二十三話「心臓を休ませて」
ショッピングモールで開催する親子の修羅場。
司会は、路鉈高校の傑物こと鍛埜雄志です。
私の現況を説明致しやすと、母親の前にて即興の夏蓮さんの恋人(仮)を演じる事となった。
大いに身に余る大役、然りとて鍛埜雄志は能う限りの活躍を果たした。
はてさて、夏蓮さんの母親――紗世の反応は如何に。
まだ俺達の現実が信じられず、唖然としている。それは現場を静観する京子ちゃんも同様で、口許を手で覆って乙女チックに声なき黄色い歓声を上げている。
当然だろう、俺だって夏蓮さんが男装する経緯を告白されて困惑していた。
白馬の王子様、か……恥ずかしいな、表現が正確過ぎて。
神様、仏様でも良かったんだよ、夏蓮さん?
外出先の娘を捕まえたら彼氏と遭遇した。
どんな事だろうと親からすれば衝撃的な場面に違いない。俺からしてもそうだ。
俺の様に目立ちもしない有象無象が叶桐に釣り合うわけがありませんわ!的にヒステリックを起こすかと予測していたが、驚愕が上回ったのか喋る気配は無い。
俺みたいなのがしゃしゃり出ていい場なのかな。
「夏蓮……それは、事実ですか」
「はい」
「この男を……?」
「はい」
これ以上無く、夏蓮さんは決然とした強い声で応えた。
悪戯といえど、ここまではっきり認められると照れるものがある。楽しんでいたが、まさかの逆どっきりを受けた様だった。
お母様を欺す事が出来たのか、それは最後の夏蓮さんの反応が如何に事実であるかに懸かる。
俺との交際云々は差し置いて、これが成功すれば姉妹の買い物が可能になるのだ。
そこから先は俺の管轄外、正直に言えばこれ以降は叶桐家の嬶とも一切関係したくない。
薄情者だって……?
何とでも言いやがれ!
情をかける友達すら居ないんだよぉ……!(泣)
紗世さんは暫し沈黙した後、俺の方へと向き直る。心なしか、その視線がやや柔らかいものに変わっていた。
初めて美人だと思った。……ウソですよ、貴方は何してたって綺麗ですよ。
紗世さんが俺に対し、深々と一礼する。
「お見苦しい所をお見せしました」
「こちらこそ、目に余る醜態を」
「いえ、娘がここまで自信を持って私に意見した日は初めてです。好きな人も居たなんて……」
紗世さんが遠い目をした。
対して、俺の心臓は早鐘を打っている。ごめんなさい、嘘なんですぅぅ!!
この場に長く居たら本当に病院に行かなきゃならない。精神おかしくなりそうだ。
さて、(それこそ一番不健康な意味での)動悸を起こしていた俺の胴に、今度は自ら夏蓮さんが抱き着いて来た。
成る程、これが美少女の抱き心地か……悪くない。苦しゅう無いぞよ。
いや、夏蓮さん?
演技たぁいえ、そんなにワイ甘えられても余計に心臓痛いだけなんだっせ。
私の、心筋ぉが、ズキズキしちゃうの~♪嫌よ♪厭よ♪心臓苛めちゃイヤァッ……(名曲)♪
紗世さんは俺たちに背を向けて歩き出した。
こちらに振り返る事無く、ただ一声だけ残して去っていく。
「京子との買い物、いえ……鍛埜さんとのデートをお楽しみなさい。家内の規則については、再検討してみます」
「お義母様……!」
「お義母様は止めなさい!」
「お約束、ありがとうごぜぇやす!!」
しっかり含意を読み取って、望んでいた反応を返してくれた。
満足だ、存外悪い人でも無いのかもしれない。
去り行く彼女の後ろ姿を見送りながら、夏蓮さんが腕の力を強くした。
ま、待って!意外に肋骨に食い込んドル!
いや、食い込んでるの懐中のポケットに入れてた生徒手帳だったッ!
やめろ、やめろぉ!!
「雄志くん、ありがとう」
夏蓮さんが小さく震えながら言った。
感謝される立場ではない。
ただ俺は、ナンパした京子ちゃんが姉妹で買い物出来ないという残酷な未来を回避する為に、自分勝手な行動をしただけだ。
その為に、紗世さんに要らぬ誤解を与えて、訂正せぬまま帰らせた。
これでは、家内でまた夏蓮さんが辛くなるだけだろう。
「良いんだよ。俺はただ、京子ちゃんが幸せならそれで」
「うん、えへへ……え?京子?」
「鍛埜さん!嬉しいけど止めて下さい!台無しです!」
京子ちゃんに叱られてしまった。
無神経な俺の発言に、果たして夏蓮さんは少し唖然としていたが、次第に背後から紅蓮の怒気を滾らせて付近一帯に蜃気楼を作り出す。
おお、これが闘◯……!
これなら世紀末世界の荒野も生きて行ける!二千年の歴史を嗣ぐ者が遂に誕生したのだ!
