十八話「思った事いってみるもんだな」
広瀬翔に朝からデートの誘いを受け、春からの逃避もあり初の体育祭書記として参加。今までの仕事内容や方針を全く把握していないとあり、不安は物凄いのだが、何とかやってみる。
体育祭実行委員会書記ともなれば記録係だから気は抜けない。恋文を書く事も禁じられた……行く意味、あるのか?
器宮東高校は、それこそ器宮町の特色を顕著にした風体だった。木造建築の校舎は、昔ながらの甍や縁側、広い校庭を除いて和風である。成る程、俺も一度は通学に憧れた校舎だ。
偏差値としては、三つのコースがある。それによって、人の傾向が生まれるのは致し方無いが、中でも特に異質とされるのは『一般コース』。
底辺から天才までを収容したこの学科は、文字に反して異様な面子が同じ教室で過ごし、二つ名は『混沌』とまで称される。
いや、俺も一度は受験期にパンフレットだけ見たが、物怖じせずそんな事を載せる教師陣の判断の如何もまた、心臓が鋼で出来ていると思わせられた。
……いや、ただ怖い物知らずのアホかもしれないよ?実質、路鉈高校にも鍛埜雄志って飛びきりの変態いるしね?
校庭に二人で立って、校舎の全景を見上げた。
既に他の体育祭実行委員の仲間は会議室に集合しており、俺達が最後の到着だという。
これから自己紹介しなくちゃいかんのか、緊張するなぁ。
「見せてやるよ、この体育祭実行委員会の新星こと鍛埜雄志の在り方をな」
「緊張感無いね、頼もしいよ…………」
俺は昇降口へと闊歩して進んだ。
行き路で戸番榊を見かけたが、奴は広瀬翔がご執心(言い過ぎ)している霧島朝陽とかいう女の子に好かれてたという話だったな。横に女の子を侍らせてたが……あれ、女の子なのか?
会議室までは然程時間を要さなかった。
その間に件の霧島朝陽とやらの特徴を聞いたけど胡散臭いな。夢世界の話じゃなくて?
引戸を開けて、先に広瀬翔が入室する。まあ、新参は紹介を受けるまで、慎ましく応ずるのが基本の常識だよな。
いや……それで良いのか?今まで友達作りに散々苦労してきた身だ。常識に囚われていては、現状の変化なんて望めない。ここは大胆且つ好感を持てる人柄を演じなくては!
広瀬翔に促され、俺は一礼して入った。
「初めまして諸君、書記に抜擢されちゃいました逸材、鍛埜雄志だ。しっかり働きますので嫌いにならないで下さい」
駄目だった。
途中から、やはり嫌われたくない感丸出しになってしまった。路鉈のメンバーどころか、器宮東までもが苦笑。うん、『一般コース』を馬鹿にしたけど、多分俺もその一員だわ。
器宮町の一人が立ち上がる。
肩口まで伸びた艶やかな黒髪、右のこめかみに可愛い髪留めをした女子高生。制服の所為もあるが、恐らく上着を脱いだらメリハリのある豊かな肢体。
やや気の強そうな感のある眼だが、生意気というよりも本人の雰囲気をより綺麗で澄んだものにしている。
一見して、夏蓮さんに相当する美少女だった。おい、広瀬この野郎、標的までこれだと、カップリングした時の噂とかヤバイぞ。
俺は二人の天使になったと皆で噂され、友達が……やってやろうじゃねぇか!俄然湧いてきたぜ勇気と下心!
