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二話「注文、テイクアウトで!」



叶桐(かなぎり)市――山と海に囲まれた自然豊かな地方都市。


 日本海に面した町の様相は、年々穏やかで温暖な気候なためか冬も過ごしやすい快適な地域。東の山々に囲まれた器宮(うつわみや)町、元は離島を埋め立て地で上弦の形に繋ぎ、さらに直線で祷花大橋(いのりばなおおおはし)により本州と連結して開拓された路鉈(みちなた)町。


 前者(器宮町)の特色は、古くからの町並みを残している。探せば武家屋敷があり、だが一般的な家庭も板張りの床や紙張りの引き戸、長い廊下や乾し草編みの畳、陽光を照り返す艶のある甍。これら和風建築、今は数を少なくするばかりの貴い家宅が軒を列ねる。住宅街や公園、木造の学校など。


 後者(路鉈町)の特徴は、東とは反して近代的な様相。高層ビル、市役所やショッピングモール、遊園地と様々な娯楽設備と別邸用のホテル、加えて大きな中央公園などを設えている。他にも、町の起源となった叶桐神社が西端にひっそりと佇む。


 二つの町を繋ぐ祷花大橋が横断するのは、二つの町と埋め立て地に挟まれた祷花湾(いのりばなわん)。漁港も栄えていて、数多くの漁船が停泊している。


     ――叶桐市役所・地理情報集より。





 路鉈町の中心街は栄えている。

 ショッピングモールやビジネスホテルが建ち並び、最近では遊興を優先的に見て遊園地の建設なども開始した。

 未だ発展のある前途を見せる都市部の、更なる中心。

 多様な年齢層の男女が行き交う雑踏は、東京の様相にも劣らぬ人口。

 交差点付近を俯瞰図で見れば、一目瞭然である。

 昔馴染みの景趣となる器宮とは異観、近代的な風致であり、学生にとっては最高の遊び場である。

 無論、規制は厳格化されてしまうが、持て余した若気を存分に発する為に、その目を掻い潜ってやるのが学生の求める醍醐味(スリル)


 本来ならば用は無い筈だが――俺と中野は来ていた。昂然と胸を張る彼だが、不安でしかない。どちらかと言えば、暗い先行きだけが案じられる。

 憂慮する俺の眼差しを受け、中野は笑って見せる。あ、森先生に似てて少しイラッときた。


「おい、そんな怯えた獅子みたいな顔すんなよ」


「いや、せめて羊とかにしろ。チョイス微妙過ぎるだろ」


 呆れる俺を余所に、後方から中野を呼ぶ二人の影があった。振り返れば、そこにはクラスメイトが面子を揃えている。

 橋ノ本と、確か斎藤だったか。

 斎藤(さいとう)(たける)

 整った面差しだが、それよりも目立つ金髪にピアス、胸元までシャツのボタンを開放し、腰まで下ろして穿いた学生ズボンが不良生徒の印象を与える。

 橋ノ(はしのもと)信道(のぶみち)

 やや肥満体の体を窮屈に学生服に閉じ込めた外貌。丸眼鏡を掛け、赤に染めたウルフヘア(俺達はソフトクリームと呼んでいる)を逆立たせる。指貫グローブ、制服の下はオタクTシャツだ!


 俺達の隣に立った彼らは、ふっと笑う。


「任せろ、この俺――斎藤尊が百人捕まえてみせるぜ!」


「それお前一人で全部対処しろよ?」


「雄志よ!盟友を差し置いて、何をうらやま……戦闘に挑まんとするのだ!?」


「収穫ゼロ筆頭候補のセリフだな」


 喧しい二人を諌めつつ、俺達は街を眺め回す。

 人の団塊、止めどなく流れる人間の波頭に突っ込むのは困難だ。何よりも、その中から一人を選んで誘い込まなければならない。

 高校生のノリでは中々に難儀な問題だ。

 しかし、企画者の中野が止まる訳がない。そう、何せナンパなんぞを率先して実行に移す気の違ったヤツが、この程度の障害は難なく撃ち破る。


「諸君!我々非リアの長く続く暗黒時代を終わらせる時が来たっ!」


「「おおおお――――!!」」


「お、おー……」


 公衆の面前でする話じゃない。傍から見たら凄く悲しいな、これ。

 しかし、羞恥も無く中野は続けた。


「これまでの悔いを、恨みを、晴らすのだ!」


「「おおおおおお――――!!」」


「もう良いから早く始めろよ」


「行くぞッ!!」




*************



 数時間が経過した――。


 結果から語れば、何人たりとも俺達の声に足を止める者はいなかった。

 斎藤が何人かを口説き落としたが、身内(主に橋ノ本と中野)が在らぬ事実を吹聴し、幻滅されて取り逃すばかり。

 仲間でさえも険悪なムードになって、俺達はもはや諦めかけていた。威勢良くスタートした試みも、今や結果虚しく潰えている。

 俺としては、二人くらいだが、誘った相手が年上ばかりで断られた。

 何か「坊や、大人になったらね」とか、「もう少し社会を勉強したら味見してあげる」とか。……何か、俺が話し掛けた人みんなヤバイな。我知らず、そういう趣向が?


 元より梓ちゃん一途な俺が、そもそも他に現を抜かしてる暇なんてないんだよな。

 そんなやる気無い態度を晒していると、橋ノ本達に叱咤される。

 拉致同然に連れて来られた挙げ句、敢行したナンパは悉く撃墜。

 果たして、続ける意義があるのだろうか?


 乾いた笑い声を上げる俺は、集団の流れを観察する。事も無げに処理されてしまった身だが、やはりこの中から選別するのは至難の業だ。

 時間が経過しても、一向に逓減しない。どころか増加する一方だ。

 より環境は俺達を圧迫してくる。……これは中野達が根を上げるのも時間の問題だな。


 長嘆して項垂れていると、通行人にぶつかってしまった。俺は別段衝撃を受けなかったが、相手の体は予想以上に軽く、後ろへと倒れてしまう。


「すみません!くっ、ウチの肩がとんだ失礼を!?」


「……ううん、良いよ」


 通行人――帽子を被った少女は、服に付着した塵や埃を払って立つ。よく見れば、コートの下に路鉈高校の学生服を着ていた。襟元から覗く。

 ……今夏なのに、帽子とコートって。正体隠すにしては、ずいぶんと目立つな。


 ……顔は見えないけど、女の子だよな?

 試しにやってみるか。


「お詫びもしたいんで、良ければ何処かでお茶でもしませんか?」


「……お詫び、したい?」


「え、お、おう?」


「良いよ。なら、着いて来て」


 少女が弾んだ声音でそう告げて、俺の腕を引いて走り出す。


 俺は声を大にして言いたい。今の心境を、皆に訴えたい!



 いくぞ!よく聞いとけよ!?



 せーのっ――――――――――――――えっ?








アクセスありがとうございます。

ヒロイン登場!次回の更新も早くしていきたいです。

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