「あの、雄志くん、どういう事……?」
狼狽する夏蓮さんの為に、俺は懇切丁寧に説明した。
「いや、まあ、ショッピングモール前で京子様がチンピラ三名に集られていたので、我が軍四千名を以て激闘の末に剿討しました」
「謎の戦国時代到来!雄志くんの四千の兵力が敵勢僅か三名と同等なのがおかしい件」
「救抜した京子さんが感謝の印に、鬼ヶ島までお供させてくれと申請した」
「突然の桃太郎設定!きび団子はどうしたのかな……?」
「俺はきび団子一つを貰って許可した」
「雄志くんが貰う側だったの!?貢がれていたんだね」
「そして、何と邪悪の総本山たる鬼ヶ島内にて姫に迫る鬼を発見!」
「鬼ヶ島が近い!自分のお母さんが鬼なのが複雑……あはは」
「姫の協力を得て、見事に鬼を撃退したのでした」
「姫も戦力として扱き使ってるね」
これが経緯の説明だ。
中々大作が出来たんじゃないかな。
後は日本の法律から著作権法を撤廃させれば売れ行き間違いなしッ!!
夏蓮さんは笑顔だったが、俺の袖を摘まんで再び不機嫌そうにそっぽを向く。
「結局、何が真実なのか判りません」
「簡潔に言うと、ナンパされている京子ちゃんをナンパして来た所で二人に遭遇した」
「さっきの説明、どれも真実じゃなかった!?」
騙される夏蓮さんが悪い。
よく世間では言われるだろう?
嘘は鍛埜雄志の始まり、って。……あれ、俺は常識的に悪い人の象徴なのか……?
いや、俺を常識で計る君たち日本人が悪い(思考放棄)!
「さて、今日は帰る事にするよ」
「えっ、雄志くん……もう、帰っちゃうの?」
「姉妹の買い物を、邪魔する訳にはいかないんでね。それに、朝から実行委員の仕事で疲れてるんだ……」
「そ、そうなの?ごめんね、迷惑かけて」
「何の何の。紅蓮さんの為なら骨身を削っても足りんさ」
そう言うと、夏蓮さんが全身朱色になる。
相変わらず甘い言葉には耐性が無い。
俺は嘆息した後、彼女達に背を向けて歩き出す……紗世さんが去った方向とは違う場所へ。
だって帰り道で遭遇したくないもん、怖いもん。
彼女の寂しそうだった声に後ろ髪を引かれる思いで少し振り返ると、夏蓮さんが小走りで駆け寄ってきた。
「雄志くん、私……本当だからね」
「ん?」
「大好きだから」
「……うん、俺も夏蓮さんの素直な所が好きだ。君が困った時、また俺は君を助けに参ろう」
俺はその場で軽く跳び、宙で一回転した。
「その時まで、暫しの別れッ!」
「あの悪しき伝説、ルナ◯ドムーン!」
「京子ちゃん、そこは◯ロンでお願い」
ジ◯リ好きしにか判らんギャグが通じて嬉しいけど、何で俺は食いしん坊にされんの。
カッコいいじゃん。俺もお姫様抱っこされてぇ……初めて猫に抱かれたいと思ったし。
夏蓮さんは微かに苦笑すると、今度は上目使いに俺を潤んだ瞳で見つめる。
おお、四倍鼓動加速ッッ!!
「ねえ、雄志くん」
「何だい」
「その……もう、友達だから、呼び捨てで呼んで」
「え…………か、夏蓮。これで良い?」
「うん!」
夏蓮さん……じゃなかった、夏蓮が破顔する。
眩ちぃぜ馬鹿野郎!
俺は手を振る彼女達に振り向かず、そのまま家路を辿った。
今日は色々と心臓が痛い日だった。
昨晩から恋愛相談でキュンキュンハラハラさせられるし。
実行委員会議では意見するのに緊張したし。
紗世さんの威圧で心臓が一時停止したし。
夏蓮の抱き着きで圧迫されたし。
でも、前の日常なら考えられなかった事だ。
変化を望んでいたとはいえ、高望みするとここまで急激なモノは欲しくない。
今日は心臓をゆっくりさせてやろう。
早めにシャワーを浴びて、ぐっすりと――。
玄関を開けて、俺は「ただいま」と大きく叫ぶ。
この時、俺は失念していた。
奴に(家を)支配されていた恐怖を。
これから受けるであろう、屈辱を。
「お帰り、ユウくん」
懐かしい呼び名を口にした、そこに幽鬼の如く佇む幼馴染――琴凪春が立っていた。
昏い瞳で微笑みながら迎える彼女に、俺は笑顔を返して踵を返し――
――全力疾走を開始した。
「もう俺の心臓に優しくしてぇぇぇえッッ!!」
アクセスして頂き、誠に有り難うございます。
次回も宜しくお願い致します。
 




