二十一話「短い人生やった」
叶桐京子――はて、聞いた事のある名だ。
見事にチャラ男との格の違いを明瞭にし、無事に勝利を収めたのだったのだが、何か不思議な物に遭遇してしまった気分である。
何?お前の方が珍奇なモノだって?
お戯れを。俺は国宝級の人間ですよ?――変わらないか。
しかし、そんな俺でも異様だと思える状況。
叶桐――カナギリ――これは、要するに、夏蓮さんと同じ名字である。こんな名前、全国探したって一件も該当しないだろう。
即ち、市長の一族……夏蓮さんの家族に相違ない。
何たる奇縁か、実は叶桐家の少女をナンパしたのはこれで二度目ですって、これも経歴書に前科として書かれちゃうんじゃないでしょうか。
「…………どうしました?」
眼鏡の少女――叶桐京子が小首を傾げる。
やや長い前髪の所為で隠れがちな面貌は、注視すれば成る程かわいく子作りな造形であった。
既にナンパ前から確認済みだった事だが、何度も思わされる。
年は夏蓮さんより下――妹だろうか。
ヤバイな、いよいよ梓ちゃんに尻軽男だと認識されてしまう。
世間が狭いのがいけない、俺が自由に生きるには月面くらいが必要だ!……あ、また独りになる。
「あー、うーん、そうねぇ……你好」
「?はい、こんにちは」
「再见」
「??あの、これから書店に行くのでは……?」
何で中国語が判るんだよ、この子(俺もこの二語しか知らないのである)!?
危険だぞ、乗り掛かった船だ。
今降りても状況が好転するとは思えないが、関わればかかわる程に後に俺へ降り掛かる被害が甚大になる。
ただでさえ春を怒らせたままなのに、唯一の救いである夏蓮さんまでブチ切れさせる。
更に梓ちゃんから下衆と認識されたら……あれ、もう既に認定されてた様な気が……。
「鍛埜さん、まさか不都合でも……」
「いいえ、そんな事は……(実はそうなの)」
「も、もう私は大丈夫ですので……もう……」
「大丈夫だよ(明日の俺、良い夢見ろよ!)」
まあ、もう死ぬ前くらいは女の子と逢瀬しても良いではないか。
自棄にならなければやっていけない、明日には校内裏ランキングトップ2からの凄然とした制裁が待ち構えているのだから。
夏蓮さんに関しては寛容に見て……くれるかな?
妹まで誑かしたら、幾ら仏の如き優しさの彼女でも裁定を行う気がする。
「んじゃ、書店に行きますか」
「鍛埜さん、実はこれから待ち合わせをしているんですけれど、良かったら一緒に……ど、どうですか?」
「待ち合わせ?」
「はい、実は姉が居まして」
うん?
これは、つまり、はいはい、成る程。
処刑は既に今日に迫っていると。
あっはー、これは一本取られたぜ。まさか偶然にもナンパした可愛い子が死神だったとはな。
やり残した事は――梓ちゃんとの結婚と梓ちゃんとの婚約と梓ちゃんとの婚姻の儀……。
くそっ……家に書き残した四十二枚目の手紙が、まさか遺書になるだなんて……!
「わかった、良いよ」
「姉さんは優しいので、きっと仲良くなれますよ。……鍛埜さん?」
「そうだな、きっと仲良くナレル」
「何だか……汗が凄いですよ……顔色も悪いですし……?」
「実は先日、国の研究機関で臨床実験の被験者になってさ、新型ウイルスを打ち込まれてね。ワクチンが無くて……俺の命、あと九十年なんだわ……」
「健康的ですね」
健康に関しては、誰よりも自負がある。
何たって謎の同居人さんに管理されてるからな。目だって、最近は毎日の様に美少女と交流があるもんだから癒されてる。
いやーホント、まさか目の保養としていた相手から殺害予告を受ける事になるたぁな……。
「鍛埜さんにご兄弟は、いらっしゃいますか?」
「うん、いるよ。今、俺のお腹の中なんだけど、あと五ヶ月だってさ」
「え゛、謎の両性具有」
「本当に困ったよ、親は誰だよって話で家族会議になったんだ。検査したら、どうだったと思う?」
「さ、さあ……自分、だった?」
「惜しい。三代くらい前の前世の自分だった」
「奇妙な転生」
「嘘うそ。本当は向かいの家に住んでいる夫婦の第二子だって判明したんだよ」
「親を選ぶ子の母体転移」
「あ、ほら、今お腹を蹴ったよ」
「腹の虫」
冗談にもしっかり対応してくれる部分は律儀だが、先刻まで男達に迷惑していた姿とは大きく違って見える。
幾ら恩人といえど、突然あらわれた男が隣から馴れ馴れしく話しかけているのだから、少しは警戒心を持った方が良いだろうに。
姉とは違い、男物コートや帽子などの変装は無い。
初日に季節外れの服装で歩いていた彼女の真意は何なのだろうか。ナンパされた経験があるから、回避する為に講じた策なのかもしれない。
いや、そうなのだとしたら、俺のナンパに応じた理由は?幾ら校内で知られているとはいえ、俺も変態といえば変態だ。
何より、家の前までは送らせないスタイルといい、私生活は謎に満ちている。
「姉さんって、どんな人?」
不意に俺が訊ねると、京子は嬉しそうに語る。
「誰よりも優しい人なんです。私みたいな妹でも心配してくれるし、守ろうとしてくれます」
「……そっか、良い人なんだな」
「それに身長が高いんです。綺麗な目鼻立ちで、筋肉だって凄くて体毛も厚いですから」
「誰だよッ!?」
あれ、いま姉の話をしてたんだよな?
