できるが、果たして性別がどちらかは解らない。

 艶のある黒髪は短く、白い肌が艶かしく映える。

 異国の血が混じっているのか瞳は翡翠色だった。

 顔立ちは、相手の性別を男と意識するか女と認識するかの左右で、印象が大きく異なる。どちらにしても可愛く端整な顔。

 黒の半袖シャツに紺のショートパンツ、サンダル姿は体の線の細さも窺えた。


 そんな彼?彼女?は、こちらに手を振りながら近付く。


「どうしたんだ桐花ちゃんっ!」


「元気だね。ボクはもう学校から一度帰って、スーパーで色々買った後だよ。今日は料理に挑戦するんだ」


 その両手には、重量感のあるエコバッグが掛けられている。華奢な体つきでは持ち上げるのも難しそうなのに、軽々と持ち上げて見せた。

 一人称がボク……ますますわからん。

 俺達はこの未知の生物に当惑している。

 その意中を察してか、中野が物珍しく気遣って紹介してくれた。


「こちらは、少し前から隣の屋敷に引っ越して来た、敷波桐花ちゃんだ!美少女だろ?」


「初めまして、敷波桐花です。よろしくね」


 その瞬間、俺を除いた全員が、俺の鞄に手を伸ばす。


「何してんだお前ら」


「鍛埜、さっきの俺らにもくれよ」


「うん、解散しよっか」



 波乱のお泊まり会の予感がする。






アクセスして頂き、誠に有り難うございます。


ボクっ娘登場、あともう一人も出ます。


次回も宜しくお願い致します。

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