二十二話「シリアス?……そんなの、許さないわよ!」
鍛埜雄志にシリアスなんて似合わない。
叶桐紗世――。
夏蓮さんの母親を名乗る女性は、俺へと丁寧に一礼した。所作の一つひとつが凛然としていると言っても過言ではない美麗。
濡羽色の長髪をハーフアップにしており、半袖のシャツにジーンズ姿の清楚な印象を受ける格好は本人の雰囲気を崩さぬ絶妙な着方となっていた。
面差しは夏蓮さんの面影があるが、彼女とは明らかに異質な鋭く尖った空気を帯びる。
被嗜虐嗜好の傾向がある中野には嬉しいだろうが、俺としては少し苦手な性質の方。
今会えば命は無いと、夏蓮さんを死神と見ていたところだったが、想定外の勢力が居たとはな。
姉妹をナンパし、軽薄な態度で挨拶をした俺の第一印象は、過去に彼女に嫌悪された人物で最悪に類する中でも他の追随を許さないだろう。
見ろよ、夏蓮さんなんか蒼褪めてるぞ。
くそ、こんな事になるなら春の処刑を慎んで受ける覚悟を決め、家に直帰するんだった。
紗世さんは暫し俺を見ていたが、興味を失った様に夏蓮さんへと視線を戻す。
俺を拘束してた緊張感が一気に弛緩し、不思議と呼吸が楽になる。瞳で捉えた者に謎の圧迫感を催させるとは、アニメで見る強者さながらの威圧。
空気が柔らかくなったと同時に、危うく尻の穴まで緩んで色んなモノが出そうになったぜ!
さすがに、これ以上の醜態を晒せば大変な事になる。もう取り返しが付かない状況だけれども。
「夏蓮、さあ帰るわよ」
「……嫌です、妹と買い物をする約束が――」
「それ以前に、貴方の義務を果たさねばなりません」
俺と京子ちゃんを蚊帳の外にして、再び始まった親子の会話。
成る程、納得したような気がする。
まだ出会って間もない、遭遇して僅かの時間で拾った片言隻句ではあるものの、内容は夏蓮さんに課せられた厳しい規則についての事だろう。
母親の相手を竦ませる眼光、子供へと課した義務の厳守を要求する姿勢。
夏蓮さんが自宅付近になると、それ以上は他人を寄せ付けない態度の意味を理解した。
友達である俺に、知って欲しく無かったのだ。
だから、俺がここへ来た途端に顔色が悪くなった。まだ男物のコートや帽子で粧った格好も、これに端を発するのだろう。
市長の一族――名前以上に、重い何かを背負わされているのかもしれない。
そして、長女である夏蓮さんは特に。
他人の家庭事情となれば、不粋に俺が踏み込むべき内容ではない。可及的速やかにこの場を立ち去るのが然るべき対応。
何より、夏蓮さんがそれを望んでいる。
だが、俺は京子ちゃんをナンパした手前、何もせずに帰る訳にはいかない。
据え膳食わぬは男の恥!ってやつだ。
いや……使いどころ間違えたかな?
「あの、お母様。私、鍛埜雄志と申しまして」
「今は夏蓮との話し合いをしています。京子を連れて離れていて下さい」
正に鉄壁だった。
俺の意見など一顧だにせぬ態勢のまま、夏蓮さんを逃さんと目を炯々と光らせている。家庭事情に干渉は出来んが、少なくとも妹との買い物だけはさせてあげたい。
俺だって……俺だって妹が居れば、休日に買い物とかしたかったよ!!でも、周り見てみろよ!
中野と橋ノ本と斉藤……邪気満々の毒物しかいないんだもんッ!
それでも俺は諦めない。
この大物を釣り上げるまでは、死なん。
鍛埜雄志の名に於いて、シリアスなど断固として許さんッッッ!!!!
「いや、挨拶をしようかと」
「不要です」
「いやでも、俺は夏蓮さんと交際させて頂いておりまして――」
「どう言う事?」
はっ、かかったな魚め!