別に最近絶滅を危惧されて密林に生息する森の賢者に転換してないよな?
いや……夏蓮さん、本当は脱いだら凄いのか?ある意味、着痩せしてるのかもしれない。
きゃっ、夏蓮さん、俺を抱いて!
「冗談です。細くて綺麗なんですよ、特に橈骨の曲線美なんかも素晴らしくて」
「今度は骸骨ですか」
「嘘です。本当は鱗が美しくて、特に尾鰭なんか芸術的です。最近は水陸での生存が可能です」
「現代爬虫類の進化形かよ」
「ちょっと悪戯しました。本当は髪が長くて綺麗で、よく録画した番組を視聴していると、それを中断して画面から現れるんです」
「何回嘘つくの、この子!?」
この娘、案外侮れないぞ……!
夏蓮さんの人物像へ一向に届かないんだが。いや、もしかしたら漫画みたく分家と本家みたいなのが存在し、夏蓮さんは従姉であって、本当は別の姉が居るとか。
市長の一族というのも、未だ半信半疑ではあるのだが、あの高層住宅ビルに住んでいる辺りから信憑性は高いんだよな。
というか、市長の一族って何だろう。
そんな由緒ある家系ならば、住民である俺でも知っていそうなんだけれど。
姓が叶桐であり、市を代表するのだから、少し耳にしてもおかしくは無いだろう。
「ふふっ、鍛埜さん、面白いですね」
「それなのに友達が出来ないんだよ」
「え、こんなに良い人なのに。誰かに邪魔でもされているんじゃ……」
「今に始まった事じゃない。六年間くらいだから慣れたさ……ふふ」
「そんな、涙ながらに言われても……」
「だって僕ちん辛かったんだもん!!」
ショッピングモールのエスカレーターへ二人で乗り込み、上階へと緩やかに登る。
思えば、夏蓮さんの不可解な点は増えている。
季節外れの男物の変装、自宅前までの護衛の遠慮、門限や姉の全容を巧みに明かさない京子ちゃんの誤魔化した口振り。
何だか既に面倒事に片足を突っ込んでいる気が……。
いやいや、やっと出来た友達の為なら何だってやってやる。
まあ……今日で潰える風前の灯が如き命が放つ余力で為しうる事なぞ無いのですがね。
二人で書店まで行くと、店前で正対する二名を発見した。
一人は浮世離れした麗人であり、圧倒的な美女。もう一方はその女性の面影と少し重なる面差しの少女。
両者の表情は冷たく、剣呑な雰囲気が一帯の気温を幾分か下げている。通行人は関与したくないとばかりに、俯いて歩き出す。
これから入る身として、非常に迷惑なのだが……。
しかし、ふと俺は二人を見て疑問に思った。
あれ、少女の方は何処かでお会いしたような気がする。
「貴女、此所で何をしていたの?」
「か、母さんには関係ないでしょ」
「何を言っているの?貴女は一族の跡目として果たすべき義務があるでしょうに」
会話内容を聞くと、片言隻句でも深刻である事は読み取れる。いや、平日の店前でやる会話じゃない。
すると、少女の方が振り向いた。
正面から見た彼女の顔に、俺の記憶が完全に一致する。
「あっ、雄志くん……」
「やあああい!紅蓮さんだあああい!」
そこには処刑人、夏蓮さんが居た。
しかし、その相貌は不安に歪んでいる。どこか、ひた匿しにして来た秘密を目撃された様な悲嘆の色が兆している。
夏蓮さんと相対していた女性も、こちらへと振り返った。
うん、成る程ね。
じゃあ、会話内容から読み取るに、この女性は……。
「えー……もしかして、夏蓮さんの嬶でいらっしゃいますか」
「……変わった子ね。私は叶桐紗世……以後お見知りおきを」
そう、目前に居るのは――夏蓮さんの母親だった。
危惧した矢先、まさかこんな事になるとは。
初手の諧謔が通じなかった。そして冷たい表情から察するに、第一印象は最悪である。
俺の罪状は、叶桐姉妹のナンパと不敬。
成る程。
ならば俺からは、ただ一言しか言えない。
俺は今日――――人生を卒業します。
アクセスして頂き、誠に有り難うございます。
次回、急場を凌いだ次は修羅場、虎口に次ぐ危地です。
自分の最大の修羅場としては、女の子の友達とゲームで遊んでいたところ、彼女の父親が帰って来た時に遠回しで色々と質問攻めに遭い、苦笑いしかなかったです。彼女には面倒な事にしたと謝罪しました。
ははは……何事もまずは説明からですね。
鍛埜くんに出来るでしょうか。
次回も宜しくお願い致します。