「私は体育祭実行委員長の霧島朝陽です。今年の合同体育祭、共により良い物にして行きましょう」
「お、押忍……」
気圧されたが、すごいな。
この女子、清廉潔白、まるで女騎士の様な少女だ。確か剣道部所属だと広瀬に聞いたから、まあ余程の事が無い限りは竹刀で打って来ることは無いだろう。
俺なら躱せるけどな。伊達に梓ちゃんの拳骨を何度も喰らってないんでね。
広瀬翔が少し俺に目配せすると、微笑みながら話し掛けた。
「色々楽しみですね。オレとしても、巷で有名な戸番榊と会えるかもしれないので」
「っ……榊は、我々の誇りですので」
頬を赤らめるな、霧島朝陽。お前のその反応で最も大打撃を受けてんのは笑顔の広瀬だぞ。
くそ、男は辛いな……ちゃー、ちゃららららららららん……(有名なヤツ)♪
文面じゃ判らないよね(笑)。
しかし、彼女の言葉に偽りは無いらしい。
隣に居る体育祭実行委員の一同も頷いている。成る程、俺とは違って友人が多いらしい。そりゃそうだろうな。
化け物じみた身体能力という噂があり、それで幾度も多くの部活に助っ人や顧問代理とかやっているらしい。てか美少女にもモテるし、もう超人だろ。ちょいと面貸しな、何なら体ごと寄こせ!!
活動自体は在住している器宮が範囲だが、叶桐で名を知らぬ者といえば生まれたばかりの赤子程度だろう。
現に、俺の近所の子供もクリスマスにサンタじゃなくて戸番榊がプレゼントを届けに来ると教えているらしい。……何じゃそりゃ。
兎も角、俺は筆記用具などを持って着席する。
広瀬翔が渡してくれたこれまでの記録とやらに目を通したが、既に会場設営の予定など大体の事が決定しており、あとは競技に関する議論ばかりが尾を引いて長らく難題になっているだとか。
そうか、今まで俺達が適当に選んでた種目の裏では、実行委員の苦悩があったんだな。
感服……してあげなくもないわよっ(謎のツンデレ)?
「――今年は合同での体育祭とあり、やはりリレーに関してもう一種目設けるのは?」
広瀬の提案に、霧島さんが首を傾げる。
「学校対抗リレー、という事ですか?」
「はい、両校の今後の信頼や友好を示すものとして、選り抜きの面子による衝突です。
この交流は、きっと敗北感などを差し引いて互いに認め合ったり、趣旨である『器宮東と路鉈の友情』に反する事がないかと」
学校対抗リレー……か。
そりゃ良いかもしれんが、時間配分が問題だよな。
終了時刻は四時半、路鉈から来る保護者にも各々の生活があるから、帰宅時間などを勘案しても、それ以上の譲歩は難しいだろう。
二校の生徒の総数はかなり多い。これを時間内に処理する為に、互いに例年から行っていた種目を幾つも削っている。
それに加えて、リレーやそれ以前の種目で体力を消耗した両者が、そんな一大イベントに全力で挑めなきゃ士気は下がるし、やはり敗者の敗北感を際立たせてしまう。
「問題点としては、時間配分と種目数。来場者の負担になら無い、そして皆の士気」
「もういっそ、二日に分けてやったら?」
俺が小声で漏らした声に、皆が振り向く。
……えっ、怖。みんな耳が良いね、これだと下ネタ言ったらバレるんじゃない?梓先生への愛も、既に露呈しているんじゃ……!
「二日、ですか」
「お、おう。……やっぱり、皆が楽しみにしてる種目減らすのもどうかと思うし。学校対抗リレーも含めて、二日目ってのは……どう?
その間の生徒用のバスやら必要な人だけに手配して、土日の両方で行う……というのは?
ほら、スケジュール見た限りだとお互いに殆どの授業が終了して、あとは期末テスト残すのみだから、一日を体育祭の休校、もう一日に自宅学習日とかいってさ……?」
やべ、心配になってきた。
実際、自分が無茶苦茶を言っている自覚はある。
隣をみると、広瀬が物凄い爽やかイケメンで俺を見ていた。『お前……何言ってんの?』的な。やめろよ、初仕事で二度と来なくなるぞ!?
「やはり、鍛埜君を連れて来て正解だった」
「い、いやだなぁ照れるだろ?お金くれたら、またやってあげなくもないけど?」
「はは、台無しだね……」
苦笑する広瀬の対面で、霧島さんが微笑んだ。
「鍛埜君の案を、私から学校側に掛け合ってみます」
こうして、俺の二日実行案は採用された……。
アクセスして頂き、誠に有り難うございます。
体育祭関係ないですが、文化祭での催しにて私が提案した物ことごとく棄却されました。
次回も宜しくお願い致します。