所詮は魚類だ、俺の竿捌きにかかれば楽勝いもんよ!長年鍛え上げてきた話術で翻弄してやる。
後は竿が折れぬように戦うまでだ。
目前にいる本物の死神を倒すには、俺なりに工夫しなくてはならない。夏蓮さんには後々迷惑をかけるかもしれないが、ナンパした京子ちゃんを蚊帳の外とは捨て置けねぇ。
俺は夏蓮さんの隣に横っ飛びで並ぶと、その肩に腕を回した。
一瞬で紗世さんの空気が一段と圧力を放つ。
だが残念だったな。
そんなもの慣れっこだよ。
保健室のベッドに籠城している俺を排除せんと迫り来る梓ちゃんの方が余程脅威だぜ。
問題の夏蓮さんは、耳まで真っ赤になっていた。
帽子の鍔を持つ指先まで火傷の如く紅潮している。この反応を見ると、誰とも交際経験が無かったのだろうな。
何か、計略的虚偽でも初めての彼氏を名乗るのに罪悪感が湧いて来た。
「……本当なの――夏蓮?」
「ぅ……ぅん……」
「恥ずかしがるのも仕方無い。彼女、学校でイチャイチャするのは恥ずかしいからと冷たい性格で振る舞ってますよ」
「……本当なの――夏蓮?」
「ぅ……ぅん……」
「でも二人きりになると物凄く甘えん坊なんですよ。それはもう、猫なで声でチワワの様に、すり寄る力は犀じみた勢いで」
「……ほ、本当なの――夏蓮?」
「ぅ……ぅん……」
「家族にはいつか挨拶しに行く予定を二人で綿密に計画していましたが、まさか今日この場となってしまうとは」
「……マジなの――夏蓮?」
「ぁ……はぃ……!」
嘘を重ねる毎に動揺の色がジワジワと広がる。
何だろう、罪悪感よりも嗜虐心を擽られる様相を呈している。相手の虚偽をまんま鵜呑みにしてしまう所は母娘なのだろう。
悪いな、夏蓮さん。
君のキャラまでイジってしまって。
でもな、俺……愉しいんだよ。
「か、夏蓮……一体、こんな男の何処に惚れてしまったの……!?」
おいおい、『こんな男』ですか。
まさかの低評価ですよ、見え透いてますけど。
でなければ、学校で友達少ないなんて有り得ませんもん。
狼狽する母親に対し、やや涙目で俺を一瞥した夏蓮さんは語り始める。
「昔から、叶桐の跡取りとして……私は務めて来たんです。でも、やっぱり不自由なのがとても辛くて」
「彼女は囚われの姫だった」
「ある時、父が私にコートと帽子を貸して、脱走幇助をしてくれました。これを身に付けると、季節外れだとしても誰もが私を気に留めなかったんです……まるで、私が透明になるみたいな」
「◯リー・ポッ◯ーァァッ……!」
「だから、これを使っていつも外出していました。一人で、自由に遊べる……でも、次第に気付いたんです。
私はこれが無いと外に出れないって、脱げなくなって。でも、これを着ていると友達すら気付いてくれない。
市長の一族だからと、皆が遠慮してしまって、それに自分から誘った事も無かったので、放課後に友達と遊ぶ勇気すら出なかった」
「悲しき超ステルス能力」
「孤独感で押しつぶれそうでした。
でも、ある日に外出した時です……彼が私に気づいてくれた、まるで白馬の王子様みたいに誘ってくれたんです。
たとえ奇跡だとしても、嬉しかった」
「偶然が生んだヒーロー、それが俺でした」
「ちょっと黙ってなさい」
お母さんに怒られてしまった。
俺も初めて知った――そんな過去があったなんて。外出に際して、彼女がそんな孤独と苦痛に苛まれていたなんて。
俺が軽々しく課せられた、だなんて称して良いほど生易しいモノでは無かったのだ。
この時、初めて俺は心の底から彼女を――夏蓮さんを救いたいと思った。
即興の話じゃないだろうし、真実、だよね?
あれ?
でも、これ普通に聞いてると……夏蓮さん、もしかして――。
「だから、私は雄志くんが大好きになったんです」
アクセスして頂き、誠に有り難うございます。
お義母さんとの対決も決着します。
次回も宜しくお願い致します。




