十九話「本物のナンパ、見せてやるよ!」
路鉈へと帰還した俺は、家路を外れて町を彷徨く。まだ昼下りの時間だし、家に帰っても良かったのだが、起床した春が俺の不在を知るや否や、一通のメールを送信してきた。
『件名:覚悟。
次に会う時、貴方は後悔する。』
ホラー映画の煽りで使われそうな台詞。
これは一切の可能性も排除する為に、早めの帰宅は控えよう。謝罪すれば済む話だが、六年振りに関わった春の印象からして、恩赦の代わりに交換条件を申し付けられる。
内容は恐らく無理難題。
最近のあの子は怖いしな、返信しておこう。
『件名:彦星と織姫。
嗚呼、愛しき人よ。もう、わたしたちが会う事は無いだろう。然れど、この胸に宿った熱は時の風に吹かれようと冷める事は無い。
嗚呼、愛しき人よ。もう、わたしたちが目を合わす事は無いだろう。この心を如何なる言の葉に載せて良いのやら。
嗚呼、愛しき人よ。勘弁してくれ』
よし、送信っと。
うほー!恥ずい、こんな文書いたの初めてだわ!
でも完璧!手を抜いた三番目以外は完璧だわ。
え?何故、最後は杜撰だったかって?決まってるだろ、鍛埜雄志の創造力じゃ無理って話だぜ。
一時期、詩を作るのにハマって日々見聞きする物について作詩活動をしたのだが、中野曰く破滅的だと断言された。ナンパしよう、なんて友達誘う奴の方が壊滅的だけどなっ!!
まあ、如何にも謝罪文とは遠い内容だ。
春の立腹を鎮めるには、それ相応の対価を要する。躰で支払えと言われたら、俺は迷わず断るだろう。
別に梓ちゃんの為じゃない。単に、俺はそんな相手への謝罪でそんな事をしなければならない程の罪は犯していない。
精々、美少女をナンパしたり教師に告白して猛アピールしてるくらいだ!……あれ、充分罪深くね??
街路樹が立ち並ぶ遊歩道を歩き、物憂く俺は夏の蒼天を見上げる。太陽が燦々と放つ光に熱され、陽炎に揺蕩う景色を見る事で精神的にも削られる。
何処か涼しい空間に避難したい。自宅が無理ならば、やはりショッピングモールか。最近頻度が高いけれど、致し方ない。
休日の梓ちゃんに会えたら万々歳だ。私服姿を拝謁したい。平時の白衣、そして出張中のスーツ姿に次いで、未だ披露されていない状態だ。
この前は写真も撮らせてくれなかったし、実際問題では一番撮影が難しいだろう。きっと俺の先駆者たる男達が幾人も挑戦し、無惨に散っていったに違いない。
俺は彼らの願いを遂げる為に、戦っている……なんて大層な夢は無い!一男子として言わせて欲しい、ただ欲望に忠実なだけですっ!すぃあせん!!
しかし、ナンパからこうも奇異なる日々が続くとはな。校内一位と二位の女子、それが身近で可愛らしく笑っていると(春は違うのか?)なると有頂天になってしまう。
しかし、彼女達の気紛れなのかもしれない。
いつかは、ぱったりと消えてしまう。
いや、女性とかどうとか、この際どうでも良い。
俺はただ単に、友達が欲しかっただけだ。幼馴染と遊んで、馬鹿な友人と騒いで、先生と下らない遣り取りがしたい。
俺が梓ちゃんに惚れて猛アタックを仕掛けるのも、純心ではないのかもしれない。ただ、教師は構ってくれるからと、特に梓ちゃんは人を本気で蔑ろにしないから。
都合の良い、喋り相手として求めた。
俺は……ナンパじゃなくても、友達が作れたんじゃないか?
夏の懈い暑気に炙られた俺は、ショッピングモールへと進む。取り敢えず、冷たい物でも飲みながら休憩したいな。
器宮への交通料金で削られた分は軽微な料。日常的に娯楽などに興味の薄い俺の財布は、非常時であろうと何気ない時であろうとかなり蓄えられていて助かる。
さて、この前の喫茶店が良いかもしれない。
俺の足がナンパという凶行に至った交差点へと差し掛かった。成果を挙げたのは俺のみだったという悲しい響き。
いや、夏蓮さんと一緒にお茶できたのは、本当に素晴らしい事なんだけれどね。得してるのは俺だけなんだよ。全く、できる男は辛いな……。
前進する俺の先方で、ふと騒がしい一団を見咎めた。
金髪やピアス、着崩した服装と金物の装飾品――成る程不良の具体例として途轍も無く適切な男性数名が、何かを中心に笑顔を咲かせている。
路鉈高校は創設記念日、器宮高校は休校日とあるが、何も叶桐全校が休日という訳ではあるまい。そう考えると、彼等は授業を脱して自由行動をしているのかもしれない。
ああいう連中とは、あまり関わらない事が身のためだ。
「良いじゃん、遊ぼうぜ?」
「い、いえ、私は買い物に来ただけで……」
「なら俺達も一緒に行くべ。な?」
「ひ、一人で行かせて下さい」
おやおや、ナンパですか。
手当たり次第に単騎で交差点を行き交う人間を強襲する俺達とは違い、集団で確実に一匹を狩る戦法か。
卑怯だが賢い。
欲張った俺達は、一人で女性を独占しようとしたから一騎で挑んだ。仮にこの男子達で後顧の憂いがあるとするなら、成果の女性を誰がモノにするか。
まあ、相手が嫌がっている様だし、次に行くだろう。
しかし、男子の一人が少女の腕を摑んだ。
彼女の表情が焦りと恐怖に染まる。
「良いじゃん、行こうぜっ」
「い、嫌……やめて!」
公衆の面前で繰り広げる小競り合い。
注視を浴びる危険性を、だが承知の上で男子達は少女を捕らえんと言葉をかけながら、強引に手を引き始める。
どうやら、彼等も困窮に喘いでいた所に見つけた手懸かりなのだろう。少しばかり、焦慮の色が窺える。
抵抗する少女は、もはや涙目だ。その声も少しずつ小さくなっていた。
ナンパ――――ねぇ……。
俺達がやっていた行為は、結果的にこんな事か。ナンパを実行する者、即ち身近な環境で女性との関係を築けぬ者という裏返しになる。そんな奴と一緒に行きたいなんて言う奴の方が稀有だ。
目の前に現れた誘いは、落ちぶれた物件の放つ負け犬の遠吠え。耳を傾ける価値も無い。
だが、相手が力で訴えかけてくると、幾ら否定の意を示しても歯が立たない場合が殆どだ。
……本当にそうか?
一概にナンパがそれだけとは限らんだろう。
不誠実な行為に変わり無いとしても、それが悪意満々と言う訳ではない。俺達の様に純粋に女性との時間を過ごしたい、相手に譲歩しながら誘う善良(?)なナンパだってある。
いや、意味判らん事を口走ってしまった。
結論から言うと、俺はあの男子達が気に食わんだけなのだ。
「仕方ないな……」
通過しようとした俺は、踵を返して一団へと闊歩して肉薄した。敵がなんであろうと、あの少女にそんな顔をさせる時点で、お前らのナンパは間違っている!
女性に対して、誘う側の立場なのだから紳士として、真摯に行動せねばなるまい!
「おい、そこの嬢ちゃん」
だから見せてやる――。
「俺と一緒に、お茶しない?」
アクセスして頂き、誠に有り難うございます。
次回、不良と鍛埜雄志によるナンパ対決。
因みに私にはナンパするほどの度胸もありません。




